現れた仲間
グラースの事件から何週間か経ったある日、ユウキが出勤する為、車のエンジンをかけようとしたが、掛からなかった。やむなく、その日は近くのバス停まで歩く事になり、ステラが途中まで送ってくれた。
ユウキが思い切ってステラの手を握ると、彼女は嫌がらなかった。
「キスしたい」
ユウキが調子に乗って言うと、
「えっ、馬鹿を言うな。皆が見ているではないか……」
彼女は、照れを隠すようにユウキを睨んで、その手を振りほどき、さっさと帰ってしまった。
その夜、ユウキは残業で遅くなり、夜道を一人で歩いて帰っていた。家まで、あと一息という所まで来ると、街灯が途切れ、月の光だけが頼りとなった。
誰かに後をつけられているような気配がしたユウキが、小走りに駆け出そうとした、その時である、いきなり、誰かが彼の左腕を掴んだ。
驚いたユウキが、慌てて振り払おうとしたが、相手の力は半端ではなかった。見ると二メートルはあろうかという大男だった。
ユウキが振り向きざまに、渾身の右回し蹴りを頭部に放つと、大男は、それをスッと躱し、ユウキの足を掴んで、グイっと投げ上げた。
ユウキが、その勢いのまま後方に一回転し、着地しながら攻撃態勢を取ろうと顔を上げた時には、大男の巨体が眼前に迫っていた。
(やられる!)そう思った刹那、大男の前に黒い影が立ちはだかった。
月の光の中で、二つの影が交差して、ドスッ! ドンッ! と、拳が炸裂する鈍い音が響く。すると、大男の方がドスンと倒れ込んだ。
「ユウキ、大丈夫なの?」
ステラの声が闇に響くと、逃げようとした大男が立ち止まり、何やら口走った。すると、ステラが大男を振り返り「サルガスなの?」と、駆け寄った。
二人は、訳の分からぬ言葉で何やら話していたが、ステラが荒い息ずかいをしながらユウキに言った。
「彼は私の仲間よ、心配いらないわ」
その言葉にユウキは、力が抜けたように座り込んでしまった。大男が、すまなかったねというようにユウキの手を取り立ち上がらせた。
ステラの方を見ると、いつの間に現れたのか、もう一人の男と抱き合って再会を喜んでいた。
「ユウキ、家に来てもらっていいわね?」
ステラに言われ、ユウキが頷くと、四人は暗い道を彼の家に向かった。
居間に通し明るい所で見ると、二人とも例のスーツを着ており、身体は頑健で、眼は怖いほどに鋭かった。大きい方はワイルドで、もう一人は知的な雰囲気である。
「日本語を入れたから、言語モードを合わせてみて」
ステラが促して、二人が腕時計のようなものを操作すると、会話が可能となった。
彼らは、今まで連絡出来なかったのは、通信機が壊れてしまった為だと説明して、この街へは、グラースのニュースを見て来たのだと話した。
ステラは、ユウキに彼らを紹介した。大きい方がサルガス、知的な方が隊長のレグルスで、いずれもステラの親衛隊だという。
「この人は、この星でお世話になっているユウキよ」
ステラに紹介されて、ユウキは二人と握手を交わした。
「ステラ様が、お世話になり有難う御座います」
レグルスが、頭を下げた。
「とんでもない、私の方こそ、家事をして頂いて助かっています」
「ほう、ステラ様が家事ですか? それに、話し方まで女性らしくなって……」
レグルスが、訝し気にステラを見た。
「私だって、家事ぐらいできる。そんな目で見るな!」
ステラが、照れ隠しをするように男言葉になった。
「お二人はどういう関係なんですか?」
仲の良さそうな二人を見て、サルガスが聞いた。
「夫婦だ」
「えっ!」
「と、いっても、偽装だがな」
「それで、一年も一緒に暮らして、何もなかったのですか?」
レグルスが執拗に聞いてくる。
「それは……」
「いえ、私達は、戦いの連続で恋愛すらできないステラ様が、不憫だったのです。貴女に愛する人が出来たなら、どれほど嬉しいか」
レグルスの慈顔が、ステラを包んだ。
「ありがとうレグルス。ユウキの前で言うのも何だが、私は、地球に落下した時に記憶を無くしてしまったんだ。二人で暮らす内に愛情が芽生えたのは確かなのだが、記憶が戻ってみると、自分の気持ちが分からなくなってしまって……」
ステラが、ユウキの顔をチラ見しながら言った。
「この世界に、偶然は無いと言いますから、今回の貴方達の不思議な出会いも、きっと意味があるはずです。お二人で良く話し合えば、縺れた糸も解けるかもしれませんよ」
レグルスの言葉に、ステラとユウキが頷いた。
宇宙での戦いでは、多くの犠牲者が出たようで、ステラ達は涙ぐんで、早くこの戦いを終わらせなければと誓い合っていた。
次に、この街に来たロボットの事へと話は変わった。敵の正体は恐らく彼らの艦を襲った新型ロボットのグラースだと意見は一致した。
サソリ型のロボット、スコーピオンがシールドを破り、もう一体の破壊型ロボット、グラースが、艦内に入って破壊活動を行った為、ステラ達の戦艦は破壊されたのだ。
彼らの戦闘スーツには、シールドという防御装置がついていて、少々の攻撃ではダメージを受ける事は無いのだが、グラースのビーム砲は、それを超える破壊力があるらしい。
彼らの話に、ついていけないユウキが心配そうに聞いた。
「そんな敵に、たった三人で勝算はあるんですか?」
「三人? 四人でしょ」
当然だというように、サルガスが口を挟んだ。
「彼はダメ! 戦闘訓練も受けていない平凡な人よ。巻き込まないで!」
ステラが、顔色を変えて彼らを牽制した。
「そうは言っても、ユウキ殿は既に抜き差しならぬところまで関わっています。予備のスーツがありますから、いつでも訓練は始められますが、ユウキ殿の気持ちはどうなんですか?」
レグルスが、鋭い目をユウキに向けた。
「ステラの力になれるなら、やらせてください!」
「ほんとにいいの。戦士になるという事は、命を捨てるという事なのよ」
ステラが、ユウキの覚悟を見定めるように言った。
「君の為なら、命だって捨てて見せるさ」
「……」
ステラは、ユウキに危ない事をしてほしくなかった。だが、自分と一緒にいれば、危険は何時やってくるか分からない。スーツが使えるようになれば、最低限の対策になる事は間違いなかった。
「分かったわ。そこまで言うなら、ユウキに戦闘訓練を受けてもらいましょう。それで、スーツはどのタイプなの?」
「もしもの時にと、博士が持たせてくれたニュータイプのものです。私達もまだ性能を確認出来ていませんし、ユウキ殿に合わせ言語の更新も必要ですので、しばらく待って下さい」
レグルスの話に、ステラは意外な顔をした。
「そんなものが在ったの、知らなかったわ。グラースは、まだ太平洋のどこかに隠れているはず、ともかく準備を急ぎましょう」
当面、レグルスとサルガスも二階に住むことになり、グラース撃退への準備に入った。
二、三日して彼らは、新型スーツのテストも兼ねて、グラースの探索に出掛けていった。
ステラも、時間があると戦闘訓練をしてくると、何処かへ出掛けた。グラースやサルガスと戦った時、戦闘能力が減退している事に、気づいたそうだ。
ユウキも戦闘訓練に備え体力作りを開始していて、それぞれに、戦いへの準備に余念がなかった。