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私たちはつながっている、これまでも、これからも

作者: Jint

 机の上に置いていたスマホが着信を知らせて震えていた。


 ベッドに寝転んでまどろんでいた私は慌てて机の上に手を伸ばした。もしかして有紀かな、さっき返事は返したはずだけど、チャットのようなCHAINのラリーは終わらせ時でいつも悩んでしまう。返信が返ってくると自分からはやり取りを終わらせにくいからだ。私からメッセージを送って返信がないとホッとしてしまうタイプだった。


 有紀からのメッセージではなかった。


「えっ、和葉?!」


 メッセージは1ヶ月前に交通事故で亡くなった和葉から送られてきていた。和葉、私の親友。中学で初めて一緒になったが、なにかと気が合った。同じクラスで、一緒にバスケ部に入り、練習が終わるといつも一緒に帰っていた。そう、3ヶ月前までは。和葉は彼氏ができた途端にいつもの習慣を止めた。


 儚いものだ、女の友情とは。なんて当時は嘆いたフリもしてみた。誰に対して、自分に対してだ。和葉は相変わらず和葉で彼氏ができて多少付き合いが悪くなったところで中身は変わらなかった。教室ではいっぱい話もしたし、たまにカラオケにも付き合ってもらった。


 その和葉が亡くなったのはおじいさんが運転する車の暴走に巻き込まれたからだった。信号待ちの人の列に車が突っ込んできたのだ。避けようもない悲劇は誰にでも訪れるものだと思い知らされた。十四歳で亡くなった和葉はどんな気持ちだったのだろう。想像することしかできない私はやはり幸せな人生を送っているのだ。他人との対比でしか幸せを感じられないことに自己嫌悪を感じていた。私はまだ混乱の中にいたし、和葉のことが思い出になるには早過ぎた。


 和葉から、いや死者からのメッセージは学校で噂になっていた。


『死者からのメッセージには従わなければならない。逆らった者は三日後に災いに遭う』


 よくある都市伝説の類だ。私はクラスメイトから教えてもらった。ただ、このときばかりは笑い飛ばせなかった。死者からメッセージを受け取ったのは、私なのだから。当事者になるとは思いもしなかったし、いくら仲が良かったとはいえ和葉がなにを伝えたいのかまったく見当がつかなかった。


 見たくないという気持ちと、なんと書いてあるのか見たい気持ちが半々で、スマホを片手にロックを解除できないまま、ベッドの上で何度も寝返りを打った。目をつぶって冷静に考える。結局、このままスマホが使えない生活は考えられないとの結論にいたった。怖さよりも利便性だ。私は薄目を開けてスマホのロックを解除した。


『先輩に告白しなよ』


 なんだこれはというのが最初の感想だった。亡くなってまで友達の恋愛事情を心配するとはなんとも業が深いというか、そんなに和葉に心配をかけていたのかと愕然とした。ともかく、友人のアドバイスだ。真摯に耳を傾けよう。先輩、先輩とは誰か。なんとなく心当たりはある。和葉が付き合っていた彼氏だ。和葉の彼氏はバレー部三年の先輩だった。よく自慢もされたし、カッコいい彼氏が羨ましいと言ったこともあった。


「和葉、石本先輩とくっつけたいのかな……」


 考えたところで答えは出なかった。これは先輩に告白するしかないのかとも思った。しかし、なにか動機が不純にも感じる。結局、スマホを握りしめたまま、充電もせずに眠ってしまっていた。自分の肝の太さには時々驚かされる。


 ◇◆◇


 次の日、私は学校で委員会の仕事で生徒会室へ行ったときに、偶然、石本先輩と出会った。どうにもずっと考え事をしていたせいか、難しい顔でもしていたのだろう。その様子を見た石本先輩から心配されてしまった。


「なんだい、心配事でもあるのかな?」


 石本先輩はいつも優しい。他人のことをよく見ている。少し調子が悪かったりすると、声をかけて休ませたりしてくれる。そんな気配りのできた人から呼び水をいただいたので石本先輩に告白するつもりはなかったが、死者からのメッセージについてそのまま話してしまった。


