010 何故だか光り輝いて
「それでは『黒フィーオの刺身』をつくr……、ありがとう!」
僕の宣言を皆まで聞かず、瞬時に準備が整えられた。これから先も、彼らの有能さは目減りも回数制限もしないでいてくれると嬉しい。
えーと。この特大バナナ、そのままでは大きすぎて僕の手に余るからまずは半分に切ってしまおうか。
真ん中あたりに包丁を当てて引き切ると、思いの外すんなりと切ることが出来た。おー、ほんとに簡単だったー。どれどれ、断面はどんな……ひょ!?
「な、な……っ?」
なにこれ!?
バナナかアボカドのような色を予想してたのに真っ赤っ赤!? ちょっとモザイク掛けたら立派なグロ画像になれそう。
うえぇぇ……、あれ? これさ、なんかさ……。
見えている実の質感になんだか心当たりがあるような気がして、断面に顔を近付けてじっくりと検める。
「……まぐろ?」
わー?
ちがうー。くろフィーオー。
いや、そうだけどそうじゃなくて。うーん、まぐろにしか見えないな。
丸い瓶から小皿に少量の醤油を垂らし、一切れ分を切って皮を剥いた黒フィーオを食べてみる。
「! やっぱりまぐろ! おいしい!」
「あら、『黒フィーオの刺身』? ……ディズ、食べられるのね?」
おわ、お姉さんが来ていたことにさっぱり気が付かなかった。これはフィーオの実が僕に与えた衝撃が大きすぎたのと、その味がおいしすぎたのがいけない。
ところでお姉さんはどういうわけで困り顔をしているんでしょう?
「生のフィーオの実は、わたしはあまり……。他の子たちも、平気な子とそうでない子は半々ぐらいだったんじゃないかしら」
「あ、そうでしたか。でも火を通したのもおいしいですよね」
まあねー、現実でも生魚が苦手な人は少なく無いし。栄養面は別にして、おいしいと思える食べ方がその人にとっての正解でいいと思うよ。
お姉さんと話しながら、精霊たち用に実を小さく切ってみる。どのくらいの大きさでいいんだろ? あ、これでいいの? 分かった。
わーにんナビに従ってせっせと手を動かす。余ったら僕がスプーンで食べればいいから量はテキトーで。
「醤油のこと教えてくれた藍色の子、いるー?」
わうー?
声を掛けると、ふわーと一人の精霊が出て来てくれた。うん、確かにこの子だ。うん、たしかこの子、かな……? 知らないよ、分からないよ、自己申告を信じるしかないよ、ごめん!
内心で詫びつつ、わさびをすり下ろす。僕の記憶の中にある鮫皮に似てるけど、実はこれも植物の皮です、っていうご都合ファンタジーは高確率であり得そう。ははは……。
「はい、どうぞー。醤油は少しだけ浸けて、わさびは更に少しね。なんなら付けなくてもいいから」
わーう!
ううっうー!
! ぴうぅぅ……。
それぞれが手に小さなフォークを持って、まぐろに挑む。……君らみんな自分のカトラリーを持ってるのか。
眺めていると、わーにんたちは顔全体でもぐもぐしながら列の最後尾に並び直していた。気に入った、でいいのかな。
あ、藍燐精霊はフォークを銜えたまま固まってる。こっちはダメだったっぽいね、残念。
うーん、この子たちは食べ物の好みがそれぞれ分かれてるのか。好みがあるにしても、赤い子は辛いのが好きとかそういう大雑把な括りでかと思ってたよ。
「えーと、水はどの器で……、あ、ありがとうございます。……はい、飲める?」
お姉さんが渡してくれたボウルに水を入れてやると、だいたい半数くらいの精霊がフォークをカップに持ち替えて殺到してきた。……いろいろ持ってるなぁ。もしかして、僕がフィーオの実をわざわざ切らなくても自分たちでどうにか出来たんじゃないの?
「ふふ、賑やかねぇ」
「あはは。はい、賑やかで楽しいです」
「本当ね。お料理はもうおしまい?」
「えーと、どうしましょうか。材料が足りなくて作れるものがあまりないんですよね」
「薬草スープが作れたのなら『栄養剤』も作れるはずよ。材料はまだ……、ああ、あるのね」
僕はまだ何も言ってないんだけど、頬を大きく膨らませたわーにんが素早く準備を整えた。
……君らはまだ食べてる途中なんだよね? なんかさ、僕が碌に休憩も与えない悪徳雇用主みたいになっちゃうからそういうの止めてくれるかな? 無理しなくていいんだからね?
