第60話 入学式へ
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これにて一章終了となります。
二章再開まで少しお時間を頂きたく、お待ち頂ければ幸いです。
ついに入学式の日がやってきた。
忘れ物が無いことを何度も確認した俺とリリィは、玄関のドアを開け────た所で思わず足を止める。
何故かそこには魔法省の制服に身を包んだジークリンデと、ラフな普段着のカヤが待っていた。
「遅かったな。もうあまり時間がないぞ」
「ねえ早く行きましょ? 私もう腹ペコよ」
同時に口を開く二人。
いやいや待て待て、状況が理解できない。どうして入学式に何の関係もない二人が待ってるんだ?
困惑する俺をよそに、カヤはリリィの周りをうろうろと周りだす。ジークリンデはまだ百歩譲って分からなくもないが、こいつは本当に何でいるんだ?
「かやおねーちゃんもくるの?」
「勿論。私が入手した情報によると、何でも入学式でご馳走が出るらしいのよ。これを逃す手はないわ」
カヤとリリィは楽しそうに話し出す。理由は分からないが、リリィはいつの間にかカヤに懐いていた。
この前皆でパンケーキを食べに行った時も、リリィが最後に食べようと取っていたフルーツをカヤが横取りしてしまい、リリィがお返しとばかりにカヤのパンケーキを食べ、二人は本気で喧嘩していた。喧嘩が出来るということは仲が良いということだ。魔法学校に入れば友達が出来ると期待していたが、リリィの初めての友達はもしかするとカヤなのかもしれない。非常に残念な事に。
「それにしてもリリィ、随分おめかししてるわねー。ピカピカじゃないこのローブ」
「このきらきら、りりーすきなんだー」
「何これ宝石!? ちょっとアンタお姫様みたいじゃないの」
「えへへ、りりーおひめさま…………」
「いーなーお姫様。はあ……私も毎日働かずに美味しいもの食べて生活したいわ。この前の十万ゼニーはもう無くなっちゃったし」
仲良さそうに話す二人。
それをジークリンデが難しい表情で観察していた。日々リリィと仲良くなろうと試行錯誤しているジークリンデの事だ、カヤから何かヒントを得ようとしているのかもしれない。あれは恐らく精神年齢が同レベルなだけだからジークリンデにはどうしようもないと思うがな。年齢も俺達に比べれば近いし、リリィにとっては年の離れた姉みたいな感じなのかもしれない。
ジークリンデが最初に言ったように、入学式まではもうそんなに時間が無かった。俺達は誰ともなく魔法学校へ歩き出す。カヤとリリィがうろちょろしながら歩いている背中を眺めながら、俺は隣を歩くジークリンデに声を掛けた。
「何でうちに来たんだ?」
魔法学校の入学式は盛大に行われる。魔法省の制服を着ていることから、魔法省高官のジークリンデにも挨拶などの仕事がある事が予想できるが…………それなら直接魔法学校へ行けばいい。色々事前の段取りもあるだろうし、こんなギリギリの時間まで俺を待っている暇はないはずだ。
ジークリンデはごにょごにょと何事かを言い淀みながらも、ポツリと言葉を漏らす。
「…………約束を覚えているか」
「約束? 仕事を手伝うってやつか?」
「…………私が、母親になる協力をするという奴だ」
「そっちか。覚えているがそれがどうした?」
ジークリンデ母親計画は、今の所俺の協力どうこう以前の問題で躓いている印象だ。リリィもジークリンデのことは嫌いではないだろうが、ママと呼べるほど懐いているかと言われれば全くもって否だろう。
俺も父親としては大概失格かもしれないが、ジークリンデは俺以上に母親というものを分かってなさそうだ。まずはその辺りを変えていく必要があるのかもしれないな…………そんな事を考えていると、ジークリンデがとんでもない事を言い出した。
「頼む────今日の入学式、私をリリィの母親役にしてくれないだろうか」
◆
こういう事は兎にも角にも本人に相談するに限る。
ジークリンデが母親代わりに並んでもいいかをリリィに聞いてみると、何故かカヤが文句を言いだした。
「ズルい! 私もそれ狙ってたのに!」
「黙れ」
「ヒッ…………」
ジークリンデに睨まれ一瞬で静かになるカヤ。どうやらカヤはリリィの母親枠で入学式後の食事会に潜入する作戦だったらしい。年齢的に流石に無理と思うがな。
「なあリリィ、どうだ? 嫌なら嫌ではっきり言っていいからな」
「んー…………」
リリィはジークリンデをじーっと見つめて考え込んでいる。
…………こればっかりはどう転ぶか全く予想がつかないな。ジークリンデの緊張した面持ちのせいでこっちまで緊張しそうになる。私はどうすればいいのよ、と叫ぶカヤの声だけが俺達の間に流れていた。
「いや、じゃないかも」
「本当か!?」
「わっ、びっくり……」
ジークリンデがリリィに詰め寄る。そういう所だぞ。
「きょうはじーくりんでおねーちゃんがりりーのまま?」
「ああ…………ああ、そうだ。リリィちゃん、よろしく頼む」
「ん」
「な、何だっ!?」
リリィがジークリンデの手を握るとジークリンデは固まってしまった。くまたんの時といい、あまり他の生き物との接触に慣れていないのかもしれない。
リリィとジークリンデが手を繋いている光景は正直かなり違和感があったが、そのうちこれが普通になれば良いなとも思う。
「ぱぱもおててつなぐ」
「ん? いいぞ」
リリィの空いている方の手を取ると、リリィは両手に繋いだ俺とジークリンデの手を支えにしてぶらぶらと揺れ始めた。
「きょーはにゅうがくしきー、りりーまほーつかいになるー♫」
リリィに引っ張られるように俺達は歩き出す。
ふと気になってジークリンデの方を見てみると、ジークリンデは気味の悪い笑みを浮かべていた。あれは笑顔のつもりなんだろうか。
「…………悪くないな、こういうのも」
母親が少し挙動不審気味ではあるものの、こうして手を繋いで歩く俺達は傍から見れば本当の親子のようにしか見えないだろう。
「ちょっと待ちなさいよアンタ達! 私はどうすればいいのよー!?」
「お前は魔法省の関係者ということにしておいてやるから静かにしろ」
「ホントッ!? さっすがジークリンデ様! 神!」
────一年前、リリィを拾ったあの時の事をもう遠い昔のように感じる。
未だに父親というものが何なのか分からないこんな俺がリリィを拾ってしまって良かったのか、それは分からない。
本当は同じエルフの方が良かったんじゃないか、とか。
本当の両親を探すべきなんじゃないか、とか。
そういう事を、全く考えないといえば嘘になる。
だが────
「────リリィ、学校楽しみか?」
「うん! りりー、おともだちたくさんつくる!」
「リリィならすぐに人気者になれるさ」
今はただ────繋いだ手のひらの小さな温もりを精一杯大切にしようと、そう思うんだ。