「死者からのメッセージか、僕はあまり信じないな」


 私はなんて馬鹿なんだろう。彼女を亡くしたばかりの石本先輩にこんな話をしてしまうとは。和葉も和葉だ。私にメッセージを送るなら、先に石本先輩に送ればいいのにと、八つ当たりをしてみた。


「そうですね。変なことを言ってすみませんでした」

「いや、気にすることはないさ。そうだな、その子だって君のことを心配していたんじゃないかな」


 和葉がどんな気持ちで石本先輩に告白するように伝えたのか、実は私も良くわからなかった。彼氏がいないといってもまだ十四歳だ。その内なるようになると私が鷹揚に構えていたことは和葉も知っていたはずだ。どちらかというとモテそうな石本先輩が他の娘と付き合いだすのを止めるための当て馬としてなら理解できる。理解できるが、もしそうだったなら和葉には文句の一言でも言ってやりたい。


「石本、どうしたんだ?」


 生徒会室前の廊下に鶴見先輩が現れた。石本先輩と同じバレー部でセッターとアタッカーのコンビだった。二人とも背が高いので、間に入ると会話に加わるのも大変だ。ずっと見上げていると首が痛くなる。


「ああ、後輩の元気がなさそうだったんで、ちょっとね」

「それで、口説いてたのかよ。節操ないな」

「そういうわけじゃないよ」


 石本先輩は困ったように曖昧な笑みを浮かべていた。私は石本先輩を助けるべく死者からのメッセージについて鶴見先輩にも説明を繰り替えした。石本先輩はすっかり苦笑いだ。後輩の心配をしたら変なことに巻き込まれてしまったのだ。人が良いと幸せになれないのだななどと私の思考はあちこちに飛んでいた。


「面白そうじゃないか、俺が手伝ってやるよ。ほら、図書館へ行こうぜ」


 鶴見先輩は私の背中を押して無理矢理歩かせた。私は鶴見先輩の助力を間接的に断ってみたが、私の抗議なんて聞く耳を持っていないようだ。石本先輩が仕方ないといったように諦めた顔をしているのを見て、私は助けを求めた手を力なくおろしてしまった。


 ◇◆◇


「で、誰が何てメッセージを送って寄越したんだ?」


 鶴見先輩のことは少し苦手だった。誰に対しても口は悪いし、私の扱いもぞんざいに感じる。鶴見先輩は練習中に足首をねん挫してしまい、そのまま部を引退して受験に専念するとの噂を聞いていた。きっと暇なんだな。後輩をいじって時間を潰そうだなんて、まったく酷い先輩もいたものだ。私は抗議の意志を示すためにぷいっと明後日の方向を向いた。


「ほら、教えろって言ってんだよ」

「にゃにするんひゃすか」


 鶴見先輩が私の頬を両手で摘まんで引っ張った。私は鶴見先輩の尋問に耐えられず、全てを話してしまった。


「ふーん、じゃあその和葉ってお前の友達が、石本に告れって言ってきたってわけだ」

「……はい、そういうことです」


 私はもう犯罪現場を目撃された犯人のように抵抗を諦め、聞かれるがままに素直に答えた。ここにはムチを振るう役の刑事しかいない。カツ丼が出てくる気配も感じなかった。


「で、和葉は亡くなっているんだよな?」

「そうですね……」


 改めて指摘されると心臓がきゅっと締め付けられるような気がした。私が泣いたところでなにも解決しないが、親友を失ったときのことを思い出すと瞳が潤んでくるのを止められなかった。

 鶴見先輩は私を見て眉間にしわを寄せると所在無げに頭を掻いた。


「あー、そうだな。先ずはお前のクラスで和葉と仲の良かった奴らにそれとなくメッセージが届いていないか聞いてみてくれ」

「みんなにもメッセージが送られているんでしょうか?」

「どうかな、気の小さいヤツなら、一人に絞るかもしれない」


 和葉は特段気が小さい女の子ではなかった。そもそも友達にメッセージを送るのに気の大きさは関係ない。鶴見先輩が何を調べたいのかさっぱりわからなかった。しかし、もう私はまな板の上にあがった鯉の気分だ。ぐだぐだと抵抗することを諦めて鶴見先輩の指示に従った。


