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邂逅

邂逅


「……そんな急いで食べなくても、パンは逃げないぞ?」

 俺は目の前の子どもの食べっぷりに苦笑しつつ、水を差し出す。

 俺は、先ほどの子供を伴って近くの飲食店に訪れていた。様々な人でにぎわう、大衆食堂然とした店内。そのテーブルの一つに、向き合って腰かける。

「逃げるよ……どこまでも」

「お、おう……」

 手に持ったパンを置き、意図の読めない発言をする子供。俺はその発言を身の上話と解釈し、質問する。

「なら、逃げてどうするんだ?道端に落ちたパンを拾うやつはいないぞ?」

「!」

 言葉を選んでの発言に、子供はハッとしたように顔を上げる。おそらく考えていなかったのだろう。

――逃げ出したばかりで、頼れる奴がいないんだろうな……

 俺がそう思うのはひとえに、俺が子供と呼称することにした目の前の人間の、その稀有な容姿ゆえだ。

 中途半端に切られた白い髪に白い肌。そして、幼いながらも整った中性的な顔立ちに赤い瞳。これらの特徴に、俺は心当たりがあった。

「じゃあ、そんな奇特なことをしようとするキミは一体?」

一見もっともな問いかけをうけ、俺は自己紹介を始める。

「冒険者になろうと思って寺をでた、冒険者見習いってとこだな」

「……ちょっと意味が分からない。寺を出る?冒険者になる?つまり聖職者ってこと?それにしては俗っぽい恰好だけど…」

 その端的な内容に子供は首をかしげる。それもそのはず、俺が口にしたことはいくつもの矛盾を孕んでいたからだ。

冒険者とは、冒険者組合に持ち込まれる依頼を受けて生計を立てている者のことで、通常、力を持つものが就く職業である。

一方、聖職者とは寺院や教会に属しているものの総称で、そもそも力を持つことができない。

「まあ、そうだな。自分の力で生きるのに法衣は邪魔すぎる」

「寺を出るくらいなら、何で聖職者になったの?しかも冒険者って……。少なくとも聖職者には務まらないはず。だって「魔力が使えないから。だろ?」

子供の声を遮って、俺は何事もないように口にする。

魔力とはこの世界に存在する最も身近な超常の力であり、人間は主に魔術という形で利用したり、身体を強化している。俺の言う持つ者と持たざる者の区別はそのまま、魔力を使えるか否かという区別だ。

この魔力は、数千年前に突如存在が確認され、同時に発生した人類に仇成すものとされる魔王や、その眷属である魔族、魔人が生み出すとされる。

そして、魔力に染まった者は聖隷術を行使できない。

「まあ、あれだ。気づいたらなってた」

「?」

「拾われたんだ。寺院に」

 俺は物心ついた時から寺院で聖職者になるための修業をしていた。そして、それが寺を出ると決めた最大の理由だったのだ。

「やっぱりわからない。はっきり言って、茨の道だよ?」

 興味深げに聞いてくる子供。しかし、悪い気はしないので続ける。

「聖職者がどんな生活をしてるか知ってるか?」

「お金稼ぎじゃないの? 免罪符とか売りつけて。そしてカミサマにどれだけ力を借りれるか自慢するんだ」

――そんなこと思われてたのか……

 間発入れずに繰り出される偏見の嵐に頬を引きつらせながらも、俺は訂正する。

「……まあ一部……と言っても、主に公国の連中だが、そういう輩がいるのは否定しない。ただ、原料が同じでもパンを売ってるやつがいれば、オートミールを売ってるやつもいるだろ?

