004 鶴どころか亀だった
「ところでお姉さん」
ちょっと気になることがあるのでお姉さんに質問。
「この倉庫、歩くのに合わせて動いてるらしいですけど、中にいるのが二人以上だったらどうなっちゃうんですか?」
「ああ、それはね、先に棚を動かした人の速度と希望が優先されるの。それに、左右の棚は別々に動かせるから二人までなら特に問題はないみたいね。もしもそれで不都合があるなら、大樹にそのことを伝えればちゃんと聞いて助けてくれるから、何も心配はないわ」
ほほー。つまり一応パーティリーダー的な誰かを基準とするわけか。で、大樹さんに「リーダー代えます」と伝えれば簡単に変更可能、と。うん、そこは納得。
「んと、その二人の歩く速度が違う場合にはルームラ……じゃない、倉庫はどう動きます?」
「…………。動かないの」
「え」
「面倒はやめてちょうだい、と言って動かなくなってしまうのよ……」
「……はい、了解しました」
物凄く言い辛そうにそう言って目を逸らすお姉さんに倣って、僕もついつい床に視線を落とした。
大樹さんは不満げにわっさわっさしていた。
「えっとうんと……じゃあ、重ねて質問です! 速度は分かりますけど希望って、どういう意味でしょう?」
「希望……。そうね、なんて言ったら良いかしら……。えぇと、倉庫の棚は自分の思い通りに品物を並び替えることが出来るの。あなたが先ほど見た時は確か『種類順』だったかしら。そして、例えば『持っている数が多い順番に並び替える』というような、並び順をどうするか、というのを希望と言っているのだけれど……。分かるかしら……?」
「はいはい、分かります、分かりすぎるほど分かります」
アイテム欄の並び替え機能って、地味に大事だよねー。プレイヤー的にはその辺疎かにしないで欲しいんですよ、っと。
なるほどー。だいたい分かりました。では……。ではですね、先延ばしにしていたこの質問を……、するしか……。
「あのぅ……。大樹さんのお仕置きって、どんななんですか……?」
「さあ? どうなのかしら、誰も見たことがないの。お役に立てなくてごめんなさいね」
「あれ、そうなんですか?」
ん? それって、つまり。
悪りぃ子はいねぇぞー、ってことでしょうか。これには『なまはげ』もにっこり。
うーんうーん、でも気になるー。
「気になるなら試してみる?」
ひょ……っ!?
なななななにかとんでもないご提案を頂いたような!?
「ぼぼぼぼ僕にお仕置きされろと……っ?」
「まさか、そうじゃないわ。わたしね、絶対に危ないことにはならないと思うのよ。だからね、良かったら試してみて?」
「いや、いやいやいや。良かったら、って……」
お姉さんはまさに満面のというべき良い笑顔で「わたしの倉庫のもので試してね」ですってよ。
「えええ~……」
こわいよーやだよー、でもねー、好奇心がねー……。
いけない、いけないぞ。好奇心てヤツはね、容赦なく即死魔法をにゃんこにぶっぱなんだ、と懸命に己を窘めているというのに、協調性皆無のこの足はお構いなしに倉庫へ向かう。だって気になるんだもーん。
「えっと……」
操作盤には触れていないし扉も閉めずにいたので、倉庫内に変化はなくまだお姉さんの所持品が並んだままだ。先ほどは右の棚を見たから今度は左、と中を覗き込めばお世話になったブランケットが置かれている。
もしかしてこっちは新着順になってるのかな。うん、新着順表示も大事。たまにメッセージ読み飛ばして何を入手したのか分からなくなって困るよね。
「じゃあ行きますよー、とととと盗っちゃうんですよー……」
どんどこどんどこどんどこ、と僕の心臓がどこかの部族に勝手に楽器扱いされているかのようにどんどこしている。
ガラスの引き戸を開けると少しの引っ掛かりもなく、すう、と動いた。
「…………」
あっさり開いちゃったじゃん、もう!
止めに来るとか、おおおおお仕置きのようなそうでないようなごくごく軽ーい何かがあるかもね、ないかもね、ってすっごい構えてたのに!