「まあ、一応、みんなに聞いてみますよ」

「良い子だ。頼んだぞ」


 まったく子ども扱いも大概にして欲しい。鶴見先輩とだって一年しか歳は違わないはずだ。鶴見先輩が何を考えているのかわからなかった。


 ◇◆◇


 次の日、鶴見先輩との約束通り、私は昼休みに図書館へ来ていた。お弁当をゆっくり味わう暇もなく、友達とのおしゃべりもなく、連行された気分だ。しかし、鶴見先輩との約束を破ると教室まで怒鳴り込んできそうだったので、行かないわけにはいかなかった。あれで容姿だけ見ればなかなかの好青年だ。同じクラスにファンもいる。一緒に歩く姿をその子たちに見せるのは躊躇われた。


「おっ、きちんと約束を守ったか」


 目つきの悪い巨人が図書館に入るなり、私の頭をぞんざいにかき乱した。鶴見先輩は女の子の扱いをまったく理解していない。私は鶴見先輩に就職してからセクハラで苦しむ呪いをかけておいた。


「なにをするんですか。髪が乱れるでしょうが」

「大丈夫、大丈夫。お前の可愛さはそんなことじゃ失われないから」


 鶴見先輩は私の目をじっと見つめて甘い言葉をかけてきた。残念ながら私は同じ言葉を繰り返す人をあまり信用していない。


「おだてても駄目です!」


 私は鶴見先輩の思惑を見抜いてきっぱりと拒絶した。少し甘い声で囁けば女の子がちやほやしてくれると勘違いしてもらっては困る。世の中そんなお手軽な女の子ばかりではないのだ。


「なんだ、バレてたか」


 まったく悪びれもせずに舌を出した鶴見先輩を見て怒る気も失せてしまった。この人はこういう人だ。なにを言っても応えなさそうなので、私は鶴見先輩を更生させることに匙を投げた。


「それで頼んでいた調査はどうだった?」

「誰もいませんでしたよ。和葉からメッセージをもらった人は」


 クラスメイト胡散臭げな目を向けられながらも、聞き込みをした私に少しは労わりの言葉をかけて欲しい。飴を与えてくれないと、これ以上鞭を振るっても反乱が起きるだろうと剣呑なことを私は考えていた。


「ふうん、やっぱりそうか」


 鶴見先輩は腑に落ちた様子だが、自己完結もはなはだしい。一緒に調査している私のことも少しは思い出してもらいたいものだ。会話はキャッチボールだと習わなかったのだろうか。鶴見先輩の親の顔を見たくなった。


「なにがやっぱりなんですか、説明してください」

「まあ、それは後だ。俺も少し調べてきた」


 鶴見先輩の鞄から古い文集が何冊も出てきた。


「この学校の噂を扱った文集だ。似たような話が載っている」


 私は付箋の貼られた文集を古い順に読んでみた。


『死者からの手紙に書かれた願いを叶えなければならない。達成できなかった者には三日後に死が訪れるだろう』


 30年前の噂は死者からの手紙だった。しかも、血で綴られているというオカルトも真っ青の内容だ。指示に従わなかったときのペナルティもかなり過激だった。噂でさえも規制が緩い時代だったのだろうか。バブル期はなんでも過激だなどと、どうでもいいことを考えていた。


『死者からの着信には応えなくてはならない。無視したものには不幸が訪れるだろう』


 25年前はポケベルに替わっていた。数字しか送れないので内容もかなりソフトになった。『33414』で『さみしいよ』だ。指示を送ろうと思っても暗号を解読するようなもので、上手く伝わらなかったのだろうか。返信するだけで満足してくれる優しい世界だ。


『死者からのメールは絶対に厳守しなくてはならない。約束を破った者の周りには血の雨が降り注ぐだろう』


 15年前は携帯のメールに替わっていた。文章を送れることは表現の幅も広がるのだろう。野生の凶暴さを思い出した動物園の猛獣のように内容は過激になっていた。しかも、本人ではなく、周囲にペナルティが発生する凶悪ぶりだ。これでは家族を人質に取られたようなもので、気が気ではないだろう。噂の根底に漂う底意地の悪さを感じる。


『死者からのメッセージには従わなければならない。逆らった者は三日後に災いに遭う』


 そして今はCHAINでやり取りされるメッセージに替わっている。こうして流れを見ると波のような揺れ戻しがあるのがわかる。あまりに内容が過激すぎると、問題が起きて自粛されるのを繰り返しているのかもしれない。