それに、一枚の紙切れで一人の人間が救えるんだ。これほど効率的なものはない」

 と言って、牛乳でふやかした麦を口に運ぶ。正直に言ってうまいとは言えないが、結局見慣れたものを注文してしまったのだ。

「……でも、それで救われる人生なんて……」

「何だって言いたいんだ?」

「……」

口をつぐんで黙り込む子供。少し大人気ないことを言ったかと思ったが、こちらにも譲れないものくらいはある。

「……でも、食べるのはカミサマなんでしょ?」

「その発想はなかったな……。話を戻すが、少なくとも俺がいた寺院では毎日俗世のことを勉強したり、神に祈りをささげたりしていたんだ。そして、そうやって生きることに価値をを見つけられなかったわけだ」

 どうやら、先ほどの話題にはもう触れるつもりはないようだ。脱線した話を戻し、子供は続ける。

「……それなら何で冒険者に?聖職者が冒険者になったなんて話聞いたことないよ?」

 パンをほおばりつつ子供は質問する。減っていく食事の早さとは裏腹に、その周りにはパンくず一つ落ちていない。

「世界は、闇に染まり始めている」

「……」

「ある禿げた聖職者の受け売りだが、禁忌域の広がり方を考えるとあながち間違いじゃない」

 オートミールを食べ切り、十字を切って言う。ちなみに、俺の言う人物は禿げているわけではなく剃髪らしい。

「そうだね。だけど、少なくともここ数百年はヒトの領域への侵攻は防ぎ続けられているんでしょ? そんなすごい城壁を作れるこの国がある限りは安泰なんじゃないの?」

「そうだといいんだけどな……」

 新たに注文したパンをかじりつつの質問に、含みのある回答をする。

「どういうこと?」

「いや、なんでもない。話を戻すが、人類は数千年をかけてその命題に挑んでいるわけだ。そして、世界を救ったものは勇者なんて言うたいそうな称号を与えられるって言われてるだろ?」

「そうだけど……まさか……」

 その目的を悟った子供は紅い眼を見開いて俺をみつめる。一方の俺は立ち上がり、高らかに宣言する。


「そう! 俺は強くなる! そして誰よりも早く世界を救って、自分の存在意義を創り出してやるんだ!」


「……」

「……コホン」

 つい熱くなって公共の場で夢を語ってしまい、周囲の注目を浴びていることに気づき座りなおす。心なしか周囲の視線が痛い。俺は視線に物理的な干渉力があることを知ったのだった……。

