6話 続・二人のプロローグ
「どうしてこんなことに……」
私は机を合わせて弁当を広げている三人を見た。
「えへへ、いただきまぁす」
虹子がニヤニヤと笑いながら弁当箱を開けた。気持ち悪い。
「今日は奮発したんだから、残さないで食べてよね」
「えぇ、ピーマン入ってる……。これあげる」
「子供じゃないんだから、好き嫌いしないの」
楽しそうにしている奈乃を見て虫唾が走った。彼女は私に隠れてこんな奴と……。
「なんかごめんね」
桜子が私にだけ聞こえるよう耳打ちしてきた。
「別にいいよ」
昼休み、本当ならいつも通り奈乃と二人で昼食を食べるはずだった。そこに邪魔者二人がやって来た。虹子と桜子だ。
昨日のことが関係しているのだろうが、正直これ以上邪魔されたくなかった。
「桜子のおかげで、ほんとに昨日は助かったよ」
「別にそんな大したことは……。偶然見かけて、それを虹子に教えただけだから」
「あの時双葉さんに会ってなかったら、きっと今日もギクシャクしたままだったからね」
「ほんとに会っただけで、何もしてないんだけどなぁ……」
私を除いた全員が今の状況を楽しんでいた。私は会話に入れずドンドン孤立していく。
虹子のことが許せない。私から奈乃と桜子を今も奪っているのだから。
「そういえば気になってたんだけど……」
唐突に虹子がこちらを見た。
「桜子と日菜さんって親戚とかだったりするの?」
一瞬空気が固まる。
私たちの関係のことを二人は知らない。勿論完璧に隠しているわけではなく、学校には知られているし少し調べればわかることだ。ただ事情を察してなのか、教師たちはあまり追及してこない。
「うぅん……。言い方は悪いけど、他人だよ」
桜子がなんでもないことのように言った。正直助かった。彼女は別に私たちの関係を気にしていない様子だったが、誤魔化したということは思うところがあるのだろうか。
私は居心地が悪いまま昼休みを終え、ずっと桜子のことを考えているといつの間にか午後の授業も終わっていた。
「……ただいま」
「おかえり日菜」
家に帰ると桜子は既に部屋着に着替えていた。私たちはできるだけバレないように時間をずらして帰っていた。
「ちょっといい?」
「なに?」
彼女が真剣な表情でこちらを見た。
「いつまで隠すつもりなの?」
別にずっと隠し通すつもりなんてない。いつかは気づかれるだろう。それでも、奈乃にこのことは絶対に知られたくない。だから自分から言うつもりなんて一切なかった。
「虹子はそんなこと気にするタイプじゃないし、古宮さんも少し話しただけなんだけど気にしないんじゃないかな」
「……表面上はね」
きっと奈乃は知っても気にしないだろう。私が知っている彼女ならきっと大丈夫だ。しかし、私が知らない彼女はどう思うかわからない。
私は彼女と虹子が仲良くしていることを知らなかった。真面目だった奈乃が高校生になってから授業をサボることが多くなったのは十中八九虹子のせいだ。少し考えればわかることだったが、まさかあんな奴と関わっているとは思いたくなかった。
「まあ、日菜が嫌なら私も学校では隠すようにするけどさ」
「じゃあ昨日みたいなのはほんとにやめてよね」
昨日のことを思い出す。
桜子に女子トイレの個室に連れられた私は、彼女に落ち着かせるためと言われ無理矢理キスされた。彼女の舌の感触や温もりを思い出すだけで吐き気がする。
「はいはい」
彼女は頷くとそのまま部屋に戻った。
昼休みの時の奈乃の表情が頭に浮かぶ。私には見せたことのない表情をしていた。それを私にではなく、虹子に向けていたのが悔しかった。
ずっと好きだった。それなのに奈乃は私を選んでくれなかった。
……それも当然だ。こんな穢れた人間、誰も選んでくれるはずがない。
奈乃に想いを伝えるのが怖くて、ずっと隠していた。別に彼女と恋人になれなくてもいい。ずっと友達でいることができればそれでよかった。それなのに、虹子が私からすべて奪おうとしてくる。それが憎かった。
そして私は奈乃への気持ちを桜子へ代わりにぶつけることで誤魔化していたのだ。
桜子の部屋に入り、彼女を抱きしめる。そのままベッドに倒れた。
「制服汚れちゃうよ?」
「……どうでもいい」
もうすべてがどうでもいい。私が奈乃に抱いていた感情も、虹子への嫉妬も、そして桜子への劣等感も。
そうやってどんなに誤魔化しても、自身への嫌悪感は更に溜まっていく。きっとこの気持ちは、どんなに誤魔化しても消えることはないのだろう。