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001 葉っぱとマッパは相性抜群

 ん? あ、夢かぁ。うーん、夢だったはずなのに眼の奥のほうがほんとに痛い気がする。すごいな、夢。

 それはともかく、いつもの通り目が覚めてもすぐには起き上がろうとせずにぐだぐだとしていた僕は、ひんやりとまでは行かないけれど少しの薄寒さを感じた。


 布団、蹴飛ばしちゃったかなぁ? 夜の暴れん坊とかじゃないつもりだったんだけど。

 眼を閉じたまま、やれやれと布団を手繰り寄せよう動かした腕に、僕はとても無視出来そうに無い違和感を覚えた。

 ……腕、動かないんですけど。

 えっ、と思っても口は開かないし、目蓋も上がらない。何此れなにこれナニコレ。もしや古式ゆかしいオカルト現象、金縛り!?


 ついでにさっきからずっと、たくさんの子供のものらしき話し声が聞こえるのもおかしなことだった。この家の中から聞こえると言うにはそれ程騒々しくはなく、では近隣の幼稚園や小学校からかと言えば我が家の近所にはそのどちらも、更に言えば子供が集まりそうな公園も無い。


 ぎゃー! やっぱりオカr……あれ? 違う、これはあれだ。

 そこで不意に思い出す。確か本物の、ていうのも何だかアレだけどまあ本物の金縛りというのは眼とか顔とかは動かせてしまうものらしい。対して、今の僕のように指一本動かせないような場合、頭は起きてるのに身体は寝たままという認識のズレから起こる現象なんだとか。


 なーんだ、びっくりしたー。この全然動かせない感じ、すっごく嫌だけどオカルトよりはマシだよね。

 子供の声? 小さいことにいつまでも拘ってちゃビッグな男になれn――。



「――大樹(たいじゅ)!」



 ひょ……っ?

 澄んでいてとても綺麗だけれど、全然知らない人の声に僕はちょっとお恥ずかしいくらいに驚かされた。

 だ、誰? お客さんですか?



「大樹! あの子が眼を覚ましたというのは本当!?」



 走っているからだろう、乱れた呼吸とともにがさがさという葉擦れの音が聞こえる。少しして、恐らくその人のものと思しき指が布越しではなく直接、僕の右肩に触れた。


 え!? 僕、パジャマ着て寝たよねっ? それに葉擦れ、って……。僕の部屋、今どうなってるわけ!?

 びっくりして思わず眼を開き……、あの、開こうと……。頑なに開かないね、ハードだね!



「起きて、いるのかしら……?」



 起きてまーす。でも眼が開かないんですー。

 この声のお姉さんに心読みの特技があるかも知れないと、微粒子レベルの期待を寄せて僕は律儀に返事をする。いやだって、全然怖そうな人には思えないし。警戒するよりも頼っちゃうぞー。

 お姉さーん、お姉さーん、助けてくださいー。



「え? ……ええ、そうね。試してみましょう」



 ……ダメだー、全然通じてないっぽい。

 微粒子レベルの期待の割りに大きめの落胆をしていると、またがさがさと葉擦れの音がした後で辺りは甘いいい香りでいっぱいになった。


 んー、今度はなんでしょうね?

 懸命に情報収集に努める僕の唇にちょんと濡れた何かが触れる。

 ひょ!? ちょ……っ、え……っ。



「舐められるかしら……? ほんの少しだけでいいの、頑張って、ね?」



 なんか分かんないけど頑張りまーす。

 びびった事実はぽーいと遠くに投げ捨てて、っと。推定・綺麗で優しいお姉さんにこんな風にお願いされちゃったら無碍には出来ないでしょ。だって僕、男の子だもん。

 何か、は先ほどの甘い香りのもののよう。果物、かなぁ?



「んーー……」



 少年漫画の熱血主人公ばりにぐぎぎと力を込めて口を開き、差し出された何かにそっと舌で触れた。



「……んあー」

「! ああ、良かった……っ」



 あ、喋れた。うまー、と言ったつもりだったのにちょっと失敗。惜しい。あと、なんか声が高いような? 気のせいかな、気のせいだな。

 心中で気のせい気のせいと唱えつつ、先ほどとは異なり難なく目蓋を開いた僕の眼に、夢での出来事ではあったけれど当人的にはさっきぶり二回目、またもや多量の光が飛び込んで来た。



「……っ!?」



 ちょぉぉー……っ? また眩しい! 忘れかけてたとこに追い討ちとか、やり方がドS!


