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003 寄らば大樹の陰、って素敵

 階段を下りると正面には玄関があった。お姉さんは先ほどここから入って来たんだと思う。

 手を引かれて右手に向かうと、廊下突き当たりの扉を少し開けて建物の外から僕の腕にまで伸びている葉っぱさんの枝が、音もなく短くなっていくのが見えた。

 ……逆再生動画って面白いよね。



「ここが倉庫よ。この扉からも入れるのだけれど……」



 そう指し示されたのは進行方向左側の部屋の扉だった。

 お、ここかー。それでは失礼しますよー、と扉に向かおうとしたのに、お姉さんも葉っぱさんも直進を止めない。んー? どういうことでしょうか。

 入りましょうよー、と未練たっぷりに倉庫への扉に視線を固定したままの僕はもう少し奥まで導かれた。



「お姉さん?」

「こっちよ。入ってみて」

「……わ、すごーい、広ーいっ」



 倉庫だという扉からさして離れていない次の扉を、お姉さんに続き潜ってみたら理科室とか家庭科室とか技術室とかの機能を集めたような広い部屋だった。ここは、僕用にとさっき案内してもらった部屋の真下辺りかな。正確にはここから見て奥のほうが僕の部屋の下で、この辺りはいくつか隣の部屋の下、になるはず。



「それでね、倉庫にはここからも行けるの。こっちの作業室で使う物を取り出すにも、出来た物を仕舞うにも都合が良いでしょう?」

「あー、なるほど。はい、便利ですね!」



 僕がはしゃぎ出したのを察してか、二人とも繋いでいた手を解いてくれた。了解を得たものとして、いざ探索ー!

 まずは倉庫を確認。……て、あれ? 小部屋? フォークリフトが複数台動き回れる大迫力の大型倉庫とまでは言いませんけど、もうちょっとこう、倉庫感を……。



「んー?」

「ここはまだ前室ね。ちょっと特殊な倉庫だからこれが必要なの」

「特殊!? 特殊ってなにがですかっ?」

「今見せてあげるわ。ちょっと待ってちょうだいね」



 と・く・しゅー、と・く・しゅー。どんななのかなー。

 そわそわしながら後に付いて行くと、お姉さんは作業室側とも廊下側とも違う扉の前に立ち操作盤のようなものに手を翳した。大きくないディスプレイと大きいトラックボール、みたいな感じ。その球体を転がすように手を動かすとディスプレイの表示が素早く変化するけれど、切り替わりが早すぎて何が表示されているのかはまるで分からなかった。


 あ、今球体をそっと押す動作をしたかも? その直後、あるのも気付いていなかった扉の上の表示灯が消灯から白の点灯に変わる。

 おおお、なんかどっきどきー。



「はい、今わたしの倉庫を呼び出したわ。どうぞ、中を見てみて」

「呼び出し?」



 誰を? いやまあ、倉庫って言いましたけども。

 どういうこと、と疑問符を急遽大量生産しながら中を見せてもらう。


 ……。ん、んーー……。こっちもなんか普通っぽい。特殊感はどこ? とーくーしゅー! 出ておいでー。

 さほど広くはない部屋は扉から真っ直ぐに通路があり、その両側にガラス戸の付いた棚が設置してあった。

 ……こういうの、学校で見た覚えがあるな。枠は金属っぽくて大きなガラスが嵌められた、背の高い展示棚。確か購買部の近くで制服とか体操着とか展示してあった。


 そんな展示棚を複数繋げたらしい見た目の棚は幅が奥の壁近くにまであるようで、普通の、というよりはいくらか立派な物置ではある。だけど正直、このぐらいの広さや設備で倉庫、って言うかなぁ。まぁ、僕の主観に基づく違和感なだけなんだけど。



「気になるものがあれば手に取って見ても良いわ。でも、もしかしたら危ないものもあるかも知れないから気をつけてね」

「え……」



 待って待って、危ないの、どれ? ……分からないから触らないでおこう。

 とりあえず端から見せてもらおう、と右側の棚の中を覗き込む。


 ! ふあぁぁぁぁ……! 如雨露! すごいぃぃ、たくさん種類があるぅぅー!

 ちょっとボロな感じのは一番最初に入手する、誰かからのお下がりが定番。その隣は鉄製っぽいもの、それから銅製、銀製、金製と来て……。うあー、これすごい、これ絶対強い。あれでしょ、見えてる範囲の作物全部に丁度良く水撒きしてくれちゃうんでしょ。よーし、待っててね! いつか僕も作るから!


 次はー、鍬! くわあぁぁーー! クワックワッ! 耕さなきゃ! 早く僕に土を、いや土地をください!!

