第42話 メイド、全力でお嬢様を応援する事を決意
妖精の国へ行くことに決めた俺たちは、早速ジークリンデの家を訪ねていた。カヤの居場所を聞くためだ。
「ほぁ〜…………おひめさまみたい…………」
ジークリンデの家を目の当たりにしたリリィが目を輝かせる。
ジークリンデはフロイド家の本宅に住んでいて、フロイド家の邸宅は最早家というより城と言った方が正確なのではないかと思うくらいの迫力があった。一度でいいからこんな家に住んでみたい。
しかし、こんな立派な家に何の不満があるのか知らないが、本人は家を出たいらしい。父親が許してくれない、と酒の入ったジークリンデがいつだか嘆いていた。魔法学校卒業と同時に家を飛び出した俺とは正反対だが、きっと名家ならではのしきたりがあるんだろう。
「おじゃましまーす!」
朝早すぎたのかジークリンデはまだ寝ているようで、俺たちは応接室に通された。まだ時間がかかるらしく、若いメイドがリリィの遊び相手になってくれている。くまたんはソファの上で丸くなっていた。
「えっとねー、これがくまたん! それでね、こっちはぱぱ!」
「リリィちゃん、お絵描き上手だねー」
「うん! りりーおえかきすきなんだー」
メイドがどこからか取り出したお絵描きセットで遊んでいるリリィを眺めていると、音も無くドアが開きジークリンデが姿を現した。てっきり寝間着姿で来るものかと思っていたんだが、何故かジークリンデは魔法省の制服を身に纏っていた。今日は休日だと聞いていたんだがな。
「…………」
ジークリンデはドアの前で立ち止まり、室内に視線を彷徨わせる。
リリィと遊んでいるメイドの上で一瞬視線を止めた気がしたが、そのままスルーしてこちらに歩いてきた。
「…………待たせたな」
「いや、構わないさ。こっちこそ朝早くに済まなかった」
ジークリンデは俺の向かいに腰を下ろした。いつも通りのキリッとした表情は、とてもさっきまで寝ていた人間には思えない。きっちりした性格のジークリンデは、きっと寝ボケなどというものとは無縁なんだろう。羨ましい限りだ。
「それで一体何の用なんだ。お前が訪ねて来るなど、初めての事だと記憶しているが」
「そうかもな。時間がないんで用件だけ伝えさせてもらう。カヤの居場所を教えてくれ」
「…………この前の女か。何か用があるのか?」
そう言って、ジークリンデは鋭い視線を俺に向ける。
帝都の安全を守る仕事をしているジークリンデは、まだカヤを不審者として怪しんでいるのかもしれない。俺の所感ではアイツはただのアホだと思うが、気楽な俺と魔法省長官補佐のジークリンデでは責任が違い過ぎる。仕事を増やしてしまって申し訳ない。
「妖精の国に行くことにしたんでな。あいつの力を借りたいんだ」
「な────ッ!?」
ジークリンデは何故か大声をあげ立ち上がった。
その声に驚いて、リリィの面倒を見てくれていたメイドがビクッと背筋を伸ばして振り返る。自分が怒られた訳ではないと知ると、ホッとした様子でリリィに向き直った。
「な、なんだそれは…………! お前ッ、それはつまり…………奴を、母親として連れて行くつもりだとでもいうのか……!?」
「…………は?」
ジークリンデの見当違いな予想に、俺は思わず言葉を漏らした。
…………こいつ、やっぱりまだ寝ぼけているのか?
「な訳ないだろ。留守の間くまたんを預かって貰おうと思ってるんだ」
「そ、そうか…………」
相当動揺したのか、顔を強張らせたままジークリンデはソファに腰を下ろした。
「くまたんというのは…………エンジェルベアの事で合っているか?」
「そうだ。カヤはエンジェルベアについて詳しいし、どうせ暇してるだろ。預けるにはうってつけだと思ってな」
エンジェルベアについて詳しい、という所は正直自信がなかったが、少なくとも暇なのは間違いない。
「そういう事なら…………ほら、これが住所だ」
ジークリンデはメモにさらさらと何かを書き込んで渡してきた。見れば住所が記載されている。この住所は…………確か中流住宅街だったか。魔法省が面倒を見ているだけあって、無職の割に良い所に住んでいるみたいだな。
「助かる。それじゃあな」
「ま、待て!」
腰を上げた俺をジークリンデが呼び止めてくる。
視線を向けるが、ジークリンデはそっぽを向いて口をもごもごと動かすだけだった。
「…………何だ?」
「…………いやその…………何でもない。気をつけて行ってこい」
「精々楽しんでくるさ────リリィ、カヤおねーちゃんの所いくぞー」
「うん!」
リリィがくまたんを抱っこしてぽてぽてと走ってくる。
ジークリンデに礼を言い、俺たちはフロイド家を後にした。