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第39話 ジークリンデ、安らぎの時間

 勿論、と言っては失礼なのかもしれないが、カヤがエンジェルベアの素材を扱うプロだったという事は無かった。カヤが当てにならないと知った俺とジークリンデは、日を改めて魔法省お抱えの毛皮職人にエンジェルベアの素材を引き渡すことにした。

 今は待ち合わせ場所に指定されたいつもの喫茶店で、コーヒーを啜りながらジークリンデを待っている。


 因みにカヤは暫く俺の家に逗留するつもりだったようだが、それを聞いたジークリンデが無理やり魔法省に引っ張っていったので、今どこで何をしているのかは分からない。

 もしかしたらもう会う事も無いのかもな。そうだとしても、俺の心は痛まない。


 俺は善人ではないからだ。


「すまない、遅くなった」


 声が振ってきて、俺は顔を上げる。

 急いできたんだろう、そこには少し息を荒げたジークリンデがいた。ジークリンデは対面の席に座り一息つくと、額の汗をハンカチで拭った。


「構わないさ。昨日は面倒事を押し付けちまったからな。…………結局カヤはどうなったんだ?」


 最悪、帝都からつまみ出されたんじゃないかとまで思っている。俺にもジークリンデにも…………そして帝都にも、彼女の面倒を見る義理は無いのだ。フラットな視点で見れば、カヤは俺が勝手に連れて来ただけの不審者に過ぎない。


 ジークリンデは相変わらずの鋭い目でメニュー表を眺めながら、淡々とした口調で話し出した。


「…………あの女なら、今は魔法省が管理している住居に住まわせている。元の村に返してもよかったんだが、それを伝えたら私の足にしがみついて泣き喚くんでな。パンケーキパンケーキと叫んで話にならなかった」


 カヤと一緒に過ごした時間は短いが、その映像は鮮明に思い描く事が出来た。ジークリンデの眉間にはさぞ沢山の皺が刻まれていた事だろう。


「…………大変だったみたいだな」

「本当にな。ヴァイス、お前は一体何を考えてあの女を連れて来たんだ?」

「勝手に着いてきたんだ。帝都の人口が一人増えようと俺には何の関係もないからな。断る理由が無かった」

「奴が問題を起こせば、それはお前の責任になるんだがな」


 ジークリンデはそこで注文の為に言葉を切った。

 コーヒーだけかと思ったが、ジークリンデは合わせてパンケーキを注文した。長居するつもりだろうか。


「お前が問題を起こせば、それはつまり私の責任という事になる。その事を肝に銘じてくれ。まあ、お前が言って聞く奴だとも思っていないが…………」

「いや、気を付けるよ。俺も問題を起こしたい訳じゃない。リリィの入学も控えているしな」


 親が悪い意味で有名になってしまっては、リリィの学校生活に影響が出るかもしれない。リリィが学校を卒業するまでは隅っこで大人しくしているつもりだ。


「入学といえば、必要なものは揃っているのか?」


 到着したコーヒーカップに口をつけながら、ジークリンデは口を開いた。

 やはり今日は長居をするつもりらしい。ジークリンデからはまったりとした空気が出ているような気がした。


「大体はな。ただ、帽子が必要になりそうなんだ」

「帽子? …………そこまでなのか?」


 帽子には魔力を安定させる役割があり、通例として上級生から着用することになっている。

 勿論生徒によって魔力量には差があるんだが、それを考慮しても入学段階から帽子が必要になる生徒など俺は聞いたことがない。

 ジークリンデもそれを知っているからこそ、驚きを隠せない様子だった。


「ああ。はっきり言って、リリィの魔力量は図抜けている。中級生に上がる頃には俺を抜いているかもな」


 魔法学校は十二年制だ。最初の六年が下級生、次の三年が中級生、最後の三年が上級生。

 しかし十二年全て在籍しなければ正式に魔法使いと認められない訳ではなく、途中で入ってくる奴もいれば一足早く魔法職につく奴もいて、その辺りは個人の実力次第で何とでもなる。

 ぶっちゃけてしまえば俺も最後の三年は殆ど蛇足に近かったが、特にやりたい事もなかった為在籍していた。


「…………やはり凄いんだな、種族の差というものは」


 ジークリンデは少し寂しそうに呟く。

 ────学生時代、自分が手も足も出なかった存在。

 そんな俺を中級で抜くかもしれない存在がいるという事に、途方も無い『違い』を感じているのかもな。


 …………俺からすれば、ジークリンデの頭脳は同じだけ誇れる物だと思うんだが、得てして欲しい物と手に入れられる物は違ったりするものだ。


「…………ま、魔力量で負けたからといって、実戦で負けるつもりは当分無いけどな」


 ジークリンデの理想を壊さないためにも、暫くは最強であり続ける必要がありそうだ。

 こいつの為ならそれくらいはお安いご用だ。


「フッ…………そうでないと困る。お前は私に勝った男なんだからな」


 俺の意図に気付いたかは分からないが、ジークリンデは表情を和らげた。

 ほろ苦い、そしてどこか落ち着くコーヒーの香りが俺たちを包む。


「帽子の素材は決まっているのか? お前の入れ込み様を見るに、既製品で済ますつもりがないのは予想できるが。もう入学まではあまり時間がないぞ」


 入学式まではもう二週間を切っている。

 ローブや杖だってまだ受け取っていない。

 やる事は沢山あった。


「いくつか候補はあるんだが、これってのはな。ジークリンデ、お前は何か知らないか?」


 今考えているのは、ダークフレイムドラゴンかケンタウルスの皮を使うこと。それぞれ討伐難易度SSランクとSランクの魔物だが、俺はどちらも討伐経験があった。特にケンタウルスは強さの割に素材が優秀な性質を持っている為、今の所第一候補だ。加工もそれほど難しくないしな。


 日々魔法省の巨大な情報網に引っかかるあらゆる知識を、ジークリンデは全て把握している。その中には俺が知らない情報も沢山あるだろう。

 内心期待していると、ジークリンデはゆっくりと口を開いた。


「…………妖精の国。そこに稀代の帽子職人がいるという噂を、聞いたことはあるか?」

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ネットの『推し』とリアルの『推し』が隣に引っ越してきた~夢のような生活が始まると思っていたけど、何か思ってたのと違う~

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