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飛び級試験

すごく遅れてしまいましたm(_ _)m

 飛び級試験は基本的にギルド内に併設されている訓練場で行われるらしい。一部の訓練場がない小規模な支部では野外で行われることがあるようだけど、地方とはいえ城塞都市内にあるメックラム支部にはそれなりに規模がある訓練場が設置されている。

 レーニャに潰された酔っ払い共を簀巻きにして隅に放置させたあと、私達は酔っ払い共に警告していた受付嬢に案内されて訓練場を訪れていた。彼女が言うにはメックラムの訓練場はギルド本部が置かれてる王都やその周辺の支部にこそ劣るが、国内でも上位に位置するほど設備は整っているという。


「メックラムの外には魔物が多く生息している森が広がっています。ですから必然とメックラム支部には冒険者が集まりやすいのです 」


 受付嬢の説明を聞きながら歩いてると、訓練場にはいかにも冒険者という風貌をした筋肉モリモリの大男が腕を組みながら一人で立っていた。

 二メートル近くある巨躯に健康的に焼けた小麦色の肌、遠目からでも分かるほど鍛えられた筋肉。それは見てくれだけの筋肉ではなく、間違いなく実戦で磨かれた無駄のない理想的な筋肉のつき方だ。

 私は別に筋肉フェチではないけど、一武闘家としてこんな理想的な筋肉に憧れる。前世と今世の両方とも何故か筋肉がつきにくい体質らしく、どれだけ鍛えてもガチムチにはならなかった。レーニャには『お嬢様がメスゴリラにならなくてよかった』と泣いて喜ばれたけど。というかメスゴリラまで鍛えるつもりはないわ!


「俺は今回の試験官を務めるギルド職員のバルナーツだ……って今回の飛び級志望者は嬢ちゃん達なのか? 」

「ええ、そうよ」


 バルナーツって人が困惑した様子で私たちを見てくる。彼からしたら志望者が見た目は華奢な少女とローブで顔を隠した長身の女性というのだからこうなるのは仕方ない。コホンと一回咳払いすると、彼も切り替えたようで表情が引き締まる。


「一応説明しておくが、飛び級試験は自分の力をちゃんと理解させるのが目的だ。死にはしないだろうが、こちらも仕事だからぬるいことはできない。場合によっては重症を負う可能性もある。それでも試験に臨む覚悟はあるか? 」

「「勿論よ(です)」」

「よし、ではこれからお前たちと一対一の模擬戦を行うぞ。最初はどちらから行くんだ? 」


 身の丈ほどある無骨な大剣を構えるバルナーツさんを見たレーニャが私に小声で話しかける。


「お嬢様、ここは私が先にまいります」

「別に私が先でもよかったけど、レーニャがそう言うなら先手は譲るわ。あと小声でもお嬢様って言うのはやめてちょうだい。ここにいるのはただのカサンドラよ」

「……努力します」


 そう言ってレーニャはゆっくりとバルナーツさんの前に歩み出る。獣人であることを隠すためにフードは深く被ったままだ。そのおかげで外からは顔は見えていないけど、同時にレーニャの視界も制限されている。彼女の実力ならこの程度のハンデは大したものじゃないと思うけど、このバルナーツって人、かなりできる。ほんの僅かな動きでもなかなか隙を見せていないことから多分高ランクの冒険者である可能性が高い。

 城の衛兵や盗賊といった格下だったらハンデがあっても瞬殺か時間をかけずに始末できるけど、今回に関してはこのハンデはレーニャに対してかなり不利に働くかもしれない。レーニャもそれは理解できてるはずだ。



「最初の相手はあんたか。顔が見えねえな、フード外してもらっても大丈夫か? まあ、事情があるなら無理にとは言わねえが」


 レーニャは彼の問いには応えず、無言で腰に指していた短剣を抜き逆手に構える。短剣より徒手空拳の方が得意なはずなのになんで短剣?


「訳ありってか。それに変わった構え方だ、我流か? 」

「それに答える義務はありませんね」

「そりゃ、そうだな」


 フードの件のせいか微妙に不機嫌になってたレーニャは普段じゃ聞かないような冷たい声でバルナーツさんをあしらう。バルナーツさんはレーニャのつれない返答に気分を害する様子はなく、一瞬だけ苦笑いしたあと真顔に戻して大剣を構えた。

 場の空気が引き締まったものに変化し、強者同士の独特の緊張感が漂う。監督役なのか私の隣に立っている受付嬢が空気にあてられて額に冷や汗を流しながらゴクリと唾を呑みこんだ。


「んじゃあ、はじめるとしようか。どこからでもかかってこい」


 彼の合図を皮切りに戦いの火蓋は切られた。


 まず動いたのはレーニャ。人間離れした脚力とスピードを生かしてジグザグと複雑な機動を描きながら一気に距離を詰める。常人ならばそのスピードに対応できず懐まで侵入を許し、そのまま仕留められるだろう。


「甘いッッ!!」


 だけど今回はそう甘くはいかなかった。

 彼女が彼を射程距離に捉えようとした瞬間、彼の大剣がレーニャのすぐ目の前までに迫っていた。

 とっさに急ブレーキをかけてのけ反るように体を後ろに傾けると、大剣の剣先が彼女の数センチ前を横切る。ブオォンと重量を感じる風切り音が訓練場に響いた。


「これが大剣の斬撃……? 嘘でしょ……」


 速い。その一言に尽きる。


 彼の斬撃のスピードは大剣のものとは思えないほど素早かった。多分単純なスピードならお祖父様より速いかもしれない。あとゼロコンマ数秒反応が遅れていたらレーニャは大剣の餌食になっていたはずだ。

