空から落ちて来た彼女②
「血液型が合わないなら、そうかもしれませんが……。それで、容態は?」
「骨折とか内臓の破損はないようだが、頭など、全身打撲の症状がみられる。もう一つ気になるのは、心臓がかなり弱っている事だ。恐らく彼女の持病の様なものだと思う。暫く入院が必要だろう。取り合えず、下着やパジャマは妻のものを着せてある」
「すいません、ありがとうございます」
「それで、どうするつもりだ?」
「まさか、怪物に変身したりはしないでしょう。意識が戻るまで、暫く様子を見ようと思います」
黒沢は、暫く考えていたが、「何かあっても俺は知らんぞ」と言いながらも、入院の段取りをつけてくれて、その夜はユウキが付き添うことになった。時刻は、既に午前二時を回っていた。
今回の比較的大きな流星は、世界の数か所で観測され、テレビ等でも報道されたが、人工衛星の残骸か単なる流星だと報じられた。
三日三晩眠り続け、四日目の朝に目を覚ました彼女は、警戒するように、ユウキや黒沢を険しい目で見つめた。
「大丈夫だよ、此処は病院だから」
ユウキが、起き上がろうとする彼女を気遣い、身体に触れようとした瞬間、彼女の拳が顔面に飛んだ。ユウキは、不意の攻撃によろめいたが、そのパンチにさほどの力は無かった。
ユウキを睨んだ彼女の眼は美しい緑色をしていて、その眼光は鋭かった。彼女は、年は二十台半ばだろうか、鍛え上げられた身体に栗色のショートカット、美しい顔は、どことなく気品を漂わせている。
「大丈夫、何もしないよ」
ユウキが、両の掌を見せて微笑むと、彼女は幾分落ち着いた風になった。
「僕はユウキ、君の名前は?」
ユウキが傍らの椅子に座って聞いたが、返事はなかった。
「エイリアンなら言葉は通じないだろうが、頭を打っていたから、記憶喪失の可能性もある。しばらく様子を見よう」
黒沢は、そう言って病室を出て行った。
その日からユウキは、仕事の帰りに彼女を見舞うのが日課となった。
彼女の中で、笑顔で現れ、色々と世話を焼いては笑顔で帰っていく、ユウキの存在が次第に大きくなり、いつしか彼が現れるのを心待ちにするようになっていた。
その日は、冬にしては暖かかった。ユウキは、気分転換をしようと、彼女を車椅子に乗せて、エレベーターで屋上まで上がった。外はよく晴れていて、遠くにあの湖が見えた。
「晴れた日は気持ちがいいね」
ユウキは、空に両の手を突き上げ大きな伸びをして、彼女に微笑みかけた。
彼女は、太陽に向かうと目を閉じ、気持ちよさそうに深呼吸をして、景色を眺めていた。太陽の下で見ると、彼女の美しさは、さらに輝いてユウキの心をときめかせた。
ユウキは、彼女が分かろうが分かるまいが、普通に話かけるよう心掛けていた。言葉が違っても、人間なら心は通じるはずだというのが、彼の思いだった。
彼女は、何度か反射的に声を出したことがあったが、何の事か分からなかったし、どこの言葉なのかも分からなかった。
その後、彼女は見る見る元気になり、二週間もするとリハビリに入り、少しずつ歩けるまでに回復した。驚異の回復力に、黒沢も目を見張った。
リハビリの時間以外は、テレビが好きなのか、真剣な面持ちで長時間見ていることが多いと、看護師が教えてくれた。
ユウキは、休日になると一日病院に居て、リハビリの介助をするなど、献身的に彼女を支えた。彼が、お道化た様な格好をすると、彼女に笑みも見られるようになり、心を開きつつあることが実感できた。
リハビリ中、ユウキが介助しすぎると、自分でやるとの意思表示をすることもあったが、依然会話は出来なかった。
そして、一月が経つと、彼女は、すっかり回復して、退院の日となった。
ユウキはそれまで、彼女は、身体が回復すると、何処かへ消えてしまうのではないかと思っていたのだが、彼女は何処へも行かなかった。いや、行けなかったのだろう。
ここは、自分が面倒見る事が最善だと思ったものの、エイリアンかもしれない相手と、隠れるように暮らすことには無理があった。
その事を黒沢医師に相談したところ、今後のことも考えて、ユウキの妻として戸籍を用意するなど、二人の身の立つように計らってくれたのである。用意された登録名は、ロシア人でエレーナだった。
「心臓の方はどうにもならないから、過激な運動をさせてはいけないよ」
黒沢に見送られて、ユウキ達は病院を後にした。
ユウキは家に帰る途中、洋服店に寄り、彼女の普段着を何着か買い求めた。衣装合わせをすると、長身で美しい彼女は、何を着てもよく似合った。
買い物を済ますと、住宅地の外れのユウキの家へと向かった。それは、中古だが二階建ての一軒家だった。ユウキは、家に上がると家中を案内し、一階のユウキの隣の部屋を、彼女の部屋とした。
いまだ意思の疎通もままならぬ、平凡な青年と、謎のエイリアンとの奇妙な共同生活が、始まろうとしていた。