 ……なんか財産目当てみたいな下衆い言いぐさになった。


 それから……、釣り竿ー! あるよね、当然だよね! 水辺……、水辺はどこです!? 「水っぽい」ところはだいたい釣り場候補と考えて良いので、なんなら試しに砂場で釣り糸垂らしたって構いませんよー!

 ちなみに『農村日和』一作目では、温泉では『特撰蒲鉾』が釣れ、溶岩からは『極上鯛焼き』が釣れました。レアアイテムです。



「どう? 何か興味が引かれるものはあったかしら」

「興味なんて引かれまくりで僕を中心にさながらお祭り騒ぎの様相ですー!」



 あはははは! たーのーしーいーー!

 んーと。如雨露も鍬も他のものも、上位のものがあればそれ一つで良いはずだけど、お姉さんは下位のものも取っておいているみたい。

 これって、コンプリート症患者の「店売りしていないアイテムは消費アイテムも含め、最低一つは手元に残しておく」の典型的な行動っぽい。


 でも不可解なのは、時折全く同じに見えるものが隣同士並んで置いてある点なんだよね。一つ確保しておけば僕……じゃなかった、コンプリ症患者は満足なはずなのでこの点がコンプリ症とは異なってくる。うーん、同じに見えて性能が違うとか、あるいはもしやお姉さんは不要品の処分が苦手なタイプとか、それとも処分したくない理由があるからとか。どうなのかなー。



 判断が付かないまま歩を進めると、道具類は終わって食材が見えてきた。

 んあぁぁぁ……! ジャガイモが輝いてるぅぅぅぅ! レタスがうるうるに潤ってるぅぅぅぅ! ニンジンが巨大化してるぅぅぅぅ! 大根が二股セクシーに育ってるぅぅぅぅ!

 さらに、雲にしか見えない正体不明のものとか、キレイだけど食べ物じゃないよねと言いたくなる宝石っぽいものもあった。

 それと、品物に添えるように何やら文字らしきもの。うーん、謎文字なのに何でか読める。所持数と品質、でいいのかな。物は同じでも品質が違うと別枠か。おおー、全部カンストしてるっぽい。


 ……これはもう、僕の農夫ライフはキラッキラのギラッギラに輝いていると見て良い。

 にょほほほほー、とひたすら怪しい笑い声を上げて何とはなしに入り口のほうに視線を向けると、微笑ましげにこちらを見ているお姉さんと目が合った。



「えへ」



 お恥ずかしいところを見られてしまって照れ隠しに笑顔のお返し。と、僕は一つ奇妙なことに気が付いた。

 あれ? それなりに歩いているはずなのに僕のいる地点と入り口と、さっきから全然距離が変わってなくない? というか、とっくにあっちの壁に突き当たっててもおかしくない、よね……?


 僕は大慌てで入り口とその向かいに当たるほうの壁を繰り返し見遣る。

 や、やっぱりだよね!? なにこれなんなの!?

 瞬時に心的許容量を超過した僕は、助けを求めてあっさりと踵を返すことにした。



「おね……、お姉さ――」



 お姉さーん、葉っぱさーん、助けてー。

 戻ろう戻ろうと懸命に足を動かしているのに、目的地である入り口との距離が一向に縮まらない。すっかり動転している僕は、そのことに気が付いて余計に混乱させられることになった。



「うえぇぇぇ……」



 うわーん、ほんとに助けてー!

 あ、涙目だけど泣いてないから! 目汁が流れ出さないうちはセーフ、っていうのはKNR・国際涙目連盟が公式にそう定めてるんだからね!



「まあ……。どうしたの? 何かあった?」

「お姉さーん……。僕、お姉さんのところに帰れなくなって……」

「ええっ? いったいどうしてしまったの?」

「ううう……、ちっとも進まないぃぃぃ……っ」



 突っ掛けの室内履きであることを構いもせず僕はいつの間にか小走りになっていたけれど、すぐそこにいるお姉さんには少しも近づけなかった。

 こんな切羽詰まったルームランナーなんて絶対いらないぃぃぃ!