やくそう、きざんでー。きざんで、きざんでー。きざんできざんできざんでー。
はい。はいはい。はいはいはい。
調合用と調理用は別だから、と一通り取り替えられた器具を使い、言われるまま細かく刻んでいく。
出来たらおなべに入れてー。みずはこんくらいー。あとはことことー。
薬草を水のうちから火に掛けて、それから次は? え、これでいいの? あとは放置? ……薬ってこんなお手軽なものじゃない、と思うのは野暮なんだろうな、きっと。
物足りなさを覚えてしまいながら、使い終わったものを片付けていく。……主に精霊たちが。
彼らはそれぞれの能力を活用してまずは青燐精霊の水と土の橙燐精霊提供の洗剤で洗い、それから赤燐、緑燐精霊が温風を当てて乾かし、最後に黄燐精霊が日光的な何かで殺菌。これを瞬く間にやってのけた。
僕の出る幕なんて全くなかったよ、洗い物を流しに入れただけだったよ。でも大丈夫、適材適所って言葉が今の僕の支えだ。
ちなみに、今回出番のなかった闇の藍燐精霊は酷い汚れのときに浸け置きの時間を短縮するんだって。時間短縮とか操作とかって、チート過ぎない? 使い方が地味だけど。
わー……うー……。
「ん? ……は?」
僕は役に立たなかったわけじゃない、一番最初に役目を終えただけだ。
密かに自尊心修復プログラムを実行していた僕は、精霊の気の抜けた声が気に掛かりそちらへと眼を向ける。視線の先では、ぐらぐらと煮立った鍋の中で水着を着用した数人の黄燐精霊がぷかぷかと入浴中だった。
「ちょ、え、ちょ……」
「あら。『薬』の中でもわりあい簡単で効果も程々の『栄養剤』のはずなのに、あなたたちが手を貸してあげるのならとても良いものが出来てしまうわね」
「ど、ど、どういう……」
この子らは何してるんです、お姉さんは何を言ってるんです。
言葉にならない僕は鍋を指差し、お姉さんには眼で訴えかけた。
「ああ、まだ誰からも聞いていなかったかしら。精霊のお手伝いにはね、こんな風に何かを作成する時にその力を分け与えてくれるというものもあるの。この子たち黄燐精霊は癒しの力に長けている上に、こんなにたくさんで手伝っているでしょう? 薬の効果はきっと格段に上がるんじゃないかしら」
「いやだってこれもう熱湯になってますよね……? この子ら、大丈夫なんでぷっふぉ」
「まあ……」
ぴ……、ぴぃぃぃ-!
ぷあ、苦しい!
近くにいた精霊たちが突然張り付いてきて、眼、鼻、口という顔面における主要な穴を塞ぐように僕の顔を覆い尽くした。おそらくは彼らは今、僕の身体全体に張り付いていてそれはさながら全身に蜂を纏わせてご満悦の養蜂家と大差の無い有り様だろうと思う。
「むふぃぃぃー……」
「あら、もう……。ダメよ、離れなさい。ディズが困っているわよ?」
ぷいぃぃ……。
「ぷぁー……っ、もー……、何なのー……」
「ごめんなさいね、ディズ。あなたが精霊の力を便利だと思うよりも何よりも、精霊自身の心配をしてくれたでしょう? この子たちはそれがとても嬉しくて、ついあなたに飛びついてしまったの。怒らないであげてね?」
「はぁ……。まぁ、怒りませんけど……。うん、怒らないから。だからその絶望しきった顔はやめようね」
ぴ、ぴいぃぃ……。
「怒らないで」というお姉さんの言葉で怒られることを想像してしまったのか、昨日と同じように硬直した精霊たちはぽとりぽとりと落下していった。ああ、死屍累々リターンズ。
あれ、わーにんはどこだ?
見当たらないのを不思議に思ってきょろきょろと辺りを探してみると、三人とも僕のシャツを掴んでぶら下がりぴぃぴぃ泣いていた。コウモリかな?
とりあえずこの三人をもにもにして宥めるとしよう。……あー、もにもにもに。
「うーん、と。これだけぐつぐつ言っている鍋に入ってたら心配もしますよ。それをこんなに喜ばれると、そのほうが僕としては驚きで……」
「……あなたたちは本当に、皆優しくて良い子たちばかりね。……あのね、森の外では精霊たちに気が付ける人はとても稀で、この子たちはそれぞれの属性の光を帯びる、『力』そのものだと考えられているんですって。火よりも熱い火、水よりも満ちる水、闇よりも暗い闇、というように。そういうわけだから、請われて力を貸してはいても感謝されることはあまりないの。ましてや心配されることなんて、ね。だからね、嬉しかったのよね?」
わーうー!
