第47話 ぱぱ、がんばる
「…………ンだァ…………?」
獣は自らの縄張りを荒らされることを何よりも嫌う。
集団の先頭に立つリーダー格のエルフはどうやら心まで獣に染まっているようで、猛禽のような鋭い眼光で俺を縫い付けてきた────が、そんな威嚇でビビるような奴はゼニスには一人もいない。アンヘイムではどうだか知らないがな。
隣に座っているリリィに目を向けると、足をぷらぷらさせながら不思議そうにリーダー格のエルフを見つめていた。ビビっている様子は全くない。まあゼニス育ちのリリィをビビらせるのは至難の業だと思うが。
「なんだてめえはッ!?」
「ここがアニキの店だと分かってんのか!?」
リーダーが敵意を発したのを察して、後ろに控えていた数人の子分達がリーダーを守るように横一列に並ぶ。
エルフは一般的に知性が高く魔法の扱いに長け、長寿で、おまけに容姿も優れやすい最高の種族として知られているんだが、男たちの顔付きにはそのどれも感じられなかった。持って生まれた幸運を自ら手放すなんて、なんて贅沢な奴らなんだか。
「────と、言ってるんだが。ここはあいつらの店なのか?」
カウンターに向き直ると、店主の女性エルフは視線をちらちらと入り口の方に向けながら押し黙ってしまう。明らかに困っている様子だ。彼女の抱えている問題が、あいつらによるものなのは確定的と言っていいだろう。
…………首を突っ込む予定は無かったんだが、絡まれては仕方ない。
「…………なあ、名前を聞いていいか? 俺はヴァイス、そしてこっちが娘のリリィだ」
「!? よんだっ?」
名前を呼ばれたと勘違いしたリリィがバッと振り向くのを横目で確認しながら、俺は名乗った。
「あ、えっと…………フウカと申します…………あの、それより……」
彼女はフウカと名乗った。
フウカはどうにも悪党どもが気になって仕方ないらしく、しきりに入口の方に視線を向ける。
あんな威嚇なんて気にすることないのにな。やはりアンヘイムは治安がいいんだろう。ここを除いて。
「無視してんじゃねーぞ!」
「ぶっ殺すぞテメエ!」
騒ぐ子分どもを無視し、続ける。
「フウカ、あいつらなんだな?」
「え────」
「お前がそんな顔をしているのは、あいつらのせいなんだな?」
「ッ…………それは…………」
フウカの視線が、俺と奴らの間を行き来する。
数度それを繰り返した後、フウカは本当に小さくだが…………確かに頷いた。
「…………リリィ、少しの間おねーちゃんと一緒に待っててくれるか?」
「わっ」
リリィを抱っこし、カウンターの向こうにいるフウカに手渡す。フウカは訳が分からない様子だったが、反射的にリリィを抱き締めた。
「────おい」
鋭い言葉が突き刺され振り向くと、いつの間にか目の前にリーダー格の男が立っていた。
背は俺よりも高く、深い彫りの奥で鋭く光る眼光は空腹の獣を思わせる。頬には大きな傷があり、相当やんちゃしている事が伺えた。感じる魔力の質はあまり高くはなく、恐らく魔法を扱うエルフの平均より下。
まあ、大したことはなさそうだ。
「てめえは誰だ? どうしてウチの店で寛いでやがる」
「ここはフウカの店らしいんでな。お前に許可を取る必要があるとは知らなかった」
わざとらしく手を広げてみせると、男はこめかみに太い青筋を作ったが、けれど感情のままに突っかけてくることはなかった。今にも殴りかかりたいのを何とか抑えている、そんな雰囲気だ。全く動じていない俺に対し何かを感じているのかもしれない。
「アニキッ、下がっててください!」
「こんなモヤシ野郎俺たちだけで十分っすよ!」
手下たちが騒ぎながら駆けつける。
リーダーと違いこいつらの表情には何の凄みも感じられない。ただの街のチンピラだろう。
「おいコラッ、表出やがれッ!!」
「わかったから引っ張るなって」
手下の一人が俺の胸ぐらを掴み外に歩きだす。
ぞろぞろと俺の周りを固めるこいつらの頭の中は、既に今晩どの酒を勝利の美酒とするかで一杯だ。その表情からは不安や恐怖などは一切感じられない。
相手の力量を測る能力も身に付いていない彼らには、危機を察知する能力が圧倒的に欠けていた。獣と違う所があるとすればそれだ。リーダーは少し違和感を覚えていたみたいだがな。
「ぱぱ…………」
振り向くと、リリィが不安そうな表情で俺を見つめていた。さっきはビビっていた様子は無かったが、こうなると怖いものは怖いらしい。俺はリリィに笑顔を作り、手で大丈夫だとアピールした。
リリィは小さく頷いたが、フウカは不安そうな表情を崩さない。
「安心しろぉ、あのガキはテメエをボコった後、俺たちがちゃーんと面倒見てやるからよ」
「そうか、それなら安心だな」
そうこうしているうちに俺たちは外に出た。
大通りの隅にあるこの店は周囲の目があまりなく、一触即発のこの状況でも騒ぎになることはなかった。多くはない通行人もこちらにちらっと視線を向けるだけで足を止めることまではしない。もしかするとこいつらが外で暴れているのは見慣れた光景なのかもな。
「覚悟しろよォ……俺たちをナメた事、たっぷり後悔させてやるからなァ!」
「お前らこそ覚悟は出来てるんだろうな」
ゼニスでは喧嘩は命懸けだった。
どこかブレーキの壊れたあいつらは、ちょっとした口論から当然のように命を奪う。
ゼニスに住む彼らは、いつでも覚悟を決めていた。喧嘩は平等だと理解していた。
だが、目の前の奴らからはどうにも覚悟が感じられないのだった。喧嘩を一方的な暴力だと思いこんでいる。
それを理解させてやる必要があった。