「……でも、勇者候補はいるでしょ? そこはどうなの?」

「召喚される日本人だろ? 借り物の力で粋がりがちな。だけど、その力はどこから来ると思う?」

本来なら人間の希望となるはずの勇者候補。その力の原点を問う発言に、確信を含む答えが返る。

「カミサマだね……それ以外に考えられない」

「その通り。そんな重要な役目に神が絡まないわけがない。そして、神の野郎が用意した勇者候補より先に世界を救って、俺の存在意義を示してやるんだ」


「……呆れた。つまり、自分探しの旅で世界を救おうってこと? 聖職者が戦うってだけで前代未聞なのに」

肩をすくめて子供は言う。みすぼらしい服装にもかかわらず、その所作はどことなく優雅さを感じさせる。

「ていうか、そんな信仰心で精霊術が使えるの?」

「まあ、なんとかなるだろ。今までもそうだったし」

 根拠のない自信だが、少なくとも俺はそう思っている。

「それに、冒険者になろうっていうなら、キミの行いはちぐはぐじゃない?こんな面倒事に首を突っ込むのは合理的じゃない」

「面白い子供だな」

 この発言は相反する二つの意味を持ったものだったが、かえってきたのは見当違いの不満だった。

「子供じゃないし……」

――そういうところが子供っぽいんだよな……

 拗ねたように口を尖らせる子供を見て思うが、声に出すような愚は犯さない。会話が脱線する前に、俺は持論を展開することにする。

「合理的っていう言葉は、置かれている状況や目的があって成立する。合理的っていうからには、相手の目的にまで考えを巡らせべきだと思わないか?」

「じゃあ、何が目的なの?」

その問いかけに、俺は少しだけ意地の悪い回答をする。

「俺は考えを巡らせろって言ったんだが?」

「…」

急に無言になる子供。不機嫌になったのだろうかと思ったが、ただ単に考えているだけだろう。

「興味深い話だったから聞いてたけど、お金はないよ?」

「追加注文までしておいてよく言えるな…。金はとらないから安心しろ。あえて理由付けするなら、身元不確かなお前を助けることにメリットがあったからだ」

「メリット?」

「ああ。さっき言ったとおり、聖職者ってのは魔力を使えない。これは戦いにおいて致命的で、そもそも同じ土俵に立つことができない。」

 メリットとは言ったものの、半ば後付けの理由だ。初対面なら損得勘定が一番信用でき、なおかつ余計な気を遣わずに済むからだ。

「つまり、戦力が足りないから仲間になれってこと? でも、魔力を使える人は最初から決まってるし、ボクがそうとは限らないでしょ?」

「まあな。だけど身分を保証してもらえるし、王国直轄の施設だから公国も手を出しづらくなる。逃げるにはどっち道行かないといけないだろ?そこに案内してやろうと思ってな」

「……ッ!」

 回りくどく話していたのが一転。端的に確信をつく発言に、こちらを睨みつける子供。

「…どこまで知ってるの?」

「さあな。ほら、食い終わったんなら行くぞ」

と言って席を立つ俺に、子供はしばらくの逡巡の末についてくるのだった。


「……そういえば、お前の名前は?」

勘定を済ませ、俺たちは組合に向かっていた。粗悪な見取り図を眺めながらの発言は、返答を期待してのものではない。てくてくと追いついた子供は立ち止り、少年の反応をうかがうように見てから、俯いて言う。

「……答えられない」

「そうか。俺はシオン。よろしくな」

「……!」

 その返答が予想外だったのか、はじかれたように顔を上げた子供は目を瞬かせ、俺を見つめる。そして、くすりと笑って言った。

「よろしくね…シオン。君みたいな人、はじめてだ」

 そう言って向けられた笑顔は本人に言うと怒るだろうが、年相応に可愛らしいものだった……。


「銀貨二枚だよ」

「……一応、二人分頼む」

 職を得るにあたって、俺たちは宿屋に赴いていた。根無し草がどうして冒険者に慣れるというのか。しかも俺に至っては聖職者。つまりは「持てないもの」だ。拠点を抑えるのは必須だろう。

「二人分の値段だよ」

 小包から四枚の銀貨を取出そうとするが、恰幅の良い女店主の言葉にその手を止める。しかし、入口の張り紙には一人につき銀貨二枚の支払いを義務付ける旨が記載されていた。

「……すまない」

「厄介ごとは、余所でやりなよ」

「ハハ……」

 隣の子どもを見て何か誤解したのだろうか。ただ、あながち間違ってもいないので俺は厚意に甘えることにして心の中だけで店主に礼を言う。

「はい、無くすんじゃないよ」

 俺は部屋の番号が記載された銅製の板を受け取り、子供を伴って宿屋を後にするのだった。



「よかったね。安くしてもらって」

 腕を後ろ手に組んでこちらを見上げる子供。

「ああ。人のいい横幅のおばちゃんだったな」

「人柄に体型は関係ないと思うけど…」

 軽口を叩きつつ組合に向かう。お互いについてはまだ謎が多いが、自然と打ち解けるのは早かった。

「そういえば、宗教活動をしないんだったらどうやって寺院を運営していたの?」

「主に寄付だな。聖務に行ったりしたらもらえる。いわゆる神との接続料ってやつだ」

「聖務?」

 やたらと質問してくる子供だったが、幼少期にありがちな質問攻めだと思い、おれは一般的な寺院の運営方法を分かりやすく説明する。

「聖隷術を使って行う公共事業みたいなもんだ。俺はまだ名目上は見習いだから経験したことはないが、災害時に集められて怪我人を治療したり、死霊の討伐、除霊なんかをするらしい」

