第29話 リリィ、はじめての魔法
当たり前の事だが、魔力を出せるようになったからといってすぐ魔法使いになれる訳ではない。
魔力と魔法は全く別物だ。例えるなら小麦粉とパンくらい違う。魔力はただの材料であり、そこに技術や知識が加わる事で魔法という形になる。無論、何かの偶然で魔力が魔法として放たれる事もあるが、基本的に魔法の本質は学問だ。だからこそ魔法学校というものが存在する。
「ぱぱ、さんどいっちおいしいね!」
「ああ、そうだな」
俺とリリィは帝都の近くにある森にやってきていた。子供でも歩いてこれる距離にあり、魔法学校の実地訓練でもよく利用される場所だ。噂では数十年前にエスメラルダ先生が森を半分ほど吹き飛ばした事件があったらしいが、今はその面影は見られない。草花の生命力の強さを感じさせる話だ。
「もぐもぐ…………」
リリィは切り株に腰かけて、お弁当のサンドイッチに夢中になっている。ほっぺにジャムが付いているが気付いている様子はない。指で掬い取って口に運ぶと、果実の酸味と甘味が口の中に広がった。
「さて…………これからどうするか」
太陽は既に頭の上を通り過ぎているが…………実のところリリィの特訓は全く進んでいなかった。朝イチに家を出発したはずなのに、やった事と言えば森を散策してお昼ご飯を食べただけ。これは特訓じゃなくてピクニックと呼ぶのではないか。一体どうしてこうなった。リリィが虫取り網を持参していた時点で嫌な予感はしていたが。
「リリィ、ご飯食べ終わったら特訓するぞ」
「とっくん?」
「魔法の特訓だ。今日はそれが目的だったろ?」
「う~ん………あ、そだった! とっくんする!」
どうやらリリィは今日の目的を忘れていたらしい。ハッとした表情を浮かべると、急いでサンドイッチを口に詰め込み始めた。
「食べるのはゆっくりでいいからな」
◆
「────ということだ。分かったかリリィ?」
「う、うん…………!」
青空の下、木漏れ日の差し込むなかで俺は初級魔法書を使いリリィに魔法の基礎を教えることにした。魔法を行使する上での心構え(そんなものを気にしたことはないが一応教えておくべきだろう)から始まり、魔法陣の意味、魔力を魔法に変換する上でのコツなどこれから魔法使いになろうという初心者にぴったりの内容になっている。
流石はハイエルフの頭脳というべきか、リリィは教えた事をすらすらと飲み込んでいった。知識があるのとないのとでは魔法陣の形成にかなり差が出てくるんだが、きっと座学の方は大丈夫だろう。
「えーっと、手ごろな魔物はいないか…………」
この森が魔法学校の実地訓練に使用される理由は凄く単純で、命の危険がある魔物がいないからだ。ピカピカの魔法使い1年生でも勝てるくらいの魔物がひっそりと生息している。一般的に魔物といえば『人間を脅かす怖い生き物』というイメージがあると思うが、この森の魔物からすれば人間こそ悪魔だろうな。
「…………お、丁度いいのがいるな」
視線を彷徨わせると、少し先にスライムの親子が歩いていた。足が無いので歩くと表現していいのか分からないが、とにかく歩いていた。大きな個体の後ろをぴょこぴょこと小さな個体がついていく。身体の色からブルースライムだという事が分かった。
…………ブルースライムはスライムの中でも特にひ弱な生き物だ。この森の生態系の中でも間違いなく最下層に位置している。魔法を覚えたてのリリィでも充分倒せる相手だろう。なんなら魔法を使わずとも手で叩くだけで倒せてしまうかもしれない。
「リリィ、あそこにスライムがいるのが分かるか?」
「すらいむ? どれ?」
「あの青くて丸っこいやつだ」
「…………あ! ぽよぽよしてるー!」
リリィはスライムを指差して笑った。スライムはその見た目の可愛さから、魔物なのに結構人気がある。ペットにしている奴もいるくらいだが、聞いたところによると知能が低いため言う事をきかず飽きてしまうらしい。因みにうちはスライムを飼う予定はない。
「リリィ、さっきの授業を覚えてるかテストだ。あのスライムに火魔法を出してみろ」
「え…………」
リリィの素質を測るにはいい相手だと思ったのだが、リリィは悲しそうな顔で俺を見つめてきた。
「ぽよぽよ、かわいそう…………」
「…………そうか」
「うん…………」
「じゃあ…………やめよっか?」
「うん」
スライム、可哀想か…………
そういう視点は俺には無かったなあ。今まで数えきれないくらいの魔物を倒してきたし。この前なんか『神の使い』と崇められてるドラゴン2体も倒してしまった。それなのに俺の心は全く痛まない。俺は善人ではないからだ。
「それじゃ…………この樹はどうだ? これならリリィの魔法くらいなんてことないと思うぞ」
俺が示したのは近くに生えていた巨木。大人数人で手を広げても囲め切れないほど太いこの樹なら、覚えたてのリリィの魔法くらいじゃビクともしないだろう。
「だいじょーぶかな…………?」
「こんなに大きいんだ、きっと大丈夫だ。思いっきり火魔法を撃ってみな」
「わかった…………!」
────リリィが樹に向かって手をかざす。
すると、赤色の小さな魔法陣がぼんやりと現れた。
「…………よし」
俺は口の中で小さく呟いた。
魔力で魔法陣を描くことが出来れば、あとはそこに魔力を吹き込むだけで魔法を行使する事が出来る。やはりハイエルフは魔法の扱いに長けているらしい。一発で魔法陣を描くのは相当センスがいい証だ。
「────たぁ!」
リリィが裂帛の掛け声と共に、魔法陣に魔力を吹き込む。
────その瞬間、天を衝くような巨木は一瞬で燃え上がった。
俺の脳裏には、エスメラルダ先生が森を吹き飛ばしたというエピソードがフラッシュバックしていた。
「…………やべっ!?」
俺は急いで青色の魔法陣を展開すると、そこにありったけの魔力を込めた。
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