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006 長いものに巻かれろ計画は断固として堅持

 いい朝です。

 一度目を覚ました時には僕の頭はお姉さんに抱き込まれていて、顔面にふわふわぽよぽよだったので思考もぽよぽよ、いい気分のまま二度寝しました。非常にいい朝です。


 そして――。

 僕のスローライフが、遂にはっじっまっるよー!

 朝食を済ませて、今は再び僕の自室で身支度の最中。

 今日の僕の装いは、お姉さんから頂いた被り着長袖の綿シャツに膝下丈のサスペンダー付きパンツです。それと柔らかい皮のブーツ。素材はテキトーにそれっぽいものを言ってます。だって綿花があるかなんて知らな――、あ、あるの?

 わーにん情報。綿シャツは合ってるけど、ブーツの皮は樹皮なんだって。ちなみに大樹お母さんの樹皮ではないらしい。そりゃそうだよ、困るよそんなの。


 それにしてもブーツに樹皮だなんて、僕の常識が通用しない一例がまた積み上がった。ファンタジーめ、僕を除け者にしようという魂胆か。

 ……なんちゃって。ファンタジー素材万歳、もっと来ーい。



「はい。帽子と、それから鞄ね。この鞄は倉庫とは繋がっていない普通の物だから、収納量には気を付けてね」

「あ、ありがとうございます! えっと……」



 ここで悲報。鍬とか如雨露とか農具はまた後で、なんだって。まあねぇ、あれもこれもを一度に始めても効率は悪いのかもだけど。

 ちょっと……、ううん、だいぶがっかりしながら、受け取った鞄は斜めに掛け、帽子を被る。

 ……うん、やっぱりだ。

 この髪、邪魔ー!



「お姉さん、お姉さん」

「はいはい、何かしら?」

「髪の毛、やっぱり切り――」

「……切らないって約束したものね?」

「あの、えっと、約束はしましたけd」

「そのままでいいの。可愛いもの」

「じゃ……邪魔かな、って……」



 くっ、なんという圧だ! だが、ここで引くわけにはいかない……! 僕の明日は僕に係っているんだ!

 ……主人公ごっこしてみたけど、「僕の明日は僕に係っている」ってそういえば当たり前だった。しかも打ち切りエンド感が満載だし。

 うーん、主人公って難しい。古今東西数多の主人公たち、すごいねえらいね。僕には無理ー。



「あら、そうね! それがいいわ、そうしましょう!」

「? お姉さ――、うわっ? あれ、大樹お母さん? どうしたんですか?」

「ありがとう、大樹」



 こっそりとごっこ遊びに興じていたら大樹お母さんとお姉さんとで何やら意見の摺り合わせがあったらしい。

 お姉さんに何かを渡した枝が今度は僕の頭から帽子を取り上げて、後ろを向かせる。

 なんだなんだ、と思っているとお姉さんが僕の長い髪を櫛で梳かし、それから一つに束ねた。

 んー?

 手を回してそっと触ってみると、僕のロン毛が革紐のような何かできつく留められている。



「はい、これでもっと可愛くなったわ」

「いえあの、可愛いとかはどうでも良くてですね……」

「そうだったわ。これでもう邪魔じゃなくなったわね、良かったわ」

「……ううう。はい、ありがとうございました……」



 圧に屈し俯く僕に、大樹お母さんが帽子ともう一つ、何かを差し出した。



「え? これ何ですか、お母さん?」

「そうそう。それも渡さなくちゃいけなかったのよね」

「んーと?」

「これはね、事典なの。それほど厚みが無いように見えるけれど、とてもたくさんの項目が載っているのよ。一階の倉庫と同じで『薬』とか『青いもの』というように見たいものを呼び出せるから試してみてね」

「これが事典……」



 紺色に銀の箔押しで縁取られたその冊子は、縦も横も寸法がCDケースと大体同じように見えた。厚みも同じくらい、かなぁ。

 事典と言うには随分とコンパクト。



「これが、事典ー……?」

「ええ、そうよ。まずはあなたの名前を……。あら、どうしましょう?」

「お姉さん?」

「えっと……。あなたの名前、どうしたらいいかしら?」



 え!? 今更!?