 あ、でもさっきのは真っ白で眼を潰しに掛かってるのかってぐらい強い光だったけど、今のはそれほどでは無く、そしてなんだかとってもカラフル。

 光に対してすっかり腰が引けている僕は顔を顰めて薄く眼を開けてみる。うん、これならどうにか周囲が窺えなくもない。



「みょー、いっちゃいにゃんにゃ、にょー……。……」



 ちょっと! やっぱり声高いじゃん!


 あざとく舌が縺れていますが、今はそれどころではないです。

 何しろ視覚からの情報というものが増えた分、不可解な点もまた増えてしまったのだ。

 何のことかと言えば、未だ動かしづらい身体をどうにか起こした僕の、薄目のせいで明瞭でない眼前には唐突に真っ裸があった。慣れ親しんだ自分のものとは絶対に違うと断言出来る、見知らぬマッパだ。


 あとついでに葉っぱも。緑でも黄色でも赤でもなく、何故か白、いや銀色? 金属その物の銀じゃなくて、銀色の布ってこんな感じだった気がする。その銀色の葉と枝は、横たわっていた僕を緩い繭のように包んでいたらしかった。起き上がった今は上半身がその繭から出てしまっているけれども。


 しょぼしょぼの薄目を何度瞬いてみても、見間違いようもなくマッパのお子さんがいらっしゃる。でもまあ、古来より葉っぱとマッパは相性抜群、コンビで登場するのも無理はないよね、ってそんなわけあるか。



「どうしました? どこか痛いのかしら?」

「あ」



 色んな意味で刺激的過ぎて、お姉さん忘れてた。

 態度が悪くて申し訳ないけれど眩しさに顰めた顔のまま、声のするほうをそろりと向く。おおお美人さん。「推定・綺麗で優しいお姉さん」は「確定・綺麗で、推定・優しいお姉さん」に情報がアップデートされました。

 その美人のお姉さんが僕の口元に手を差し伸べる。



「もう少し食べましょうか。はい、いい子ね」

「ん……、んぐ、ごくん。あ……、あー、あり、がとー、ふぅ……、ござい、ますー」



 おー、まずまず思い通りに口が動く。この正体不明のおいしい果物のお陰だよね、多分。しかし依然声は高いまま。


 いったい何がどうなっちゃってるのか、このお姉さんは何かご存知だろうか? どんな些細なことでも構いません、お心当たりがございましたらどうぞ情報をお寄せください。

 などと考えていたら再びお姉さんに心配を掛けてしまったよう。



「困ったわ、この実を食べてもまだどこか痛みが? とても辛そうな顔をしているけれど……」

「んー、んー、あー……。よし、たいじょうぶー。えっと、いえいえいえ。痛みはないです、大丈夫です、すみません。ただ、周りがすごく眩しくてあんまり眼が開けられなくて。お姉さんは大丈夫ですか?」

「眩しい? あ、そうね、そうだったわ」



 いつの間にか取り出していた手拭いで僕の口元を拭いていたお姉さんは、ぱちりと可愛らしく両手の平を合わせる。可愛い。どうやら何事か合点が行ったらしい。可愛い。



「お姉さん?」

「大丈夫よ、ちょっと待っていてちょうだいね。――あなたたち、この子が痛がっているわ! 少し大人しくしていらっしゃい!」



 いえ、一度目のに較べたら別に痛くはないですよー。というか、誰に言ってるんです?

 よく分からないながら、僕はずっと聞こえていた子供たちのはしゃぎ声のような喧噪がさあと引いたことに気が付いた。



「んん? えーと?」

「どうかしら、もう大丈夫だと思うのだけれど」



 大丈夫、ってカラフルな光のことだよね? うーん、二回も痛い目を見た僕としてはまだ躊躇いがあるけど。まぁでも、ずっとこのまま薄目でいるわけにもいかないしね。

 優しい声に促されてちょっとだけ大きく眼を開いてみる。



「……大丈夫、みたいです。良かったー。助かりました、ありがとうございます。それで、えーとですね。今一体何があったんでしょう、というのも非常に気にはなるんですが、それよりも何よりもまた別の問題が生じているようでして……」

「まあ、別の問題? いったい何かしら?」

「それは、あの……」



 それはですね、僕の言いたい事をそのまま言ってくれているこの高い声は誰の声なんでしょうか、ってことなんですけど。それが分かれば、知りたいけど知りたくない、この小児型マッパの正体も分かっちゃうのかなー、あははは。