あぁもう盗るぞ盗るぞ盗っちゃうぞー。自棄のように唱えつつブランケットに狙いを定め手を伸ばす。
こんな風に明確な意図を持って棚の中に手を入れる、あるいはその品物に実際に触れる。そして今度こそ遂に、大樹さんが行動に移す、かもしれない……?
ありえそうな予測に、無理矢理捻り出した威勢も引っ込んで僕の指は途端に逃げ腰になる。
……指なのに腰とか、ぷっぷくぷー。
「あ」
果てしなく余計なことを考えたせいで曲げ気味だった指が不意に伸び、微かにブランケットに触れ――。
わーにん!
わーにんわーにん!
わっわわーにん!
「ぶべっふぉ」
ひょ!? なに!? 何かが顔面に、ぺっちょり貼り付いた!
冷たいとも温かいとも感じられない「何か」の感触は、団子やマシュマロのようなもにもに感だ。
わわわーーーにににーーーんんん!!!
とりあえずうるっさい!
わーにんわーにん、って何なの、こってりメニューとかいうカロリーギフトを愛して止まないピンクがイメージカラーのアイドルさんのつもりなの?
「たふへへくあふぁーい……っ」
誰かー助けてー。
この「何か」、正体不明すぎて僕には触れない。出来るならさっさと手で払いたいけど、力加減誤ってぷちっとしちゃったら後々まで引き摺りそうなトラウマ必至でしょ。
「まあ……。ふふ、大丈夫?」
「ぷふぁ……っ。あ、ありがとうござっぷふぉ」
「ちょっと、もう。あなたたち、いいかげんになさい」
倉庫に入って来たお姉さんが「何か」を取り除いて助けてくれたけど、離れたはずの「何か」はすぐにべしょっと戻ってきた。それをまたお姉さんが引き剥がし、両手で抑え込んでいる。
わー!
わーん!
ぴー!
ようやく顔面を解放された僕は「何か」を確かめるべく、お姉さんの手の中のものを覗き込んだ。すると、虫……、じゃなくて人形っぽいものがじたばたしていた。
……何これ面白い。
「えぇと……。なんですか、これ」
「この子たち? この子たちはね、あなたの精霊よ」
「はい? 僕の?」
「そう。守り役の紫燐精霊ね」
モリ? シリ? なんです、それ。
質問に対して一応ちゃんと返答してもらっているのに、さっぱり要領を得なくて首を傾げた僕の頭はどんどんと床に近付いていく。
「あなたたち、静かに出来るなら手を離しますからね」
ぴたり。
おお。お姉さんに強く言い聞かされた彼らは、活動を停止したかと思うぐらい全く動かなくなってしまった。
その様子を少しの間見ていたお姉さんがそぉっと手を開くと、精霊だというものが三体、ふわふわと僕の顔の前まで飛んで来る。
わーう……。
うん、謝られてるのは分かった。しかしなんだろね、これ。
大樹さんの葉っぱと似た、白のような銀のような色をした団子が二つ重なって頭部と胴体になっていて、手足はほんのちょっぴり。
三体とも眼は中点で、口の部分は一体目が「おめが」で変換出来る外国の文字の小文字のほう。
二体目は「しーた」で変換出来る、これもやっぱり小文字。
三体目は、なんだっけ、「さんかく」で変換出来たっけ? 斜めになった三角なんだけど。
どれもこれもシンプルなアスキーアート。
「……」
ぴぃぃ……。
あ、しげしげと眺めてたら眼の部分が「せみころん」になった。
えーっと。
「おいでおいでー」
わーーん!
「ぶっふぉ」
ちょっと! なんで手の平差し出してるのに顔面を狙ったんだ、「さんかく」!
あれ。この子ら、ほんのりと淡くて綺麗な紫色の光を纏ってる?
「んぷ。お、姉さーん。この精霊……? っていうの、なんか光ってます?」
「ええ、精霊はみんな光を放っているものよ。この子たちは紫燐精霊だから紫色ね」
「……あ! さっき外で眩しかったのって!」
「そうね、この子たちだと思うわ。それに他の子たちもいるのよ。――あなたたち、一人ずつ出ていらっしゃいな」
わーー!
