乙女ゲームとは何だったのか
軽く説明回です。
書庫の件がレーニャにばれてから一年が経過して私は四歳になりました。
これから面倒だけど公爵令嬢として礼儀作法とかの教育を受けるんだろうなあ、と思っていた私に悲報。
現在、私——カサンドラ・キルシュバウムはボロい別館の一室で暮らしています……私、公爵令嬢だよね?
「両親のネグレクトは前から知ってたけどさぁ、まさか使用人達も私を放置とかおかしいでしょう」
古びたベットに横になりながら、思わず愚痴ってしまうのは許してほしい。正直愚痴らないとやっていけない。
私がいるのは両親が住んでいる本館でなく築数十年のボロい別館。使用人達は食事とか最低限の世話しかしないし、しかも実際に世話してるのが新入りのレーニャだけ。他の使用人は遠巻きに私を見るだけで何もしないし、いざ私が近づくと逃げるように去ってしまう始末。両親の指示なのか、はたまた使用人達自身の判断なのか見当がつかないが、仮にも公爵家当主の正妻から産まれた長女(しかもひとりっ子)にする扱いだとは思えないね。両親は一体何を考えてんだろうか。いや、食事は質素ながらちゃんと3食出されているし、虐待されてないだけまだマシなのか?
私はもしかしたらこんな状況を過ごしたであろうゲームのカサンドラに同情してしまう。私のように前世の記憶が無い状態でこんな扱いされたらそりゃあ性格歪むよ。ていうかよく生き延びたと思う。
しかし、今のカサンドラは前世が東城美波である私だ。前世であらゆる理由で何度も死にかけた私にはこの程度どうってことはない。
寧ろ前世で半年間サバンナで孤独にサバイバル体験や食人鬼が潜む呪われた孤島で殺人鬼と2ヶ月過ごしたりした方が悲惨だったわ。前者は本気で餓死するかと思ったし、後者はいろんな意味でSAN値がガリガリ削られた。肉体的、精神的なトラウマになりかけたし、二度と味わいたくない地獄だったね。あれ、よく考えると今の状況ってまだ恵まれてるだと……!?
思わず膝から崩れ落ちそうになるがいつまでも落ち込んでばかりじゃいられない。何とか現状を打破する方法を考えないと。
ゲームではカサンドラの幼少期について多くは語られていなかった。唯一語られていたのはカサンドラが十歳の時に第二王子と婚約したことだけだ。もし語られていないだけで実は今の状況がゲームと同じ流れだと仮定すれば、第二王子に執着してた理由は理解できる。幼少期からこのような環境で育てば精神が歪んでも不思議じゃない。その結果、多感な時期に心を許せる相手が存在しなかったゆえに、たとえ傲慢野郎の第二王子だとしても婚約者としての繋がりに依存してしまったのだろう。これまでゲームのカサンドラは周囲に甘やかされてたから我儘に育ったと思っていたけど、実は彼女も環境によって歪められた被害者とも言えるかもしれない。
勿論この世界が乙女ゲームに似た世界ではない可能性も考慮しなければならないが、環境が環境なだけに最悪ゲーム通りの展開になる可能性も否定できない。いわゆる世界の修正力というやつだ。それに気をつけるためにも今後の参考として『トキメキ学院』の詳細を振り返る必要性がある。ある程度細かいイベントまで思い出せれば対策できるかもしれない。
『トキメキ学院』の大まかなストーリーは剣と魔法が中心の世界で恋愛や友情を育む学園生活を送るという前回話した内容と同様だ。
ただゲームの期間は入学式から卒業式までの三年間とかなり長く、イベントの数も他の乙女ゲームのそれを凌駕した。そのため全スチルを集めたいプレイヤーは忍耐強くかなりの時間を費やさなければならなかった。あまりのイベントの多さに一般プレイヤーから非難が殺到し、ついに参考書レベルの攻略本がでたほどだ。だが膨大なイベントの数の反面、攻略自体は簡単だったことでファンの間ではチョロい攻略対象者のことを『脳内お花畑ヒーローズ』、『スーパーダメンズ』と揶揄されたりするなど散々叩かれていた。
ではその攻略対象者の詳細を確認しておこう。
攻略対象者はゲーム内におけるメインヒーローで王立魔術学院があるミリム王国の第二王子であるイザーク・ローズウェンディスに宰相子息のコンラート・ベヒトルスハイム、騎士団長子息のランドルフ・ハインケス、騎士団と並び王国の主戦力でもある魔法師団の副団長子息で双子のアドルフ・ホフマン、ルドルフ・ホフマン、ヒロイン達のクラスの担任で生徒会顧問のオスヴィン・ヘラーのメインキャラ五人に加えて隠しキャラである第一王子のレオンハルト・ローズウェンディスと隣国の王族であることを隠している留学生テオドール・ヴァイスハウプトの計七人。
