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おいしいパンの作り方

おいしいパンの作り方



 角灯の光が映し出す、水で洗い流したような殺風景な空間。そこには不似合いなほどにきらびやかな装飾を纏った壮年の男女。その首からは、これまた豪奢な黄金色の十字架が提げられている。

「……情報が足りん」

「はい」

 苦々しげな男の発言に、ただ肯定が返される。男は淡々と、事実を確認するかのように続ける。

「人手が足りん。金が足りん。頭が足りん。時間が足りん……」

「はい」

「どうしてこうなったのだろうか……」

 男はあきらめたようにつぶやく。十字架が、揺れる。

「信仰が、足りなかったのでは?」

「フッ……フフフ……足りないものばかりだな」

女の言葉に、もはや笑いしか起こらない。

 ちらりと扉の方を一瞥し、その後すぐに女に目配せして男は続ける。

 ほんのすこしだけ開かれた、殺風景な部屋に似つかわしい木製の扉だった。

「偉大なりし枢機卿は今、面白いことをしようとしているようだな」

「はい。巫女の資格を有している者を欲していると聞きます」

 芝居がかった男の口調で続ける男に頷きつつ、はっきりとした口調で女は補足する。

「幸か不幸か、足りぬものばかりではなかったな……」

「はい」

「あれを差し出せば、家の存続どころか新政権における更なる地位、利権まで手に入る。再三にわたる不幸な事故も、それを煽るものだろう」

 苦虫をかみつぶしたような顔から、喜色にとんだ声が放たれる。

「しかし、勘のいい子です。いずれ気づいて逃げ出してしまうのでは?」

「なあに、明日には枢機卿の手のものが派遣される。逃げるとしてもここから東の王都までは並みの馬でも一週間。人の、ましてや少女の足ならその十倍はかかる」

 一見先を憂うような反論に、男は笑みを浮かべて言う。

「家宝を使ったらどうです?」

「……倉庫で眠ってる怪しい水晶玉か?使えば力を手にできるというが使い方は不明で、効力も眉唾だ」

「……」

「もし本物の魔道具だとしても今日中に、逃げ出さない限りは同じことよ」

無意味とばかりに鼻で笑って男は言う。その笑みはいたずらが成功した子供の様な無邪気さを孕んでいた。女も、呆れたような笑みを浮かべて言う。

「そうですね。今日中に逃げ出さない限りは」

「では、我々も明日に備えるとしよう。新たな門出に、唯一神の加護があらんことを」

扉が閉まり、後には闇が残るだけだった……。

「……」

 


「私は先日、精霊を召喚することに成功しましてな。次の位階も目前で……」

「いやいや!私は治癒の術を賜れるようになり、日々人々の役に立てるよう……」

「結界術式を行使できる吾輩についてくれば、将来安泰……」

 ある日常の昼下がり。少女は果実水の入ったグラスを片手に、数人の男たちと話していた。

 男たちは一様に煌びやかな法衣を纏っており、鉛色の空に逆らうように、これ以上ないほどに激しく主張している。

 少女は鈍色に光るグラス、そこに映る自分の顔を見取って小さく息を吐く。そして男たちを一瞥して一言。

「でも、それは主の御力なのですよね……」

 見晴らしの良いテラスに備え付けられた円卓。その中心――どこに座っていようと中心である。そこから放たれた言に男たちは首をかしげる。そして、少女に隣から声がかけられる。

「左様。我々聖職者は神より力を授かり、人々のために使う者。神の威光を示し、人々を導くことこそが本分であります」

「ハハハ。何をいまさらなことを。中々愉快なレディーだ」

 その発言に、思わず少女は身震いする。できることなら今すぐ逃げ出したいが、家の面子というものがあるらしい。

 本分とは言うが、実際に聖職者然とした行動をしていれば、目の前の法衣が仕立てられるほどの金子を集められるはずがないことを、少女は知っている。

 つまるところ、男たちが民衆に神の威光を示すことで私腹を肥やしているのは明白で、それを皆、当たり前だと思っているらしい。。

 少女は目の前に並ぶ豪勢な食事に。逃れられない宿命に。漠然とした嫌悪を感じるのだった。

 夜の帳が辺りを包む。月は、昇らない。



「いっそのこと平民に生まれればなんて、罰当たりかな」

会合とは名ばかりの縁談を終え、少女は憂鬱な気分で寝室へ向かう。本来なら両親が出席するはずなのだが、少女の兄にあたるところの長男、次男が相次いで事故死したため手続きやら何やらで忙しいらしい。兄を失って傷心しているであろう少女を出席させるのもどうかと思うが、あいにく神の御力で生きている者に向ける同情はない。

