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目覚めた力

 それは刀というより――。


「メス……か?」


 外科手術に用いる鋭利な刃であるメスに良く似ていた。

 初めて見るはずなのに、不思議と手に馴染む。そんな不思議な感覚に裕太が戸惑っていると、戸惑いを吹き飛ばすような声が聞こえた。


「しつこいっ! 追ってこないでよおおおお!」


 誰よりも聞き覚えのある声に裕太が顔をあげる。すると、裕太の予想通りの少女が全力疾走でこちらに向かって来ていた。

 黒髪のサイドテールを振り乱しながら走る彼女の名前は内村梨花、裕太とは小さい時から一緒にいる幼なじみの少女だ。


「梨花!?」

「あれ? 裕太!? って、今はそれどころじゃないの。逃げて」


 一体何から? と問う時間は無かった。

 梨花の後ろから大量のスライムが裕太のいる場所になだれ込んで来ている。


「あぁっ! もう! キリがない!」


 梨花は裕太に合流すると、手元に真っ白い注射器のようなダーツを構え、スライムの集団に向かって投げ込んだ。

 すると、ダーツの刺さったスライムが風船のように膨れあがり、破裂した。

 どうやら梨花の持つ注射器型のダーツは裕太の持つメスと同じように、スライムを倒す力があるようだ。


「梨花、お前何をしたんだ!?」

「分かんないわよ。いつのまにか手の中にあった注射器を投げただけ! いくら投げても消えないし、これやっぱり夢かな!? 悪夢かな!? って、あんたのそれ何!? でっかいメス!?」


「分からない。でも、一個だけ分かることがある!」

「な、なによ?」


「俺と梨花にはあの化け物を倒す武器がある。なら、倒れている人達を見捨てずに、あの化け物を倒さないと!」


 倒れている人を放って逃げる訳にはいかない。

 裕太はメスのような刀を握り直すと、スライムの前に立ち向かった。


「夢の中でくらいヒーロー願望もいい加減にしなよ!? あぁっ! もうっ!」


 遅れて梨花も裕太についてくると、ダーツをスライムの群れに投げ込んだ。

 裕太の目の前でダーツの刺さったスライムが弾け飛び、群れの中央に穴が空いた。

 その隙間に裕太が飛び込むと、力一杯刀を振り回した。

 白い一閃が弧を描き、スライムの群れが上下に綺麗に分かたれた。

 まさしく一刀両断、スライムの群れは一刀のもと、雨粒のような雫となって弾け飛んだ。


「な? やれただろ?」

「はいはい。そうですねー。まぁ、夢ぐらい格好付けたって罰は当たらないか。現実は可愛そうで惨めなくらい勉強に四苦八苦してる訳だし」


「ははは……。梨花は夢でも相変わらず厳しいなぁ」


「そう。夢よ。学校ついた時にクラッとして倒れたせいで、病院に運び込まれたから悪夢を見てるのよ。でも、裕太ってやっぱり夢でも頼りになるね。ちょっと格好良かったかも。なんて現実じゃ絶対に言えないかなぁ……」


