バルナーツの驚愕
毎度のことながら大変お待たせしました。
今回はバルナーツ視点です。
「──仙術・頞听陀」
奴が小さく、そう唱えた瞬間。
ゾワッッ……!!
餓鬼の雰囲気が、一変した。
奴の身体から得体の知れない何かが漏れ出ている。
一瞬新手の強化系魔法かと思ったが、よく観察してみると違った。
あれは魔法なんかじゃない。ましてや奴の身体から漏れているのは魔力ですらなかった。
見たこともない魔力に似たナニカ。
魔力しては禍々しく、幻覚にしては鮮明すぎる。
「ッッッッッ……!!」
突然溢れ出した濃密な覇気にブワッと汗が噴き出し、改めて大剣を握り直すが、大剣からミシミシと嫌な音が鳴った。どうやら必要以上に強く握ってしまっていたようだ。そこでようやく自分が無意識のうちに身体に力が入っていたことに気づく。
一旦深呼吸するも、どうやら呼吸も止めていたようだったらしく、必要以上に強張っていた身体から無駄な力が抜けていく。
最大限の警戒をしつつ、クリアになった思考で改めて奴を観察してみるが、やはりアレは規格外過ぎた。まるで力の底が見えねえ。
これまでいくつもの窮地を救ってきた自分の直感が最大クラスの警鐘を鳴らしている。
現役を退いて数年、全盛期の頃と比べて大分衰えていることは自覚しているが、勝てるビジョンが全く思い浮かばないのは初めてだ。いやおそらく全盛期の時に戦っても似たような展開になっただろう。
今までも奴は上位ランクの冒険者に匹敵するレベルを見せつけていた。
衰えたといえBランクレベルなら圧倒できる俺を守りに専念させた時点で間違いなくAランクと同等の実力の持ち主。
本当ならこの時点で試験は終了させて合格にするつもりだったが、久方ぶりの難敵に年甲斐もなく心躍らせて長引かせようと欲を出したのが悪かった。だが後悔はしていない。
「ハッ、こんな力を隠していたのかよ。今までとは別物じゃねえか」
心を支配したのは歓喜。引退後は将来有望な若手を育成するだけだと老成した己の魂に再び火をつけてくれた二人組には感謝しかない。
「かかってこいよルーキー。時代遅れの老兵がてめえの力を受け止めてみせようじゃねえか」
奴は俺の挑発に乗ることなく、黙ったまま構える。その美貌を台無しにするほどの口元を三日月のように歪めた好戦的な笑みを浮かべて。
なるほど、言葉は不要か。
それは一瞬だった。
まるで瞬間移動したかのように奴の姿が消えたと思いきや、同時に奴の拳を構えた姿が目の前にいた。
さっきまでとは比べようにならないほどのスピード。
速い。一瞬にして間合いを詰められたというレベルではない。自分は姿を捉えるどころか間合いを詰められていたことすら気づかなかった。全身が全力で警鐘を鳴らしている。
直感に従い、咄嗟に大剣を手放して後ろへ大きく下がった瞬間、奴の右拳が目の前を通過した。
僅か一寸の差。当たっていたら確実にやられてたであろう一撃をギリギリで避けられた。だがそこで思考の片隅でも安心したのがいけなかった。
ダンッと地面を踏み込んだ音が聞こえた。
「活歩」
最後に見えたのは自分に向かってくる左拳と腕を伸ばしたまま地面を滑走するように迫ってくる奴の姿だった。
「川掌」
直後に襲った腹部への衝撃と激痛とともに俺の視界は暗転した。
二人組がギルドを後にする。結果として試験官を倒したことによってレーニャはCランク、カサンドラはBランクとして冒険者として登録された。
明らかに二人ともランク以上の実力なんだが、ギルドの規定上、試験官より同等或いは高位のランクを与えることができない。それでも二人の試験官を務めたのが元Aランクの俺だったのは僥倖だっただろう。
王都を除けば高ランクの試験官がいるギルドなんて殆どない。もし二人が他のギルドを訪れていたら、もっと低いランクからのスタートを余儀なくされていた。低ランクスタートだとランク上げに時間がかかるため、将来有望な若者の芽を潰しかねず、ギルド全体にとって良くないことだった。
それに特に最近は何故か魔物の動きが活発化し始めていて、即戦力は是非とも確保しておきたかった。
「魔物の動きがきな臭くなってるこのタイミングで超大型新人の登場とは俺も随分とツキがきたもんだな」
「しかし、いきなり新人に高ランクを与えるなんて前代未聞です。やはりDランクスタートでもよかったのではありませんか? 」
俺に抗議しているのはギルド職員のダグラス。王都ではないが中央から派遣されてきたこともあって、能力はあるが、どうもプライドが高いっていうか権威主義のきらいがある。
「馬鹿いうなよ。二人は正々堂々自らの実力で試験に合格した。元Aランクの俺からな。あのランクは低すぎることはあっても高すぎることはねえよ」
「しかし…… 」
周囲から訝しむ視線が刺さる。どうやら一部の職員もダグラスと同じ考えの奴らがいるようだ。
実際に二人の実力を目にしたのは俺と受付嬢のアンナだけだし、半信半疑なのは仕方ないかもしれないが、うちの職員は融通が効かなくていけない。前例主義を否定するわけじゃねえが、柔軟に物事を考えなれないのか。
別に賄賂したわけでも、馬鹿な貴族に脅されたわけでもねえのに、何でそこまで否定的なのかね。
「とにかくあいつらのランクは正当なものだ。これ以上外野が騒ぐんじゃねえぞ。これはギルド長の命令だ」
「そこまで言われるのでしたら、こちらもこれ以上はやめておきましょう。バルナーツギルド長」
その後日。
「た、大変です! また例の二人組がやらかしましたあ! 今度はオークキング亜種三頭を森で狩ってきたとのことです! 」
「嘘だろ、この前にトロールの群れを殲滅してきたばっかじゃねえかよ」
「あの二人が冒険者登録してきてから大物の討伐が止まらない…… ギルドの評判は上がったのは良いけど、書類が……書類があああ!! 」
ダグラスらの一部の職員の懸念は外れたが、ギルド内ではしばらく忙しすぎて職員が悲鳴を上げることになるのはまた別の話。
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