奇跡は聖夜にこそ起きる
12月24日、イエス様の生誕前夜祭。
そして、僕の妻である由希の誕生日だ。
由希はいつも「冬は私の季節なの、名前が雪だから」と言っていた。
僕は内心「字が違うよ」とツッコミたかったが、機嫌を損ねるのが分かっていたから言わなかった。
今は近所の花屋で買った花を持って由希のところへ向かうところだ。
電車の窓から見える空は厚い雲に覆われていた。
雪が降ると困るので急いで行こうと思った。
電車を降りてからは駅の正面の坂を登る。
急な坂ではないが、30分程上り坂が続くので結構疲れる。
坂の途中の定食屋で昼食をとることにした。
僕はメニューに一通り目を通してからコロッケ定食を頼むことにした。
コロッケは由希の好物だ。
昼食を終えて店を出ると雲が薄くなっていた。
雪の心配は杞憂だったようで安心した。
由希がいるのは坂を登った先の山の上。
静かな町並みと、青く光る海が見下ろせる良いところだ。
毎日この景色を見ている由希が少し羨ましく思う。
少しだけ景色を眺めてから由希のところへ向かった。
「久しぶり、由希。誕生日おめでとう」
当然、由希からの返事は無い。
だって、由希は3年前に死んだのだから。
3年前の12月24日、25歳で由希は死んだ。
原因は交通事故だった。
僕らは高校の時に付き合い始め、7年の交際の後に結婚した。
由希の希望で結婚式は12月24日に挙げた。
結婚して2回目の由希の誕生日、僕の仕事終わりに2人で食事へ行くことにした。
少し奮発して、ホテルのレストランへ連れて行くつもりだった。
だが、仕事が終わり、由希に連絡しても電話に出ない。
由希と待ち合わせていた駅へ向かうと、そこにあったのは数台の救急車と大量の群衆。
そして、駅舎の壁に突っ込み、大破しているトラック。
そこで何が起きたのかはすぐに理解できた。
僕は、ただ、由希がそれに巻き込まれていないことだけを祈った。
だが、現実は非情なものだった。
警察の話だと死傷者は多く、由希は6人の死者のうちの1人だったそうだ。
即死だったというので、苦しまずに死ねたのはせめてもの救いだろう。
由希が死んですぐは世界を呪ったりもしたし、由希を殺した奴を殺してやろうかとも思った。
だが、そんな時に浮かぶのは由希の笑顔。
たとえ死んでも由希は僕を見ているはず。
復讐心に満ちた僕を見れば由希が悲しむだろう。
そう思うと心が落ち着いた。
今、僕がまともでいられるのは由希のおかげだ。
つまり、12月24日は由希の誕生日であり、結婚記念日であり、命日でもあるのだ。
「由希、今年のプレゼントは花にしたよ。」
僕は朝買った花を由希の墓前に捧げた。
「プリムラ、だったかな。永続する愛情、という花言葉だそうだよ。」
直接言葉が届かないせいか、最近はこういうことを気にするようになった。
それから僕はしばらく由希の墓前でしゃべり続けた。
由希はいないとわかっていても、どうしても由希がそばにいる気がしてしまう。
いや、僕自身がそう思いたいだけなのかもしれない。
家路につく頃には辺りはすっかり暗くなっていた。
この通りはクリスマスのイルミネーションが綺麗で、由希と一緒によく来ていた。
事ある毎に由希のことを思い出してしまう。
悪いことだとは思わないが、感傷に浸るのも大概にしたい。
だが、由希のことを忘れることは一生できないだろう。
ふと顔を上げると、イルミネーションの光の中に白いものが混じってきていた。
街行く人々を急かすように雪が降ってきた。
だが、それは僕にはとても温かいものに感じた。
「由希、これは君の仕業かい?」
僕はそっと呟いて足を進めた。
「メリークリスマス、いつもありがとう」
僕には確かに聞こえた。
それはこの3年の間、夢にまで聞いた由希の声だった。
だが、幻なんかではなく、しっかりと聞こえた。
「こちらこそ、ありがとう。また、会いに行くからね」
僕はその夜、確かに由希と会話した。
姿こそ見ることはなかったが、やはり由希はいつでも側にいるんだ。
奇跡は聖夜にこそ起きるものだ。