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調査はその日の夜中まで続いた。勿論、学園の門限はとっくに過ぎているのだが、彼らにそんなことは関係ないらしい。というか、解読するのに没頭していた彼らは門限を過ぎていることに気づきもしなかっただろう。
何故過去形なのかと言うと、強制的に石碑の調査から意識を移されたからである。第三者の、攻撃によって。
「都市内での攻撃魔法の使用は禁じられている筈なんだけど……おかしいな、何故、魔力感知システムが働いていない?」
「それはコイツらに聞いた方が早いと思うぜ? って、うぉっ!? おいコラ! まだ話してる最中だったろうが!?」
黒装束を着た(恐らく男と思われる)三人の内の一人が炎の球を高速で放ってきた。迅は余裕で避けたのだが、口調は必死である。
その様子を傍観していた来依は、心底、楽しそうにしながら臨戦態勢をとった。
「実はさぁ、ちょーっと調査が息詰まっててストレス溜まってたんだよねぇ……早々とくたばんないでね?」
「…なぁ、急にサディストみたいな顔しないでくんない? 何で嬉嬉としてんのお前。ドSなの?」
「…起動術式を展開」
「無視かよ!? はぁ……起動術式、展開せよ」
二人の身体が、起動術式に従い、それぞれが持つ個人の魔力に包まれる。身体に浮き出る魔力紋が力を発し、輝く。
それと同時に、男達が一斉に攻撃を仕掛けてきた。炎、風、水の高濃度の魔力を宿したそれぞれの球体が来依と迅を襲う。
「チッ……コイツら、S3か!?」
「おいおい、何でそんな奴らが俺らを狙うんだよ…」
爛々と戦闘欲に塗れた瞳を輝かせながら、舌打ちをした来依は一瞬の内に結界を貼った。結界に直撃した球体が破裂し、衝撃波を生む。
魔力の純度と彼らの魔力量から推測する男達のランクは、少なくともS3。悪くてS1といったところだと思われた。
「政府の役人が学園の生徒を襲う筈が無い……つまり、あいつらは、離脱組。もしくは、他の学園都市の奴らだよ」
「マジで? うっわー……これで他都市の奴らだったら亀裂が入るぞ? 報告書に何て書こうかねぇ…」
「いや、離脱組だった場合の心配をしろよ!?」
離脱組、とは。戦争以前に政府の役人をしており、戦争が始まる直前に姿を消した数百人の高位魔法師のことである。勿論、それなりに高い位に就いていた者も多く、機密情報が渡ったまま行方が分からなくなったことで我が日本は一時期パニックに陥ったのだ。
離脱組のリーダーと思われるのは、元魔法省大臣、仁堂氷雨である。S1の魔法師で、軍隊の指揮官をしていたこともあるエリートだ。因みに、性別は男である。
今現在も離脱組の捜索は続けられており、見つけ次第、魔法省へ連絡をすることが住民には義務づけられている。
「連絡すべきかな? まだ離脱組だっていう証拠は無いけど…ここで逃がす方が問題になりそうだし」
「そうだな……それがいいかもしれねぇ」
こんな会話をしている間も戦闘は続いており、幾度となく撃ち込まれる魔法を結界で霧散させたり、反発属性の魔法で弾き飛ばしたりしているのだが、割愛させて頂く。
迅が携帯を取り出し、魔法省へ繋ごうとしたとき、男の中の一人が乾いた笑い声を漏らした。
「いやぁ、実に面白い。君たちを狙って正解だったよ」
「…俺たちを狙う? どういうことだ」
「君たちの予想通り……我々は離脱組だよ。現在の政府の政策についていけなくなった反逆者さ」
迅が素早く魔法省に連絡を繋げた。すぐに魔法省の職員の声が聞こえてくる。
男は魔法省に電話が繋がっているというのに警戒の欠片も見せず、それどころか、楽しそうに笑った。魔法省の職員が駆けつけたとしても逃げ切れる___。そう確信しているようだった。
___迅の携帯を通話状態にしたまま、話は進む。
「君たちを、離脱組……あぁ、今は《混沌の宴》だったかな…まぁ、兎に角、我々の仲間になって欲しくてね?」
「はぁ? そんなもん誰がなるかよ。くっだらねぇ」
「同じくだよ。僕にはそんなくっだらないことをやってる暇はないんだ。犯罪に僕を巻き込まないでくれないかな」
結界を維持したまま、やれやれと言う風に両手を上げる。啖呵を切る迅は、相手を威嚇し続けていた。迅の周りに浮いている高密度の魔力玉が、今すぐにでも牙を剥きそうである。
顎に手を当てた男は、相変わらず顔は見えなかったがニヤリとほくそ笑んでいるように見えた。まるで、こうでなくては面白くない、というように。
「うーん……ディアロ様の勅命だからなぁ。失敗する訳にはいかないんだけどねぇ…」
「ディアロ……? 魔法省の指名手配リストに乗っていた第一級犯罪者の名前だね。確か、ディアロ・カローナだった筈……」
「そうだよ、よく知ってるねぇ。君はどうやら脳筋ではなく博学のようだ…ますます欲しくなったよ」
馬鹿にしているのだろうか、と一瞬カチンときたが、それを堪えて来依は、光栄ですよ、と笑う。引きつった笑顔だったが。
暗闇の中に赤い光が幾つも見え始める。魔法省の警備部隊が使っているバイクの光だろう。
相手もそれに気づいたのか、ニヤリとほくそ笑みながらこっちを見た。余裕のある笑みだった。
「まぁ、放っておいても君たちは絶対にこっち側になるさ…。その洗脳を解いて、すぐに目を覚まさせてあげるからね、邪神の使徒よ……」
そう言い残し、男達はその場から消えた。
赤い、点々と暗闇の中にある光が、今は何故か、とても憎たらしいものに思えた。