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第48話 ヴァイス、甘くなる

 アンヘイムについて、俺は全く何も知らなかった訳じゃない。ゼニスにはアンヘイム出身のエルフも住んでいたし、昔立ち寄ったエルフの国はアンヘイムと交流があったから噂話を耳にする機会も多かった。ふんわりとだが、こういう国なんだなと想像する事くらいは可能だった。


 そして今回実際に訪れてみて、俺の想像はそう遠く外れていなかったと確信した。アンヘイムが帝都で最も魔法技術に優れた国家である事は疑いようがない。街並みひとつ見ただけでそれが分かった。

 ゼニスの酒場で、気を大きくした酔っ払いのエルフが語っていた「アンヘイムにゃてめえより強え魔法使いがゴロゴロいんだ」というセリフも、あながち嘘じゃないのかもな。


 …………だが、それは決して目の前で醜いツラを惜しげも無く歪ませているこいつらではないだろう。


「おいにぃーちゃん、覚悟出来てンだろうな!?」


 男たちがありふれた掛け声と共にポケットから取り出したのは────鈍く光を反射する金属の板。切って良し、刺して良し、叩いて良しの殺しの入門道具。その名はナイフ。特に魔法的な加護が掛かっている様子もない。


「…………」


 肩透かしも良い所だ。アンヘイムに住む奴らは皆魔法使いだと思っていたんだがな。

 てっきり俺の知らない魔法が飛んでくるものだと思っていた。


「へへ、ビビッて声もでねェか。だけど謝ってもダメだぜ、てめえはアニキの縄張りを侵しちまったんだからな」


 逆手に握られたナイフがスムーズな動きで俺の首筋にあてがわれる。何度も練習したのかその動きだけは様になっていた。


「キひッ」


 手下の男は完全にこちらの生殺与奪を握ったと思い込み、口元を嗜虐に染めた。後ろで高みの見物を決め込んでいる他の手下とリーダー格の男も、にやにやと質の悪い笑みを浮かべている。目の前の優男をこれからどうやって虐めてやろうか────そんな愉快な妄想で頭がいっぱいなんだろう。エルフでも悪人顔は醜いものなんだな。


「なあ」

「あンッ!?」

「お前────人を殺した事はあるのか?」


 アンヘイムの法律には詳しくないが、流石に賞金首以外を殺すのは違法のはず。殺人が裁かれないのはゼニスだけで十分だ。


「はっ、このナイフがハッタリだって言いたいのか? …………残念だったな、俺ァ二人殺してるんだよ。今更何人殺そうが変わりゃしねえ」


 それは渾身の脅し文句だったんだろう────男は勝ち誇った笑みを浮かべた。


「てめえで三人目だ。ガキにお別れを言っとくんだな────」

「その必要はない」


 ────既に勝負はついている。


「ア…………?」


 男は間抜けな声をあげ目を見開いた。その視線はぴくりとも動かないナイフ、そしてそれを握る自分の腕に向けられている。


「ンだよこれ!?」


 男の中では、ナイフは既に俺の命を奪っているはずだった。

 しかし俺はまだ生きていて、何故か腕が動かない。混乱するのも無理はないだろう。


 何故ならこいつは「自分がやられるかも」などとは一切考えていないからだ。あくまで狩りを楽しんでいるに過ぎないこいつには、自分が今狩る側から狩られる側に回った事など知る由もない。


 その油断が今────男の命を奪う。


「ひとつ教えといてやる────本当の人殺しはな、殺した人数なんていちいち覚えちゃいないんだよ」

「!?」


 俺が生み出した小さな水球が男の顔を包む。

 男の顔が恐怖に染まるのと、耐えきれず息を吐きだすのは同時だった。


「ガッごボっ、がバッ!?」


 身体の自由を奪われたこいつは、藻搔く事も叶わない。

 男はナイフを構えた姿勢のまま、白目を剥いて気絶した。


 男が気を失ったのを確認すると、俺は水球を霧散させ身体のロックを解く。糸の切れた人形のように男は倒れ、主を失ったナイフはカランと高い音を立てて地面に転がった。


「がはッ!」


 がら空きの腹に蹴りをいれると、男は気絶しながらも勢いよく水を吐き出した。


 …………あと数秒水球を消すのが遅かったら、間違いなく死んでいたんだがな。ここがゼニスなら間違いなく殺していた。俺は人を殺すことを何とも思わない。


「次は誰にする?」


 残りの奴らに視線を向けると、さっきまでの笑みはすっかり鳴りを潜め、代わりに恐怖が張り付いていた。


「てッ、てめえっ! ジョルジュに何しやがった!?」

「囲めッ、囲め!」


 リーダー格の男を除いた数人が、慌てて俺を囲む。しかし、さっきの男のように不用意に接近してくることはなかった。何をされるか分からない恐怖が、奴らの心を縛り付けている。


 …………一人ずつ相手してやってもいいんだが、騒ぎになっても面倒だな。いくら大通りの外れとはいえ、人の目がない訳じゃない。


 さっきの要領で全員の顔を水で包むと、ついに立っているのはリーダー格の男だけになった。何とかギリギリ恐怖に耐えている顔をしている。俺が一歩踏み出すと、男は痩せた身体をビクッと震わせた。


「二度とこの店に近付かないか、死ぬか。どっちか選ばせてやる」

「ヒッ……!」


 俺は男に手をかざすと、大げさに数枚の魔法陣を展開した。

 見る人が見ればその殆どが意味のない記述だと分かるんだが、魔法の知見がないらしい男は恐怖に顔を歪ませ脱兎のごとく駆け出した。


「おい、忘れ物だ。持ってけ」

「ぐはッ!?」


 俺は気を失っている男たちを魔法で浮かせ、逃げる男の背中目掛けて投擲した。男は背中に衝撃を受け、幾人もの下敷きになり苦しげな声をあげた。


「…………こんな所か」


 昔なら事情や法律など関係なしに殺していたかもしれない。悪人を殺すことに対し俺は少しの躊躇いもない。それは今も変わらない。だがしかし、今回心のどこかでブレーキがかかった。リリィを育てるうちに甘くなったのか、それとも帝都に移住してゼニス風の思考が薄くなったのか。理由は分からないが、この甘さが俺の足元を掬うような気もした。


 そんな事を考えながら、俺は二人が待つ酒場へと踵を返した。

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ネットの『推し』とリアルの『推し』が隣に引っ越してきた~夢のような生活が始まると思っていたけど、何か思ってたのと違う~

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