表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

奇跡は聖夜にこそ起きる

作者: 剣人


12月24日、イエス様の生誕前夜祭。

そして、僕の妻である由希ゆきの誕生日だ。


由希はいつも「冬は私の季節なの、名前が雪だから」と言っていた。

僕は内心「字が違うよ」とツッコミたかったが、機嫌をそこねるのが分かっていたから言わなかった。


今は近所の花屋で買った花を持って由希のところへ向かうところだ。

電車の窓から見える空は厚い雲に覆われていた。

雪が降ると困るので急いで行こうと思った。


電車を降りてからは駅の正面の坂を登る。

急な坂ではないが、30分程上り坂が続くので結構疲れる。


坂の途中の定食屋で昼食をとることにした。

僕はメニューに一通ひととおり目を通してからコロッケ定食を頼むことにした。

コロッケは由希の好物だ。


昼食を終えて店を出ると雲が薄くなっていた。

雪の心配は杞憂きゆうだったようで安心した。


由希がいるのは坂を登った先の山の上。

静かな町並みと、青く光る海が見下ろせる良いところだ。

毎日この景色を見ている由希が少しうらやましく思う。


少しだけ景色を眺めてから由希のところへ向かった。


「久しぶり、由希。誕生日おめでとう」

当然、由希からの返事は無い。

だって、由希は3年前に死んだのだから。


3年前の12月24日、25歳で由希は死んだ。

原因は交通事故だった。


僕らは高校の時に付き合い始め、7年の交際ののちに結婚した。

由希の希望で結婚式は12月24日に挙げた。

結婚して2回目の由希の誕生日、僕の仕事終わりに2人で食事へ行くことにした。

少し奮発して、ホテルのレストランへ連れて行くつもりだった。

だが、仕事が終わり、由希に連絡しても電話に出ない。


由希と待ち合わせていた駅へ向かうと、そこにあったのは数台の救急車と大量の群衆。

そして、駅舎えきしゃの壁に突っ込み、大破たいはしているトラック。

そこで何が起きたのかはすぐに理解できた。

僕は、ただ、由希がそれに巻き込まれていないことだけを祈った。


だが、現実は非情なものだった。


警察の話だと死傷者は多く、由希は6人の死者のうちの1人だったそうだ。

即死だったというので、苦しまずに死ねたのはせめてもの救いだろう。


由希が死んですぐは世界を呪ったりもしたし、由希を殺した奴を殺してやろうかとも思った。

だが、そんな時に浮かぶのは由希の笑顔。

たとえ死んでも由希は僕を見ているはず。

復讐心に満ちた僕を見れば由希が悲しむだろう。

そう思うと心が落ち着いた。


今、僕がまともでいられるのは由希のおかげだ。


つまり、12月24日は由希の誕生日であり、結婚記念日であり、命日でもあるのだ。


「由希、今年のプレゼントは花にしたよ。」

僕は朝買った花を由希の墓前に捧げた。

「プリムラ、だったかな。永続する愛情、という花言葉だそうだよ。」

直接言葉が届かないせいか、最近はこういうことを気にするようになった。


それから僕はしばらく由希の墓前でしゃべり続けた。

由希はいないとわかっていても、どうしても由希がそばにいる気がしてしまう。

いや、僕自身がそう思いたいだけなのかもしれない。


家路につく頃にはあたりはすっかり暗くなっていた。

この通りはクリスマスのイルミネーションが綺麗きれいで、由希と一緒によく来ていた。


事あるごとに由希のことを思い出してしまう。

悪いことだとは思わないが、感傷かんしょうひたるのも大概たいがいにしたい。

だが、由希のことを忘れることは一生できないだろう。


ふと顔を上げると、イルミネーションの光の中に白いものが混じってきていた。

街行く人々をかすように雪が降ってきた。

だが、それは僕にはとても温かいものに感じた。

「由希、これは君の仕業しわざかい?」

僕はそっと呟いて足を進めた。


「メリークリスマス、いつもありがとう」


僕には確かに聞こえた。

それはこの3年の間、夢にまで聞いた由希の声だった。

だが、まぼろしなんかではなく、しっかりと聞こえた。


「こちらこそ、ありがとう。また、会いに行くからね」


僕はその夜、確かに由希と会話した。

姿こそ見ることはなかったが、やはり由希はいつでも側にいるんだ。


奇跡は聖夜にこそ起きるものだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