 早足でもそうでなくてもさっぱり縮まらない距離に打ちのめされて、僕は走ることも歩くことも出来なくなりとうとう立ち止まってしまう。



「……え? あ、そういうことだったのね。そうね、教えてあげなくちゃ」

「……? お姉さん……?」



 葉っぱさんと話をしていたらしいお姉さんは、僕と目が合うと優しく微笑んだ。すみませんが今の僕には可愛いとか言ってる余裕は……、なんだろうねあの可愛らしさ。

 ……あらー? なんと、可愛いは別腹だったか。なかなかに大したもんだよ、僕ってやつは。



「怖い思いをさせてごめんなさいね。すぐに倉庫から出たいなら、『入り口へ』『出口に』『もう帰る』というようなことを何か声に出してから歩いてみて。歩く方向はこちら側でも反対側でもどこでも大丈夫よ」

「え、は……? えーと。『お姉さんのとこに帰りたい』」



 思いも寄らない助言に少々面食らうが、さほど考えもせずに宣言をして右足から歩き出す。すると、二歩目となる左足が踏みしめたのはお姉さんのすぐ傍の床だった、らしい。



「うわっ?」

「あら。おかえりなさい、よかったわ」



 ふふ、という笑みとともにお姉さんに抱き止められた。ええと、はい。お姉さんにぽすんと突撃する結果になったようです。ううむ、指定の仕方がまずかった。次回に生かしたいものです。



「只今戻りました……。ううう、なんなんですかもー……」

「説明が遅くなって本当にごめんなさい。さっきも言ったけれど、この倉庫は特殊な作りをしているの」



 お姉さんは僕の手を取って、前室内にある長椅子へ誘導した。

 あ、話が長くなる感じですか?



「んと、特殊というと?」

「この倉庫の内側全体がね、中にいる人の歩く速さに合わせて進行方向と逆の方向に動いているんですって。つまりね、倉庫の外から見てみると中にいる人は確かに歩いているのに少しも移動していないの。そうして同じ場所に留まったままで、結果的に倉庫の品物を見て回ることが出来るようにしてあるんだそうよ」

「は?」



 ほんとにルームランナーだった! 何それ、何やってんのっ?



「普通の倉庫にしたのでは到底物を置ききれなくて、こういう風になったの。最初は棚の中だけが動いて品物が次々に流れていくようなやり方だったのだけれど、思いのほか見づらくて。それで今のようになったのだけれど、気が付いたかしら?」

「全っ然、気が付きませんでした……。えぇ……、動いてました?」

「ふふ。そんな風に少しも違和感が無かったって言ってもらえたなら、みんながあれほど苦労した甲斐があったわ。今は当たり前のように使っているけれど完成するまで、というよりこの方法を思いつくまでだいぶ時間が掛かっていたもの」

「……」



 思ってたより遙かに特殊だった。僕はエプロンのポケットがすごいと思ってはしゃいでたのに、倉庫のほうがトンデモ度が高かった!

 あれ、これって……。



「『空間収納』とかいう……?」

「まあ、すごい。あなたはまだ小さいのにとっても物知りなのね」

「とんでもない、ごく狭小な界隈においてではありますが単なる一般常識です! じゃあ、ほんとに『空間収納』!? それでそれで、倉庫とお姉さんのエプロンが繋がっているっていうのはそのお陰でとか!?」

「え、ええ。そうよ。驚いたわ、興味津々ねぇ」

「これはお騒がせしまして!」



 素っ敵ぃぃぃー!

 そっかそっか。単純にエプロンのポケットから実在の倉庫をがさごそしてるんじゃなくて、『空間収納』かー。こういうふうにも使えるんだ。

 これねー、あれだよねー、『空間収納』ってファンタジーの基本の「き」、アナタ無しにはやっていけない。字面が似ている隙間収納さんたら、悲しいくらいに雲泥の差だわぁ。

 まあ、それとこれとを較べる僕がどうかしてる自覚はあります。仕方ないでしょー、思い付いちゃったんだから。



「……んー? でもここ、お姉さんの倉庫なんですよね? この中のもの、僕触れるんですか?」



 さっきお姉さんは「手に取って良い」って言ってたけど、それは『空間収納』的におかしくない? おかしいよね?



「あ、そうそう。そもそもそれが、この倉庫が出来た切っ掛けなの。ね、大樹」



 わさわさわさ。


 ……すみません、それ返事ですか? いえ、いいんですけど。



「『空間収納』はね、本来誰もが持っている能力なのだけれど使うにはコツが要るようなの。でももうずっと前、なかなか上手に使えるようにならなかった子たちが何人かいて……。いずれ出来るようになるから気に病まなくていいのよ、と慰めてもやっぱり気にしていたみたいで、とうとうひどく泣き出してしまったの。その時にね、大樹と上の子たちが大慌てで作ったのがこの倉庫というわけなの」

「えぇと、それは……。それじゃこの倉庫は『空間収納』に似た、別のものってことですか?」



『空間収納』を使えない子たちのために、なんだから『空間収納』じゃないってことになっちゃわない? で、その代用品で泣いた子を宥めた?

 んー……。あんまりいいやり方じゃないんじゃないかなぁ……?