「……聖職者って、ちゃんと人のためになることをしてたんだ……」

「まあ生贄をささげて、見返りとしてすがりついたりするような恥知らずにはなりたくないしな……」

「……」

 俺は自嘲気味につぶやく。それを聞いて黙り込む子供。喧騒の中で、二つの足音が響く。


「ほら、着いたぞ」

 俺は唐突に暗くなった雰囲気を払拭するかのように言い、組合と思しき一際大きな建物の扉を開ける。

「おお……」

 石造りだった外観とは裏腹に室内は木製で、まず目に入るのは最奥の三つの受け付け。そして、手前にはスペースを開けて、これまた木製のテーブルが並んでいる。壁にはたくさんの掲示板が所狭しと並んでいて、そのどれもが依頼書や賞状に名簿、手配書やらで埋め尽くされていた。

 四方には酒場に宿屋、武具屋などと書かれた看板のある扉が設置されていて、ここだけで生活することもできるだろう。そこではたくさんの人が、これから仕事に赴くのか雑多な武具を携えて談笑していた。それを見た子供が一言。

「なんかみんな……弱そうだね」

「そうは見えないが……油断は我が身を滅ぼすぞ?」

 実際集まっている者は皆、傾向的には大柄で、引き締まっているように見える。一言で形容するなら強そうだ。

 しかし、子供にはそうは見えないらしい。

――まあ、冒険者に夢を見てる時期が俺にもあったな

 これまた幼少期にありがちな幻想だと結論づけて受付に向かう俺に、低い声がかけられる。

「そうだな。誰が目えつけてるか分かんねえし」

  その声に一瞬身構えるが、声の主は両手を上げて言う。

「おっと、さすがの俺もギルド内でいざこざを起こすつもりはねえよ」

 そこには頭のバンダナから茶髪を生やした、二十代前半と思しき大柄の男が立っていた。

 背には頑丈そうな、中央に縦長の空間が空いた大楯を担いでいる。その腰にはやけに分厚い、大剣を半分に折ったようなナイフが携わっており、その体躯は歴戦の戦士のようだ。

「あんたは?」

「俺はアイゼン。坊主は?」

 アイゼンと名乗った男は、そのまま会話を続ける。俺たちに何かしらの用があるのだろうか。

「俺はシオン。こっちのガキは……名乗りたくないらしい」

「どうも……」

 相手に合わせて俺は自己紹介をする。一方の子どもも、不満げではあるがあまり角の立たない返答をする。

「なるほど、訳ありか……冒険者たるもの、合理的に判断して行動しろよ?」

 向けられた忠告に、俺はつい顔をしかめる。その内容は冒険者の心得を引用したもので、ここ最近の俺の行動とは乖離した場所にあった。

「それで、冒険者組合ってのはいつもこんな賑わってるのか?」

「いや、今日は今期の冒険者登録の受け付け締切日だからな。俺たちみたいに冒険者を目指す奴が集まってる」

「……!」

 思わぬ事実に連れの方に視線を向けるが……。

「だ、だって、自信満々に組合の方に行くからつい知ってるのかと」

 にべもない返答に返す言葉もない。アイゼンが笑って追い打ちをかける。

「はっはっは。リーダーがそんなだと苦労すんなあ」

「う、うるさいな…ところで、俺たちに何の用だ?」

 俺は気恥ずかしさから話題を変えようとする。見たところアイゼンはかなり前から組合にいたように見え、話しかけられる理由が見当たらない。だが、困惑するおれに予想外の答えが返る。

「いや、見たところ坊主たちがこの中で一番強そうだったからな。見どころのある同業者に顔を売っておくことは、合理的だろ?」

「どこがだよ…少なくともあんたがこの中で一番強そうだが、ほんとに今日登録したのか?」

「まあ、そうなるな。それと、なんとなくだが意外と身近に、俺より強い奴がいるかもしれんぜ?」

 この男、見た目に反して抜け目ない性格の持ち主のようだ。そう思い内心警戒するが、そんな俺たちをよそにアイゼンは続ける。

「それに、最初の試験で組むかもしんねえしな」

「どういうことだ?」

「…よし、坊主たちも受付で説明されるだろうが、予習と行くか」

 と言って、冒険者登録制度の説明を始めるアイゼン。

 曰く、冒険者には優秀さを表す「序列」という十段階の指標があり最初は序列十位からの登録となる。そして、登録時に実施される試験の内容次第では最高で序列八位から冒険者生活を始めることができる。ちなみに、序列八位とは中堅一歩手前といったところだ。

