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とある駄メイドの不幸

 重力に逆らうように木に垂直立ちしている公爵家の幼女とそれを目撃してしまったメイド。


「………………」

「………………」


 き、気まずい……。しばらくお互いに何も言えず、裏庭は重苦しい空気につつまれた。目が死んだ状態で一見何事も無かったのようにゆっくりと地面に降りる私を、レーニャは涙目で痛々しそうに見つめていた。久しぶりに気を使ったからって舞い上がり過ぎだよ私。ああ、穴があったら潜りたい。


 地上に降りた私は憂鬱になりながらもこの後どうするか思案した。レーニャに修行の様子を見られたのは間違い無い。

 問題は目撃してしまったレーニャを一体どうするかだ。彼女は家族から見向きもされない私を甲斐甲斐しく世話してくれてる貴重な存在だ。そして私にとって信頼できる数少ない相手でもある。そのため出来るだけ手荒な真似はしたくない。

 だけど一度彼女と話しあわないとなんとも言えないし、結果によっては最悪の手段を行使する可能性も考慮する必要があるかもしれない。私はケホンッと一度咳払いして話を切りだした。


「ねえレーニャ」

「ぴゃい!? な、何でしょうお嬢様、私は何も見てません。決して摩訶不思議な動きをするお嬢様なんて見ていませんから!」


 いや動揺しすぎ!

 ただ呼んだだけなのに極度の緊張と混乱からかレーニャはポロリと余計なことを口にしてしまう。メイドとして普通なら間違いなく叱責ものだ。と同時に彼女に黙っててもらうという手段が私の中から消える。嘘が苦手そうなレーニャが今のように周囲にポロリと情報を溢されては色々と不味い。変な子供と思われるならまだしも下手に怪しまれて警戒されたら身動きがとりにくかなってしまう。


「……墓穴掘ってるわよ?」


 私が指摘すると、レーニャは頭部にある獣耳(・・・・・・・)をパタパタさせながら涙目であわわわと慌てて始めた。なにこのこかわいい。


 まだ十代前半と若く、低身長で栗色の髪に幼い顔つきという小動物的な愛嬌があるレーニャは公爵家使用人の中で唯一の獣人である。


 そもそも獣人とは獣耳や尻尾など身体の一部に動物的特徴がある、人族とは似て異なる生命体だ。知性は人族並みで、身体能力は人族を凌駕しているが、人族が大小問わずもっている魔力を殆どもたない。


 獣人はかつて森に暮らしていたが、人族の人口増加によって森が開発されたため一部の獣人は人族と交流をもつことになった。

 最初はお互い公平な関係だったが時代の流れかいつしか人族は獣人を迫害するようになり、その結果獣人は再び森へ戻っていった。しかし以前より森が減っている状態で全ての獣人が暮らせるわけがなく、森に居場所をつくれなかった一部の獣人は止むを得ず人族が住む街や未開発の荒野へと旅立つことになる。

 一方、人族では獣人を下位種族とみなし、奴隷や差別の対象としていた。今でこそミリム王国では奴隷制度や獣人への差別は禁止されてるが、未だに獣人に対する偏見は強いのが現状だ。獣人であるレーニャが何故公爵家で働いているかは知らないが、当主が疎んでいる私の世話をさせることが彼女の待遇が良くないことを物語っていた。

 でもそんな環境に置かれてるのに擦れた様子を全く見せないレーニャは大物かもしれない。


「私は責めてるわけじゃないわ。とりあえず落ち着きなさい」

「申し訳ありませんおじょうさまぁぁぁ! どうかクビだけは勘弁してくださあいぃぃぃ! 」


 別に怒ってるわけでも責めてるわけでもないのにレーニャは既に半泣きだ。

 何で泣きそうなの? 原因はこの顔か? この悪役顔が怖いのか? たしかに目つきが悪いしキツそうな見た目かもしれないけど、そんなに怒ってるように見える?

