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双極性コンプレックス  作者: 梔子
春の章
9/25

8話 私が知らないキミ

 雨の匂いが好き。

 奈乃(なの)がそう言ったのを聞いた私は中学生の時のことを思い出した。その時の後輩、彼女も同じことを言っていた。

 彼女のことを考えると胸が苦しくなる。


 私は奈乃を彼女と重ねているだけなのかもしれない。




「あれ、虹子(こうこ)今日は見学?」

「うん、ちょっと調子悪くてね」


 各自準備運動をしている中、虹子は体育館の壁際に座っていた。

 もしかしたら、昨日の雨で濡れたせいかもしれない。私は心配になり彼女の額に手を当てたが、幸いなことに熱はなさそうだ。


「大丈夫、風邪とかじゃないよ」

「それならいいけど」

「心配性だなぁ、奈乃は」

「べ、別にそういうわけじゃ……」

「私のことは気にしなくていいから。そんなことより早くしないと、先生とやる羽目になるよ?」


 周りを見ると、準備運動を終えたクラスメイトたちが二人組を作り始めていた。


「クラスの人数は偶数だけど、今日は私が休みだから一人余っちゃうね」

「先生とは絶対やだ!私もう行くね!」

「いってらっしゃぁい」


 急いでまだ一人のクラスメイトを探す。しかし普段会話しない人を誘う勇気はない。必然的に私は日菜(ひな)を探していた。

 しかし、彼女は別のクラスメイトとすでに練習をしていた。

 ……まあ今の彼女が私としてくれるとは思っていないのだが。


古宮(こみや)さんってもう練習相手決まってる?」


 周りをキョロキョロしていると、桜子(さくらこ)が話しかけてきた。


「決まってないけど、双葉(ふたば)さんもまだなの?」

「うん。じゃあ一緒にやろっか」


 てっきり彼女はもう二人組を作っていると思っていたが。まさか私に気を遣ってくれたのだろうか。

 彼女の好意に甘え、私はカゴからラケットを二つ取り片方を彼女に渡した。

 空いている台の前に立ち、サーブを打つ。


「古宮さん、なんかすごく手慣れてない?」

「まあ、中学の頃卓球部だったし」

「えぇ……。選ぶ相手間違えちゃったかなぁ」


 さすがに中学生時代と比べると腕は落ちたが、素人の桜子相手なら問題ないだろう。

 ラリーを続けながら、私は彼女に気になっていたことを聞いた。


「そういえば、虹子の中学の時ってどんな感じだったの?」

「うぅん、虹子は今とそんなに変わってないかなぁ」

「じゃあ部活とかもやってなかったんだ」

「いや、部活は私と一緒にバスケ部に入ったよ。まあほとんど幽霊部員みたいなものだったけど」


 バスケ……。確かに虹子に似合いそうだが、なんとなくバスケットボールは身長が高い方が活躍できるというイメージがある。

 その時の彼女は自身のコンプレックスである身長をどう考えていたのだろうか。だからこそ、幽霊部員になっていたのかもしれないが。


「あっ、でも二年生の時は結構真面目にやってたかな」

「そうなの?」


 彼女が綺麗なフォームでシュートしているのはイメージできるのだが、今の彼女の様子を見ると、汗を流しながら練習している光景を想像することができない。


「その時の一年生の一人と仲良くてね、一緒に練習してたよ。才能もあったからすぐに二人でレギュラー入りしちゃって」

「へぇ……」

「あれ、嫉妬?」

「そんなんじゃないけど……」


 なんだか胸の中がモヤモヤした。

 打ったボールが桜子の横を飛んでいく。取りに行こうとしたが、彼女が悲しそうな顔をしているのに気づき足が止まった。


「……でも、試合中に怪我してすぐに退部することになっちゃったんだけどね」

「……怪我?」

「うん、アキレス腱をね。今は平気そうだけど、あの時は下手したらもう歩けなくなるんじゃって大変だったんだ」

「そうだったんだ……」


 知らなかった。

 私は今の虹子のことしか知らない。だが、私のことも教えていないのに彼女の過去を知りたいと思うのは虫のいい話だ。


「まあ怪我自体は仕方ないんだけど……。問題はその後だったんだよね」

「全然仕方なくないと思うけど、まだ何かあるの……?」


 桜子の顔が更に暗くなった。もう体育の授業のことはどうでもよくなっていた。


「ほら、一年生の時は部活サボってたでしょ?そのせいでチームからはかなり嫌われてて。それなのに二年生になったら練習しだしてすぐ試合に出るようになったから更に嫌われちゃったの」

「あぁ……」


 なんとなくチームメイトの気持ちもわかる気がする。今までサボってた人間がいきなり戻ってきて、しかもすぐにレギュラーになってしまえば自分たちの練習はなんだったのかと、否定された気分になるだろう。


「だからみんな虹子のこと自業自得だって、別に裏で言えばいいのにわざと聞こえるように言ってて」

「うわぁ……、それは酷いね」


 酷いと思うのは本心だ。ただそれ以上に、その時私が虹子の前にいたら、彼女はもっと私を頼ってくれていただろうかと考えている自分がいた。

 一番酷いのは私のこの醜い心だ。

 自己嫌悪に陥っていると、授業終了のチャイムが鳴った。


「二人ともおつかれぇ」

「そう思うなら虹子も片づけ手伝ってよ」

「嫌だよめんどくさい」

「ねぇ虹子……」

「どうかしたの?」

「……私は、虹子の味方だからね」

「……へ?」

「あちゃぁ……、完全に引きずっちゃってるなぁ……」

「どういこと?」

「なんでない」


 私が知らない虹子のこと。

 過去なんてどうでもいい。これからの彼女を知っていけばいい、なんて甘いことは考えられなかった。


 ……だって、私はもう彼女のすべてを知らないと満足できなくなってしまったのだから。

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