 また、序列八位の試験として合格者に現役冒険者を加えた班で実際に依頼をこなすらしいが、五年に一回ほどの合格率のようだ。

「なるほど‥確かに、事前に上がってきそうな奴と意思疎通をとっておくことは合理的だ」

「そういうことだ。坊主たちも、絶対上がってこいよ!」

 まるで自分が上がることを疑っていないような発言を残し、ばしんと俺の肩を叩いてアイゼンは出て行った。

「なんていうか……豪快な人だったね……」

 あははと苦笑いしつつ、子供は言う。あまり話していなかったが、苦手な部類の男だったのだろうか。

「そういえば、冒険者になってそのあとはどうするんだ?逃げてばっかりってのは、辛くないか?」

 唐突に尋ねられ、子供は沈黙する。そして上目遣いでこちらを見つめた後、観念したかのように話す。

「実は、まだ考えていないんだ。短期間にいろいろありすぎて考える時間もなかったし…」

 あははと笑う子供の顔を、俺は直視できないでいた。二人の間に暗い雰囲気が立ち込めるが、それをかき消すかのように明るい声が室内に響いた。

「冒険者登録を希望されるみなさ~ん!登録がまだお済でない方は、受付までいらしてくださ~い!」

「ほ、ほら!早くしないと、登録できなくなっちゃうよ!」

 それに便乗するように、俺の袖がくいと引かれる。

「お、おう。わかった」

 見た目の割に軽い冒険者見習い達をかき分けつつ、俺たちは受付に駆け込み、職員に話しかける。

「登録をしたいんですが」

「はい、ご一緒に登録されますか?」

 二人を交互に見つめながら受付嬢は尋ねる。

「はい」

「では、こちらの用紙に必要事項を記入してください。日本語がかけないのであればお申し付けください」

 この国では日本語が公用語として使われている。理由は簡単で、召喚される勇者候補と円滑に意思疎通を図るためだ。どう浸透していったかの記録は存在せず、ごく当たり前の事実となっている。

