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訓練の成果

 私がレーニャに地獄のカサンドラ式訓練を施してからすでに一年が経過していた。

 初めは運動、勉学、礼儀作法全てが赤点で、あまりのダメっぷりに私も頭を悩ませた。けれど基礎を重視する私の粘り強い指導がレーニャには合っていたらしく、レーニャは日に日に成長していった。

 訓練から半年が経つとレーニャは計算などの実用的な学問と低級貴族レベルの礼儀作法を身につけた一人前のメイドに成長した。


 自身の成長を自覚できたことでレーニャは少しずつ積極的になり始めた。口調こそあまり変化していないが、職務に対する意識がストイックになっていった。ただおっとりした小動物系から若干天然の毒舌メイドへシフトチェンジしてしまったのは計算外だったけど。


 間延びした口調は相変わらずなのに行動はキビキビとしていて、空になったティーカップに紅茶を淹れる所作は洗練されている。

 出された紅茶を口に含み喉を潤す。最初は変なブレンドで雑味しかなかったけど今では雑味などない一級品に仕上がっている。


「ハァ……ほんと平和って良いわねえ」

「どうしたんですかお嬢様。発言が年寄り臭いですよ~」


 窓の外を見ながら紅茶を片手に黄昏てると後ろに控えていたレーニャが茶化してきた。レーニャの年寄り発言にムッとしてレーニャの方を振り返る。


「うるさいわよレーニャ。ここ最近物騒だったんだから仕方ないじゃない。」

「あ~そういえばまた賊が来ましたよね~。最近忙しかったので忘れてました」

「レーニャが忙しかった原因はその賊の後始末だったでしょうが……それに賊が屋敷に浸入してきたのは今年で四回目よ、四回目。しかもその全ての浸入先は本館じゃなくて私達がいる古い別館。おかげで私もレーニャも色々大変だったじゃない」


 私のジト目にレーニャはアハハと乾いた笑みを浮かべて視線を逸らす。どうやら素で忘れていたようだ。最近はしっかりしてきたけど、まだこういった抜けてる部分がある。一人前まではまだまだね。


「そ、そうでしたよね。そういえばこの前メイド長に警備を増やして欲しいって頼んでも全く取り合ってくれませんでしたよ。か弱い女子に賊を退治させるなんて酷くないですか?」

「少なくとも素手で賊を瞬殺するのはか弱い女子がやることじゃないわね」


 でもたった一年で賊を返り討ちできるまで成長したことに私は内心驚いた。まだまだ技術は粗いけど、呑み込みの早さと持ち前の身体能力の高さは驚嘆に値する。既に当初の目標である中型動物の打倒も可能かもしれない。


「酷っ!お嬢様だって素手で処理してたのに~。というより最初にそんな事し始めたのはお嬢様じゃないですか!」


 冷たい返しにレーニャは傷ついたというように憤慨するけど、私は全く意に介さない。だってレーニャが本気で言ってるわけじゃないから。


「そりゃあ私はレーニャの師匠だし、自分の命を狙う輩を潰すのは当然でしょ? あと賊を招き入れたのは内部の人間だからメイド長に警備をお願いしても無駄だと思うわ」

「お嬢様はメイド長が賊を招いたとでも言うのですか?」


 尊敬しているメイド長を侮辱したと感じたのかレーニャは声を荒げる。一瞬キョトンとしたけど、彼女の考えを察して苦笑いした。


「言葉が足らなかったみたいね。私はメイド長が黒とは思っていないわ。あまり会う方じゃないけど彼女は自分の仕事に誇りを持っているタイプに感じたから」


 メイド長は屋敷内で極めて貴重なまともな人材だ。

 主人の性質に似たのか公爵邸には使用人含めて腐った人間が多い。よくこんなので屋敷が回るなと思う。メイド長をはじめとしたまともな人材がカバーしてくれなかったらとゾッとする。


「では内部の人間って……」

「今のところ公爵家の人事に強い、セバースとメイド長を除いた誰かとしか言いようがないわ。私の存在を疎ましく思っているのは確かなようだけど」


 ストレートな物言いにレーニャは黙ったままだ。

 事実、四度も襲撃に遭っている。そもそも貴族それも公爵家の屋敷が何度も襲撃される事自体が異常事態だ。大事になっていないとはいえ、ここまで警備が機能していないのは不自然極まりない。さらに不自然なのは全ての襲撃者は本館ではなくかなり前から倉庫と化していた別館を襲ったことだ。

 倉庫と言っても高価な物はなく、今は軟禁状態の私とレーニャが住んでいるだけだ。そのため別館を執拗に狙う賊の目的は私と考えるのが妥当だろう。


「おかしいと思わない? そもそも私の存在はあまり知られていない。ましてや幽閉されていることを知っているのは公爵家内部だけよ。まあ外部に流れた可能性もないことはないけど、わざわざそれを晒す必要はあるかしら。それに外部の人間が幽閉されてる私を狙うのは考えにくいわ」

「確かにそうですね。そもそも使用人の中にはお嬢様の幽閉場所を知らない者は少なからずいます。一部の人間しか知らない幽閉場所に賊が辿り着けるわけがない。でも全ての襲撃者はお嬢様の部屋を知っていた……」