 僕もうこのまま名無しでいくのかと思ってた!

 で、そのうち名前が明らかになって、「なんだと、あの伝説のフンニャラと同じ名だと!?」「なんですって、あのホンニャラと!?」「おおお、フンニャラー!!」「ホンニャラー!!」みたいに大騒ぎになるのかと。ないか。

 名前、かぁ。付けろというなら付けますけど、お姉さんは何をそんなに困っているんだろう?



「どうしたら、とは? んと、僕が自分で付ければいいんですか?」

「まあ、出来るの? 今までは上の子たちが考えてあげていたのだけれど……」

「出来るは出来ますけど、もしも誰かに付けてもらう方がいいということなら、お姉さんにお任せしたいです」

「あら、ごめんなさい。わたしには出来ないの。自分で自分に名を付けた子が今までいなかったから、出来るものなのかしら、と気になっただけなのよ。あなたが自分で出来るならそうしてしまっていいと思うわ。今言った通り、わたしには出来ないから」



 んー? 名前を付けられないって、どういうこと?

 僕はここでの常識も非常識も分からないからちゃんと教えてくださいー。



「あの、お姉さんには出来ないというのは何故というか、どういうことなんでしょうか」

「……あ、そうね。あなたには説明していなかったわ。あのね、わたしは大樹の一部分なの。あなたたちとこうしてお話が出来るように、そして大樹の言葉を伝えられるように機能を整えた存在なのよ」

「んんー? お姉さんは僕のお姉さん……、ややこしいな。んと、あなたは大樹お母さんの子供とは違うんですか?」

「ええ、違うわ。わたしは大樹の子供ではないの。そうね、あなたたちが大樹の『実』なら、わたしは『枝』のようなものよ。大樹から離れた『実』は自由に行動が出来るけれど、基本的には大樹の力を使うことが出来ない。そして『枝』は大樹の力の大体を使えるけれど、自由には行動出来ないの。その、『自由に出来ない行動』のうちの最たるものが『創造』することなの」



 なんか凄そうな設定来た。

 でも、お姉さんが『創造』出来ないってなんかぴんと来ない。朝ご飯もだけど、この服もお姉さんが作ってくれたらしいのに。



「えーと、ご飯は作れても名前が付けられない、の意味がちょっと分かんないです」

「そう、ね……。以前他の子がわたしのことを、『パンにバターを塗るのもジャムを塗るのも知っているのに、バターとジャムを一緒に塗ることは思い付かない』という風に言っていたのだけど、分かるかしら?」

「あ、たった今高速で理解しました」



 つまり作り方を知っていれば作れるけど、そこから材料なり分量なりに変更や過不足があると作れなくなっちゃうのか。むー、地味にキツイねそれ。ちょい足しで色々試したくなる僕からすると非常に非情な仕打ちだ。



「理解はしましたけどー……。それって、お母さんが決めたことなんですか? ちょっと……、ヒドくないですかー……?」



 わさ!?


 おおお、葉っぱがぶるぶると震えてる。こんなこと言ったから怒っちゃった? でもさー……。



「大樹、落ち着いて。それにあなたもよ。そんな酷いこと、言わないで」

「でもー……」

「あのね、わたしが『創造』出来ないのにはちゃんと理由があるの。わたしは大樹の力のほとんどを借りることが出来る。そしてあなたたちと、こうしてお話しすることも。この上さらに、『創造』まで出来てしまっては大樹の力を上回りかねないわ。そうして何かの拍子に大樹を害するようなことになってしまったら、この世界はきっと無事では済まないでしょう。そうさせないために、大樹は世界に様々な制限を設けているわ。これもそのうちの一つで、わたしに対して何か酷いことをしているのでは決してないのよ」

「そう、なんですか……?」



 わっさわっさ! わっさわっさ!