「大丈夫です。二枚ください」

 用紙を受け取り、俺は形だけ連れに問いかける。

「書けるか?」

「日本語はかけないかな……」

「なら、俺が代筆しとく。適当にでっち上げとくから」

「ん」

 短い首肯を背に、俺はいくつかあるテーブルの一つの上で用紙に出身、職業、年齢、住まいといった必要事項を記していく。

「はい」

 受付に戻り、記入済みの用紙を手渡す。内容を検分し、受付嬢は微笑む。


「確認しました。シオン様と…ハク様でよろしいですか?」

「は…ハクって…?」

 ハッとして目を見開き、再び袖を引く子供。どうやら、勝手に呼ばれ始めた名前に戸惑っているようだ。

「お前の名前だろ?熱でもあるのか?」

「わ!」

「…ちょっと熱があるみたいだな。登録が終わったら先に宿に戻って休んだらどうだ?俺は買うものがあるから遅くなるけど」

 ハクの額に手を当てて俺は言う。まさか本当に発熱しているとは。発熱は聖隷術ではどうすることもできないので、ハクに安静にしていることを勧める。

 そして、顔を近づけて小声で言う。

「おい、ちゃんと合わせろよ。……どうした? 気に入らなかったか?」

「ち……近い……」

「なんだって?」

 様子のおかしい連れを若干心配しながらも続く言葉を待つ。

「そ、そうじゃない!ただその……そ、そう!安直だなと!そう思いまして!」

「ど、どうした?自分の名前だろ?熱がひどいなら言えよ?」

 食い気味で否定してくる子供の挙動に冷や汗をかきつつも、俺は怪しまれないように話を合わせる。しかし、依然としてハクの様子はおかしいままだ。

「ほんとにどうした?にやにやして気持ち悪いぞ?」

「ば、バカ!」

 俺の発言に気を悪くしたのか、顔を赤くして叫ぶ子供。


「……よろしいですか?」

 そこに険を含ませた声がかかる。その声は組合の喧騒の中においても、自然とよく通った。

 周囲の視線を集めていたことに気づき、少しだけ居心地の悪さを感じる。

「ところで、職業の欄に聖隷術師とありますが間違いはありませんか?」

「何か問題でも?」

 尋ねると、歯切れの悪い返答が返る。

「……珍しいというか、前代未聞だったので一応確認させていただきました。それと、ハク様の年齢の方が……」

「……? 年齢制限なんてあったっけ?」

 首をかしげて子供は尋ねる。記入済みの書類を指示し、受付嬢は言う。

「いえ。ただ、十歳というのはさすがに……」

「シ、シオン!」

「いや……実年齢知らんし」

 心外とばかりに憤慨して声を荒げる子供。第一印象で年齢を判断したが、どうやら間違っていたらしい。

「問題がなければこのまま登録いたしますが……よろしいですね?」

「はい」

 迷いのない答えに受付嬢は一瞬何か言いたげにしていたが、ふっと息をつき再び事務的な対応をとる。

「では、こちらのプレートをお持ちいただいて、明日の昼ごろにまたお越しください。当日の動きは、担当者の指示に従ってもらいます」

「わかりました。……先に宿に戻ってるか?」

 銀製の、少なくとも宿屋で受け取った銅板よりは作りがよさそうなプレートを受け取りつつ俺は問いかけるが、子供は俯いたまま沈黙している。今まで自分より年下との対人経験を積まなかったことを後悔するが、今更気にしても仕方のないことだ。踵を返し、酒場の扉に手をかける。そして一言。

「おい、突っ立ってると置いてくぞ?」

「ま、待って!」

 呆けていたのが一転、この世の終わりみたいな顔になって袖を引っ張る子供。すこし伸びてきた袖に。問題なく冒険者として歩みだせたことに。俺は小さくため息を吐いたのだった。

 


「親父さん。おすすめは?」

 俺たちは早めの夕食として酒場で何か腹に入れておくことにした。先ほどの飲食店ではありふれたものを頼んでしまったので、何か都会らしいものを頼みたいところだ。俺はカウンターでものすごい威圧感を放っている店主に尋ねる。

