第20話 リリィ、おひめさまになりたい
オーレリアに連れられて俺たちは応接室に通された。ソファとテーブルがあるだけの簡素なレイアウトの部屋だったが、家具の質は魔法省の応接室より高い。『フランシェ』は魔法具ブランドの中ではトップというわけではないが、随分儲かっているらしいな。
「ふかふか、ふかふか」
「リリィ、おとなしくしててな」
ソファに体重をかけて身体を跳ねさせているリリィを注意しておとなしくさせる。リリィはじっとしていられないのか、ソファの上で身体をムズムズと動かす。
…………うーん、学校の授業が不安になってきたな…………
リリィはこれまで集団生活というものをした事が無い。落ち着きがなくて授業中に迷惑をかけてしまわないだろうか。
「お待たせ致しました」
俺の向かいにオーレリアが座った。テーブルの上に書類を数枚並べて、俺に差し出してくる。素材売却関係の契約書だろうか。書類に目を落とすと、やはりそのようだった。一度売却した素材は何があっても返還出来ない事や、売却額を他言しない事などが記載されている。
「うーん…………?」
リリィがテーブルに身を乗り出し興味津々な様子で書類に顔を近づけるが、きっと内容は理解出来ないだろう。日常会話で使用する言葉とこういう契約書の言葉は全く別物だからな。いくら知能の高いハイエルフとはいえ、教えていないことまでは分からない。
「契約書の説明の前に、物品を確認させて頂くことは可能でしょうか?」
オーレリアの真っすぐな視線が俺に向けられる。一見何の感情も籠っていない商売人の瞳だが、実際はそうではないはずだ。見ず知らずの若造が「討伐ランクSSSのクリスタル・ドラゴンの素材を売りたい」といきなり訪ねて来て、何の疑いも無く信じるなどという事はありえない。
「この中に入ってる」
俺は魔法鞄をテーブルに載せた。一見何の変哲もない普通のサイズの鞄だが、持ち主の魔力に応じて収納量が増える優れもの。持ち主以外が魔力を通すと中に何が入っているかが分かる。
「失礼致します」
オーレリアは断りを入れ、魔法鞄に手をかざした。
「っ…………」
────眉を動かしたのは、内心ガセだと疑っていたら嘘どころか2体入っていたからだろうか。
「確認出来たか?」
「…………ええ、確かに。2体入っているようでしたが…………」
「頭が無い方を引き渡したい。角は使う用事があるんだ」
「…………承知致しました」
オーレリアの言葉には先程までのキレが無くなっていた。視線を忙しなく動かして何かを考えているようだ。何を考えているのかは、まあ大体予想が付いた。
討伐記録が殆どないクリスタル・ドラゴンをどうやって倒したのか?
目の前の男は何者なのか?
…………果たしてどれ程の金額になるのか?
頭脳明晰なエルフだからこそ、その他多数の疑問が頭の中を駆け巡っているのだろう。
「…………それでは、買取金額についてなのですが────」
頭の中の疑問にある程度決着をつけたのか、口を開いたオーレリアを俺は制した。
「金はいらない。その代わり条件があるんだ」
「…………条件?」
オーレリアが眉をひそめて身構える。クリスタル・ドラゴンがタダになる条件とは、一体どんな無理難題を言われるのかと考えているのかもしれない。
「まず、クリスタル・ドラゴンの素材でマジックドレスを作ること。そして────余った素材でこのリリィに着せるドレスを作って欲しい。これが条件だ」
「りりー?」
急に名前を呼ばれたリリィが俺の方を向いた。オーレリアは暫くの間、俺とリリィの間で視線を彷徨わせていた。
我に返ったオーレリアが口を開く。
「…………え、っと…………それだけ、ですか…………?」
「そうだ。リリィのドレス姿が見たくてな。素材が足りないと言うならまた狩ってくるが」
「足りないという事は…………ですが、本当によろしいのですか…………?」
「問題ないさ。親子2人で生活するのに、金はそこまでいらないからな」
ジークリンデが家をタダで譲ってくれたおかげで、貯金もそれなりにあるしな。
「りりー、どれすきれるの!?」
話をふんわり理解したらしいリリィが、期待のこもった眼差しで俺とオーレリアに視線を向ける。
「喜べリリィ、このおねーさんがリリィのドレスを作ってくれるって」
「っ~~~…………! りりーおひめさまになれる?」
「ああ、可愛いお姫様になれるぞ」
「えへへ…………りりーおひめさま…………」
ソファの上でリリィが跳ね始めた。
「ほらリリィ、ソファの上で跳ねちゃダメ」
「わわっ」
テンションが上がって暴れ始めたリリィを膝の上に抱えて、俺は契約書にサインしていった。