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002 この世界は可愛いに満ちている。

 ちょっと待っていてね、と言い置いてお姉さんは建物の中に入っていった。

 ……あの、葉っぱさん。別に僕、勝手に歩き回ったりしませんからいつまでも撫でてなくていいですよ?

 なんだろなー、と思いつつ葉っぱの敷物に乗ったまま、僕は辺りをぐるりと見渡す。



 お姉さんの入っていった目の前の大きな建物は木造の二階建てで、学校や宿みたいに多くの人が訪れて来そうな広い玄関をしている。

 玄関の正面、建物からからいくらか離れたところには円形の大きな花壇があり、縁はベンチになっているようだけれど腰掛けている人の姿はない。

 そして周囲に何軒かある民家らしき建物もやはり木造で、こちらはどれもあまり大きなものではなく可愛らしい外観をしていた。


 さっきは子供の声がたくさん聞こえたのに、子供だけじゃなくて大人の姿もまるで見当たらない。僕のこの有り様が衆目に晒されなくて助かった、けど……。みんなしてお出かけ中?


 ひと気のなさが少なからず気に掛かるも、建物も花壇も荒れているわけでもなく綺麗に整えられているし、ホラーゲー展開ということはなさそう。

 ……待って待って、勝手に立ち上がらないでフラグ。こっち見て良い笑顔するの止めてフラグ。



 う、うーんと……、現実の欧風というよりゲームで見掛ける「なんちゃって」な西洋風って感じかな。


 それもそうか。お姉さんだって、見た目で言えば日本人じゃないのは確か。じゃあ何だと言えば、眼はぱっちり大きめだけど鼻や口は小さくて顔の彫りは浅い、というまんまアニメキャラな造形。うん、現実にはムリムリムリ。しかしそれ故にとにかくまあ可愛い。ついでに瞳は綺麗な緑色。も一つおまけに可愛い。


 髪色は白のような銀のようなきらきらした髪で、どういう仕組みか淡くピンク懸かっても見える。一言で何色って言いづらい。ふんわりと柔らかそうな髪は一つに束ねられて前に流していたから、ちゃんとは分からないけれどかなり長そう。

 それで生活に支障はないのか、大きなお世話を焼きそうになります。いいねいいね、自分でやるのは無理だけど見る分には好きだよ、ああいうの。



 ゲーム好きの僕が見る夢はゲーム的、っていうのは当たり前すぎるほど当たり前の話なんだろう、たぶん。更にゲーム的に言うなら今は導入部でこの後に僕が名前名乗ったりしてキャラメイキングするのかなー、とかね。

 もしかして、『農村日和』を楽しみにしすぎてこんな夢見てたりする?


『農村日和』というのは主に農作物を育てて資金を得て、今度はそれを元に服とか家具とかを作ったりしてアバターキャラと自宅を思い通りに飾るのを楽しんだり、住民との会話や時折発生するイベントを通じてファンタジー世界を疑似体験するいわゆる「生活シミュレーション」「牧場系」と言われるジャンルのゲーム。


 僕は一作目でド嵌まりして二作目の『農村日和R』も予約買いしたのにそっちはしょんぼりな出来だった。前情報のミニゲームが豊富って、悪い意味でだったんだよね……。

 元々ミニゲームにはさほど興味はないし一作目と同じようにプレイすればいいやと思っていたのに、この「豊富なミニゲーム」ときたらそうはさせてくれなかった。



 とにかく行動の一々にミニゲームがありました。誇大表現では無く。

 まずは起床から身支度して家を出るまでにミニゲーム。

 体調不良になってないか、体温計の目盛りが上下に動くので目押しで平熱にしないといけない。発想は斬新ではある。


 朝食の材料はちゃんとあるのか、保管庫の棚や箱の中などのあちこちを調べて時間内に探し出そう。新住民であるプレイヤーに村の施設を案内してくれた村長の奥さんが、「良かったら食べてね」と渡してくれたおにぎりが手持ちにあるんですけどね? 美味しそうな三角おにぎりの何が気に入らないと言うんだ、まったく。