 正直レーニャみたいな小動物系美少女に泣かれると罪悪感で自己嫌悪したくなるのでホントに泣き止んでちょうだい。


「落ち着いてレーニャ。私はあなたをクビにするつもりはないわよ」

「ぐすん……本当ですか?」

「うん、私はレーニャのことを信頼しているの。だからクビなんてさせないわ」

「あ……ありがとうございますお嬢様!」


 レーニャはお咎めなしという私の言葉に対して満面の笑みを浮かべる。もし彼女に尻尾がついていたらブンブンと振っていただろう。

 無垢な幼女を彷彿させるような可愛らしい笑顔にほっこりするが、ふと前世の友人の言葉を思い出す。


『やっぱり幼女の笑顔は最高だな。いいか東城。もし幼女と関わるならイエスロリータ、ノータッチだ。絶対に邪な気持ちを悟らせるなよ。子供ってのは俺達以上に悪意に敏感なんだぜ。ソースは俺』


 無駄にイイ笑顔で女の私にそう言い放った友人を当時私は養豚場の豚を見るように蔑みながらぶん殴ったが、無垢な笑顔が最高だという気持ちは分かる気がする。

 現に幼女じゃないけどレーニャの笑顔に骨抜きされそうだ。勿論、表情を顔に出すようなヘマはしていない。この悪役顔でにやけたら確実に悪だくみしてると勘違いされるわ。

 そんな私の様子を見て、こてんと首を傾げるレーニャに内心悶えながら私はある名案を思いついた。


「そうだ! レーニャ、あなた私の専属メイドになりなさい」

「ふぇ!? お嬢様の専属ですかああ!? 」


 そう。私の名案はレーニャを私の専属にしてこちら側に取りこむということ。

 レーニャは現状唯一の私の世話係だし、獣人だということもあって使用人の中でも孤立気味だ。時々レーニャが同僚から嫌がらせをうけているのを何度か部屋から見たこともある。憐れみというわけではないけど、軟禁状態である私にとって屋敷の情報を知ることができる味方は是非とも確保したかった。


「わあ、専属だと給料も上がるんですよ〜。ありがとうございますお嬢様!」


 うん、レーニャも喜んでいるし結果オーライかな。もし嫌だと言ってたら、口封じをするか自らやると言いだすまで追い詰めるかという過激な手段をとらざるを得なかったかもしれないしね。でも私の目の前で給料云々言うのはやめなさい。普通ならクビだぞそれ。


 レーニャの様子を見ていると、ちゃんと教育がされてないのかどうもメイドらしくない。私の専属にしたらメイドとしての技能を上げさせようか。目指せ一流のメイドってね。

 実は私は前世で一時期貴族のメイドとして働いてた経験があるから教えるのは問題なかったりする。あの時は金がなかったから何事も死にものぐるいだったなぁ……


 そうだ、ついでに武術でも教えよう。レーニャはドジっ子だけど運動神経自体はかなり良かったので教え甲斐がありそうだ。

 とりあえず私と同じ内容のトレーニングをさせようか。それで最終的には最低でも中型動物を素手で仕留められる程度には成長してもらいたい。その程度なら頑張れば出来るでしょ。いやスパルタで仕込めばジャージーデビルやチュパカブラぐらいなら狩れるかも?


「というわけで、これから色々と(意味深)よろしくね、レーニャ」

「はい、よろしくお願いしますお嬢様。お世話はこのレーニャにお任せください!」


 ふふふ、レーニャの魔改造計画楽しみだなあ。本人は泣くかもしれないけど。


 さて色々盛り上がってきたけど、問題ははどうやって正式にレーニャを専属にさせるかなんだよね。

 現状、屋敷の使用人雇用の実権を握っているのは家令のセバースだ。父は仕事と悪巧みで外に、母は愛人の家にいるのでこの屋敷にいることは滅多にない。ならばどうやってセバースにレーニャのことを伝えるかだね。手紙を書いてレーニャに持たせるか。でも彼女を取り巻く環境だと無事に手紙が届くかどうか分からない。たとえ届いたとしてもセバースが私のものと理解できるだろうか。

 有効な手段を見つけられなかったその翌日。


「お嬢様〜!セバース様から専属メイドの許可が下りましたよ!」


 え、早くね?