「そうそう。熱もないし、怪我した訳でも無いのに、頭が割れそうに痛い上に、メチャクチャ熱くてさー。変な夢も見るよなー。ははは」

「「え?」」


 お互いの状況を聞いて、二人の疑問符が重なった。


「まさか……梨花お前も?」

「そういう裕太も?」


 お互いに同じことを経験した。学校で倒れ、病院に担ぎ込まれたのだが、身体に異常はないらしい。それなのに、明らかに身体の調子がおかしかったという話し。

 その全てが一致している。


「俺が運ばれた病室は……隔離病棟303号室……」


 いまだに信じられなかった裕太は自分の病室を口にする。

 だが、その言葉が二人の状況を決定づけてしまうことになってしまった。


「私……隔離病棟302号室……」

「な、なぁ、梨花、人が同じ夢を見ることなんて出来るのか? おじさん達からそんな話を聞いたことは?」


「……無いわよ」

「なら俺達は一体どうしちまったんだ?」


「分からないわよ……。私が聞きたいくらいなんだから……。これ本当に夢じゃないの?」


 梨花の両親は医者だ。医者だったら人体について色々な症例を知っているだろうし、こういった変わった事態について、面白半分で梨花に話しているかもしれない。

 だが、そんな甘い期待は砕かれ、裕太達はこの異空間に対して何の情報も持っていなかった。


 分かるのは人を襲う異形がいることと、自分達の持つ白い武器が異形を倒すために使えることぐらい。

ここがどこで、どうやって脱出するかと言った大事なことは皆目検討つかなかった。

 どうすることもできず、お互いに困惑で黙っていると、またトンネルの奥から何かが動いてくる音が鳴り始めた。


「げっ!? またあのスライムみたいのが出た!?」

「ど、どうするの!? さっきより数多いよ!?」


「やるしかないだろ!」


 分からなくても戦わないと次がない。他の人達と同じように倒れるのだけはごめんだ。

 そう裕太が思った時だった。

 スライムが突然連鎖するように破裂し、体液を撒き散らしたのだ。

 それだけでも十分驚いたが、さらに裕太をびっくりさせたのはその奥から人が歩いてやってきたことだった。


「あれは……人? それに白衣? 医者なのか?」

「はぁ? こんなところで何を言って――。うそ、本当に医者っぽいわね」


 蒸発する体液の中に浮かぶシルエットは白衣を着た人間だった。


 そして、体液の霧が晴れると、白衣を着た人間は裕太と年が近そうな一人の少女だった。

 髪は栗毛色のショートボブ、小動物を思わせるような可愛らしい顔をしている。そう思ったのは身長が低いのもあるかもしれない。150センチもなさそうだ。

 そんな少女が裕太達に近づき、声をかけてきた。


「あれ? あなた達、意識があるのですか?」

「あ、あぁ、君は一体誰? ここはどこか分かる?」


「あぁ、そっか。まずは自己紹介か。えっと、あたしの名前は麻井久美あさいくみなのです。一応……お医者さん? うぅ、神山さんなら上手に説明できるのにー……どうして今日に限っていないんですかー……」


「医者!? 君が!?」


 見た目が幼いだけじゃない、声も舌っ足らずな子供っぽくて、とても医者だというのが信じられなかった。

 仮に研修医であっても最低24歳からの世界なのに、どう見ても中学生、下手したら小学生くらいに見えるのが、童顔だからでは済まないだろう。


「あぁ、えっとえっと、正式なお医者様じゃなくて。えっと、非公式なお医者さんなのです」

「……その見た目だと研修医でもないでしょ? もしかして、からかってる?」


「か、からかってないのです。本当なのです。えっと、これは普通のお医者様には治せない病気で」

「ちょっと、待ってくれ。どこからどこまでが本当の話なんだ? 名前は本名なのか?」


「だから、最初から本当のことしか話してないのです! 嘘はついてないのです!」


 久美は手をバタバタ振りながら、首を横にぶんぶん勢いよく振っている。

 ただでさえ子供っぽい声と口調に加え、そんな子供っぽい仕草が余計に彼女の言ったことを信じられなくさせた。


「裕太、ちょっと待って。この子の首にぶら下げている名札入れ。これ、天山総合病院の職員証よ。この前、友達のお見舞いに来たときに見たのと同じ。ちゃんと写真も本人と一致してるし……本物だよ」

「嘘だろ?」


 梨花の言葉に裕太が驚くと、久美は突然胸を張って職員証を裕太に突き出した。


「嘘じゃないのですっ!」


 久美はとびっきりのどや顔を浮かべ、職員証の写真と顔を並べている。

 表情こそ違ったが、確かに職員証に映っている写真は目の前でどや顔をしている久美と同じだった。

 だが、裕太はその職員証がとても本物とは思えなかった。

 何故なら、その職員証に書かれている専門は医者を目指す裕太が一度も目にしたことのないものだったからだ。


「共感性異界化伝染症候群専門医? なんだこれ?」

「だから、言ったのです。あたしは普通のお医者さんじゃないって。異界化感染と呼ばれる精神の病気専門のお医者さんなのです」


 久美はそういうと白衣のポケットの中から白いアメフトボールのような長細い玉を取り出した。


「この世界は異界の精神生命体に感染された人の精神世界。あたしはこの治療器具でこの異界化した精神を元に戻すお医者さんなのです」


 久美がボールを凹ませると、白いシャボン玉が現れて、ぷかぷかと浮かんでいた。

 そのシャボン玉を久美が指で押すと、生き残っていたスライムに向かって飛んで行き、爆弾のように爆発した。


「さっきの爆発はそのシャボン玉だったのか」

「そうなのです。でも普通のシャボン玉ではないのですよ? あたし達は抗体武器って呼んでいるのです。異界化した人の精神を蝕む病魔を排除するための唯一の武器なのですよ」


「もしかして、俺のこのメスみたいな刀と、梨花の注射器みたいなダーツも?」

「えっ!? それ二つとも抗体武器なのです! そっか。あなた達もあたしと同じだったんだ。道理で異世界かした空間でも意識がある訳かー。これはちょっと先生に相談すべきことかも。二人ともこれを飲んで。現実世界に戻れるから」


 そう言った久美はポケットから白い錠剤を二粒取り出し、手の平の上に広げて見せた。

 何もかもが信じられなかったが、この異常な空間から逃げ出せるとあれば、飲まない手は無かった。

 梨花も同じ事を思ったようで、裕太と梨花が薬に手を伸ばすのは同時だった。


「裕太……目を覚ましたら会いたい」

「うん。俺も……。目が覚めたら一番に会いに行く……。隣の部屋だよな?」


 梨花と裕太のやりとりに久美が赤面してあわあわ言っているが、裕太は梨花の言葉の真意が良く分かっていた。

 恋愛感情なんか一切ないし、ロマンスもない。ただ、お互い今起きた出来事が嘘であった。ただの夢だったと確かめ合って安心したいだけだった。


 だが、すぐに裕太は先ほど起きた全てのことが現実だと突きつけられる。

 目を覚まして一番に聞かされた言葉が、先ほどの体験が夢ではないと物語っていたせいだ。


「おはよう。外崎裕太君。目を覚ましたばかりで悪いのだが、君を共感性異界化伝染症候群専門医ソウルメディックとしてこの病院に雇い入れたい。人に巣食ったダンジョンを攻略して欲しい」


 医院長と書かれた名札をぶら下げた男性が、目の前に立っていた。


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