「……?」

ふと、いつもは閉まっているはずの扉が開いているのを確認して立ち止まる。豪華な絨毯が敷かれ、定期的にペンダントが淡く照らし出す回廊において、その周囲だけが妙に飾り気のない、殺伐とした空間だった。

そして耳に入る聞きなれた声。少女は、それに引き込まれるかのようにその隙間から室内を覗いた。覗いてしまったのだ……。



「ハっ、ハっ、ハっ……!」

少女は走っていた。ろくに舗装されていないけもの道を。打ち付ける雨の中を。死への一本路を。

走るたびに純白の髪が揺れ、息は乱れ、足が痛む。しかし、少女は知っていた。その足を止めた時。それが何を意味するのかを。

「……いっそ平民に生まれていれば……」

両手で抱えた水晶玉を睨みつけて独りごちる。持ってきたはいいものの、使い方がわからなければ、使ってどうなるかさえもわからない。そんな不確定要素に頼るしかない状況なのだ。

――ほんとに逃げるべきなのかな……

しかし、少女は自分の行動に疑問を抱く。なぜ逃げ出さなければならないのか。こんな重いものを持って。動きにくいスコートで。遠く離れた王都まで。

「……」

 しかし一方で、帰るべきなのだろうかという疑問がわきあがる。帰ってどうするか。聖職者となって自分が毛嫌いする者たちを模倣するような生き方をするのか。はたまた、それらに嫁ぐのか。

 少なくとも「あの家」に生まれた以上、聖職者という存在とは切っても切れない縁で結ばれているらしい。


「カハッ!」

 獣道が森に差し掛かったたところで、泥濘に足を取られ、躓く少女。動きずらい服装が災いしたのだろうか。

 抱えていた水晶が胸にめり込み、苦悶の表情が浮かぶ。荒く息をしながらも膝をつく。

「あ……」

 立ち上がったところで、雨音に紛れてたったったと。微かに響く音を認識して振り返る。それはだんだんと大きくなっていく。意識せずとも聞こえるほどになり。頭の中にまで響くほどになり……。


 何ともあっけなく、一人の人間の命運が尽きた。

 

「……」

 体の芯にまで響くような衝撃が走り、少女は薄らと、瞑っていた目を開く。眼前に掲げた水晶が砕け、破片の一つ一つが白い、不思議な温かさを伴った光の粒子となって少女を包み込み、吸い込まれるように消えた。

 目の前には全身を黒い布で覆った人間が一人。うつ伏せになって倒れている。手には逆手に握られた黒塗りの短刀。そして頭部からは赤黒いものが、足元の水溜りに幾本もの線を作り、水面に浮かぶ少女の顔を染め上げていった……。不意に足元がぐらつき、視界が暗転する・・・・・・。



 額に何かが落ちてきたような感覚を覚え、少女は目を覚ます。すべてを洗い流すかのように降り続いた雨は晴れ、辺りを木漏れ日が照らしている。

「ここは……?私はなにを……」

 少女は上体を起こし、周囲に見慣れない光景が広がっていることに気付く。泥濘に使っている髪が、平時とは対照的に赤褐色に染まっている。

「……そっか。逃げたんだ」

 身一つ。帰る場所も、食べる物も、眠る場所も、何もない。そんな状況で、少女は生まれて初めて自由を感じていた。

 少女は、握られた拳から短刀を引き抜く。そして、からの手で髪をひとまとめにし……

「えいっ!」

 中程から断ち切り、捨てた。辺りの茶に同化したのか、もうどこにも見当たらない。

「行こう」

 自分に言い聞かせるようにつぶやき、立ち上がる。


「……主よ、今日も生きる糧を与えてくださり、有難うございます」

 少女は足元の黒布をはぎ取り、呟く。そこにはやや袖が長い――少女にとってではあるが、麻のシャツと、これまた裾の長い下衣、薄灰色の外套があった。それらを手に取って余分な部分を裂き、身に着けると……。

「ロケット?」

 懐に固い感触を覚えてまさぐる。中には、滑らかな表面の白いロケットペンダントが入っていた。

――二枚貝製かな……

 どうでもいいことを思いつつ開く。

「っ!」

 少女はそれを放り投げる。放物線を描き、木々の間に消える。一人の人間の、その存在の痕跡が消滅した。

 ロケットには笑みを浮かべた三人の人間。その肖像が描かれていたのだった……。

 少女は冷や汗をぬぐいつつ持てるものを持って歩き出そうとするが、何かを忘れていることに思い至る。

「水晶は……そっか、壊れたんだっけ……」

 しかし、もう自分には必要ないと判断し、注ぐ日差しに向かって歩き出したのだった……。

壊したのは、壊れてしまったのは……。


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