「……鶏肉の香草焼きだな。うちのはコショウやらクローブやらが入ってて、人気だ。」

「じゃあそれで。ハクはどうする?」

「……パン」

 少しの間を置いて返答が返ってくる。俺への気遣いだろうが、記念という事でいいものを食べてもらいたい。

「おいおい……それじゃあ肉がつかないぞ?」

「にっ、肉付きは関係ないでしょっ!」

 なぜかすごい剣幕で叫ぶハク。何か気に障ることでも言っただろうか。頬を引きつらせながらも注文する。

「じゃあ、こっちはパンで……「まって」

 しかし、それを遮るハク。

「ボクも同じものを」

 そういってちょこんと俺の隣に腰掛け、ニッと不敵に笑うのだった。



「……もう少し安くならないか?」

「残念ながら、これ以上は無理だな」

 ハクを宿に戻し、俺は道具屋で必要なものを集めていた。冒険者として登録ができた以上は必要な出費だ。

「実質的に安く買える方法は?」

「売る側にそんなことを聞くたあ……アンちゃん、金に困ってるな?」

「……親切だな」

 にやりと口の端を歪める店主に、不快にさせないような返答をする。店主は並べられた小瓶を一掴みして言う。

「ひと月十本。日時は問わねえ。今日だけ二割引できるが、どうする」

「却下だ。明らかにそいつの値段だけで三割ぐらいする。買わない方が安い」

 店主は笑みを深くする。特に意味はないが、俺もにやりと笑う。そして、おもむろに丸太のような手が差し出される。

「?」

「持込みだ。所持品と交換してやらなくもねえ」

 どうやら物々交換を提案しているらしい。確かにそういう手合い――新しいことに適応できないやつもいるのだろう。自分のことを棚に上げてそう思いつつ、尋ねる。

「金目の物はないぞ?」

「価値ってのは買い取る側が判断するべきだ」

「こんなに高値で売りつけておいてか?」

「……残念だな。うちはここらで一番安い」

 と言っても、俺が求めている解体用のナイフやら水薬、ロープなどといった道具は軒並み高値で並べられている。一つずつ買おうとするだけですぐに生活費が底をつくだろう。

「特別に、八割引きできる方法を教えてやらんでもない」

「……」

 と言って、店主は大柄な体でカウンターを揺らす。そして、いくばくか声を落として続ける。

「専属冒険者制度ってのがあってな。初めはみんな入ってるんだが、ここに限らず組合内の施設で料金が発生した場合、それを八割負担してくれる。もちろん組合がな」

「……」

「その代り依頼達成報酬からある程度ひかれるが、経費が安くなるもんだから差し引きで帳消しよ」

 興味がないので話半分で聞いておく。どうやら、三年間この組合で活動するという旨の契約書を書けば、併設された施設の利用が割安になるらしい。店主はなおも続ける。

「序列八位からは依頼料とは別に固定給が出るから困んねえだろうが、冒険者を目指したけど力がなかったてえ場合に利用されることが多いな。それに新人はみんな金に困ってるしよ」

「なるほどな。失敗しても、ここだけで生きていけるってことか」

「やっぱり話が早いな。最近の若者にしては珍しい。じゃあ、なんか金になりそうなもの持ってるか?」

「ないな」

 俺は懐を探って言う。貴重品はあるが、こんな場末の酒場で換金できるようなものでもなさそうだ。多少効率が悪くても、ちまちま簡単な仕事からすることにするか。

 俺が踵を返そうとすると、肩を捕まれる。

「まあ待て。アンちゃんの腰にぶら下がってるブツ。ちょっと見せてみな」

「腰に……? ああ、木剣の事か」

 見せるも何も、寺から持ってきたものとはいえただの木剣だ。正直、大した値になるとは思えない。

「木剣? こいつがか? っ……確かに、よくよく見ると木剣だが……むう……」

 許可もなしにはぎ取って店主は検分する。棚から青いレンズの眼鏡を取り出し、没入したかのように見入っている。

「……おい。こんなもんどこで拾ってきた」

「……は?」

「なるほど、食えないやつだと思ったが……そっちの筋か」

本格的に話についていけてない感があるが、黙って聞くことにする。しばらくの間をおいて、店主が口を開く。

「……このことを黙って置いてもいい」

「どのことを?」

「ただし、条件がある」

 どうやら話を聞くつもりはないらしい。寺を出て思ったが、言葉の通じる人間ってのは案外少数派なのだろうか。

「今日のところは代金は取らねえ。ただしこいつは置いていけ」

「その木剣か?」

「ああ。ここまで聖の力を発してる獲物は早々お目にかかれねえ。最初は魔道具の類かと思ったが、こいつは聖遺物だな」

「ま、魔道具? 聖遺物?」

 聞きなれない単語に戸惑う。いきなり自分の持ち物が認識とは違うものと言われれば無理もないだろう。 

 俺の反応に店主は顔をしかめる。

「てめえ、知らずにこんな凶悪なもんぶら下げてたのかよ……。さっきの言葉は忘れろ。とりあえず、こいつは置いてってもらうがな」

「……聖遺物ってのは?」

「ああ……昔、信仰が厚かった時代のもんだな。何でか知らんが今はできないし、ならないらしい。大体は古い教会跡から出土したり、寺院に保管されてたりして、公国からそういうもんを集めて売る輩もいる」

