第58話 くまたん、色々あった
「お、おおおおおいヴァイス! お前一体何したんだ!?」
アンヘイムから帰ってきて三日ほど経ったある日の昼。
杖とローブを装備して上機嫌で踊っているリリィを眺めながらリビングでまったりしていると、血相を変えたジークリンデがベルも鳴らさず駆け込んできた。
手には豪華な装飾が施された化粧箱。どうやら届いたみたいだな。
「どうしたんだ、そんな慌てて」
「どうしたもこうしたもあるか!」
ジークリンデはソファまでズカズカ歩いてくると、抱えていた化粧箱をテーブルに置く。疲れた様子でソファに背中を預けるとハンカチで額を拭った。
どんな魔法か…………ハンカチが通り過ぎると疲れ顔は一瞬で怒り顔に変化した。
「どうしてエルフの国の女王からお前宛に荷物が届くんだ! 魔法省で今大騒ぎになってるぞ────女王から個人に贈り物が届くなど前代未聞だとな!」
ジークリンデは額に手を当て深い溜め息をついた。色々な感情が籠もっているんだろう、それはそれは深い溜め息だった。
「じーくりんでおねーちゃん、こんにちは」
「ああ、えっと…………こ、こんにちは、リリィちゃん」
物珍しさにリリィがテーブルに寄ってきた。
頑張って下手な笑顔を作っているジークリンデを華麗にスルーし、視線はテーブルの上に注がれる。
「ぱぱ、これなぁに?」
「それはな…………リリィへのプレゼントだ」
「なっ────!?」
驚きの声はリリィではなくジークリンデから発せられた。目を大きく見開いたまま固まっている。いちいち大げさな奴だ。
「ぷれぜんと!? あけていー!?」
「ああ、いいぞ」
「やったー!」
リリィは自分がすっぽり入れそうなくらい大きな箱に抱きつくと、滑らせるように箱をテーブルから落とす。そして箱の上部で綺麗な花を咲かせていたリボンを急いで解き始めた。
「きゅー!」
「ん?」
足元を見ると、リビングの騒がしさを聞きつけたくまたんが俺の足に身体を擦りつけていた。これはソファの上に登りたい合図だ。首根っこを掴んでソファに乗せてやると、怖いもの知らずなくまたんはなんとジークリンデの方に歩き始めた。どうやらカヤとの共同生活で大分鍛えられたらしい。言われてみれば、カヤに預ける前より目付きがキリッとしているような気もする。
「きゅー」
くまたんはジークリンデの膝の上で丸くなった。あれは完全に寝るパターンだ。分厚い魔法省の制服は寝心地が良いのかもしれないな。
「お、おい…………ゔぁ、ヴァイス、何とかしてくれっ」
ジークリンデは小動物が苦手なのか金縛りにあったように固まっていた。自分の膝の上で眠り始めたくまたんをどうしていいか分からず、手だけがあたふたとくまたんの周りで泳いでいる。困っている様子だが…………面白いので暫く様子を見守る事にしよう。
「ジークリンデ、お前懐かれてるな。試しに撫でてみたらどうだ?」
「撫でっ…………私が…………?」
ジークリンデはおっかなびっくりといった様子で視線をくまたんに落とす。コロコロと表情を変えながら、両手をゆっくりと近付けては離し近付けては離し…………結局触れない。どうしてそんな時価十億ゼニーはくだらない宝石でも触るような手付きなんだ。見ているこっちがやきもきしてくるな。
「ったく…………ほれ」
「ひゃうッ!?」
俺はジークリンデの側に寄ると、ジークリンデの手を掴んでくまたんに優しく押し付けた。ジークリンデの細い指越しに、くまたんの柔らかい体毛が俺の手をくすぐる。
「なんて声出してんだお前…………」
乙女のような声をあげ、身体を強張らせるジークリンデ。極度の緊張か首を亀のように縮こまらせて、肩は限界まで上がっている。顔を見れば湯気でも出そうなほど真っ赤になっていた。
「まさかそこまで魔物が苦手とはな」
俺はジークリンデの手を解放すると、リリィに視線を戻す。リリィは丁度リボンを解き終えた所だった。
「あっ!!!」
リリィが箱から取り出したのは…………ひと目で上質と分かる漆黒の帽子。よく見れば生地にはエルフの国の紋章が刻まれているその帽子は────向こうの王族のみが被ることを許されたロイヤル・アーティファクト。恐らくこの世のどんな帽子にも引けを取らない、最高級の一品だ。
「えへへ……ぱぱ、どお?」
リリィは帽子を被ると、にこにこ笑顔でこちらを向く。
「…………おお」
ローブに杖、そして最後のピースである帽子を身に纏ったリリィは最高に可愛かった。それ以外に言葉が見つからない。全く別口で入手した帽子とローブだったが、こう見ると最初からセットだったかのようにデザインが合っている。学校でも沢山友達が出来るに違いない。少し先の未来を想像して、思わず頬が緩みそうになる。
「よく似合ってるぞ、リリィ」
俺の言葉に反応してリビングを走り回るリリィを眺めていると…………心地よい疲労感が吹き出してくる。とりあえずこれで入学前の準備は完了したはずだ。衝動的に決めた帝都への移住、そして魔法学校の入学だったが、やっと落ち着くことが出来そうだ。思い切り手を伸ばすと、ぼんやりとした眠気を遠くに感じる。今なら気持ちよく眠れるだろう。
「ふわぁ…………寝るか」
「いや待て。全部説明してもらうぞ。アンヘイムから手ぶらで帰ってきた時から、おかしいと思っていたんだ私は」
「げ…………」
閉じかけた目を開くと、すっかり仕事モードに戻ったジークリンデが真面目な顔でこちらを見つめていた。膝の上にくまたんを乗っけていては、いつもの迫力も半減だったが。