屍となった大勢を気にも留めず、熱湯風呂、じゃなくて鍋の中にすっかり全身を沈めてぶくぶく言っていた黄燐精霊たちがお姉さんの言葉を受けて顔を出し、沸き立つ水面をぱちゃぱちゃと叩いて賛同した。
そうか、入浴中だったせいで僕にへばり付かなかったから屍にならずに済んだのか。床の屍たちはようやく起き上がれるかどうか、という状態なのに君らは楽しそうだねぇ。
それにしても、こんなに面白い存在なのに森の外の人たちには見えないのか。んー、存在すら知らないものに気付けというのも無茶な話なんだけど、彼らにも見えているという「光」に感謝するとかぐらいならできるのにね。
あ、ヒト以外の、モノに対して畏敬の念を抱くタイプの信仰は無いから、とか? うーん、その場合って自然は共存するんじゃなくて支配下に置いちゃうんだぜ系が多いんだよね。
僕、そういうオラついてる人はちょっとなー……。うん、アイテムは提供するから直接の交流は勘弁してもらおうっと。
でも。
お母さんの子供たちは過去に森の外で何かあったらしいとか。当人たちはそうと知りもせずに精霊たちを便利なエネルギー扱いで良いように使ってるっぽいとか。
まだ一人として会っていないのに僕の中の、森の外の人の印象がどんどん悪くなっていくんだけどいいのこれ?
「んー、んんんー……」
「ディズ? どうかしたの?」
「いえ、あのー……」
これこれこういうわけで、森の外の人にアイテムをあげるのは気乗りしないかな、って。
一応は遠慮しつつ、けれどはっきりと僕は言った。言っちゃった。するとお姉さんは僕の言葉に手を口元に当てて驚いているようだった。
ありゃ、どうかしましたかー?
「まあ……。本当だわ、わたし、外の人の悪いところばかりをあなたに伝えていてしまったみたい……。ごめんなさいね、そんなつもりは無かったの。森の外にはたくさんの、いろいろな人がいるわ。良い人がいて、あまり良くない人がいて。良いところがあって、良くないところもあって。ただそれだけなの。決して悪い人ばかりでは無いって、それだけは分かってもらえないかしら……?」
「あ、はい。分かりましたー」
あっさり了承、僕は僕の考えに固執はしないのだ。だって元々が僕の邪推からの偏見なんだしー。僕よりも遥かにこの世界のことを知るお姉さんがこうまで言ってくれるなら考えを改めるのに何ら支障はないです、ええ。
森の外の人への嫌悪感は不意に湧き、そしそれ以上の早さでさっさと引っ込んでしまったからはっきり言って僕は手持ち無沙汰だ。
『栄養剤』の鍋もまだ時間が掛かりそうだし、だったら一切れ食べたきりでお預けのまぐろの刺身を作っててもいいかなぁ?
そっかーいいのかーそれじゃ遠慮なくー。
自問自答、どこからも返事はないけれど善は急げと用意に掛かる。
先ほど片付けられた調理器具は背後の棚、と。
わうー……?
「んー? 包丁とまな板取るだけだy……、って言ってるのにー……。うーん、ありがとう」
歩くと床の精霊たちを踏ん付けてしまいそうなので足元にものすごーく注意しつつもう一度調理器具を取り出そうと棚へ向かうつもりだったのだけど、作業台の上に降ろされぐんにゃりしていたわーにんたちは僕の言葉を聞き、しゅばばばと用意してくれた。再起動から復帰までが超早い。
さっしっみー、さっしっみー。
あー、でもどうしよう。全部刺身にしても食べきれないし、出荷するにも苦手な人が多そうだと思うと躊躇われる。かといって、他に作れるものもない。
「ディズ?」
「……うーん、お姉さん。まぐろ、じゃない、フィーオを網で焼くってありですか?」
「網で? それだとくっ付いてしまうんじゃないかしら」
「……ですよねー」
「たしか黒フィーオを浅鍋で焼くお料理があるけれど、網でないとダメなの?」
「浅鍋? ああ、フライパン……。僕、油持ってないんでやっぱりくっ付いちゃうと思います」
「あら、それならわたしのを使って。……はい、食用の油はこのくらいだけれど使えそうなものはあるかしら?」
「ちょ、ちょちょちょちょちょ、使ってってそんな……」
「わたしのと言っても元々は他の子たちから貰った物だから、その棚にある食器や器具と同じようにみんなの共用のものと思っていいのよ。きっとね、あなたが使ってくれたらみんなも喜ぶわ」
共用……。
じゃあ使わせてもらってもいいかなぁ?