 と言ってこちらを一瞥する店主。なるほど、そういう輩だと思われてたのか。

――これは、きな臭いな

「それはどうなんだ?」

「どうってのは?」

 俺は自分の持ち物の正体が気になり尋ねる。

「ほら、木刀なのに切れ味が鋭いとか、切った先から燃えてくとか……」

「つまり、魔道具みてえな能力の有無が知りたいと?」

 店主が眼鏡を光らせる。俺でも力を使えるようになることを期待しての質問だったが、墓穴を掘った気がする。

 粗野な風貌から理路整然とした講釈が放たれる。

「聖職者ってのは大体が頭の弱い奴を食い物にして生きてる連中だが、その力はなくてはならないものだ。反面、聖職者が必要かって言われるとそうでもねえ。なぜなら誰でもなれるし、そもそも大半の聖職者は神に祈ってもろくに術も使えない。そんな時に神への供物として足りない信仰を補ってくれるのが聖遺物で、これを持ってれば神とつながりやすくなる。つまり、誰でも神の威光を示せるわけだ。そんなんで稼いでるのはいただけねえが、高値で聖遺物を買占めていく。そういう意味じゃあ、なくてはならない職業だな」

 突っ込みどころ満載だが、一番重要な情報が抜け落ちていることに気が付き尋ねる。

「で、肝心の機能は?」

「……文献によれば一方通行で神とつながれるらしいが、それ以外はお察しだな。ただ、斬新で、遺物ながらも新世代な機能があってな……」

 俺はごくりと唾を飲み込み続く言葉を待つ。しかし、放たれた言葉は非常に残念なものだった。

「なんと、触媒として使うと粉々になって光りながら消えてく。どうだ、おもしれえだろ」

「……新世代というより、世紀末だな……」

 それを聞き俺は露骨に肩を落とす。どうやらこの世界はそう簡単にはできていないらしい。おれは生まれて初めて、一方通行でしか神とつながれないことを悔やんだのだった……。

「そういやアンちゃん、宿は取ってんのか? ここで登録しとけば今日から八割引きだぜ?」

「遠慮しとく。こいつらを入れる袋ももらってくぞ?」

 店主は木剣に見入ったまま片手を振り上げ、分厚い掌を振る。俺は戦利品を傍らに置いてあった皮袋に詰めて出ていくのだった。


――想像してたのとはずいぶん違うな……しかも、今日が応募締切だと?

 もっと活気にあふれた場所を想像していただけに、俺は内心拍子抜けしていた。実際活気がなかったわけではないのだが、なんというか、いやな活気だ。曇り始めた石畳を歩きながら俺は組合でのことを思いだしていた。

――それに、あのおやじの反応、検問の騎士団。そして何より……

 考えれば考えるほど心の奥底、本能ともいうべきところが警鐘を鳴らしている。最初は漠然とした違和感からだったが、冒険者という存在に触れるほどに、ある可能性が頭の中で肥大していく。

「いらっしゃい」

「……連れは戻ってるか?」

 思考の沼にはまりそうになるが、横幅のおばちゃんの声で現実に戻る。どうやら、知らぬ間に宿に着いていたらしい。

「もう戻ってるよ。銅貨三枚ね」

「?」

「お湯代だよ」

 お湯代とはなんだろうかと思ったが、おそらく心づけの隠語だろう。確か、宿泊以外での奉仕に対する礼として金を払う場合もあると記憶している。

――まあ、これからも利用することになるだろうからな……

 これもある種の投資だ。そう思い俺は、特に疑問に思わずに懐から三枚の銭金を差し出す。

「あまり、不自由はさせちゃだめだよ」

「どういうことだ?」

「ほら、さっさと戻んな」

 その言葉に困惑しながらも、俺は部屋に戻ることにする。

――ほんとに、話の通じる奴が少ない世界だな

 生きづらい世界に呆れながらも、俺は扉に手をかける。一番話の通じないやつと、今度はどんな話をしようかと考えながら……。



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