この『脳内お花畑ヒーローズ』の中で特に攻略しやすいのがメインヒーローでカサンドラの婚約者となっているイザークだ。周囲に甘やかされて育った傲岸不遜を地でいく俺様キャラだが、婚約者がいるにもかかわらず出会ってすぐのヒロインに惚れてしまう。乙女ゲームとは思えない攻略のしやすさと王族であることを笠にした学院内での横暴な振る舞いからネットではゲームのメインヒーローでありながら『馬鹿王子』、『チョロい屑』など『脳内花畑ヒーローズ』より酷い評価をされた。ヒロインがイザークルートに突入すると多少性格は改善し、三年の卒業パーティーでヒロインに嫌がらせをしたといってカサンドラを断罪する。そしてそのままヒロインとの婚約を宣言してストーリーはそこで終わる。
だがヒロインがイザークのフラグを立てながら放置して他の攻略対象者のルートに進むとスタッフは何をトチ狂ったのか、なんと攻略対象者の婚約者に加えてイザーク自身がヒロインの妨害を仕掛けてくるのだ。イザークは王族の自分ではなく他の攻略対象者に近づくヒロインを許せず、あの手この手を使ってヒロインの動きを妨害してくる。あまりに過激な手段で妨害してくるためイザークルートでないのにヒーロー以上の存在感を放っていた。
これらを上手くかわして他の攻略対象者とイザークは最終的に改心しヒロインに謝罪するが、もしヒロインが選択肢を誤った場合は乱心したイザークに陵辱されるか攻略対象を殺されるバッドエンドが待っている。
イザークの悪役令嬢を超える悪役っぷりが話題になり売り上げが伸びたのはスタッフの作戦勝ちと言えるだろう。偶然そのバッドエンドに辿り着いてしまった私は胸糞悪くなって思い切りゲーム機を投げたけど。
これらの話を聞いてお分かりいただけるだろうか。
私がカサンドラに転生したと気づいた時の、このトチ狂った王子が婚約者になるという絶望感を。しかも親の不正で転生した時点で悪役不可避且つ現在育児放棄気味というまさかのハードモード。まだ四歳なのに悪役回避なにそれおいしいの? な状態とか笑えないんですが……
◇◇◇◇◇
予想以上のハードモードを前にいつまでも落ち込んでても仕方ないので、持ち前のメンタルの強さでなんとか切り替えるしかない。
気分転換のために私は裏庭にある巨木の目の前にやってきた。これからするのは今世では初めてになる前世でよくやっていた修行。久しぶりだけど上手くできるかな?
まずは気を感じるところから始めよう。身体の全神経を丹田に集中させる。丹田に集まる熱を感知しようとするが、身体が前世と別物だからか中々熱を感知できない。
「集中。集中。集中。……よし、見つけた」
この身体の中央でポカポカしてる熱の正体が気なのだ。
ようやく見つけた丹田から溢れる気を今度は血液のように全身に巡らせて、さらに足裏により集中させていく。足裏に集まる気を練るように巡回させて、ゆっくりと巨木に右足を掛け、そのままーー
「よっ、ほっ、っと」
両足を乗せて巨木と垂直に立つ。そしてそのまま歩きながら巨木を登る。これはかつて中国で出会った武術の達人から教わった修行のひとつだ。一見地味そうだが、実はかなりの集中力が必要だ。そもそも丹田に集まる熱ーー達人曰く『気』を感知できないと話にならない。たとえ気を感知できても今度はコントロールできなければならないし、少しでも乱れがあればバランスをとれなくなる。前世では中々上達できなかったが、今世の身体は優秀なようであっという間にてっぺんにたどり着けた。
この時このまま終わらせればよかったものの、私は調子に乗って何回も登り降りを繰り返してしまった。何度目のことだったか、ムーンウォークしながら登っている最中、ふと視線を感じたのでその方向へ目を向けると、
「……!? 」
「あ……」
視線の先にいたのは目が飛び出さんばかりに開かれたレーニャの姿。
「お、嬢様……? 」
やっちまったぜ☆
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