「30年前は手紙だった。それがポケベルになってメールに替わった。そして今はCHAINだからな。時代と共に噂も変化しているんだよ」


 鶴見先輩は学校の噂の調査結果をまとめてそう言った。ビデオテープに巣食っていた怨念も変化しなければ噂にも上がらない。DVDからブルーレイディスクを経て今や怨念もオンデマンドの時代かもしれない。ネットを介してスマホの画面に現れる怨念の姿を想像してぞっとした。


「君はこの噂の死者のことをどう思う?」

「気味が悪いですね。だって従わないと災いに遭うんですよ」


 死者が生者になにを求めているか私にはわからない。でも、きっと死にたくなかったはずだ。そしてこの世に未練を残しているのなら、その願いは生者にとって、あまり好ましいものではないだろう。


「俺はわりと良心的な死者だと思う」


 鶴見先輩は意外なことを言い出した。その顔はいつもの茶化すような笑顔ではなく、真剣な表情をしている。


「ええっ、酷いと思うんですけど」

「死者なんだぞ、逆らったら命はないぐらい言っても良さそうようなところを災いで済ましてくれているんだからな」


 物は言いようだと私は思った。そもそも良心的なら、こんな心臓に悪いメッセージを送ってこないで欲しい。受け取った人の気持ちを考えたことがあるのだろうか。相手の立場になって考えてみましょうと教えられていないに違いない。


「それはそうですけど、どんな命令も絶対厳守なんですよ」

「災いに遭うより嫌な命令なら、誰も従わないだろう?」

「そりゃ、まあそうですね」


 なんとなく言い負かされているような気持ちになるが、私は渋々といった態で鶴見先輩の意見に頷いた。


「ちゃんと命令が順守されそうなラインを見定めた内容になっているんだよ」

「はあ、お化けも元は人間ですからね。それぐらいの優しさがあるんでしょうか」


 私の言葉を聞いて鶴見先輩は呆れたように片手で顔を覆って天井を見上げた。とても芝居がかった行動だ。咄嗟に出てきたというよりも私にメッセージを伝えるためにやっているとしか思えない。


「君はとことんお花畑だな。生きている人間がやるから甘くなるんだよ」

「そうでしょうか?」


 鶴見先輩に馬鹿にされたように感じて、私の返事は固い口調になった。


「これで逆らったら命はないとか書いてあれば、情緒不安定になってしまう子もいるかもしれない」


 だから落としどころを探っているのさと鶴見先輩は後を続けた。


 どうも意見が合わないと思っていたが、鶴見先輩は死者がメッセージを送ってきているとはこれっぽっちも考えていない。最初から生者のことを疑っていたのだ。スタート地点が違うのだから議論がかみ合わなかったのは許して欲しい。


「鶴見先輩は和葉から送られてきたメッセージだと思っていないんですね」

「勘の悪い君にもやっとわかったか」


 できの悪い生徒を褒めるような口調の鶴見先輩にカチンときた。私の勘が悪いんじゃなく、鶴見先輩の人が悪いのだ。捻くれた性格でなければメッセージが他人から送られてきていると思わない。


「そんなことをしたらすぐにバレると思うんですけど」

「バレないように慎重にやっているということだ」


 現に私以外で和葉からメッセージをもらった人は誰もいなかっただろうと鶴見先輩は続けた。確かに私以外にも和葉と仲が良かった友達はいたはずなのに、誰も彼女からメッセージを受け取っていなかった。


「でも和葉のIDですよ」

「そうだな、一般人がID偽装なんて手の込んだことはできないだろう。普通に和葉のスマホを使っているんじゃないか」

「もう亡くなって1ヶ月にもなるんですよ。流石に回線を止めていませんか?」

「Wi-Fiを介してなら使えるさ」


 なんでもないようなことのように鶴見先輩は説明した。そんな知識を持っているのは常に悪いことを考えている犯罪者ぐらいのものだ。


「でも一体誰が?」

「和葉のスマホを手に入れられる人物を考えてみろ。身近な者だ。家族、友人、彼氏……」

「石本先輩を疑っているんですか!?」


 私は鶴見先輩を睨み付けた。あんなに優しくて他人を思いやる石本先輩を疑うとは、なんて酷い人なんだろう。きっと血も涙もないに違いない。鶴見先輩のお腹の中で歯車がギシギシと音を立てて回り、オイルが流れる様を想像して妙に腑に落ちた。


