第100話 ジークリンデ、叫ぶ
「ぬおおおおおおおおおおッ!!!!!?????」
ジークリンデの叫び声が超速で後ろに流れていく。ありったけの魔力を流し込んでフルスロットルに叩き込んだ改造二輪車は蹂躙するように帝都前の大通りを爆走し、帝都はみるみるうちに小さくなっていく。この瞬間は何度味わっても気持ちがいいな。
「ヴァ、ヴァイスッ、止めろ! 止めてくれ!!」
「何言ってんだ、まだまだ加速するぞ」
「私を殺す気かッ!!」
「しっかり捕まってりゃ大丈夫だ、死にはしない」
ぎゅう、とお腹を締め付ける手が強くなる。そうそう、そうやってりゃいいんだよ。
「そろそろキツくなってきたな…………あれやるか」
俺は接地しているタイヤに魔力を纏わせ、少しだけ地面から浮かす。すると、さっきまでブルブルと震えていた座面がシンと大人しくなる。地面とタイヤの間に魔力を挟むことで衝撃を散らせるのだ。大幅に振動が軽減され、ジークリンデが少しホッとしたのが分かった。
「ジークリンデ、目的地までは何キロだっけか」
「…………約五百キロだ」
「二時間だな」
「…………思っていたのと違う」
ジークリンデが何かを呟くが、風の音にかき消され俺の耳までは届かない。聞き返すと、ジークリンデは何でもないと叫んで怒ってしまった。
「何なんだ一体…………」
いつもと違うジークリンデの様子に首をかしげながらもアクセルを回す。暫く無言の時間が続くと、ぷく、とジークリンデが頬を膨らませたのが背中の感覚で分かった。一体どうすりゃいいんだよ。
◆
「ここでいいのか?」
「ああ、間違いないはずだ」
二時間のドライブを終え俺たちが辿り着いたのは、森林とむき出しの岩肌がないまぜになったような採掘地帯だった。人の営みの匂いはなく、周囲には打ち捨てられた小屋がいくつかあるだけ。恐らくは既に放棄された場所なんだろう。
空に目を向ければ、大型の鳥が聞いたこともない鳴き声を発しながら優雅に漂っている。遠くに来た、って感じがするな。
「ここは昔、帝都が使っていたコーラル・クリスタルの採掘場なんだ。記録によるともう数十年は放置しているようでな、資料と全く違う状況になっていることもあり得る。それで再び稼働出来るか私が確認しに来たという訳だ」
「なるほどねえ…………まずはカフェで一服って訳にはいかないと」
残念ながらな、と言いながらジークリンデは手にしている紙をちらちら確認しながら周囲を見渡す。恐らくは地図の類だろうか。釣られるように俺も何となく視線を彷徨わせてみると、根本的な疑問に行き着いた。
「なあジークリンデ。見た所コーラル・クリスタルがあるようには思えないんだが、本当にここで合っているのか?」
元は森林地帯だったと思われる一帯は綺麗に切り開かれていて、遠くの岩肌まで見渡せる。しかしいくら探してもどこにもコーラル・クリスタルの赤色は確認出来ないのだった。てっきり赤く光る壁がお出迎えしてくれると思っていたんだがな。
「それはそうだろう。コーラル・クリスタルは地層の奥深くに出来る結晶体だからな。その為に…………ん、あれか。ヴァイス、あれを見てみろ」
ジークリンデが指さした先にあったのは、木材で補強された洞窟の入口だった。岩壁にぽっかりと空いたそれの先にコーラル・クリスタルがあるという訳か。
「あの先に?」
「ああ。資料によればあの洞窟から取れる部分だけでも採掘率は10%ほどらしい。当時はまだ採掘技術も発達していなかったし、コーラル・クリスタルの需要もそこまで高くなかったからな。稼働途中でプロジェクトが中断されたんだろう」
「つまり、あの洞窟がまだ使えるか確認するのが今回の仕事って訳か。見た所危なそうだが」
数十年も放置されていた洞窟など少し考えるだけで危険が盛り沢山だ。落石や崩壊に始まり、急激な気温の上下、危険生物や有毒物質の発生などいくらでも思い浮かぶ。どう考えても採掘屋を雇って確認するべきだと思うんだが、魔法省は意外と人手不足なのか?
「これは本当に俺たちがやらないといけない仕事なのか? どう考えても専門家にやらせるべきだろ。少なくとも魔法省長官補佐が直々にやってくる必要があるとは思えないんだがな」
俺の疑問に、ジークリンデは流し目をこちらに向け、その後やれやれとばかりに肩を落とした。
「全くその通りだ。私だってそう思うんだが、これが意外と複雑なことになっているんだ。まあ分かりやすく言うと…………利権と派閥争いというやつか。コーラル・クリスタルを武具に利用しようというプロジェクトは、今後かなり大きな予算を投入する可能性があってな。今の段階から一枚噛みたいという奴が魔法省内にも大勢いるんだよ」
「…………それでお前が来る羽目になった、って訳か」
「正確に言うと、そうなることを見越して秘密裏に進められている、ということになる。私が今この場にいることを知っている人間は、魔法省にも殆どいない」
行くぞ、とジークリンデは洞窟に向けて歩き出す。その背中はいつもより少し小さく見えた。帝都でも有数の名家であるフロイド家の令嬢で、且つ魔法省長官補佐という立場にあるジークリンデでも、ドロドロとした権力争い渦巻く魔法省の駒の一つにしか過ぎないのだ。
…………その細い両肩に、一体どれほどの物が乗っかってるんだろうか。全く、凄い奴だよお前は。
「ヴァイス? 何をボサッとしてる。さっさと行くぞ」
「────ああ。今行く」
小走りでジークリンデの横に並ぶ。
隣に立つジークリンデはやはりいつもより少しだけ頼りなく感じて、俺は一歩だけ横に距離を詰めた。近くにいた方が良いと何となく思ったからだ。