 おおお、葉っぱが大きくざわめいている。お姉さんに激しく同意、とか?

 うーん、それじゃ僕、思い込みで酷いこと言っちゃったか。ならきちんと謝らないと。

 なにしろ、大樹お母さんに何事かあると世界がヤバい的な新情報も飛び出したしね……! 長いものに巻かれろ計画は断固として堅持、これに変更はない。



「お母さんお母さん、ヒドいこと言ってごめんなさい」



 ぺこりと頭を下げると、お母さんの葉っぱがわさわさと撫でてくれた。昨日より控え目なのはたぶん、束ねられた髪を乱せないからだと思う。思いたい。決して心の距離ではない。

 よし、関係回復。回復ったら回復だ。僕は世界の敵にはならないぞ。



「誤解が解けて良かったわ。それで、あなたの名前のことだけれど……」

「あ、はい、えっと。『ディジアール』、でいいですか? おかしいですか?」



 ディジアール。

 これは『農村日和』とはまた別のゲームのキャラクターから。

 そのゲームは主人公の行動によってルート分岐があって、それ次第で主人公が悪堕ちすることも可能だった。その場合はメインヒロイン含め仲間キャラと敵対するようになるんだけど、この『ディジアール』だけはどのルートでもずっと付いてくる。

 そんなの、プレイヤーからの好感度が高いのは当たり前だよね。主人公よりガタイのいいおっさんキャラだったけど、僕も「もうこいつがヒロインでいいんじゃね?」と思ったぐらい良キャラなのでちょっと拝借しようかな、と。



「ディジアール……。ディズ、かしら? 素敵ね、可愛いわ」

「ううう、可愛いは関係ないのに……、むしろ逆を期待したのに……。でもおかしくないならこれにします」

「それじゃあ、ディズ。事典の表紙を開いて……、そう、そこに名前を書いてね」



 はい、とペンを渡されたのでたった今お姉さんが腰掛けたテーブルセットの一脚に僕も座る。立ったままじゃ書きづらいからね。斜め掛けだった鞄は少し回して後ろに、と。



「えっと……」



 そもそも僕、こっちの文字書けるんだっけ? と首を傾げているとわーにんが、こう書くのー、と教えてくれた。どうやってかというと、いや僕も仕掛けが分からないんだけど紙に薄く文字が浮かび上がったんだよね。僕はそれをなぞっただけ。でも書き上げた文字を見るとちゃんと読める、気がする。

 僕の識字能力はどうなってるんだ。



「どう? 大丈夫?」

「あ、はい! 出来ましたー。それとペン、ありがとうございました」



 声を掛けられて、慌てて顔を上げる。

 借り物も返そうとペンを差し出すと、お姉さんは返さなくていいと言う。



「事典に書き込むのにも必要でしょう? そのまま使っていていいわ。そのペンもとても便利でね、倉庫にインクがあればインク切れ知らずなの」

「ぉふぉ」



『空間収納』の可能性が無限大過ぎる。僕、興奮しすぎて呼吸がおかしくなりそう。

 ビークール、ビークール。己を静めるため、事典を極限まで丁寧に扱ってページを捲ると『新着』『料理』『服飾』『家具』等々の文字の周りががぴかぴかと光っていた。



「…………」



 液晶パネルじゃないよ? 紙だよ? どうなってんの……?



「ディズ? どうかしたのかしら?」

「……お姉さん、あの。ここ、光ってるのはいったい……」

「え? ああ、精霊の燐光ね。見て欲しいものがあるときに目印をしていくの。しばらくすると消えてしまうのだけれど、ほら、あの子たち情報を共有しているでしょう? まだ伝えられていないのに目印が消えてしまっても近くにいる別の子が間違えずにまた点けてくれるから、無理に急がなくても大丈夫よ」

「…………」



 情報を共有とか、初耳ですけど。

 テーブルの上にいるわーにんたちをじっと見遣る。


 わうー?


