5話 二人のプロローグ
結局あれから一度も奈乃と会うことはなく、連休が終わってしまった。
あの時の涙目の彼女の顔を忘れることができない。強引すぎたと反省しているが、それをどう伝えたらいいかわからなかった。
下駄箱を開けるといつものように弁当箱が入っていた。それになんだか安心した。
教室に入ると、桜子がこちらに手を振った。
「……おはよぉ」
「今日はなんか元気なさそうだね」
桜子が心配そうな様子で聞いてきた。
「うぅん……。まあちょっとね」
おざなりな返事をしながら、私は奈乃のことを見る。彼女もこちらを見てきたが、目が合うとすぐにしかめっ面をしながら視線を逸らしてしまった。
当然だ。そうされても仕方ないことを私はしてしまったのだから。
私は自分の気持ちに迷っていた。彼女に抱いている好意がどちらの意味なのか確かめたかった。そしてあの日気づいた。私は奈乃が好きだ。
この気持ちは友愛なんかじゃない。もっとドロドロしていた汚い、性愛だ。
モヤモヤした気持ちを脳内で巡らせていると、いつの間にか午前中の授業が終わっていた。
「もしかしてGW中に彼氏とケンカした?」
「なんでそう思ったの?」
「だって虹子のお弁当、いつもなら手作りなのに今日は冷食ばっかだなぁって思って」
「まあ、そんな感じかなぁ」
正直冷凍食品はかなりおいしい、企業の努力を感じる。それでも、やっぱり何か物足りなかった。私は弁当を食べ終えると立ち上がり、奈乃の席へ向かった。
「……何か用?」
奈乃の友達、日菜が敵意を一切隠さずに言った。
正直言って私は日菜のことが苦手だ。まあお互い様だ。そのため私は彼女をできるだけ視界にいれないようにしながら、奈乃のことを見た。
「奈乃、ちょっといい?」
「……嫌です」
「お願い、ちょっとだけだから!」
「いい加減にしてよ!」
日菜が叫んだ。周りの視線が集まる。
「日菜落ち着いて……」
「桜子には関係ないでしょ!」
「……ちょっとこっち来て」
すると桜子が日菜の腕を掴み、廊下に出ていった。
二人の関係のことを、私はあまり知らない。二人とも名字が双葉だが、誕生日は違う。つまり双子ではなく、ただ偶然名字が同じなだけなのだが、二人を見ると何とも言えない違和感を覚えるのだ。
「……話って何」
残された奈乃が、まだ機嫌を悪そうにしながら聞いてきた。
「実は……」
まずはこの前のことを謝らなくては、そう思っているのに言葉が出てこない。まるで突然小説のページが真っ白になってしまったかのように。思考も固まってしまう。
「ねぇ、この前の話なんだけどさ」
「……うん」
「私たちの関係、多分友達なんかじゃないよ」
「奈乃から言い出したのに……」
「それは悪かったと思ってるよ。でも、やっと気づいた。だから私たち、ここまでにしよう?」
「え……?」
奈乃は自嘲的な笑みを浮かべた。
「こうやって話すの、今日で終わりにしよう?」
私の想いを無視して、彼女は残酷な一言を放った。
帰宅してからも、私の頭は奈乃のことでいっぱいだった。この気持ちの矛先をどうすればいいかわからず、ただ枕を殴り続けた。
数分ごとにスマホを取り、通知を確認する。彼女に送ったメッセージへの返信はまだ来ない。
今すぐに会いたかった。それでも私は彼女の家を知らなかった。思えば、私は彼女のことをほとんど知らない。それもそうだ。なぜなら私たちは友達なんかじゃないのだから。
そうやって病んでいても何も解決しないのはわかっている。こうして一人でいることが苦痛で仕方がなかった。
するとスマホから通知音が鳴った。私は期待しながら画面を見たが奈乃からではなかった。メッセージの送り主は桜子だった。
『いつもの公園』
たった6文字。それでも、桜子が何を伝えたいかすぐに理解した。自然と足が動いていた。
いつもの公園、奈乃と待ち合わせに使っていた場所。息を切らしながら入ると、ベンチには奈乃とが座っていた。
「……こんなところで何してるの」
「私の居場所、双葉さんから教えてもらったんだ」
口を尖らせながら奈乃が言った。
「……昼休みに言ったこと忘れたの?」
「……忘れた!」
彼女は呆れた表情でため息をついた。
「……冗談だよ。この前のこと、ほんとにごめん。すぐ謝らなきゃいけないのに、ずっと言い訳ばっか考えてて……」
「別にいいよ。私も今日は言いすぎちゃったし、お互い様ってことで」
「でもあの時はすごく心配したんだよ?」
「悪かったと思ってるよ。でも、急に怖くなったんだ」
そう言うと、悲しそうな顔をしながら笑った。
「永遠なんてあるわけない。じゃあいつか終わりが来るのかなって思うと震えが止まらなくて……」
「だから私に言われるくらいなら自分から先に、ってこと?」
「そういうことに、なるのかなぁ……」
奈乃の気持ちが痛いほどわかってしまう。私が持つ彼女への想いがずっと変わらないという保証は何一つない。何気ないことが原因で冷めてしまうことだってある。彼女はそれが怖かったのだ。
「大丈夫…なんて軽々しく言えないけど、少なくとも今は奈乃から離れるつもりはないよ?」
彼女のことを優しく抱きしめる。こういう時だけは、自分の身体に感謝してしまう。
「ねぇ虹子」
「なに?」
「キス、してもいい?」
「奈乃から言うなんて珍しいね」
「べ、別にいいでしょ」
照れている彼女がとても愛おしかった。私は自分の唇を、優しく彼女のに触れさせた。別に何回もした行為のはずなのに、なんだか甘酸っぱい気持ちになってしまう。
結局のところ、私の気持ちも彼女の恐怖も、何も解決していない。それでも、彼女のことを見るとそれが些細なことに思えた。
「顔、真っ赤だよ?」
「……夕日のせいだよ」
私の顔が熱いのも、きっと夕日のせいだ。