グラース来襲
ステラが、脱出ポッドから必要なものを持ち帰った時には、戦闘スーツを脱いでおり、赤いブレスレットが手首にあった。
持ち帰った通信機で何度か連絡を試みたが、仲間からの返答はなかった。ステラは、こちらの位置が仲間に分かるようにと電波を送り続ける事にした。
一週間が経ち、ステラは、記憶が戻った時のような、よそよそしさは無くなっていたが、彼女が醸し出す威厳の様なものが、ユウキを近寄り難くさせていた。
それでも、上辺は前と同じような生活が戻り、ステラも当たり前のように主婦業を熟していて、男言葉も少なくなっていた。
彼女は、地球人には聞こえないという通信機で、仲間へ呼びかけたり、ブラジルや太平洋の異変等の、情報収集に余念がなかった。
ステラのスーツは、高速で空も飛べるらしく、アマゾンの現場へ行こうかとの話になった事もあったが、あれから一年、彼らが、そこに留まっている可能性は限りなく低かった。
そんなある日、ユウキがポツンと言った。
「あの時、敵のロボットも、地球に侵入した可能性はないのかな?」
ステラの緑の瞳が、キラリと光った。
「その可能性は高いと思うわ」
「だったら、このまま電波を出し続けると、敵に居場所を教える事にもなるんじゃないか?」
「そうかも知れないけど、今は、仲間が生きていることを信じて、電波を送り続けるしかないわ」
あの隕石群の中に、敵のロボットが紛れているかもしれないことは、ステラが最初から懸念していた事だった。
ネーロ帝国のロボットが、この地球で暴れ出す事になれば、人類の大きな脅威になることは明らかで、それは、自分達の責任において処理しなければならない、最優先事項だと彼女は考えていたのだ。
それから数日か経った夜の事、突然の轟音と地響きで二人は飛び起きた。窓を開けると、港の方角の空がオレンジ色に染まっており、街の建物のそこかしこから火炎が上がっていた。そして、その炎は、段々こちらに向かっているように見えたのである。
ステラは、ネーロ軍のロボットだと確信し、発信機のスイッチを切った。
「ユウキ、逃げるぞ!」
ステラが、叫んで外へ出ると、近所の人達も異変に気付いて、家から飛び出していた。
「ユウキ、こちらにロボットが近付くようなら、皆を連れて山の方に逃げてくれ。私は、何とかあのロボットを止めてみる」
ステラは早口にそう言ってスーツを纏い、ステルスモードで夜空に舞い上がった。
ステラが、海岸付近の上空に出ると、身長が五メートルはあろうかという赤茶けた人型ロボットが、頭部の大きな一つ目からオレンジ色の光を放って、狂ったように建物を破壊していた。近くには、逃げ惑う多くの人影が見える。
このロボットは、ネーロ軍の新型ロボット、グラースである。頭に付いている大きな目自体が、センサーになり、レーザー砲にもなるのだ。そして、その目は自在に動いていた。
ステラは、ステルスモードのままロボットに接近すると、両の拳をロボットの方向に突き出し、手の甲からエネルギー弾を数発放った。
ズドドドーン!!!!!
エネルギーの光弾は、ロボットの頭部に炸裂したが、何故か、何のダメージも与えることは出来なかった。
「くそっ、やはりシールドで護られているのか!?」
振り向いたロボットがステラを認識した途端、オレンジ色の特大ビームが、彼女の戦闘スーツを掠め、空の赤い雲までも吹き飛ばした。
「何という破壊力だ!」
ステラは、逃げながらエネルギー弾で応戦し、対応策を考えていた。
ロボットは、ステラが現れたことで戦闘モードとなり、辺り構わずレーザー砲を撃ちまくっていた。民家やビルが次々と破壊され、辺りは火の海となっていった。
ユウキと近隣の住民達は、山の中へ避難して、この光景を見ていた。街が火の海となって、空が不気味な赤に染まるのを、彼らは、身を震わせて見守るしかなかった。
一方、ステラは、スーツのシールドのパワーを上げて、グラースのレーザービームを器用にかわしながら、後方から、その首に取り付いた。グラースの頭は、三百六十度回転するから、レーザー砲の餌食にならないように、その頭を両手で抑え込んだまま空へ飛びあがったのだ。
ステルスモードの為、周りの人間には、ロボットが自力で浮き上がったようにしか見えなかった。ステラのスーツには、数十トンの物を持ち上げるパワーがあった。
グラースは、ステラを振り払おうと暴れたが、彼女は必死に食らいついて離さなかった。
ステラは、暫く海上を飛んで、太平洋の真ん中付近でグラースを離した。グラースは、一度落下しかけたが、飛行装置を起動させて、ステラの前面に浮き上がって来た。
ステラは、強力なシールドで護られたグラースを、破壊する事は難しいと判断して、飛行出来ないようにすれば時間稼ぎになると、最大級のエネルギー弾を、連続してグラースの足の飛行装置に向けて打ち続けたのである。
すると、飛行装置にダメージを与えたようで、グラースは体勢を崩し、ビームを放ちながら海中へと落ちていった。
ユウキの街では、多くの家が破壊され、火災は朝まで消えなかった。グラースの映像がテレビで放映されると、世間は何が起こったのかと騒然となった。
政府も、謎のロボットの出現に驚き、緊急会議を開き、現地の復興と調査、米軍への応援要請を決定した。自衛隊が出動し、ロボットを捜索したが、見つけることは出来なかった。
幸い、ステラの存在がニュースになる事は無かった。
ユウキの家はかろうじて難を逃れたが、犠牲者が多く出た今回の事は自分たちの責任でもあると、ステラは自分を攻めていた。
「仕方ないさ、ステラの責任じゃないよ」
ユウキの慰めも、彼女の心には響かなかった。
「あのロボットは、またやってくるわ。早く対策を立てないと……」
ステラの顔が、一層、険しくなった。