「えっと、それじゃ自分で入手出来るようになったらお返ししますね」
「もう、気にしなくて良いのに。でもこれって、『約束』よね?」
「あはは、はい。『約束』です」
もー、にっこにこのお姉さんが可愛い。
それでは、と。
お姉さんがエプロンのポケットから取り出し作業台に上に並べた瓶は五本。
どれが良いんだろう? お、これオリーブオイルっぽい。口を開けてにおいを確かめるとやっぱりオリーブオイル、な気がする。
「じゃあこれ、使わせてもらいますね」
「ええ、どうぞ。他は片付けてしまって大丈夫ね?」
「はい、ありがとうございました。それじゃあ、次は浅鍋……、うん、違う。それは大きすぎる」
わう、わうぅぅー。
僕の呟きを空かさず拾い上げたわーにんだけれど、残念ながらそのパエリアでも作れそうな大鍋に用はないんだ。
これおすすめー。だいじょぶー。お残ししなーい。
ちょっと待て、どんだけ作らせてどんだけ食べるつもりだ。
だってー。
そう言って、わーにんは短い腕で窓を示すような動作をした。
「ん? なに……、うっわ!」
振り向いて窓のほうに目をやると、そこにはたくさんの精霊が集まって来ていた。外はもう薄暗いのに、あの辺りはまるでネオン街があるかのような明るさと賑やかさだ。
たべたいってー。おねがいー。てつだうからー。
呆気に取られている僕にわーにんたちがおねだりするけれど、あの人数は料理が得意なわけでもない僕一人でどうにか出来るものじゃないと思う……。
「え、えー……」
「あら、たくさん来てしまったのね。そうねぇ……。ねぇディズ、ついでにわたしたちのお夕飯もここで済ませてしまいましょうか。二人で作ればきっと大丈夫よ。あなたたちも、もし足りなくなったらその時はわたしの倉庫に仕舞ってあるお料理で我慢なさいね」
「あー、そうさせてもらって良いですか? 助かります。……あ、そうだ。スープはさっきの薬草スープを食べてくれまs」
「黒フィーオのお刺身と炒め物、で良いのかしら? それはこれから作って……、サラダも作れるわね。パンとスープはわたしの倉庫から出しちゃいましょう。デザートはどうしようかしら」
おおっとここで華麗にスルー、教本通りの綺麗なスルー。お姉さんてば、意外にお茶目さん。
……うーんと、デザート、デザート。僕、何か持ってるかなぁ。
わーう!
思案しながら窓を開けて精霊たちを招き入れる。
別に僕が開けなくても自分たちでどうにか出来るのだろうけれど、入室の許可を待つこの子らはとても律儀だと思う。
「ごめんね、お待たせ。はい、どうぞ。……んん? あ、くれるの? どうもありがとう」
訪問するのに手土産持参って、気配りがすごすぎる。僕は気が利かないから心底感心するなー。……『空間収納』が使えるようになったらクッキーとか焼き菓子を常備しておこう。
「あら、果物がたくさんね。それをデザートに使わせてもらっても構わないかしら?」
僕に手土産を渡していく精霊と僕とにお姉さんからそう問い掛けられて、僕は精霊たちと目線で示し合わせてからどうぞどうぞと返した。
「良かった、ありがとう。さあ、ディズ。あなたも手伝ってちょうだいね?」
「はーい、分かりましたー」
そうして窓辺から作業台へと戻る合間に見えた、『栄養剤』の鍋が何故だか光り輝いていたようだけれど僕は気にも留めない。
普通だよ、普通。普通に作ったんだから出来上がりも普通、当然の話だよね。
お姉さんが口元に手を当ててぽかんとした表情を見せていても、鍋の近くにいる精霊たちから驚きのような、はたまた歓声のような声が上がっていても。
気にしない、気にしない、決して気にしてなるものか。
あー。今日は色々な素材を入手出来たし初めてアイテムを作成したし、とても充実した良い一日だったなーー。
……だからね。別に痛くないけど前髪を引っ張ったり、なんかくすぐったいけど頬をぎゅーと押したりと、あの手この手で僕の注意を鍋に向かわせようとするのはやめようね、わーにん。