「君だって容疑者の候補だ。可能性の問題だよ」

「はあ、そんなもんですか」


 面と向かって疑われるとなんだか毒気が抜かれたような気持ちになって、私は気の抜けた返事を返した。


「それじゃ、君に嫌な思いをさせたのが誰なのか、犯人をあぶりだしてみるか」


 鶴見先輩は私に和葉のIDへメッセージを送るように指示した。メッセージの内容はこうだった。


『私はあなたの秘密を知っている』


「……こんなことで大丈夫ですか?」


 どうにも私には鶴見先輩のことが信用できないままだった。今の私は不信感をあらわにしたような目つきをしているに違いない。例え和葉以外の別人がメッセージを送っていたとしても、こんなちゃちな手口で解決するとは思えなかった。


「小心者はこれで勝手に踊ってくれるさ」


 鶴見先輩は悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。


 ◇◆◇


 次の日、私は石本先輩に呼び出されて和葉からのメッセージについて謝られた。石本先輩は和葉が亡くなった日、自分の部屋に和葉のスマホが置き忘れていたことに気付いていたけれど、返すことができないままになってしまったということだった。私にメッセージを送ったのは、和葉から私が石本先輩に気があるようなことを聞いていたので、背中を押してみようと考えた結果らしい。

 私は石本先輩に気にしていませんから大丈夫ですと伝えてその場を円満に別れた。これ以上、石本先輩を責めても仕方ない。そういう人だったと気付かせてくれただけでも収穫だった。


 そして今、私は鶴見先輩にお礼を言いに来ている。いつもの図書館だ。鶴見先輩はある程度、予想がついていたように私の姿を見つけて笑顔を浮かべた。


「ありがとうございます。鶴見先輩のお陰で問題は解決しました」


 私は深々と頭を下げた。昨日までとは打って変わって心から鶴見先輩に感謝していた。鶴見先輩にはなにかと振り回されたが、全て私のことを心配してくれていたからだと信じられたからだ。対する鶴見先輩の返事はいつものように斜に構えた感じだった。


「気にするな。俺もいい暇つぶしになったよ」


 私は和葉が親しかったクラスメイトから聞いた石本先輩の噂を思い出していた。石本先輩は私が思い描いていたような人ではなく、表面上は誰にでも優しいが、常に自分が中心でないと気が済まない人だった。アタッカーだった鶴見先輩の怪我も石本先輩がわざとボールを足元に置いたのではないかと噂されていた。私の目はとんだ節穴だったというわけだ。


 もしかすると鶴見先輩は、私が石本先輩に狙われているのを知っていて助けてくれたのかもしれない。でも、鶴見先輩に聞いたところでまともな返事は返ってこないように思えた。


「CHAINか名前の通り本当にクソだな。人がみんな鎖でつながれているように不自由だ。過去からも未来からも」


 鶴見先輩は事件の発端となったアプリを揶揄してそう評した。


「そんなことはありませんよ。手紙が電話に替わってCHAINになった。人が不便を感じる限り、進歩は止められません。それでも道具は使い方次第です。使う人次第で夢の道具になりますよ」


 私は鶴見先輩にこれでもかと自分でも思うような魅力的な笑顔を向けてみた。


「そんなもんかな」


 鶴見先輩は照れくさそうにそっぽを向いた。


「そうですね、証明してあげます。先輩、IDを交換しましょう!」


 初めて鶴見先輩の驚いた顔を拝めた。今なら和葉からのメッセージに従ってもいいと思える。そんな素敵な顔だった。


 ◇◆◇


 その日、鶴見先輩と一緒の帰り道で私たちは交通事故を目撃した。石本先輩が歩きながらスマホを見ていて交差点で車に引かれたのだ。幸いにも石本先輩は足を骨折しただけで、命に別状はないようだった。救急車に運ばれていく石本先輩を見送った後、事故現場に残されたスマホの画面は蜘蛛の巣状に割れてCHAINのメッセージを映して止まっていた。


『今度、一緒に行こう』






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