第113話 ジークリンデ、やってくる
「ぱぱー! きいてきいてあのね────」
テストから帰ってきたリリィはばたばたと俺の元に走ってくると、リュックも降ろさずに今日何があったかを話し始めた。身振り手振りと共に嬉しそうに語るリリィはとても可愛くて、ついそのまま聞いてしまいそうになるがぐっと堪える。
「待て待てリリィ、帰ってきた時の挨拶は?」
「ただいま! それでね、れいんがね────」
リリィは話したくて話したくて仕方がない、とばかりに会話を再開する。俺は話を聞きながらリュックを降ろしてやり、帽子とローブを脱がせ────スカートの裾が土でべったりと汚れている事に気が付く。
「おいおいリリィ。どうしたんだ、これ?」
「ぼーけんのあかしだよ! きょうはすっごいたくさんあるいたんだよ!」
そう言って、リリィは誇らしそうに胸を張った。娘が元気でとっても嬉しいが、それはそれとして汚れは速やかに落とさなければならない。この服はリリィのお気に入りだから、汚れが残ったら悲しむだろうしな。
「そうか、頑張ったんだなリリィ。じゃあとりあえず服着替えような」
「うん! それでね、おっきなぽよぽよがね────」
「…………うんうん…………それは凄いな。 …………リリィ、ちょっとばんざいして。はいおっけー」
リリィが全然自分から脱いでくれないので、話を聞きながら服を着替えさせる。この汚れは…………洗ったら落ちそうだな。とりあえず一安心だ。
ところで…………今リリィがとんでもないことを言っていた気がするのは俺の聞き間違いだろうか。おっきなぽよぽよとか言ってなかったか…………?
「待てリリィ、おっきなぽよぽよって言ったか?」
「うん! もうすっごいおっきなぽよぽよがいたんだよ! えっとね…………こーーーーれぐらい!」
リリィは両手を広げ、ソファの上から思いっきりジャンプして大きさを表現する。結果的にあんまり高さは稼げてなかったものの、手を広げた時の目線から察するにとんでもない大きさだったことが分かった。
人間よりも遥かに大きいスライムとなると…………スライムキングだろうか。あそこの森にいるという話は聞いたことがないが。
「それで、そのおっきなぽよぽよはどうしたんだ?」
「りりーのまほーでたおした!」
「倒したのか!?」
スライムキングは攻撃力は低いものの防御力が高く、身体の大半を失っても再生する能力を持っている。倒すには高火力の魔法で全身を一気に吹き飛ばす必要があり、上級生でも一人で討伐するのは至難のB級魔物だぞ?
「うん! …………でもね、もりがたくさんやけちゃったの…………せんせーは『きにしなくていい』っていってたけど…………」
「…………マジか」
まさかの言葉に俺は凍りつく。
スライムキングを倒せるほどの威力の魔法だと、かなりの範囲が焼けていることが想像出来た。あとで見に行った方がいいだろうか…………。
…………つーか「気にしなくていい」はおかしいだろ。先生、自分も森を吹き飛ばしたことがあるからって寛容過ぎるぞ。自然を何だと思ってるんだ。
「…………ほんとはね、りりーいやだったの。でもぱぱとはなしたことおもいだして、たたかったんだよ」
「俺と話したこと?」
「たすけるときだけ、たたかっていいって」
「────ああ」
それは、一週間ほど前にリリィに語ったことだった。スライムと戦いたくないと言うリリィに対し、俺は一つの考え方を示したのだった。
「それで────ちゃんと助けられたか?」
「うん! えっとね、りりーはじめてのおともだちができた! れいんとおともだちになったんだよ!」
「そうか! それは良かったな!」
「わ、わぷっ!」
俺は思わずリリィを抱き締めていた。
「ぱぱ〜くるしい〜〜」
「あはは、すまんすまん。でも本当に良くやったぞリリィ」
リリィに友達が出来たことが、自分のこと以上に嬉しかった。帝都に来た目的の一つが、まさにリリィに同年代の友達を作ってやりたいということだったからだ。あのままゼニスに住んでいたら、今のリリィの笑顔は絶対になかっただろう。
「れいんとね、ぼーけんしながらいっぱいおしゃべりしたよ! りりーがおっきなぽよぽよたおしたからてすともいちいになってね、れいんがほめてくれたんだよ」
腕の中で、リリィが興奮した様子で身体を揺らす。俺は居ても立ってもいられなくなり、リリィを抱っこして部屋の中を駆け回った。
今日ばかりは親バカと言われても仕方ないだろう。
◆
「…………アイツ、今日は来ねえのか?」
いつも日課のように家にやってくるジークリンデが今日に限ってやってこない。今日はリリィのことを沢山話してやろうと思ってたのに、なんとタイミングの悪い奴。
リリィはテストで疲れていたのかもう寝てしまったし、くまたんも敷物の上で眠そうに丸まっている。やることがなくて暇になってしまったな。
「…………俺ももう寝るかな。昼間騒ぎ疲れたし」
不完全燃焼な気持ちはあるものの、話し相手がいないのでは仕方ない。
俺はリビングの電気を消し────消そうとしたところで、呼び鈴が鳴った。
「来たか!」
俺は急いで玄関に走り────勢いよくドアを開けた。
「…………親と喧嘩してな。済まないがここに住まわせてはくれないだろうか」
────そこには、大荷物を抱えたジークリンデが立っていた。