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005 スーパーのサービスカウンターが精々だ

 薄暗い部屋の中。

 ほんのりと柔らかな灯りを放つのは小さな、……お尻。


 しょうが無いじゃん、本当なんだから!

 いわゆる光属性らしい『黄燐(おうりん)精霊』がテーブルとかチェストの上で三、四人で一組になってこっちにお尻向けてるの!


 わうー?



「ああ、うん、何でも無いよー……」



 なんでも、正面より後ろ向いてる方が身体が動いても光の揺らぎが小さいんだとか。で、最初はちゃんと座ってたのがどんどん前のめりに崩れて、今みたいにうつぶせでお尻を上げる姿勢で落ち着いちゃったらしい。

 ……うん、確かにもそもそと蠢いているみたいだけど灯りとしては安定している。


 普通に照明はあるみたいなんだけどね。明るさは、ぶっちゃけた表現をすると音声入力で対応してくれるし、寝入ったのを確認して勝手に消灯してくれるしで、この精霊照明は使い勝手は良いらしい。……とお姉さんが。

 結構扱いが酷くない……? なんて思ったけれど精霊のほうが使って使ってお役に立ちたいとわぁわぁぴぃぴぃ騒いでいた。そりゃあもう大騒ぎだった。よって、何一つ問題ないと僕は判断しました。



「どうしたの? こちらへいらっしゃい」

「ひょ……っ。は、はいぃぃぃ……」



 自室で寝間着に着替えた僕は枕を抱えて、隣室のお姉さんの部屋にお邪魔しました。

 僕の部屋にあるものより大きなベッドで上体を起こした、こちらもやはり寝間着姿の美人さんが掛布を持ち上げて招いてくれています。

 サービスシーンというか、ボーナスステージ。僕、知らないうちにどんだけ善行積んだんだろ?



 △▼△▼△▼


 倉庫での話がだいぶ長引いたので、倉庫とは玄関を挟んで反対側にある食堂で食事を頂きまして。

 ……調理も給仕も、大樹お母さんが引き受けていました。あの枝の器用さ、あやかりたい。


 その後、二階の大きなお風呂へ。一緒に入りたそうにするお姉さんのお誘いは、僕のてんこ盛りの羞恥心が懸命に断りました。なんて頼れる羞恥心。


 はー、やれやれ。

 一安心して脱衣所に入った僕が鏡で初めて目にした銀髪ロン毛のお子さんは、主観で言わせてもらうとかなり可愛い子でした。瞳は三人の精霊たちとお揃いの紫色。

 まぁ、正視に耐えない醜悪な容姿よりは遥かにいいんだけどさー……。

 僕としてはもっと格好良いのがよかったな。なにしろこの坊ちゃん、成長しても「格好良い」からは程遠い容貌だもの。イベントかアイテムでキャラメイクし直せませんかねー?

 希望としては低い声で「用件を聞こう」なあの人だけど、この感じで用件を聞いてもスーパーのサービスカウンターが精々だ。


 あとロン毛って、びっくりするほど邪魔なんだね。僕的には入浴時が一番邪魔だった。後年、戦線離脱者が大量に出た時のために切って保管して有効利用出来ればいいのに。……って、何千年も先の話なんだっけ。じゃあいいや。


