閑話 暗躍
時系列はバートンが捕まる直前です。
カサンドラ達がバートンを告発して、王城に保護されたその日の夜、セバースは混乱する屋敷を抜け出し、イリンピア郊外にあるかつて貴族の屋敷だった廃墟を訪れていた。
昔はそれなりに立派な屋敷だったが、今では庭は荒れ果て、建物はところどころ崩れて朽ちている。付近の住民からは幽霊屋敷と呼ばれ、不気味な雰囲気を漂わせていた。昼間でも住民はおろか盗賊すら近づこうとしない。稀に肝試しで訪れる者もいたが、彼らが無事に帰ってきた試しはなかった。
手元のランプを頼りに廃墟の前までたどり着くと、屋敷の門だった場所にローブを纏った男が一人立っていた。
「合言葉は?」
「テケリ・リ」
「……よし、入れ」
門を通り過ぎてふと振り返ると男の姿はなかった。セバースはそれに気にすることなく屋敷へと歩みを進める。
壊れかけた扉を開いて中へ入ると、迷うことなく地下へと続く階段に向かう。ギシリッ、ギシリッと板が腐って悲鳴を上げている階段を慎重に降りると、長い廊下が待っていた。その廊下をひたすら歩くと一番奥にあったある部屋へとたどり着いた。その部屋はかつて屋敷の主だった貴族が自分の妻子を殺して変死した場所だったがセバースは知らない。
セバースはノックをしないでドアを開けると、彼の目に入ってきたのは部屋の中央に鎮座している卓袱台。その卓袱台には円を描くようにたくさんの蝋燭が並べられていた。
「相っ変わらず変な趣味してるのねぇ。この前は“ジュズ”っていうよく分からないアクセサリーみたいなものを作ってたじゃない」
「変な趣味とは失礼だね。風流があると言って欲しいな」
セバースの指摘に反応したのは卓袱台の前でニコニコと蝋燭を見ている十二歳前後にみえる黒髪の少年。
「久しぶりだね、•••。今回は“百物語”っていう儀式をやろうと思ってね。君も参加するかい?」
「遠慮するわぁ。私が今回来たのはバートン・キルシュバウムの事よ」
バートンの名前を聞くと、途端に少年は笑顔からつまらなそうな表情に変わる。
「知ってるよ。実の娘に告発されたんだろう。これだから血と金だけが取り柄の癖にプライドが高い奴は……」
「知ってたのね……」
「そうだね、僕は知っていた。バートンの告発も、バートンの娘であるカサンドラ嬢のことも、そして君がカサンドラ嬢達の行動をわざと見逃してたことも、ね」
ゾクリとセバースいや•••の背中に寒気が走る。少年は笑顔だったがその目は笑っていなかった。
「……あらバレてたのね」
凡人なら気絶してるであろうプレッシャーを受けても•••は飄々としていた。何故知っているのかとは言わなかった。そんな些事は彼の前には無意味だからだ。彼を知る人間はそういうものだと熟知している。
「それは悪かったわ。でもあの子が面白いだもの」
「あの子? ああ、カサンドラ嬢のことか。珍しいな、君が他人を褒めるなんて」
「それはそうよぉ。あの子ってどこか他とは違うのよねぇ。ズレてるとも言えるけど」
カサンドラの情報は既に少年の手元に届いていた。
バートンの一人娘。六歳まで別館に幽閉されるも、家庭教師も脱帽する高い知識を誇る才女。
所謂天才という奴だったが、特に少年は気にしなかった。
だが•••にとってはそうではなかったらしい。
「ふぅん。カサンドラ……か。楽しみな存在だね〜……壊したいなぁ」
少年の笑みが狂気じみたものに変わった。口元が三日月のように歪み、瞳孔は開いている。気が弱い者はそれを見るだけで発狂するだろう。
「あ〜あ、すぐに面白そうなものに手を出して壊そうとするのはあなたの悪い癖よ。彼女はまだ若いわ。手を出すならもう少し待ってちょうだい」
ニンマリする少年が暴走しないように釘を打つ。カサンドラは•••にとって面白いだけではなく、•••の悲願を叶えてくれるかもしれない存在でもあった。少年の玩具にさせるつもりはなかった。
「まあいいや。ところでちゃんとバートンと僕らの繋がりを示す証拠は処分したかい?僕らがバートンと裏社会のパイプ役をこなしただけといってもかなりの金額が動いたからね。王国の捜査網は優秀だから油断すると一気に僕らのことを嗅ぎつけられるよ」
冷静になった少年に安堵するが、彼の指摘が•••の表情を苦いものに変えた。
「それは分かってるわ。向こうが手にした証拠は私達と無縁のやつばかりだけど、でもちょっと不安ね。どうもカサンドラちゃん達の中にいた一人がかなりの曲者だったようで、カサンドラちゃんと彼女だけは私の監視から逃れてたのよね」
はあ、と溜息をつく。処分は完璧のはずなのに不安が消えることはなかった。
「•••の監視から逃れられるとは相当の手練れだね。そんなことができる人間は限られてる……」
少年は何か考えながらブツブツ呟いている。
ふと顔を上げると、
「ねえ•••、幹部会を開くよ」
「幹部会を?」
•••は表情こそ変えなかったが、かなり驚いていた。定期的に開催する以外で開かれることは滅多になかったからだ。
「どうやらめんどくさい案件になりそうだよ。もしかしたら女帝の狗が関わってる可能性がある。
ーー『因果の鎖』頭領の僕が命ずる。『因果の鎖』幹部第五席•••は全ての幹部に召集をかけろ。非常事態だとね」
「御意」
ミリムの闇を牛耳る犯罪組織『因果の鎖』。その存在は都市伝説とされてるが、間違いなく彼らは深い闇の中に存在していた。
「ああ面倒くさい。レイカはどこまで僕にご執心なんだか……」
「ところでその姿でその口調はやめてくれない?オネェ爺なんて誰得だよ」
「あら?こういう私はお嫌いかしら」
「たしかこの体って公爵家の執事だったよね。こんなんになって気の毒だな……」