お姉さんの呼びかけに、いち、に、……七匹、匹じゃないや、七人が姿を現した。この七人と紫のは、それぞれ纏っている光の色が異なっているみたい。
先に姿を見せていた紫色の三人も、現れたばかりの七人と一緒に僕の視線と合う高さで浮かんでいる。
ありゃ? こっちも全員人型でサイズも紫のと同じぐらいだけど、造形は随分と可愛らしい。一行のアスキーアートではとても表現出来そうにない手の込んだ可愛らしさで、例えば女児向けの玩具でも通用しそう。しかも髪の毛はちゃんとあるし、素材は謎だけど服も着ている。あ、髪も服も纏っている光と同じ色なんだー。
……なんたる格差社会か。可哀想に、マッパの子だっているんですよ!? いや、僕じゃなくて。
「あれ? そういえば、全然眩しくない?」
「そうなの? それは良かったわ。たぶんさっきはあなたが慣れていなかったのと、この子たちが張り切りすぎていたせいね。ちょっと周りを見てみて? 今ならたくさんの子が居るのが分かるんじゃないかしら?」
「えっと。うわ、わ……。すごい……」
言われて周囲を見渡すと其処此処に虹の七色と銀色、たぶん全部で八色の光が漂っていた。
そうか、最初のたくさんの子供の声もこの精霊たちか。
――それがどうしてなのかは、僕は知らない。だけどどこを見ても精霊たちの優しい光と嬉しそうな笑顔で溢れていて、この僕を歓迎してくれているのだということが見て取れた。
こんなの……。こんなの、感動しないわけないじゃーーん!
そして僕の眼は、国際涙目連盟が緊急に非難決議を採択しそうな有り様に陥ったのだった。
「えっと……。あの、みんな……っぷふぉ」
わーーん!
だから。
なんで! 顔面! 狙うのっ!
痛くはないよ? でも衝撃は確かにあるからぷふぉ、ぷふぉ、って瞬間的に息が詰まるの! ちゃちな被害な分、尚更腹立たしいの! あと今の、結構良さげな場面だったのに全部台無し。お陰で目汁も引っ込んじゃったよ。
「むー、むぅぅぅーっ!」
「もう。だから落ち着きなさい」
ぴーー!
少々手荒に扱っても大丈夫そうと判断した僕はがしっと何人か捕まえて、残りをお姉さんが取り除いてくれた。
「あなたたちがこの子を大好きなのは分かっているわ。でもね、そんなに自分勝手をするようではいつか嫌われてしまうかも知れないわよ?」
ぴっ!?
背中がむずむずするような言葉で、お姉さんは彼らを窘める。すると、僕たちの手の中にいた七人は瞬時に硬直し、周りでふわふわ浮いていたたくさんの精霊はぼとぼとと次々に落下し始めた。
紫色の、僕の精霊だという三人はなんとか浮いたままではあったが、眼の部分が英字大文字の「おー」になって白目状態という、こちらも大変な有り様だ。
「おーい……?」
「あら。困った子たちね」
「……ん? あれ、大樹さん?」
死屍累々、と言いたくなる惨状に呆然としていると、からりと木枠の窓を開けて入って来たのは大樹さんのまた別の枝だった。
話は聞かせてもらった、ぐらいは言ってそう。なんて思っていると、大樹さんは枝と葉を巧みに操って床のゴm、じゃなかった精霊たちを集め始める。
そして――。
ぽーい、ぽーい、ぽーい。
「わーー!?」
ちょ、ちょ、ちょ……っ!?
精霊たちを容赦なく放り出す大樹さんの突然の凶行に、僕は言葉もない。
棚にぶつかる……っ。
けれどそう思った瞬間、不意に精霊の姿は消えて、また現れたのを知るのは建物の外にまで投げ出されているのが窓から見えた時のことだった。どうやら彼らは実体から、霊体なのか幽体なのか、とにかくそういうものに瞬時に切り替われる器用さと判断力とを持ち合わせているらしい。
きゃっきゃっ。
……なんか、あいつら喜んでらぁ。あ、屍が起き上がって列作って順番待ちし始めた。うんまあ、楽しいなら何より。
それにしても驚いたー。大樹さんどうしちゃったのかと思ったよ。たぶんだけど、これが精霊たちとの遊びの一つなんだろう。だよね?