 それにしてもあのバルナーツって男、かなりの手練れのようね。油断してたわけじゃないけど、まさかこんな片田舎にこれほどの実力者がいるとは思わなかった。

 技術の方はそう高くなさそうだけど、あのいかにも金属の塊みたいな重そうな大剣を速く、そして容易く操る馬鹿力を通り越した馬鹿力は技術の不足を補うどころかそれ以上だ。いくら身体を鍛えていてもあれほどのパワーは人類には出せるわけがない。前世で散々人外呼ばわりされた私が言うのもなんだけど、あれこそ本当の人外じゃないかしら。

 間一髪で避けたレーニャを見たバルナーツは口角を上げて強面だった顔をさらに凶悪にさせる。子供が見たら号泣するんだろうな、受付嬢も微妙に涙目になってるし。


「ほう、あの一撃をかわすとはやるじゃねえか。最初のやつも俺じゃなかったら仕留められてたかもしれねえし、この時点でCランクは確定だな。Cでいいなら試験は終わりにするが、まだ続けるかい? 」

「冗談。私はまだ貴方に一撃も与えておりません。おじょ…カサンドラ様の前でこのような無様を晒すわけにはいかないのです 」

「ハッ、目つきがギラギラしてやがる! そうだよなぁ、そうこなくっちゃなあ! おっちゃんも久方ぶりに盛り上がってきたぜえええええ!! 」


 うわあ、この人、戦闘狂だったのかぁ。多分普段は理性で抑えてたのだろうけど、レーニャという好敵手に出会ったことでその枷が外れちゃったみたいだ。その証拠に隣の受付嬢が涙目のままで「はわわわわ」と見るからに取り乱してるもん。というかはわわわわとかかわいすぎるでしょ。見た目は真面目系なのになんか愛でたくなる「カサンドラ様? 」はいなんでもありませんだからハイライトが消えた瞳でこっち見ないでくださいレーニャさん。


「では仕切り直しといきましょう。今度はそちらからどうぞ」

「ハッ! 面白えこと言うじゃねえか。ならお言葉に甘えさせてもらうぜ! 」


 宣言どおり今度はバルナーツさんが動き出す。だが同時にレーニャも動き出し、あの斬撃を見たにもかかわらずわざわざ彼の大剣の間合いへ自ら飛び込んだ。


「ッッ血迷ったか! 」


 まさしく自殺行為。バルナーツさんは無謀ともいえる彼女の行動に声を荒らげるもすでに体は間合いに入ったレーニャに横から大剣を薙ぎ払おうとしていた。隣からこのあと起こる悲劇を予感した受付嬢の悲鳴が聞こえてくる。


 だけど、それはすべてーーーーーーーーーーー杞憂だ。



 ガキィィィィン


 鈍い、金属同士のぶつかり合う音が訓練場に響きわたる。


「なッッ!? 」

「うそぉぉ……」

「ひゅう。やるじゃない」


 バルナーツは顔色を驚愕に染め、受付嬢は放心している。


 何故なら


「おいおい、そんなんアリかよ…… 」


 レーニャは彼の一撃を、脚で(・・)受け止めた(・・・・・)からだ。


 真横から薙ぎ払われた剣をレーニャは真下から足の裏で剣の腹を蹴り上げる形で斬撃を相殺した。

 蹴り上げるタイミング、蹴る足の位置、そしてバルナーツの重い斬撃を受けきるパワーのひとつでも欠けていてはこんなものは実現できない。


「はぁぁぁ! 」


 一瞬の拮抗の後、レーニャはさらに脚に力を入れ、もう一段階ギアを上げる。

 バルナーツもレーニャに負けんと並外れた腕力で大剣を押さえていたが、ギアが上がったレーニャの脚力に耐えきれず、大剣を真上に蹴り飛ばされ、思わず後ろに仰け反ってしまった。


 そしてその隙を逃すほどレーニャは甘くない。


 蹴り上げた脚はそのままに、両手を地面につけてカポエイラのように身体を回し、しまったというような表情を浮かべるバルナーツの顔面に遠心力で加速した蹴りを叩き込んだ。


「ゴァッ!? 」


 大の大人がぶつかっても微動だにしなさそうなバルナーツの巨体が宙を舞う。

 気絶どころか下手したら死にかねない一撃。

 しかし流石は試験官。レーニャの会心の一撃が決まったにも関わらず、そのまま倒れることなく体勢を整えて見事に着地を決める。

 おそらく当たる直前に自ら飛んでいったな。レーニャも手応えがなかったのか不満そうにしている。


「いってぇ…… こんなダメージ食らったのは本当に久方ぶりだっての 」


 バルナーツは顔を押さえて痛そうにしているが、それだけだ。私でもアレを喰らえば戦闘続行は不可能だってのに、なんてタフさをしているんだ。


「……これは、想定以上ですね 」


 レーニャも彼のタフさに冷や汗が止まらないようだ。


「ってそこまで警戒すんな。得物を手放した時点で試験は終了だっつの 」


 バルナーツはまだ臨戦体勢のレーニャに呆れながら両手を手に上げ、戦闘の意思がないことを示す。


「及第点どころか文句なしの合格だ。試験という形とはいえ元Aランクの俺に一本とるなんてとんでもねぇ新人が出たもんだぜ……ところでよ、フード、外れてるぜ 」

「へっ? 」


 そこには獣耳が露わになっていたレーニャの姿があった。

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