 こんな愉快ななりをしてチートか?

 えいえいえい、と指で一人一突きしてみたら喜ばれた。くっ、可愛い。くっかわ。



「今光っている『新着』のところを指で触れると、次のページから新着分の項目が表示されるの。他にも『素材』『料理』『武器』のように切り替えられるけれど、そこになければ口頭で指定することも出来るのよ」

「…………」



 この美人さんときたら、ちょいちょい突っ込み所を差し挟んでくるよね。

 僕の農夫ライフのどこに武器を使う必要があると……、え、待って、あるの? 武器を使わなきゃいけない状況が待ち受けてるの?



「おおおおねえさん……。武器、って……。なんで、武器……」

「まあ、武器がどうかしたの? 今は素材もなくて作れないでしょうけれど、そのうち作れるようになるから大丈夫よ? 頑張りましょうね」

「いえ、いえいえいえ、そうではなくて……。武器、要ります? 使います?」

「? 使わなくたって作っていいのよ? 男の子は特に好きでしょう?」

「! なんだ、使わなくていいんですか! ならば良ーし! それなら作った端から倉庫にしまっちゃえばいいんですもんね!」

「……あら」



 使う予定は全くないけど、作るのは楽しみー!

 いずれ鍬とか作れるようになると思うけど、それに必須の鍛冶から派生して武器が作れるだけの話なんだよね、きっと。じゃなきゃ「使わなくて良い」ってことにはならないだろうし。

 あー、驚いた。グロだの、スプラッタだの、僕ほんとに無理。そういうのに直結しそうな武器不使用の言質が取れたのは大収穫だ。

 そんな具合に一安心していると、昨日見たのと同じようにお姉さんが両の手の平をぱちりと合わせていた。

 ……この仕草、可愛いよね。いつか僕もやってやろう。



「ディズ、あのね。これは武器に限ったことではないのだけれど。もしあなたが良いのなら、あなたの持ち物の中で余ったものを森の外に分けてあげてほしいの」

「んん? んーと? 余り物を分けるのはいいですけど、手間が掛かりそうなのは遠慮したいんですが……」



 無償で譲るにしても、どうやって?

 譲渡の募集を掛けて、応募してくれた人と送付先やらのやり取りをして、発送したら今度は無事受領出来たのかを確にn……、あああ面倒くさい! 僕、ほんっと不向きなんですけど! 想像だけでげんなりだー。

 と、ぶう垂れていたらお姉さんからありがたいお話しが。



「この屋敷の玄関を出て右手側にね、大きな箱があるのだけれど、そこに品物を入れておくと毎日夕方の五時に大樹と精霊たちで森の外に送ってくれるの。特定の誰かにとか、どこそこ村の老人に、というような宛先の指定は出来ないからそういう点では不便だけれど、もしよければ活用してね」

「出荷箱サイコー!」

「え?」

「いえ、なんでも! ぜひ使わせて貰います-」

「ありがとう、ディズ。例えば毒キノコなら薬として利用出来る人の所へ、ただの枯れ葉でも動物の巣穴に、という具合に大樹たちが必要な物を必要とする者に届けてくれるからあまり気負わずに、あなたの出来る範囲でお願いね」

「はーい、分かりました!」



 ついに! チュートリアル終了の予感!

 わくわくでてかてかしながら立ち上がると、お姉さんがとても嬉しそうに僕を見上げた。



「――それじゃ、いってらっしゃい。気を付けてね」

「はい、行ってきます!」



 たたた、と廊下に出て小さく振り向き、ほとんど駆け出しながら「行ってきまーす」ともう一度告げた。

 さあいよいよ、僕のファンタジースローライフが始まるんだ!

 ……いやだから、起きてこないでフラグ。

>スローライフ


始まらなか……った……? (lll・ω・`)


(;ω;) ←おめが

(;θ;) ←しーた

(;⊿;) ←さんかく

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