 その他、靴下の片方を探せ、シャツのボタンが取れたから付け直そう、といった内容のミニゲームが毎朝ランダムで一つ発生するというどうしようも無さだった。


 そもそも料理も裁縫も道具を持ってないと出来ない設定なのに、初日から発生していた。逆にプレイヤーキャラが本当に「風邪」などの状態異常でもお構いなしに発生するらしい、というのは攻略サイトからの情報です。すみませんね、未練がましく情報収集してたんですー。改めて考えてみれば、よく攻略サイトがあったもんだよね。管理人さん、ありがとう。


 そうして家を出て農作業を始めてもミニゲーム。村の住人に挨拶するにもミニゲーム。買い物をするにもミニゲーム。一事が万事この調子。どうです、うんざりするでしょう?



 控えめに言ってクソゲーだよね。もうちょっとはっきり言うと発売しちゃいけなかったね。

 タイトルからも前情報からもこれでもかというくらい嫌な予感はしてたけどさー……。好きなゲームだから、大丈夫大丈夫心配いらない、と無理矢理信じ込んじゃった。


 結局、実プレイ三十分でその出来に絶望し、中断を挟みながら投げやりに操作していたアバターの体力が尽きたのを見届けたあと、携帯ゲーム機のホーム画面に戻ったまでが僕の『農村日和R』プレイ記録の全てと言える。いや、そんな記録は付けていませんけどね。


 しかし、そんな目に遭ってもなお待ち遠しいのがもうすぐ発売の三作目、『のんのん農村日和』だ。なにそれいい名前! 良作の予感しかない。とか言ってる僕は末端ながらまだまだ信者の資格を失ってはいないのだ。見よ、この揺るぎない信仰心。なんてうそ、『R』でちょっと揺らいだ実績あり。あ、一の信者は『R』の攻略サイト管理人さんを推薦したいところ。



 というわけで、僕は今かなりどきどきそわそわしている。だってね、ここって似てるんだよ、『のんのん農村日和』の村に! 村のシンボルに大木があるところとかね! 他はほら、気の持ちようでどうとでもなる。なるったらなる。


 集落はぐるりと森に囲まれていて、採集に期待が持てる。少し先には川が流れているようで、釣りに勤しむ未来が見える。畑や家畜小屋を建てるスペースが無さそうなのが気になるけれど、ここから見えないだけの可能性が高いので心配するほどでもないだろう。


 うあああ、楽しそうーー。

 お姉さーん、お姉さーん、さっさとチュートリアル終わらせて自由行動させてー、と敷物をぺちぺちタップしていたら、まあまあ落ち着きなさいとばかりに葉っぱさんに背中をわしゃわしゃされた。

 ああすみません、とんだお騒がせを。



「大丈夫ですよー、大人しくしてますよー」



 僕が思わずそう返事したのを受けてなのか、わしゃわしゃが頭へと戻ってきた。

 なんということでしょう、先ほどから一切の違和感も無くごく自然に植物との会話らしき遣り取りが展開されているではありませんか。世界に二つと無い、匠オリジナルの敷物の上では息子のナントカ君もご満悦の様子。……ってナレーションが聞こえた。絶対聞こえた。


 んー……、これやっぱり言葉が通じてる系?

 あれだね、葉や枝がおよそ植物を超越した動きを見せていることよりも、僕の言動に対して人間めいた反応をされることのほうがファンタジー度は高い気がする。


 いいよいいよー、そういうのだったらどんどん上げちゃってください。剣とかー魔法とかー獣人とかー……、って違った、『農村日和』はそういうファンタジーは無かった。あるのは川でジンベイザメが釣れたり、採掘でオリハルコンが採れたり、高性能の如雨露を使えば人力のクセに農業用スプリンクラーも顔負けの広範囲散水が出来たり、という方向のファンタジーだった。

 それはそれで中々のトンデモ振りだけどね。



「二人とも、お待ち遠様。ここから入ってしまっていいわ」



 むひょひょひょひょ、と気持ち悪く『農村日和』生活を妄想していると、二階の角部屋の窓から身を乗り出したお姉さんが手招きする。と、それに応えた敷物が突然に上昇した。もちろん、僕を乗せたままで。



「え……、ちょ……っ、ちょおおおー……!」



 あぶなっ、あっぶなーー! せめて! 予告を! 切に希望!

