第1話 一つのメール
感想書け、あとアドバイス。これってあなたの感想ですよね
『それって、なんかデータとかあるんすか?』
「はい論破。」
『いやw。それってあなたの感想ですよねw?』
「はい論破。」
『あの、嘘つくのやめてもらっていいですか。』
「はい論破。」
カーテンで閉め切られた薄暗い部屋の中で、カタカタというキーボードの音と陰鬱な声が響いていた。
部屋はゴミこそないものの、様々な機械や機材が引き締められおり、住んでいるものの内面をそのままに表していた。
そして、その部屋の主は、今日も今日とて不気味な笑い声を発していた。
「ふっ、ふふふ、論破に関しては誰にも負ける気がしねえなぁ。」
俺の名前は、斎藤弘樹。20歳、フリーター、そして最近名をはせている論破王である。
え?どっかで聞いたころのある名前だって?それってあなたの感想ですよね?
論破王、それは『1ch』『なんでも議論』など様々な掲示板に現れては、どんな発言も論破してしまう。
そしてついた異名は、論破王ヒロキ。
最初は、冗談半分で相手の揚げ足取りをしていただけだった。気づけば俺の敵はいなくなり、誰にも負けなくなくなり、そしてついにはワイドショーの有名コメンテーターまでもを論破した。
気持ちいい、気持ちよすぎる。最高だ。物理的な影響が及ばないインターネットで、お互いがお互いの議論をぶつけ合わせ、少しでも隙を見せれば揚げ足を取られる。しかし、しゃべらなければ負けになる。
中学や高校のときのような奴らよりもはるかに偉い人間を論破していくのは、今までの自分をすべて否定しつつ、新しい自分に変わっていっているようでとても気持ちよかった。
まあ、リアルの俺は、パソコンのモニターの前でキーボードをたたく黒髪のツンツン頭なんだが。ちな、目つき悪い。
しかし、そんな清廉潔白大魔神な論破王にも、悩みがあった。
そして、その悩みはどんなものにでも襲い掛かるものだ。
「くっそ…また請求書かよ、こんな金額払えるあてなんてあるかってんだ。」
目の前に輪ゴムで束ねられた封筒の束を俺は睨みつける。
そう、お金がないのだ。
論破することに時間を割くあまり、お金が無くなっていき、今では唯一の自分のアイデンティティであるインターネットの契約料でさえ払えなくなっていた。
早急に金を用意する必要がある。論破の活動は絶やしてはいけない、短期間でまとまった金を用意する必要がある。その三つの条件を抱えながら、今の状況を打破する必要があった。
「求人サイト、求人サイトッと、いい仕事はありませんかーってな。」
俺は、急いで登録した求人サイトを片っ端から探し、自分の要求に見合う仕事を探した。
人生初の就職活動だった。
「あー、これもダメ、ん~、これはよさそうだけど力仕事だからダメ。」
しかし、そんな都合のいいバイトがあるはずがない、バイトがないわけではないのだが、ヒロキの求める条件に見合うものはなかった、、、はずだった。
『最新型ゲームのベータテスターを募集しています。 守秘義務さえ守って頂ければ、即日100万円を支払わせていただきます。(この情報は、一部の特別な人にしか表示しておりません)』
「これしかない、ふふ、一部の特別な人だって?論破王さんに案件もってきましたって素直に書けばいいのに。」
俺は確信した。これは俺宛に送られてきた特別な仕事だと。そうでなければ、こんな有料案件がまだ残っているわけがない。
『その仕事、私が引き受けよう。』
私は、メールの返信にそうとだけ書き、送信した。
ーー2つ日後ー東京駅前ーー
その日は平日真っただ中、スーツに着られている大人たちは炎天下に照らされて、苦しげな表情を浮かべ、うつむき歩いている。
そんな中、薄着の私服で、堂々と出歩く僕。ふふ。
そうだ、俺は選ばれている。明らかに他の凡人とは違う人間だ。
そして、他の人間とは違う、特別な仕事をするために渋々、この炎天下に身をさらしている。
お前らとは違うのだ。
そんな時、ただでさえうるさい喧噪の中で男が大きな声が聞こえてきた。
「おい、ヒロシ!次の案件まで時間がないぞ!とっとと走れ!」
「す、すみません先輩。今急ぎます。」
「ヒロシ、、、あいつ働いたら負けだとか言ってたくせに、、、」
大きな男に大きな声をぶつけられていたのは、高校時代の同級生のヒロシだった。
高校を卒業してから、見るのは初めてだった。けれど、その光景を見た瞬間、彼と自分との生きている世界の違いを感じた、。
「まあ、凡人は、誰かの下でおこぼれにありつかないと生きていけないからな。頑張れよ、ヒロシ。」
俺は、人ごみに紛れていったかつての同級生の背中を見ながらそうこぼした。
仕事の依頼で呼ばれていた場所は、駅からそう遠くはない場所にあった。
新型のゲームと聞いて、ものすごい巨大なビル化と思っていた俺は、少し拍子抜けしてしまった。
「いや、選ばれた人間にしか頼めない秘密の仕事だ。でかいビルの本社でできるはずもなく、こういうぼろいビルでやった方が、情報が漏れにくいというわけだろう。」
ふふふ。始まるぞ、選ばれしものだけが知る裏社会の仕事が、ふはははははは!!!
俺は、そのビルのドアを手動で開け、中へと入っていった。
「あのー、仕事の依頼に返事を送ったものなんですがー」
中は薄暗く、誰もおらず、頼りない小さな豆電球がたった一つだけのエレベーターの入り口を照らしていた。あと、声が少しうわずった。
「誰かいませんかー」
返事は帰ってこない、本当に誰もいない。
このエレベーターで勝手に上がってきてくれってことだろうか。
俺は、不思議に思いつつも、エレベーターの隣の丸いボタンを押した。
ピンポーン。
待つことなく、エレベーターの到着を知らせる音が鳴る、
ガチャリと開いたそこは真っ暗な闇だった。
次の瞬間、俺は肩をはねて驚いた。
to be continued…
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