 そしてこの間。

 僕の精霊たち、「わーにんず」は僕からずっと離れずにあるいは頭の上だったり、またあるいは肩の上だったり、でした。あ、お風呂では泳いだり沈んだり好きにしてたけど。

 チーム名の由来は言わずもがな、わーにんわーにんうるさいから。これ一択です、他はありません。



 △▼△▼△▼


 ――で、このお部屋訪問に繋がるわけです。だって、ご一緒風呂辞退とバーターだったんだよー……。

 可哀想に、僕の心臓はばっくんばっくん。僕史上最大に熱い鼓動なんだけど、これ何かに使えないかな。餅搗きとか。



「どうぞ、遠慮しないで。他の子たちもね、よくこのベッドに入り込んできていたのよ」



 ううう……。僕、絶対顔が真っ赤だ。今なら日の丸弁当の真ん中に僕がいても気付かれないだろう。この好機にどうしてそう指令が下されないのか、大変に悔やまれる。

 …………。

 どれだけ関係ないことを考えたところで、なーんにも事態は好転しなかった。ふん、分かってたよー、だ。



「おじや……っ、『おじや』関係ない……。おじゃま、しますー……」

「ふふっ、はい、いらっしゃい。……あら? 顔が真っ赤ね。熱が出ちゃったのかしら? 頭が痛いとか、何かある?」

「ふぃぃぃ……、だだだだいじょうぶー……!」



 座っていた身体をこちらに寄せて、おでことおでこでこつんとか……。軽率な密着は禁止ーー! 丸っきり子供扱いでも恥ずかしいものは恥ずかしいの!

 そう? と言って顔を離したお姉さんは、僕の腕から枕を抜き取ってベッドに整えてくれた。

 ……違うから! 『是非枕(ぜひまくら)』なんてここには無いから! あれ、「是」のほうが上になってね? とか安直な幻視も禁止!



「はい、どうぞ」

「はぃぃぃ、どどっどどーもぉぉぉ……」



 ぽんぽんと枕を(はた)いて、いらっしゃいませごゆっくりどうぞされてしまった。

 マッパでお風呂よりはマシなはずだった。友人の兄妹という同世代の女子と雑魚寝したこともあるし余裕っしょ、とまで思ってた。

 ……甘かった。この部屋に漂う香りぐらい甘かった。ふんはーいい匂いー。鉢花が一つあるだけなのに、どうしてこうも違うんだろうね。おんなのこってふしぎ。……こんな歌詞、どこかにありそうだな。



「……ごめんなさいね、無理を言って」

「ん、んー? ……あの?」

「お風呂も、こうして一緒に寝るのも、あなたが困っているって本当は分かっていたの。でも、とても懐かしくて……。嬉しくて、どうしても一緒が良かったの。……あなたの気持ちよりも自分を優先してしまって。だから、ごめんなさい……」



 よいせ、とベッドに乗り上げてもぞもぞと丁度良い姿勢を探る僕に、心底申し訳なさそうにお姉さんはそう言った。

 ううーん……。困ったけどー……。確かに困ったけど、でも実はそんなには困ってないから、しょんぼりされるとそのほうが困ってしまうわけで――。



「はず、恥ずかしい気持ちは、やっぱりあります……。でも、お姉さんが僕と一緒が嬉しいと言ってくれるのは、僕も嬉しいのでっ」

「まあ……」



 ようやく寝転がった僕はお姉さんのほうに横臥し、そう力説した。

 届けー、この思いー。これで伝わらないと僕、ボーナスステージだとか思ってました、なんて言わなくて良いことまでさらけ出さなきゃいけなくなるから……!



「ふふ……っ。ええ、嬉しいわ。わたし、本当に嬉しいの」



 ちょっと眼を瞠って、そして破顔したお姉さんはとっても可愛い。

 良かった。さっきみたいなしょんぼりは見てるこっちもツラいからね。

 ……ボーナスステージ云々言わずに済んでほんっっっと良かったね、僕!



「あ、そうだ。倉庫での話とかで気になってたんですけど。僕の兄弟に当たる人たちって、今どちらに?」

「…………」



 軽い気持ちで尋ねただけだったのに、同じように横臥したお姉さんの表情がひどく曇ってしまい僕は慌てる。

 ちょー……っ? もの凄い勢いでしょんぼりが帰って来ちゃったよ!? 止めてしょんぼり、速やかにお姉さんを解放してー。



「おおおおお姉さん……?」

「……今はもう、あなたの他には誰もいないの」



 うあああーん! そんな泣きそうな顔しないでくださいよぉぉぉ!

 しかもメチャクチャ重たそうなこと言ってるし……。僕にもお姉さんにも記録的短時間大目汁情報が発表されそう。

 イヤだ、僕はイヤだ。これ以上、いや以下? どっちでもいいけどこの話題、掘り下げたくない。空気も話の流れも読まなくていい、受け流せ。厚顔に且つスマートに、話題の転換を図るんだ!