 ブランケットを巻き込んで体育座りをしていた僕は、不意にバランスを崩されて成す術も無くころりと横に倒れる羽目になる。数本の枝が受け止めてくれて転がり落ちることはなかったけれど、驚かされたことに変わりは無い。むきー、と僕は憤りを拳に込めて敷物にぶつけてみたものの、しっとりと瑞々しい葉っぱは何の音も立てず柔らかく受け止めるだけだった。


 一人戦い、そして敢え無く敗北した僕にちっとも構うことなく、当の敷物はお姉さんに誘導され部屋の窓際に設置されているベッドの上へと僕を静かに降ろした。



「ふふ、いらっしゃい。ここがあなたに用意していた部屋よ。まずは足を拭かせてね」



 お姉さんの言葉を待っていたかのように、僕が入ってきたのとは別の窓から葉っぱさんが桶とやかんを差し出した。……僕と下で待機してただけじゃなくて、台所かどこかでお湯の用意をしてたんですか? 葉っぱさんは思い掛けず働き者でした。



「……あ、そっか。すみません、それじゃあお願いします」



 確かに、葉っぱの繭の中は綺麗だったようで身体のほうは何ともないけれど、お姉さんに抱き上げられたあとで地面に着いてしまった足は少し汚れてしまっているかもしれない。

 ベッドの縁に座らされた僕は、ブランケットの中からそぉっと足を出した。セーフ、セーフ。余分にはだけてご所望じゃないところまでお出しする危機は見事回避。

 ベッド脇で膝を着いて足を拭いてくれているお姉さんから眼を逸らし、僕はきょろきょろと室内を眺めた。……いやだって、こういうのなんか気まずいよね?


 おー……。広ーい。ベッドや机などの家具が無い部分だけでも軽く十畳はありそう。全体で二十畳とかその辺くらい? そして扉が二ヶ所にある。たぶん片方が廊下に続いていて、もう一方は収納か、洗面とか水周りと予想。



「はい、おしまい。それじゃあ、これを着てみてね。一人で大丈夫かしら? 手伝いがいるなら言ってちょうだいね」

「ありがとうございます。えーっと……」



 渡されたものを広げてみる。

 このゆったり目の、袖と裾が七分丈ぐらいの上下は……、部屋着かな。それと袖の無いTシャツのようなものに、短パン? あ、下着か。裸族、ぱんつに出会う。一気に十ぐらいレベルアップした気分。やっぱりマッパは心許なかったんだよね。マッパのマブダチ、葉っぱさんは頭撫でてるばっかりだったし。いやまあ、これ見よがしに隠されても却って目を引く事態になっていただろうけどさ。うん、やらないでいてくれてありがとうございました。


 それでは早速、とブランケットの中でごそごそして下着に足を通す。あとは素早く引き上げるだけ!

 うんしょうんしょと次々に身に着けて最後に被り着の部屋着で出来上がり、とお姉さんのほうを見ると目を瞠る光景に出くわした。



「お姉さん……?」

「え? ああ、出来たのね。着心地はどうかしら」

「あ、快適ですー。サイズも丁度良く、ってそうじゃなくてですね……」



 僕が借りてたブランケット、今そのエプロンのポケットに仕舞いませんでしたか……? さながら未来の世界の自称猫型ロボットのようでしたよ……?

