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009 有能ナビさまに丸投げで

 やっぱりお弁当は持ち帰って倉庫に仕舞おうと画策したのだけれど、「おめが」が弁当箱を開け、「しーた」が一切れ抱え上げて次にパスし、受け取った「さんかく」が僕に突撃する、その連携が見事すぎてぽかんと口を開いてしまったのが敗因だったと思う。

 結局彼らの攻撃を避けることが出来ず、僕はおいしいサンドウィッチをおいしく頂くことになったのだった。無念のごちそうさま。


 そしてまた少し採集をしてから戻ってきた今は、屋敷の地下にいます。地下には圧搾機や食品の乾燥機など様々な機械があり、醤油が必要なら先に準備したほうがいいとわーにんが助言をくれたのでやって来ました。


 白いみしょの実とー、赤のみしょの実はべつべつにしてー。しぼるとおしょーゆー。かにくはおみそー。

 交ぜても構わないけど他のみんなはきちんと選別してたんだって。じゃ、僕もそうしようか。……あれ、ちょ、待、どこから味噌が?


 わうー?


『ミショの実』って醤油が取れる果実なんでしょ? なんで味噌まで、ん……? 味噌と醤油で『ミショ』なの!? 誰が名前付けてんの!? そういえば『チョーミ湖』ってまさか、調味……。

 さあー? どうなのー? 名前はずっと前の子ー。

 ずっと前の、かぁ。

 まさかの同郷者? 偶然の可能性も高いけど、どうなんだろう。まあ知ったところでどうなるものでもないんだけど。いたかも知れない同郷者のお陰で何か僕にとって有利有益になっているなら良し、逆なら心からの罵詈雑言を地中にでも埋めよう、うん。


 で、白い実は白味噌と薄口醤油、赤い実は赤味噌と濃口醤油になるんだって。

 濃口醤油より薄口のほうが、白味噌より赤味噌のほうが塩分濃度が高いから果肉と果汁の組み合わせがあべこべだけど、覚えやすいから文句はない。


 味噌を取るには圧搾機じゃなくて果肉を取り出すため皮むき器へ、胡椒と砂糖は乾燥から粉砕までを一連に行う機械へ、らしい。

 わーにんナビ、超優秀。僕はただ言われた通りに食材をセットしてるだけだ。いいんだよ、どこの職場も新入りってこんなふうだよ、きっと。



「これでよし、と」



 わうー!


 わーにんたちの様子だけを見ると拍手喝采のはずなんだけど、実際にはぺちょちょちょちょ、という再現の難しい音をさせていた。気が抜けるから重い物持つ時とかには控えてね。



「それじゃ、上で他の作業して待とうか」



 手近な机に置いておいた鞄と帽子を取り上げつつ、上階への階段へ向かう。

 あ、もう醤油のにおいがちょっとするかも?

 機械が動作する大きな音の隙間を縫うかのようにぽとりぽとりと小さな音がして、液体が集められていくのを実感する。

 すぐに迎えに来るから待っててね、醤油!



 △▼△▼△▼


「醤油はまだ掛かる。わさびはすぐに下ろせるから後でいいし、黒フィーオの実も醤油待ちだよね……。うーん、どうしよう」



 作業室の机に事典を広げてぱらぱらと捲る。

 精霊たちが譲ってくれた品々のお陰で一部の情報が開示された事典のページは多いけれど、材料が足りずに作成出来ないものがほとんどだ。

 あ、これは作れそう。



「よし決めた。それじゃあ、『薬草スープ』を作りまー……、え?」



 ぺちょぺちょぺちょー、と拍手するのは普通の精霊。

 仕事の出来るナイスな精霊は料理の名前を言っただけで、僕の倉庫から材料と作業室の棚から調理器具とを揃えてくれた。……有能すぎ。僕は体験教室のお客様状態だ。それではありがたく。


 おなべにみずをー、こんくらいー。それをわかしてー。きのこと茎は小っさめー、葉っぱ大っきめー。

 超絶優秀なナビのお陰でいちいち計量しなくて済んでるんだけど、これ、かなりの労力減だよね。計量する手間だけじゃなくて、計量器具を汚さずに済むんだもん。あー、楽ちん。