 ……本当は、薄々分かってる。だけれど認めたくない僕の剥き出しの肩に、お姉さんが薄手のブランケットを掛けてくれた。



「……あの、あの。えっと……」

「ちょっと待って、ね? 先に屋敷に行きましょう? あなたに用意しておいた服はたくさんあるの。でもきちんとした採寸が出来ていないから、今のあなたに合うかどうかは分からないのだけれど」



 現実離れした美人さんにごく間近でにっこりと微笑まれて、お手軽簡単ちょろ過ぎる僕はぽーっと夢見心地になる。

 ちょっと見ないくらいの美人さんだなぁー……。なんか御利益ありそう。

 ん? 現実、離れ……?

 ……あ、あぁ! なるほど夢ね、これ夢だわ。

 びかびか痛い夢から「起きた」つもりだったからその可能性を思い付きもしなかったけど、寝て起きても引き続き夢の中でした、って偶にある、まあまあある。


 なんだー、良かったー。それならこの声が高くてもマッパの身体が幼くてもしれっと銀髪ロン毛でもなんら問題ない。だって夢だからね!

 さよならシリアス、短い付き合いだった。

 懸念が懸念じゃなくなったことで、僕の心には余裕が生まれる。

 そうと分かれば楽しまなきゃもったいない!



「お姉さん、お姉さん。すみません、さっき言った『問題』のことですけど、アレ、大丈夫になりました」

「まあ、そうなの?」

「はい、……って、あの。何をするおつもりで?」

「よ、い、しょ……っと。……あら? あら、ら、ら……?」

「うわ、うわわわ……っ」



 抱き上げられた、と認識する間もなくへちょりと尻餅をつくお姉さんと一緒に僕も座り込むことになる。

 そりゃあそうでしょう。だって今の僕、見える範囲で見る限り十歳児ぐらいだもの。

 惜しみない愛と出し惜しむ小遣いとで時に絶対の信頼を寄せられ時に恐れられる、上位職「母ちゃん」の剛腕ならばともかく、華奢なお姉さんでは今みたいに勢いで少しだけ持ち上げるのが精々だと思う。


 それにしても、どうしよう。

 女の子座り状態のお姉さんの膝に、抱き抱えられているために絶賛密着中の僕の膝が乗っかってしまっている。足先は地面に着いているし上体はお姉さんに抱えてられているからお姉さんの足への加重はそう酷くはないと思うけれど、絶妙なバランスで落ち着いてしまって身動きが取れない。


 しかも僕の両手は、借りたブランケットを羽織って出来た前合わせを内側からぎゅっと掴んで留めていたため、迂闊には動かせない状況に陥っている。

 何故って、この持ち方でいたせいでお姉さんのふわふわぽよぽよに腕が触ってしまっているからですよ。動いちゃマズいでしょうが。ん、あれ? これ、このままを維持するのも悪手、なのでは……?


 待って待って、カップ麺作る時間あげるからちょっと待って。僕は何一つ悪くないよね? ね?

 どうしようどうしようと焦る僕は、何かに巻き付かれるまでそれに気付くことは出来なかった。



「うえ? え、なに……?」



 僕ときたら何かに持ち上げられて宙に浮いてる。お……、おー、面白い。



「あぁ、大樹。手伝ってくれるの? ありがとう、助かるわ」



 巻きついてきたのは細い細い枝だったらしい。それからいくつかの枝が寄ってきて僕の身体の下で葉を重ねて敷物のようになった。

 行きましょうか、と言って立ち上がり先導するお姉さんの歩調に合わせて、敷物の枝はぐんぐん伸びて僕を運ぶ。なんぞこれ、有線式フライングカーペットか。


 夢の中ですけども現実逃避気味にこの葉っぱ良い手触りだなー、と撫でていると別の葉に頭を撫で返された。あ、どうもどうも。僕は今、植物との交流を果たしたようだ。いやだから、夢の中ですけども。


 ところでその線、じゃなくて枝……。あの、すっごい伸びてますけど……。

 ちらと後ろを振り返ると他と比べても取り分け大きな樹からこの敷物まで、撓んで地面についてしまうこともなくどこまでも伸びている枝が見えた。

 わぁファンタジー、と思うよりもシュールさが勝る。なんだっけ、あの、ピザを窯に入れるときに使う柄の長い……。

 あれ、じゃあピザは僕?


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