3話 記述問題
読書感想文というものが昔から苦手だった。本を読むこと自体は好きだ。それでも普段読んでいて思うのはおもしろいかそうじゃないかくらい。だから感想文にも正直な気持ちを書く。それを教師に咎められる。毎回そうだった。
何故本を読んだらその度に学びを得ないといけないのだろう。感想文の正解を探しながら読む。もはやただの記述問題だ。それが窮屈でしかなく、嫌だった。
『古宮には人の心を知ろうとする意思がない』
中学生の時、担任の教師に言われたことを思い出す。
他人の心なんて誰にもわからない。それなのに何故知ろうとしなければいけないのだ。
虹子が何を考えているかなんて知りたくない。
「……ねぇ、奈乃聞いてる?」
「えっ……。あっ、ごめん。ぼーっとしてた」
「今日体調悪そうだけど大丈夫?」
「うん、大丈夫……」
友達の日菜が心配そうに聞いてきた。
昼休み、私は虹子のことを考えながらひたすら弁当箱の中の冷凍食品を口に運んでいた。
虹子の方を見ると、彼女の友達の桜子と楽しそうに会話していた。
「ほんとうるさいよねぇ、あいつら」
「……そうかな」
「そうだよ。ったく、カースト上位ってだけで何されても許されるんだからいいよね」
不機嫌そうに日菜が野菜ジュースを飲んだ。
理由はわからないが、彼女は病的なほどに虹子たちを嫌っている。別にその理由を知りたいわけではない。
幼い頃からの付き合いである日菜に対しても、私は壁を作っている。これが『人の心を知ろうとする意思がない』というやつなのだろうか。
ふと昨日の屋上でのことを思い出す。
『私たちの関係ってなんだろうね』
私は虹子のことを欠片も友達とは思っていない。彼女がいないと私はダメになる。そんなの友達ではない。ただの傷の舐め合いだ。
「またぼーっとしてる」
「ごめん……」
「それで、GWどうするの?」
「うぅん…、予定はないけど家の片づけとかしたいしなぁ」
「そういえば今一人暮らしなんだっけ」
私は頷いた。現在両親は海外へ行っている。そのため家には私しかいなかった。虹子に「なんだかゲームの主人公みたい」と言われたのを思い出す。
「まあ予定空けられそうならまた後で連絡するね」
「オッケー」
半分嘘だ。勿論休み中に家の掃除をしたいのはある。しかし、それだけで休みが終わるわけではない。
休みの日にも『可愛い自分』を演じたくなかった。本当の私、それは日菜にも見せることができない。見せることができるのは、虹子相手の時だけだ。
それでも、今日はなんだか屋上に行く気分にはなれなかった。
やっと今日の授業が終わった。当たり前のことをしただけなのだが、午後の授業にも出席してかなり疲れた。
「じゃあ私これからバイトだから先帰るね」
「うん、バイトがんばってねぇ」
「また明日」
「うん……」
日菜が教室から出た。私は桜子が教室にいないのを確認してから、机に伏して寝ている虹子に近づいた。
「虹子起きて。とっくに授業終わったよ」
「あれぇ……。もうそんな時間?」
「双葉さん、もう帰っちゃったみたいだよ」
「えぇ…。桜子なんで起こしてくれなかったのぉ……」
私はティッシュで虹子の涎を拭く。
「ほら、帰るよ」
「うん……」
他のクラスメイトたちは私と虹子のことなんてまったく気にしていなかった。
周りの目が怖くないと言えば嘘になる。だが一番怖いのは日菜と桜子の存在だった。私が虹子と話したのを知られたら、恐らく後で問いただされるだろう。
だから今日は日菜がバイトですぐ帰ったのは、正直ありがたかった。
「もうすぐGWだしどこか遊びに行かない?」
「双葉さんと行けば?」
「桜子はずっとバイトらしいから……」
帰り道、私は自転車を押しながら歩いていた。その隣を虹子が自販機で買ったジュースを飲みながら歩く。
「っていうか、虹子の場合は休み前のテストを心配したら?」
「そういえばテストあるんだったなぁ……」
「点数悪かったら休み中補習あるって言われたでしょ」
「……勉強しなきゃなぁ」
虹子はうなだれながら言った。私も授業をサボり気味なので彼女の心配をしている暇はない。
「じゃあ、どっちも補習なかったら一緒に遊園地行こ?」
「えぇ……。絶対人多いじゃん」
「GWなんだしどこも人多いよ」
「まあそれもそうか……」
「約束だよ!」
「いや、まだ行くとは決まって……んっ」
話している途中で、虹子が唇で無理矢理言葉を塞いだ。
私が唖然としていると、彼女はニヤリと笑いそのまま走っていった。
私は最低の人間だ。勿論これは虹子からしてきた一方的な約束だ。しかし、それを嬉しいと思ってしまう自分がいた。
日菜には悪いと思っている。それでも、私は虹子のことを優先するだろう。
虹子の前でなら『可愛い自分』を演じる必要がないからだろうか、それとも……。
問、幼い頃からの友達である日菜を捨てて虹子のことを選んだ理由を答えよ。
……答えたくなかった。