 そして当たり前のように水道はあるし、ガスじゃないだろうけどコンロもある。これでヘタなものが出来上がるなら、その原因は全て僕にあるということだ。

 ……しまった、気付かなくていいことに気付いちゃったのか。いやいや大丈夫、わーにんがわーにんして助けてくれるはず。

 言われた通りに鍋に水を張ってコンロへ。そして慣れない手つきで材料を刻む。

 おおお、碌にやったこと無い割には中々のものじゃないだろうか。


 わいたー、火よわくー。きのこぽーい、茎もぽーい。ちょっとしたら葉っぱもぽーい。

 はいはい、きのこと茎ね。……茎、急がなきゃ。

 とりあえず刻み終わった四種類のきのこは鍋に入れて、茎の残りを片付ける。名前からして病食っぽいし、あんまり大きくならないように気を付けて、と。出来たー。葉っぱはざくざく切って後で入れる。


 葉っぱぐんにゃりしたらー。しおとこしょー。あじみあじみ。

 塩はあるけど胡椒はまだ……、あれ、なんであるの?

 出来たから持ってきたー、と『青燐(せいりん)精霊』が小さな布袋を持ち上げて見せた。

 ……ちょっと。それぶち撒けたら大惨事だからね? 主に君らが。

 塩はわーにんが用意してくれた量をそのまま入れて、胡椒は少しずつにして様子を見よう。



「これでいいかな? 平気かな? じゃあ味見……、あ、うっま!」



 すごいこれ。材料も多くないし全然手が掛かってないけど、すごくおいしい。あっさりすぎて物足りないぐらいを想像してたのに、動物性の油脂も旨味も入ってないなんて思えないくらいのおいしさにびっくりだ。ちょっととろみが付いてるのもいいね。なんとなくきのこに秘密がありそう。なんとなく言ってみただけで根拠なんて無いけど。

 塩じゃなくて醤油でも味噌でもたぶんおいしいと思う。



「生姜入れたらもっといいかも」



 しょうがないー。大樹さまにかりるー? かりちゃうー?

 あ、生姜が無い、ね。いきなり何かと思った。あとね、生姜の貸し借りなんて聞いたことないからね。しないからね。

 ところでその小っちゃいスプーン、可愛いね。可愛いから勝手に食べていることについては不問にしよう。もっとお上がり。



「おいしく出来たけど……。これどうしよう?」



 たべちゃうー? そうこー? しゅっかー?

 一人前ははるかに超えてるから食べきれません。でもそうか、出荷してもいいのか。



「わーにん、森の外の人って『空間収納』は普通に使ってる? 料理とか腐りそうなものとか、迷惑にならない?」



 空間つかうの、にがてかもー。つかうひと、すごーいって言われてるー。でもめいわくちがうー、へいきへいきー。

 んー、そっか。保存出来ないものを突然貰っちゃってどうするのか分からないけど、迷惑じゃないならいいよね?



「じゃあ、これは森の外に出荷したいんだけど、器はどうしたらいい? 鍋のまま?」



 ここここ、このへんー。しゅっかして減っちゃっても大樹さまがまただしてくれるから気にしないー。

 作業室に備え付けの棚を差して、わーにんがそう教えてくれた。

 おお、お母さんたら大盤振る舞い。

 元々はみんなが使う物は減ったのを気が付いた人が補充する、ってなってたんだって。でも今は僕らしかいないし、目覚めたばかりの僕は赤ちゃんと大差ないのだからまずは自分のことを優先するように、って配慮してくれているらしい。

 ……みんなが優しくてちょっと目汁が増量した。ドライアイは僕には無縁だ。


 お姉さんから「森の外にアイテムを」って頼まれてるけど、これはたぶん大樹お母さんの意向でもあると思う。だったら僕は、それを頑張ることでみんなからの気遣いや心配りにお返しが出来たら嬉しい。



「というわけで、じゃんじゃん出荷するぞー!」



 わうー!