 もやもやしながらの僕の疑問に、お姉さんは慌てた様子で両手をぱたぱたと振って否定した。ぱた可愛い。



「あら、いいえ、違うのよ。この倉庫はれっきとした『空間収納』なの。さっきわたしがその操作盤で倉庫を呼び出したでしょう? あれを操作すること、そして中の棚で品物を出し入れすること、大樹の補助があるのは確かだけれどそのどちらも間違いなく自分で自分の『空間』を操っているということなの。大樹たちは分かりにくい『空間』を分かりやすく見せてくれただけ。そうしてコツを掴んで、苦手な子もみんな『空間収納』を自在に扱えるようになったのよ」

「自分で自分の『空間』を操る……、ですか。葉っぱ……じゃなくて大樹さんたち、そんなの作れちゃうんですか……。えぇと、それってかなりすごい……ですよね?」

「ええ、そう思うわ。後から言っていたのだけれど、あんな大変なのは二度と御免、ですって。やっぱり大樹でも苦労したみたいね」



 お姉さんは苦笑交じりにそう教えてくれた。

 大変なんだー……。そうだよね、この中が『空間収納』って目の当たりにした今でも意味が分からないし。何をどうすればそんなもの作れちゃうんだろ。ともあれ、かつて頑張ってくれたすごい人たち、ありがとうございます。



「それでね、この倉庫の中で大樹に手伝ってもらって自分の『空間』のものを手に取る。同じように、自分以外の誰かの『空間』のものを手に取る。――ほら、どちらも違いは無いでしょう? あなたがわたしの倉庫の品物に触れるのはそういうわけなの」

「え、えええー……、それとこれとは違くないですかー……?」

「え? 何か違うかしら?」

「……ん、あれ? 違わない、ですか……?」



 んーと、『空間収納』を使えない子でも使えるように大樹さんが手助けをした、んだよね。

 そのお陰で以前は触れなかったものが、触れるようになった。

 同様に、本来なら触れない他人のものも、大樹さんの補助があるので触れる。

 ありゃー? ほんとに違わない、かも?


 でもそれは、出来るか出来ないかという観点では「出来る」というだけで! 品物の所有者目線では絶対に見過ごせないことがあるじゃないですかー!



「で……っ、でもですね……っ。勝手に人のものに触れてしまうというのは問題があるのではっ?」

「? どういうことかしら?」

「だだだだだって、ぬぬぬぬ盗まれちゃったりとか……!」



 なにこれ、疑うことも知らなさそうな人に仮定の話とはいえ悪意や害意について伝えるのって、こんなに気力振り絞らないといけないの!?

 しんどい。このきょとんとした無垢な眼差しの圧迫感たるや! 僕、良い塩梅に伸されてせんべいにされそう。無垢がこわい。



「ああ、そういう意味だったのね。でも……。もしいけないことをするのなら、大樹がお仕置きなのよ?」



 何に代わってですか?

 ……違ってたよ、無垢の方向性が完璧に違ってた。

 だから何にも心配要らないの、と笑うお姉さんがこうも信頼を寄せているのは、各個人の良心になんかじゃなくて大樹さんに対してだった!



「…………」



 よし、分かりました。空気読み検定四級持ちの僕には分かりました。僕が思いつく程度の配慮なんてこの件に関しては、というよりお姉さんと大樹さんに関する全てにおいておそらく無意味なんだってことが。


 だってこの夢の世界の規模がどれ程かは知らないけれど、大樹さんはきっとここら辺での「神」とか「王」とかいうのに近い存在でしょ。なにしろこの倉庫を作ったというのを初め、どこまでも伸びてくる枝とか、会話が通じるっぽいとか、なんか色々規格外だもの。お姉さんのあの信頼っぷりも、その一端だよね。


 その大樹さんが是と言えば是で否と言えば否、無罪と言えば無罪で有罪と言えば有罪。

 ポトフと言えばポトフでおでんと言えばおでん、カルボナーラ丼と言えばカルボナーラ丼で卵かけご飯と言えば卵かけご飯となるわけだ。……さすがにこれは言わないかな。


 いやだからまあ要するに、この辺りにおける大正義・大樹さんのご意向に逆らわない限りはどんな不都合も不具合もありません、ということを四級空気読み士の僕は賢明にも察しました。

 と、なれば僕の立ち居振る舞いもかっちり決まるというもの。とりあえず――。



「寄らば大樹の陰、って素敵な言葉ですよね?」

「……? ええ、お昼寝にちょうどいいのよ」



 よーし、全力で長いものに巻かれるぞー!

 あ、大樹さんもここにいることだしきちんと挨拶しておこう。



「お世話になりまーす」



 わさ?


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