 別館を襲った賊は私とレーニャが全員半殺しにして捕まえていた。賊はそれなりの実力者だったが、前世であらゆる武術を修め現世も修行を怠らなかった私とその私に師事してるレーニャの相手ではなかった。

 最初はボコボコにされた賊を公爵家の私兵に引き渡していたけど、二度目の賊が侵入した時にも警備を強化しない公爵家に不信感が芽生えた。


 その後の賊は前と同じように二人に捕まったが、今度は引き渡さず尋問したり武器や服を全て剥ぎ取って本館の前に放り投げた。尋問で情報を得ることができなかったけど全裸で放置された賊を無視できなかったのか発見された翌日から警備がようやく強化され賊に襲われることもなくなった。


「でもあのとき全裸にしたのはやり過ぎだったわね。やる方も恥ずかしかったし、見ちゃった……」

「だ、男性のアレってああいうものなんですね~。初めて見ましたけどなんかシメジみたいな感じでしたね~」


 剥かれた賊のナニは思わずプッと失笑してしまったくらい小さかった。無理矢理剥かれた挙句、そのシンボルをシメジに例えられた賊は気の毒としか言いようがないが、私の命を狙ってたので同情はしない。


「とにかく、私の命を狙ってたのは内部の人間の可能性が高いってことはわかったわ。まあ私みたいな人間を不気味に感じるのは仕方ないみたいとは思うけどね。でもそれで命狙われるのは勘弁してほしいわ」


(または私を殺して愛人の子でも招き入れるのかね?)


「何でお嬢様が不気味なんですか?よくわかりません」

「え?」


 キョトンとするレーニャにキョトンとした。


「いや自分で言うのもなんだけど、こういう思考の五歳児は十分不気味だと思うわよ。しかも賊を瞬殺するのも普通はありえないし。レーニャも私のこと不気味だと思っているでしょ」

「いえいえそんなこと思っていないですよ~。寧ろお嬢様には感謝してます。屋敷で嫌われていた獣人の私を専属メイドにしてもらっただけでなく、一人前になるために指導してもらいましたから。それにお嬢様は知識が豊富で運動神経が抜群な女の子ですよ。不気味ではありません」


 満面の笑みを浮かべるレーニャが直視できなかった。前世の記憶を引き継いでいるといっても今はまだ五歳の幼女。初めて自分を肯定してくれたレーニャの存在は彼女の中で大きくなった。


「お嬢様に出会ってなかったら私はいずれ屋敷を追い出されて野たれ死ぬ運命だったでしょう。くさいとは思いますが何度でも言います。お嬢様は私の命の恩人です。私はこの命が尽きるまでお嬢様に仕え続けますよ」


「……そ。………………ありがとう」



◇◇◇◇◇



 それからしばらく経ち、レーニャは夕食を部屋に運ぶために本館の廊下歩いていた。すると反対側から誰かが向かってくる。


「あら誰かと思ったら獣風情が服着て歩いているじゃない」


 出会って早々レーニャに嫌味を言ったのは同僚メイドのクリスティア・ハンドリック。拾われたレーニャと違い、行儀見習として奉公している公爵派閥の子爵令嬢で何かとレーニャを目の敵にしていた。よくレーニャを苛めていた主犯格で仕事はサボりがち、レーニャに仕事を肩代わりさせたりしていた。ここ最近は会うことはなかったが、クリスティアにとってはレーニャはいいカモだった。


「これはクリスティア様。これからカサンドラ様の夕食を取りに行くので失礼します〜」


 レーニャは嫌味を無視してクリスティアに簡単に挨拶してさっさと去ろうとした。その対応に不満なクリスティアはすれ違い様に足をかけようとするが。


「なっ!?」


 普段なら無様に転ぶはずだったが、ここ1年で急成長したレーニャは見事にかわしてそのまま過ぎていく。かわされたクリスティアは悔しそうな表情でレーニャの背中を睨めつけていた。


 そして食事を受け取ったレーニャは別館へ戻るために本館の階段を降りようとすると、その後ろから忍び寄る影。クリスティアである。


(獣風情が調子に乗って……今度こそその泣き面拝んでやるわ)


 レーニャを階段から突き落とそうとゆっくり近づき、その背中をトンと押そうとする——


「あの……暇なんですかクリスティア様?」


 直前にレーニャは振り返ることなくクリスティアに話しかけた。レーニャが出したとは思えないゾクリとするほど冷たい声に見破られたクリスティアは押すことができず硬直する。


「では失礼します~」


 元の声質に戻ったレーニャはクリスティアを放置して階段を降りていく。

 レーニャに放置されたクリスティアはしばらく呆然としたが、ハッと我にかえるといいようにされた怒りが再燃する。


「キィィィー!!レーニャの癖に生意気なのよ!今度こそギャフンと言わせてやるわ!」


 クリスティア・ハンドリック十七歳。ここから何か間違った方向に努力し始めることになる。


「なんかクリスティア様の様子が変だったな~。変な物でも食べたのかな?」


 その翌日からクリスティアから変なイタズラを受けるなんてレーニャは思いもしなかった……


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