 畳んでもそう小さくないサイズだったのに、ポケットは全く膨らんでいない。あ、もしかしてさっき借りたときもそこから出してたんでしょうか。



「あの……、さっきのブランケットは……」

「あら、まだ必要だった? 出しましょうか?」



 そう言ってポケットに手を入れようとしているお姉さんを、いえいえいえ、と押しとどめる。



「ええっと、そのポケットって特別製だったりするんですか?」

「ポケット?」

「はい、そのエプロンの。中に何にも入ってないように見えるんですけど」

「……ああ! ふふ、これはね、あなたのお兄さんに当たる子が、わたしにって作ってくれたものなの。可愛いでしょう?」

「……」



 違うんです、聞きたいのはエプロンじゃなくてポケットのことなんです。あと、可愛いのはお姉さんもです。

 困った、微妙に質問に答えてもらえなかったばかりか、「お兄さんに当たる子」なる人物の存在まで。ううーん……。



「それでこのポケットはね、ここの一階にある倉庫と繋がっているの。見に行ってみる?」

「! はい、見たいです!」



 おっと、ちゃんと話が戻って来た。僕、お姉さんに翻弄されたわけか。もう、お姉さんてばテクニシャン。


 それにしてもエプロンと倉庫が繋がってるっていうの、ものすごくゲーム的! 出先で倉庫にあるアイテムが確認できるだけでも助かるのに、繋がってるっていうことはいつも持ち歩く「鞄」の容量が大幅増で出し入れ自由、要するにアイテムは一つ残らず入手しても大丈夫で倉庫アイテムもどこでだって使い放題、ってことでしょ? エプロン、凄すぎ。もはやエプロン界の絶対王者。


 いいなー僕も欲しいなー、すくすくと倉庫にまで育ったエプロン、それか鞄。作れるようになるよね? ね?

 知らぬ間に両手を握って、ふおぉぉぉー、と気の抜けた気合いを入れていると、くすくすと笑うお姉さんに左手を取られた。

 笑われちゃった。恥ずかしー。



「じゃあ、早速行きましょう?」

「はいっ」



 そう促されて、ベッドに座ったままだった僕は綺麗にしてもらった足に室内履きを突っ掛け立ち上がる。……うん、特にはふらつかないしちゃんと歩けそうだ。

 それじゃ、倉庫倉庫ー。行きましょう行きましょう。

 女の人と手を繋ぐなんて恥ずかしいし……、なんてことはさっぱり思い付きもせず、なんなら繋いだ手を上機嫌に振りながら廊下へと出る。


 おおー、歴史ある小学校の旧校舎って言いたくなる佇まい。テレビで見ただけで実物は知らないけどね。うん、宿と言うよりは学校のほうがしっくりくる気がする。なんでだろ。廊下が広くて天井が高いおかげで随分と明るいから、かなー? 宿だったら少しでも個室のほうを広くしたいよね、きっと。


 人の気配の無い廊下を倉庫を目指し浮き足立って歩いていくと、前方でなにか軽い音がするのに気が付く。



「……んん?」

「まあ、どうしたの?」

「え?」



 物音に首を傾げていた僕は、今度はお姉さんの言葉に釣られて隣を仰ぎ見た。お姉さんは僕と繋いでいるのとは逆の、左手を口元に当てて驚いた表情をしている。



「お姉さ――、ひょ……っ?」



 と、お姉さんを見ていた僕の右手にしゅると何かが巻きついた。

 何か、ってやっぱりですよね、葉っぱさん!

 僕としては葉っぱさんは部屋で待っているという認識だったから、前から来るとは予想外だった。そうか、じゃあ謎の物音は葉っぱさんか。



「大樹、下で待っているのではなかったの?」

「あれ、下ですか?」

「え? あ、そうね、あなたに伝え忘れちゃっていたわ。ごめんなさいね。あのね、大樹ならわざわざ中を通る必要はないでしょう? だから先に行く、と言っていたのに待ち切れなくて迎えに来たんですって」



 お姉さんはまたくすくすと笑って、そう説明してくれた。可愛い。

 そして、まだ部屋を出て何分も経っていないのに待ち切れなくて迎えに来たとか、葉っぱさんまで可愛い。


 よし、把握した。この世界は可愛いに満ちている。


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