旅立ち
今回は短めです。
ティアナと仲直り(?)し、伯爵邸を後にした私達は来た道を駆け抜けて夜明け前に屋敷へ帰ることができた。
屋敷の人間に見つからないように人気の少ない裏手を迂回し自分の部屋の外に辿り着く。まだ薄暗い夜明け前とはいえすでに起床してもおかしくない時間帯。誰かに見つかる可能性もあったが、幸いにもまだ気づかれていないようだ。行くときにあらかじめ鍵を開けておいた窓を通って部屋に戻ると
ーーそこには腕を組んで仁王立ちしている阿修羅がいた。
「遅かったなカサンドラ。 夜の散歩は楽しめたか? 」
背後にドドドドドッという効果音が出てきそうな威圧感が滲み出ている。流石は元騎士団長、全盛期でないにもかかわらず睨むだけで人を殺せそうなお爺様の視線が私に突き刺さり、部屋は気が弱い者なら気絶しかねないほどの“圧”で充満していた。どうやら私達が屋敷を抜け出したことにかなりご立腹な様子。あのレーニャも気圧されて目が泳ぎ冷や汗が止まらない。彼女は私と違って一介の使用人だから恐怖感も半端じゃないのかもしれない。レーニャは私が巻き込んだわけだから、たとえお爺様に言われても絶対にクビにはさせないけど。
「二人とも、そこに直りなさい」
お爺様の言葉は有無を言わせない迫力があった。
「「……はい」」
このあと日が昇るまで滅茶苦茶説教された。
あと、この世界にも正座ってあったんだね。久しぶりに足が痺れた……
◇◇◇◇◇
ーーそれから一週間後。
「レーニャ、準備はできたかしら? 」
「はい、荷物の中身も全て確認済みです。 いつでも出発できます」
「本当に? 最近はそうでもないけど、レーニャって昔はかなりおっちょこちょいだったから心配なのだけど。 念のためにもう一回確認してみたら? 」
「……申し訳ございません、解体用のダガーを忘れてました」
「もうレーニャったらうっかりさん☆ 」
「………………ぅゎぁ」
「ちょっと引かないでよ! 」
私達は冒険者になるため街にある冒険者ギルドへ向かう準備をしている。前からお爺様から冒険者になることは許可されてたけど、最近色々あって予定より遅れていた。でもそれも解決してようやく冒険者への第一歩を踏み出すことができる。
すでにレイナードと和解したティアナには別れをすませている。二人とも寂しそうにしてたけど、レイナードには「学院でお前に負けないくらい強くなってやる」と宣言され、ティアナからは「お姉様みたいな素敵な女性を目指す」と言われた。レイナードはともかくティアナのは冗談だと思いたい。自分でいうのもなんだけど私そんな女子力ないよ?でも泣かれずに笑って別れられたのはよかったと思う。泣かれたら別れづらくなるからね。
「冒険者かぁ。 ここまで長かったような短かったような、なんか不思議な感じがする」
「そういえばお嬢様は小さいときから冒険者になるって言ってましたね」
「ふふっ、そうね」
冒険者ギルドがあるのはミケというハミルトン領最大の都市で、屋敷がある森を抜けた先にある街でもある。屋敷から遠くないためお爺様からはここに住み続けても構わないといわれたけれど、私はそれを丁重にお断りすることにした。冒険者として生きるということは前世でいう社会人になることと同義だ。ありがたい提案だったけど、ただでさえ親が罪人で身元もない私を引き取ってくれたのにこれ以上お世話になるわけにはいかなかった。
準備も終わり、最後にお爺様に挨拶に向かうと
「もう行くのか」
「はいお爺様。 二年間本当にお世話になりました」
「儂は感謝されるような人間じゃない。 息子の暴走を止められなかったばかりか婿入りした公爵家を潰し、孫にいらん苦労をかけた大うつけだ」
お爺様は私の方を見ることなく、後ろで手を組んで窓から外を眺めている。若干肩が震えてるのは見なかったことにした。
「……そうですか。 お爺様、それでは行ってきます」
本当はもっと感謝の言葉を言いたかったけど、今のお爺様には届かないだろう。それでも後悔だけはしないようこの言葉だけは贈っておく。
「今までありがとうございます。 私は、カサンドラはお爺様のもとで暮らせて幸せでした」
一礼し、お爺様から背を向けて部屋から出ていく。私は屋敷を出るまで一度も後ろを振り返ることはなかった。
門番に見送られて街へ続く道を歩む。さてこれからは屋敷から出るので、一冒険者として街の宿屋を拠点にすることになる。そのためには冒険者登録をして金を稼がなくてはならない。
「これからは忙しくなりそうね。 まあ私からしたらとても楽しみなんだけど。 ……ところでレーニャ」
「どうしましたかお嬢様?」
「あなた何でまだメイド服を着てるのかしら?」
実は出る前から気になってたが、レーニャはこれから冒険者になるというのに何故かメイド服を着ていた。ちなみに私は動きやすさ重視の地味な革製の服を着ている。
「気に入っているからです」
「は? 」
「聞こえませんでしたか? 気に入っているからです」
「いや聞こえてるって、じゃなくて何で私みたいな格好しない「気に入っているからです! 」……はあ、分かったわよ」
理由は知らないがどうやらレーニャはメイド服のことは譲らないようだ。メイド服の冒険者って目立ちそうだからどうかなって思ったけど、レーニャがここまで主張してくるのは珍しいからこちらが折れることにした。
「あ、あとレーニャ、これからはその敬語は改めてもらうわ。 特にお嬢様なんてやめてよね」
「ええ……いきなり敬語なしはちょっと厳しいのですが……」
「別にそこまで難しいことじゃないでしょう。 要は昔みたいな口調に戻ればいいんだから」
あの超ドジっ子ダメイド時代の間延びした口調とか。
そう言うと、何故かレーニャは顔を真っ青にしてガタガタ震え始めた。
「お、お嬢様……その口調だけは勘弁してください。 二十を過ぎた身でアレは痛過ぎです。 というよりあの時代自体私の黒歴史なので……」
「えー?あの時のレーニャも可愛かったのに? でもよく考えたら昔の可愛い系の時と違ってクール系になった今のレーニャであの口調は……………………うん、ありだわ」
「お嬢様!? 」
数年の月日を経たレーニャは身長も私より高くなり、芋っぽい愛嬌があった顔つきも洗練されたクールビューティーに変わっている。かつての彼女を知る身としてはこの別人レベルの急成長に驚愕。かつての面影がたまにドジることぐらいしかないのはちょっと淋しい。
でも綺麗見た目クールなメイドが間延びしたのんびり口調で話す姿を想像すると……
「……プッ」
あっ、やば、ギャップが激しすぎてツボった。
「お嬢様ァアアア!? 」
ゲラゲラと笑う少女とそれを顔を真っ赤にして怒る長身のメイド。彼女らが街へ到着するまでその声は止むことはなかった。