わーう……。
「んん? ああ、いいよ、行っておいでー」
わー!
僕とお姉さんの手の中にいた七人は律儀に僕の了解を取ってから飛んでいったけど、紫の三人はそれには続かず僕の傍を離れなかった。
「あれ、君らは行かなくていいの?」
わーう。
ふるふると、実はちっとも見当たらない首を横に振って、彼らは僕の頭や肩の上に陣取った。
なんだなんだ、懐かれたら可愛いと思っちゃうのは当たり前じゃないか。
頭に載っていた「おめが」を手にとってこしょこしょと顎っぽい部分を指先でくすぐると、ぐんにゃりと脱力していく。そうして順番に三人ともを脱力させていると、お姉さんがその時僕の手の平にいた「しーた」を優しく撫でた。
「良かったわ、もうすっかり仲良しね」
「仲良し……。あの……、あっちのみんなもですけど、僕は何もしていないのにすごく慕ってくれてるみたいで、嬉しいですけどなんというか……」
慕われるのは嬉しいよ? でも……。理由もなく好かれたのなら、理由もなく、簡単に、嫌われてしまうんじゃないかなぁ……?
歓迎されていると実感したせいなのか、それとは真逆にある不安が本当に突然に涌き出してきて段々と顔が俯いていく。そんな、最高に鬱陶しい僕の頭を静かに撫でて、お姉さんはこう言った。
「あなたが知らないのは無理も無いのだけれど、大樹もわたしもこの子たちも、もうずっと長い間、あなたのことを見てきたの。眠ったままのあなたは話し掛ければ目蓋が少し動いたり、美味しそうな果物を持っていくと小っちゃな鼻がひくひくしたり。精霊たちが歌うと指先が動いたこともあったから踊りたいのかしらね、ってみんなと話していたのよ」
そうして、僕が眼を開けるのをずっと待っていたんだとお姉さんは教えてくれた。
紫の精霊たちもぎゅー、と引っ付いてきて、彼らにとっては丸っきり意味不明に落ち込んだ僕を気遣ってくれるようだった。
「……そんなに、待っててくれたんですか」
僕から見たらこの状況は何の前触れも無く唐突に、なんだけど。彼らは僕のことをずっと、ずぅっと待っていてくれた、んだって……。
……それなら。それならそんな簡単に「嫌われる」なんて、考えなくてもいいのかなぁ……?
今、最高潮にシリアス。そんな雰囲気はしかし、感慨深そうなお姉さんの言葉によって見事粉砕されることになる。
「ええ……。五百年と、一千年ほどになるのね」
「ごっふぉ……!?」
え、どうしよう。突っ込み方が分からない。とりあえず天才画家ゴッホが関係ないことだけは確定。
「え、え、え、足して千五百年ですか……? 僕、千五百歳ですか……?」
「あなたの年齢……。そうね、千五百歳ではなくて一千年ともう少し、ね。五百年は大樹が実をつけてから熟してあなたが生まれるまでに掛かった期間なの。そちらは年齢には含めないわ」
「いっせんねん」
鶴に並ぶご長寿ぶりだ。おかしいな、僕、子供扱いされてたと思うんだけど。
「えぇと、つまり僕はすでに老年で晩年なんですか?」
「まさか! あなたはまだ子供よ。病気だとか、思いも寄らない事態が何もなければあと九千年は生きていくの。晩年だなんて言わないで」
「きゅうせんねん」
計一万年。鶴どころか亀だった。やったね、どう転んでもおめでたい。
ああ、そうか。外で目が覚めた時に身体が動かなかったのは寝過ぎですか。一千年ほど。それはそれは……。
それで、ですね。
「ちょっとどの辺りを優先して突っ込んだら良いか混乱中なんですけど……」
「え? なぁに?」
「話の流れから察しますに、僕、大樹さんのお子さんなんですか?」
「ええ、そうよ?」
「…………。大樹さん、お母さんなんですか!?」
言葉通りの、マンマミーア!