 ぺちょぺちょぺちょー、という異音がなんだかクセになってきた。今後もこの子らを楽しませたい、うん。



「えーと。薬草があって、きのこがあって。あとは果実に調味料……。料理より素材のままで欲しかった、って場合もあるだろうから無理に料理することも無いよね。……んー、わーにん。味噌とか醤油って森の外でも食べてる?」



 ほぼ貢g、じゃない、貰い物の素材を思い浮かべる。

 ここで食べさせてもらった料理は和食要素が薄かったけど、もし森の外も同じようなのならあまり馴染みが無いものは困るよね、きっと。貰っても使えないんじゃ意味が無い。


 だいすきなひともいるー。ちんみー。でも気にしないー。

 待って、その「気にしない」ってのはどういう意味?

 ほしいひとのとこ持ってくー。もらえたら運がいいー。もらえないがふつ-。

 ああ、そうか。お姉さんも言ってたけどちゃんとマッチングしてくれるんだっけ。そして、そもそもが普通は貰えないものという認識で、なんなら宝くじ的なものと思われているのかも知れない。

 みんなが良い物を貰っている中で一人だけ塩だったせいで周囲から笑われた、なんて言われたら理不尽な苦情ながら申し訳ない気持ちにもなるけど、それが宝くじの話なら当たりもハズレも文句が出るほうがおかしい。

 それならお姉さんの言う通り、気負わずに出荷しちゃって平気そうかな。



「じゃあ、よっぽど変なものとか迷惑なものを出荷しそうだったら止めてね」



 その辺りのことは有能ナビさまに丸投げでいいや。予防線は張った、信じてるからねー。

 取り出した皿、というか洋風の土鍋にスープを()ぐと五人前になった。……そうじゃないかと思ってたけど、多すぎ。材料はたくさんあるし、まあいいんだけどさ。

 ……今更だけど、『空間収納』を扱えるようになるまでこういう料理は鞄に入れて持ち歩くことになるの?


 わうー?


 うーん、と悩み出した僕を見てわーにんたちだけじゃなく他の精霊たちも首を傾げている。君らは全員同じ方向に傾くのか。

 今し方湧き出した疑問を話すと、『空間』に収納したらいい、と簡単に言われてしまった。いやだからさ、それって難しいんでしょ?

 んじゃー、あずかるー?



「は? 預かる、って?」



 何を? 誰が?

 そう尋ねると、精霊たちはなんと大樹お母さんの『空間』を間借りしているらしく、今現在もいくつか物を仕舞ってあるらしい。

 何故間借りなのかというと精霊自身の『空間』は容量が小さいから、なんだって。



「間借りなんて出来るの?」



 できるー。さすが大樹さまー。でもー、でぃずちゃんはダメとおもーう。

 誰が「ディズちゃん」か。それはまあ置いといて、なんで僕はダメ?

 たぶんー、「せいげん」でダメってなるー。

 んん? あ、お母さんを害する云々か。それなら仕方ないね。



「でもさ、君らが預かってくれるなら僕が自分で『空間』を扱えなくても平気なんじゃない?」



 むりー。ぜったいむりー。こどもたちみんな、いろいろためこみすぎー。

 わーにんたち三人どころか、周りの精霊たちまで揃って両腕でバツを作って駄目出しとか……。

 まぁね、お姉さんのお弁当のこととかさ、思い当たる節は確かにあるけどさ、他の皆もそうだったのか……。ううーん、突如湧き上がる親近感。



「だいたい分かった。それじゃあ、出荷箱に持って行きたいから手伝ってね」



 わーうーー!