「いな、いななな、いないんですかー……。まあ、そういうこともあるあるあるるる……」

「……。ずっと前に……。この森の外で、異変があって。精霊たちが助けを求めてきたの。大樹は、騒ぎ立てるようなことでは無いから落ち着きなさいって宥めたのだけれど、それでも精霊たちは収まらなくて。心配した子供たちが次々に森を出て、そして戻らなかった。すると今度は、戻らない子供たちのことも助けてほしい、って。それで、下の子たちまで……」

「おね、おおおおね、お姉さん……」



 お願い、続けないで!

 他の皆さんもなにやってんの? 大樹お母さんが放っとけって言ったんなら放っとこうよ……。大正義様の言うことなんだよ?


 わううー……。



「あ……」



 声のするほうを見ると、ふわふわと浮いていたわーにんずが「しょぼん」な顔をして徐々に高度を下げていた。

 うあああ、こっちにもしょんぼり病が拡大中。

 そ、それに……。この顔で頼み事されたら結構断りづらい……!



「あなたのすぐ上のお姉さんはね、あなたが大樹に生ったのを見届けてからこの森を出たわ。……子供たちが森を出ることは特別なことではないのよ? でもそれは、精霊を通して連絡があったり時には里帰りしたり、でなければこの先はもう戻らないからときちんと伝えてくれたり……、って突然に連絡を断つようなやり方では無かったの。だけれど、精霊が助けを求めた後に森を出た子は、多くが突然……」



 やだーもーー!

 この森から出て欲しくないお姉さんの気持ちも、精霊の頼みを無碍に出来なかったみんなの気持ちも、どっちも分かるからものすごくしんどい……。

 でも精霊を介して連絡、ってそんな便利な手段があるのに使わないのっていうのは、使えなかったから、ってことだよね。平穏無事、とは考えづらいなぁ……。



「だから……。だから、もうこれ以上……、あなただけは失いたくないの……」



 あや、あややや……、随分煮詰まっちゃってる。さっきまでは普通以上にゆったり穏やかな人に見えたけど、こうなるとかなり無理をしていたのかな、って思う。

 ううう、ちょっとでもいいから、どんなことででもいいから気持ちを楽にしてあげたいけど、僕に何か出来るかなぁ……?



「……えと、えっと、お姉さん」

「……なにかしら?」

「あのですね、他の皆さんは多分、お姉さんがこんなに心を痛めてるなんて知らなかったんだと思います。大樹お母さんもいるし精霊たちもたくさんいるから、きっと大丈夫、って」

「……ええ。そう、かもしれないわね……」

「でも! でもですね、僕はもう知ってますから! ちゃんと分かってますから、だからそんなに心配しなくて良いです。僕は絶対、勝手にこの森を出たりしないです。もしもどうしても外に行かなくちゃならなくなったら、ちゃんとお姉さんに納得してもらってからです。お姉さんを悲しませたりしないって、約束します!」

「……。……ほんとう、に?」



 お、興味持ってくれたみたい?

 さっきまでの、目が合ってるのに合ってない、どこか遠くを見ているような視線じゃなくて、ちゃんと僕を見ている、と思う。たぶん。



「はい、本当です! 知れば誰もが驚愕で震えるぐらい、いつまでもいつまでもいつまでぇぇぇぇもここに居続けますし、出て行けと言われようものならあの手この手で数百年は部屋に立て籠もりたいです!」

「まあ……。ふふ、そんなこと言って、遊んだりもの作りに夢中になって約束をすっかり忘れてしまうのは、どうしてかしら、男の子のほうが多かったわよ?」

「男なんてそんなもんです! 息をするようにその場しのぎの安請け合いをほいほい――あ」



 待って待って待って。今なんか言った? 僕なんか言った?

