第53話 次回、りりーがんばる
「それでね、ぱぱがりりーをたすけてくれたの」
椅子に座って、少女は嬉しそうに話を聞かせてくれます。
自分が奴隷だったこと。
父親に拾われたこと。
父親はとても優しくて、大好きなこと。
…………いつか父親を助けられるような魔法使いになりたいこと。
サイズを測る為のサンプルの帽子を被って幸せそうにしているこの少女は、まさか自分が今、特殊な空間に閉じ込められているとは考えもしないでしょう。
そして────大好きな父親に、もう二度と会えないという事も。
「…………そうですか。リリィさんは人間が好きなんですね」
当り前ですが、この少女からは人間に対する憎しみは一切感じられません。そもそも人間とエルフは一般的には友好関係にありますからね。エルフの国でも、人間は概ね好意的に捉えられています。
あそこまで人間を恨んでいるのは…………きっと私の主くらいでしょう。ラディメリア様は人間を深く憎んでおられます。
その原因は数年前────ラディメリア様が、まだエルフの国で第七王女と呼ばれていた頃まで遡ります。
◆
この事実は闇に葬られ一般には知られていない事ですが…………当時、エルフの国は内乱状態にありました。
次期女王の座を争っている第二王女が、当時はまだ第一王女であった現女王様に対して刺客を放ったという噂が王族の間で流れていたのです。事実、第一王女の周りで怪しい者が何度か捕まるという事もありました。第二王女は関係を否定していましたが、私も、そして周りの皆も、それを信じてはいませんでした。
「お姉様が心配だわ…………」
第七王女であるラディメリア様は、姉妹の中でも特に第一王女と仲良くされていました。末妹であるラディメリア様には実質的に王位継承の可能性がなく、第一王女もラディメリア様とお話されている時だけは本当にリラックス出来るようでした。二人の仲は、とても良好だったと言っていいと思います。
いや…………良好過ぎた、と言うべきでしょうか。
「お姉様…………ああ、お姉様…………」
ラディメリア様が枕に顔を埋め、足をじたばたさせます。第一王女と会った日の夜は、決まって眠れぬ夜を過ごす我が主。
そう、ラディメリア様は第一王女に恋をしていたのです。単なる姉妹以上の恋慕の情を抱いていたのです。決してそれを本人にぶつけることはありませんでしたが、ラディメリア様のお世話係だった私は何度もそういうシーンを見る事がありました。
そして────その時が訪れます。
「お姉様が襲われたっ!?」
ある、良く晴れた日の事でした。
街を歩いていた第一王女が何者かに襲われたという情報が、ラディメリア様の耳に入ったのです。
「お姉様は無事なのッ!?」
伝令役の兵士に掴みかかるラディメリア様。兵士が続けた言葉に、なんとか震える手を離すことが出来ました。
「そう、無事なのね…………良かった…………」
第一王女は通りすがりの人間に助けられ、事なきを得たとの事でした。今日まで続くエルフと人間の友好関係の発端はきっとこの出来事でしょう。街中で行われたこの救出劇は、多くの国民の目に入ったはずですから。ラディメリア様も最初は人間に好意的な感情を持っていたはずです。
────第一王女が、その人間に惚れてしまうまでは。
「お姉様、最近訪ねて来て下さらない…………」
エルフの国で人間の好感度が著しく上昇したあの日から、少し経ちました。
第一王女大好きっ子のラディメリア様は、寂しい日々を過ごしておりました。以前は頻繁にお茶会に誘ってくれていた第一王女と、最近ご無沙汰だったのです。
「お姉様…………今何をしていらっしゃるのでしょう…………」
この頃のラディメリア様は、よく物憂げな表情で空を見上げていらっしゃいました。
…………後になって分かるのですが、この頃の第一王女は自分を助けてくれた人間をエルフの国に引き留めるのに必死になっていました。ヴァ……だか、ヴィ……だかいう名前のその人間を、夫として迎え入れようとも。
第一王女の中から、ラディメリア様は完全に追い出されてしまっていたのです。
第一王女に恋をしていたラディメリア様からすれば、突然現れたポッと出の人間に最愛の人を掻っ攫われたようなもの。
この事を後から知ったラディメリア様の深い悲しみと…………そして怒り。それは想像するに余りあるものでした。結局その人間は第一王女の前から忽然と姿を消し、第一王女は暫くの間枕を涙で濡らす日々を送った事も関係しているかもしれません。
それから暫くして第一王女は晴れてエルフの国の女王になり、ラディメリア様は女王様と以前のような関係を取り戻せないまま、飛び出すようにエルフの国を発ちました。
その後はアンヘイムに流れ着き、今に至ります。
王族特有の高い魔力に加え手先の器用だったラディメリア様は帽子職人としての新たな生活をスタートさせました。けれど、帽子職人として気ままな生活を送りながらも、人間への憎悪を忘れた事はありませんでした。
例え世間がそれを「嫉妬」と断じようと、そんな事は当事者には関係ないのです。