 あっという間にレーニャが専属メイドに任命されたことに驚きを隠せない。どうやらレーニャは直接セバースに専属メイドについて話したようだ。行動力ありすぎだよレーニャ。


 それに対してセバースは怒るどころか手を挙げて喜んだそうだ。元々私の世話係はレーニャと別の使用人だったが、その使用人は嫡子ながら当主に疎まれている私の世話をすると自分まで疎まれると思ったらしく下っ端だったレーニャに仕事を押しつけたようだ。

 そこにレーニャが専属メイドに名乗り上げたので、世話役に頭を悩ませていたセバースにとっては朗報、ようやく肩の荷が下りたようだ。


「改めて聞いてみると結構酷いわね。主に私の使用人から嫌われっぷり。あと何で使用人達は使用人としての仕事を蔑ろにするまでお父様に過剰反応したのかしら?」

「あ〜、当主様がお嬢様のことを毛嫌いしてることは私達の間でも有名ですから。短気で過激な当主様の逆鱗には触れたくないんじゃないですかね。一度ある使用人が当主様の機嫌を損ねてその場で殺されたって話がありますから」

「なにそれ怖い。それじゃあ使用人がお父様にビビるのは無理ないわ。被害受けた私からしたら迷惑この上ないけど」


 レーニャは思った以上に情報を持っている。やっぱり彼女を専属にしたのは正解だったようだ。


「本当にレーニャがいてくれて助かるわ。私一人だと情報がなかなか手に入らないから困っていたの」

「お嬢様賢いですね〜。なんて言うか大人びてるって感じがします」


 レーニャの言葉にハッと我に帰る。私、いつからレーニャに素を見せてた? 両親の所業を知ってから、自分の目的がばれないようにあれほど周囲 に警戒してたのに……


「新しいお嬢様を見れて私は嬉しいです〜。これも専属メイドの特権なのですかね〜」


 のほほんとしているレーニャを見ていると、色々考えてた私が馬鹿馬鹿しく感じられた。


「そうね。レーニャには私の専属メイドとして恥じないようにみっちり成長してもらうわ。そうすれば同僚から馬鹿にされないでしょう。まずは腹筋、背筋をそれぞれ百回、走り込み十キロメートルね。あと『ゴブリンでもできるメイドの極意』を読みなさい。徹底的に鍛えてあげるわ。目指せ、最強メイド!」

「ひえぇぇぇぇぇ! か、勘弁してくださぁぁい!」

「あっ!こら待ちなさい!これはあなたの為でもあるんだからね!」


 くるりと反転してドアから逃亡しようとしたレーニャに人外じみた身体能力によって一瞬で間合いに入る。と言っても今の私はまだまだ幼女。いくらレーニャが小柄でも致命的な体格差があり、真正面からぶつかっても捕まえることはできない。だから私はスカートの裾を踏みつけた。


  ツルン。


「ふぁっ⁉︎」


  あっ、レーニャがバナナの皮を踏んだような形で転んだ。受け身もとれず、全身を打ったのか結構痛そう。


「ふおおおおおお! い、痛いですお嬢様〜! 」

「さーて、主から逃げだしたいけないメイドには罰が必要ね〜」


 私はイイ笑顔でゴロゴロ転がっているレーニャを捕まえた。レーニャは借りた猫のように大人しくなり、ビクビクとしている。


「じゃあ早速トレーニング始めましょうか」


 あっ、レーニャの目が死んだ。でも安心して。これをこなせばあなたは立派なメイドになれるはずだから。多分。



 それにしても何で両親は私のことをそんなに嫌ってるんだろう。

当初

「目標は戦える完璧メイドよ!」

「そんなメイドはいませんよお嬢様⁉︎」


数日後

「腹筋、背筋、走り込み終わりました!」

「予想以上にやるわね。トレーニングの量、増やそうかしら」


割と適応していたレーニャであった。


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