 えっと……。

 ……僕の口は無能な働き者か! どうにか……、どうにかお姉さんが笑ってくれたのにぃぃぃ……。

 横スクロールアクションゲーの、激ムズゾーンを潜り抜けて一息吐いたところで最弱の敵にやられる、まんまこれをやらかしたよね、今。

 お姉さんを慰めるぞとあんなに意気込んで喋り倒したのに全てを無にした犯人、それはこの僕……。


 わーうー?


 打ち(ひし)がれ枕に顔を埋めた僕の後頭部や背中にわーにんたちが乗っかって、ぺちぺちと叩いているようだ。

 慰めなんて要らないし、そもそもそれはなんの慰めにもならないと思う。


「ふ、ふふ……。もう、可愛い」

「~~~~っ」


 むふぃぃぃぃ……っ。恥ずかしい!

 くすくすと笑うお姉さんはわーにんを避けて僕の頭を撫でてから、長くなった髪が隠してくれていた真っ赤な耳殻をつんつんと(つつ)いた。

 僕の失言に、怒ってもあるいは悲しんでもいない様子のお姉さんにいくらか安堵する。

 でも……。

 うああー! 圧倒的劣勢! 事態の打開には何をすれば良いんだ……!

 そうやってぷるぷると身を震わせつつ必死に策を練る僕の、枕を握り込む指に僕より少し体温の低い指が触れる。



「約束……。あなたと、わたしの……。嬉しいわ、約束なんて何千年ぶりかしら……」



 ……ほんともう、一々桁が違いますよね。

 少しだけ顔を上げてお姉さんを窺うと、思った通りそこにさっきまでの苦しさを感じさせるような表情は無かった。

 ――恥は掻き捨てる物じゃ無い、ときに誰かの笑顔になる。

 いいね、このフレーズ。よし、これでいこう。

 そうとも、やっぱり僕はやらかしてなんか無かった。一見失言っぽく思えた僕の発言も、お姉さんの笑顔を引き出すためのものだったんだ……!

 拍手喝采のうちに脳内劇場を終えた僕は、もう一度横向きに戻ってお姉さんと向き合った。



「あの、ね……、お姉さん? 僕と、精霊たちと、たくさん約束をしませんか? 約束して、ちゃんとそれを果たして。でも時々忘れて、怒られて、謝って。謝られたらすぐ許したり、全然許せなかったり、『代わりに何かしてくれるなら』で許したり、って色んなのがありますけど、そういうのも全部引っくるめて『約束』です。ね、ちょっと楽しみですよね? ね?」

「たくさん……。ええ、本当……。楽しみね。……怒るって、わたしに出来るかしら? 明日にでも大樹に聞いてみなくちゃ」

「ええと、そこはたぶん省略しても構わない過程かな、と……」

「いいえ、わたし頑張るわ。たくさん、色んなことを、だものね」



 ……そこらへんはテキトーでも大丈夫ですよー?

 あまり深刻では無いけれどちょっとの危惧を覚える僕は、どこか楽しげなお姉さんを見て小さくはぁー、と息を漏らした。

 お姉さん、とりあえずは大丈夫そう、かな?


 たくさん約束しましょうね、ってまずは最初の約束。

 そうして二人して笑いあって、一息吐いたら欠伸が出た。お姉さんもそれに釣られちゃったようで、口元を手で覆う。お互いに眠たそうな目と目が合って、また笑った。



「むー……。だめですげんかい……。おやしゅー……なしゃー……」

「ふふ、はい。お休みなさい」



 目を閉じて、落ちる、耐える、落ちる、耐え……ない、みたいな寝入る寸前の僕のこめかみに、柔らかな何かが触れた。

 わーにんのぺっちょりとも違う優しげなそれを「もう一回! もう一回!」と要望したけれど、残念ながらどこにも届かなかったようだ。

 ……んぁー、お姉さん何か言いました? 僕はほんとにもう、無理で……すぴょぉぉー。



「……あなたがあなたで良かった。こうして逢えて本当に嬉しいわ。目覚めてくれてありがとう、わたしたちの可愛い子」


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