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第52話 その頃、カヤはくまたんに手を噛まれ泣いていた

「…………」


 先程までの平和的な空間が一瞬で戦場に変わった事を肌で感じ取る。

 けれど身体に染み付いた危機察知感覚とは違い、頭は瞬時に切り替わらない。俺は椅子に座ったまま、ただラディメリアに視線を送る事しか出来ずにいた。


「何とか言ってみたらどうだ、人間」


 彼女の視線の意味が分からない。

 俺は何故、まるで親の仇に向けるような視線を、底知れぬ敵意を、初対面の彼女から向けられている?


「…………状況が把握出来ない。俺はお前に何かしてしまったのか?」


 当り前だが心当たりはない。記憶力に自信がある方ではないが、彼女の髪は特徴的で他の街で会っていたとしたら覚えているはずだ。


「特に、何も。ああいや、そうだな…………生きている事かな。生きている事が、私にとって良くない。悪いけど死んでくれるかな。殺していいなら、今すぐにやってあげるけど」


 そう言って彼女は右手に魔力を込める。


「────ッ!」


 それは俺を椅子から跳び上がらせるのに十分な魔力だった。反射的に彼女から距離を取り、気付けば俺は店の入り口を背中につけていた。


「待て、落ち着け。全く意味が分からない。何故俺はお前に攻撃される」


 場繋ぎ的に言葉を落としながら、頭をフル回転させる。


 彼女が俺に敵意を向けている理由は?

 ────分からない。


 彼女の力量は? 魔力量は?

 ────分からない。


 リリィの安否は?

 ────分からない。


「…………意味分かんねえ」


 口の中で吐き捨てる。これまで旅してきたどんな国でも、初対面の相手にここまでの敵意を向けられた事は無かった。あのゼニスですらだ。


「分からないか、人間。お前たちの犯した罪が」


 ラディメリアはどうやら限界に達しつつあった。

 目や鼻や口、それとエルフ特有の大きな耳から、グエナ火山の溶岩よりもぐつぐつと煮立った憎悪の念が今にも吹き出さんとしている。


「頼むから落ち着いてくれ。俺はただ、リリィに帽子をプレゼントしたいだけなんだ」


 言いながら、冷静さを取り戻しつつある頭でリリィが消えていったドアに意識を向ける。


 ドアの向こうからリリィの魔力は感じられなかった。

 ────嫌な予感が、広がる。


「俺の事が気に入らないというのなら、今すぐ目の前から消えてやる。だからリリィを返してくれ」


 その嫌な想像は、瞬く間に体中に伝播していく。


 冷たくなっていく頭とは裏腹に────心と体が沸騰し始める。必死に押さえつけていないと、今すぐあいつに掴みかかってどうにかしてしまいそうだった。


 リリィを、リリィを返せ。


「要求が多いね。それに、落ち着いた方が良いのはお前の方だと思うけど」


 余裕そうなラディメリアだが、それは口振りだけで実際はそうではないのは明らかだ。奴の瞳は引き絞られた弓のように俺に狙いを定めている。

 その視線を笑って受け流す余裕は…………残念ながら今の俺にはない。


「リリィをどこにやった。返答次第では────」


 ────殺す。





「あの子は無事だよ。どうして私がエルフに危害を加えないといけないんだい」

「それを判断出来るほど、俺はお前の事を知らない」


 数度のやり取りを経て分かったのは、この目の前のエルフが人間に極大の憎しみを抱いているという事だけだった。


「お前と人間の間に、一体何があった? 人間を憎むのはお前の勝手だが、それを俺にぶつけられても困る。降りかかる火の粉は払わざるを得ないんだ」


 種族間のいざこざは、はっきり言って珍しいものではない。

 アンヘイムのような特定種族しか住んでいない国では縁のない事かもしれないが、帝都やゼニスをはじめとする多種族が居を共にする場所では、しばしば種族を原因とした問題が起こる。残念ながら、その殆どに明確な発端など存在しない。


 ただ相手が気に入らない────それだけなんだ。


「…………聞きたいか、私が人間を憎む理由が。貴様らが犯した許されざる罪が」


 ラヴィメリアは嫌な想い出を磨り潰すように奥歯を嚙み締める。俺がこれまで見て来た数多くの種族間抗争とは違い、ラヴィメリアには明確な理由があるようだった。

 …………一体、人間に何をされたらここまで憎むようになるんだ。彼女から感じる憎しみの質量は、それこそ家族を殺された時のそれだった。


「────お姉ちゃん」

「…………は?」


 聞き取れず、一歩前に足を踏み出す。

 ────その瞬間。


「お前ら人間が…………私からお姉ちゃんを奪ったんだッ!!!」


 ────目の前に広がる大盤の魔法陣は、爆発する感情の発露。

 人の身体など容易く消し飛ばす炎槍が────空間を燃やし尽くしながらこちらに肉薄する。


 彼女の魔法陣がどこかで見た覚えのある文様だった事が災いした。

 その事に一瞬意識を取られ、対応が後手を踏む。咄嗟に防壁を作るも衝撃までは防げない。


「ガはッ…………!」


 背にしていたドアに思い切り身体を打ち付け、俺は意識を失った。



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ネットの『推し』とリアルの『推し』が隣に引っ越してきた~夢のような生活が始まると思っていたけど、何か思ってたのと違う~

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