 そう言ってまずは二皿、わーにんに預ける。材料は簡単なものだしいくらでも作れるんだけど、僕の初料理だから取って置きたいなと思ったので、後で倉庫に仕舞うつもりだ。

 それから僕が一皿を持ち、残り二皿は一時わーにんの『空間』に入れてもらって出荷箱まで、と思ったら精霊たちが大勢集まって三皿全てを持ち上げてしまった。

 あ、あぶな……、あれ? 複数で一皿を抱え上げている割に、かなりの安定感だ。

 開けてー、と言われこの作業室と屋外とを繋ぐ戸を慌てて開くと、木製のトレーに載せられた洋風土鍋がふーわふーわと僕の目の前を通り過ぎた。

 この子らと大衆食堂とかやったら大ウケじゃないかな。あ、肝心の「大衆」がいないや。

 なんて、下らないことを考えつつ出荷箱へ向かう。運んでもらった土鍋を三つ、箱の中へ収めて、「祝・初出荷」となりました。

 喜んでもらえますように。

 そう願ってそっと両手を合わせると、この動作の意味も知らないだろうに、精霊たちも皆同じようにしてくれた。くっそ可愛い。



「ありがとう、お疲れ様。……ん?」



 わーう! わーう!


 初出荷に少なからず心を浮き立たせていた僕に、精霊が何事かを知らせる。

 指し示す先を見れば、近くの民家らしき建物から出て来たお姉さんがこちらに近付いてきていた。掃除道具は別のほうへ向かうよう。ああ、帰るんだ? ……うん、便利だねー。はたきを先頭に一列で歩いていく絵面がシュールすぎるけど。



「お帰りなさい。戻っていたのね」

「はい、戻りました。あ、そうだ。お弁当、ありがとうございました。おいしかったです!」

「あら、どういたしまして。ちゃんと食べたのね、良かったわ」



 うー、わうー。


 持ってかえろうとしてたー。それをすかさず阻止ー。いいしごとしたー。

 あ、こら、チクるな。



「……ディズ?」

「ちちちち違いますよ……っ、いつ食べようかなー、後でにしようかなー、で悩んだだけです!」

「……本当に?」

「本当に! ……そんなことよりも!」



 お姉さんの困り顔に、僕は大いに慌てた。

 あわわわわ。ほんとに何言ってくれてんの、この団子たち。頑張れ僕。ここが勝負所、速やかに事態の打開を図るべし。



「わーにん、スープ出して! ……ありがと、はいどうぞ、お姉さん! 僕が初めて作った料理です! おいしく出来たと思います、よかったら是非!」



 気張りすぎてヘンテコになった笑顔のまま、お姉さんに薬草スープを差し出す。

 さあ、遠慮なく! 逸れて、話題!



「まあ……」



 差し出した土鍋を、トレーごとお姉さんに手渡す。

 ……受け取りましたね? 返品は不可、更に言うなら話の蒸し返しは断固拒否ですからー!

 奇妙にどっきどきの僕の心情とは裏腹に、お姉さんは本当に嬉しそうに土鍋を見つめ、そしてエプロンのポケットに――。



「ちょっとちょっとちょっと」

「あら、どうかした?」

「どうかした、ではなくて。仕舞わないで、食べましょう?」

「……えぇと。……そう! 今はお腹が空いていないから後で、ね?」

「じゃあ、空いた時にまた渡しますから一度返して貰っても良いですか?」

「えっと、えぇとね……」



 そんな僕とお姉さんとの攻防戦に横槍を入れたのは、働き者の精霊だった。


 わーーうーーー!


 しょーゆ、出来たー。

 そんなこと言われたらさ、その子が掲げる香水か何かのような綺麗なガラス瓶に僕の視線が流れるのは当然だよね。

 そしてその隙にお姉さんが僕の作ったスープを自身の倉庫に仕舞ったとしても気付くのは困難だよね、仕方が無い。



「醤油!? 持ってきてくれたの!? ありがとーー!」



 彼らに向けて差し出した僕の手に渡されたのは、二種類のガラス瓶だった。

 仕込んだのは塩分強めの薄口醤油と、それよりはいくらか弱い濃口醤油だが、まるでそれを示すかのような尖った感じの瓶と丸みのある瓶だ。

 少し蓋を開けて鼻を近付ければ、確かに醤油の香りがする。



「……すみません、お姉さん。僕、緊急で重大な用事がありますのでちょっと戻りますー!」



 わわーう!


 そう言い残し、僕はだだだだと駆けてわーにんたちと作業室に取って返したのだった。


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