断罪
騎士団によって捕らえられたキルシュバウム公爵家当主バートン・キルシュバウムは己の置かれた立場を理解できなかった。
(何故だ何故だ何故だ!? どうしてこんなことになった!? 私は名門キルシュバウム公爵家の当主だぞ、こんなことがあってたまるか! )
王城の大広間では現在、横領や国王暗殺未遂などの国家反逆罪で捕まったキルシュバウム公爵家当主の取り調べが行われていた。貴族達はそんな様子を固唾を飲んで見守っている。
「…以上がキルシュバウム公爵家当主、バートン・キルシュバウムの罪状にあります」
宰相のマルクスが手元の資料をもとに彼の犯した罪を列挙した。張本人のバートンは顔面蒼白で醜く肥えた身体を震わせている。
「であるか。してキルシュバウム公爵よ、何か申し開きはあるか?」
厳格な態度で臨む国王は冷たい眼差しで震えているバートンを見つめた。
「わ、私は無罪です。誰かが私を陥れようとする罠に違いありません!」
「ほう、では貴殿は宰相が挙げた証拠が虚偽と申すか」
王の目は笑っていなかった。それに気づいてしまった一部の貴族の顔は引きつっている。
「そ、その通りです! 」
国王はカサンドラが出した証拠によって既にバートンが隣国に唆され自身の暗殺を企てたことや奴隷売買組織と密接に関与していることを知っているため、バートンのふてぶてしさに苛立ちを感じ始めた。
そうとは知らないバートンはペラペラと嘘八百を述べて、自分は嵌められたのだと国王に訴える。だがそれは逆効果だ。
国王のこめかみに青筋が浮かび上がっているのは気のせいではないはずだ。冷や汗がダラダラ流れて、貴族達は気が気じゃない。
(私は名門の人間で選ばれた者だ。そんな私を国王は疑っている風を装っているが、本当は名門の人間がこんなことをするはずないと信じているに違いない。そういえばたしか宰相は新興の伯爵家出身だった。伯爵ごときが私に刃向かうなど生意気な。それに私には隣国の第一王子がついている。今に見ておれ、私を蔑ろにした報いを国王共々受けさせてやるわ )
一方国王の様子に気づかないバートンは全く見当違いな思考をを巡らしていた。勘違いもここまでいくと滑稽を通り越して哀れである。
「それに我が公爵家は由緒正しき名門です。その当主である私がそんなことするはずがありません。陛下は宰相に騙されているのです。そもそも伯爵家ごときが宰相を務めているのが既におかしいのです」
(((((こいつ、救いようのない馬鹿だ!! )))))
大広間にいた全員(主に重役)の心の叫びが一致した瞬間だった。
(公爵家だからそんなことはしないだと!? んなわけねぇだろ、要は個人の問題だろうが! 横領や国家反逆罪に爵位なんざ関係ねえよ! )
(陛下が宰相に騙されているだって?国家転覆を狙って陛下を暗殺しようとしたお前がそれを言うのか! そもそも陛下と宰相は幼馴染で、てめえみたいな欲深な豚よりもずっと有能で忠誠心も高いんだよ。てめえの自分勝手な主張で陛下の幼馴染を陥れようとか陛下を馬鹿にしてるのか!? 陛下がキレかけてるだろうが!! )
(たかが伯爵家ごとき?たしかに伯爵家出身だけど宰相は功績を挙げて今は侯爵だ。いつの話をしているんだよ。大体陛下は有能だったら爵位なんて気にしないで積極的に起用するし、寧ろ爵位だけの無能は嫌っているから! てめえのことだよオーク擬き! てめえの爵位至上主義が言外に陛下の政策を馬鹿にしてることも分からないのか! )
全員の心のツッコミが連続するほどバートンの失言はかなりヤバかった。
そもそもバートン・キルシュバウムは貴族の中でもずば抜けた暗愚として非常に評判が悪かった。
曰く、名門の公爵の血統だけが取り柄の無能。
王国にある公爵家の中で唯一重要な役職についていないこともそれを証明している。
選民主義で傲慢な上に格下の爵位の者を見下す、豚の癖にナルシスト、女癖も悪く庶民の娘を誘拐して慰み者にするなど貴族の中でも良く思わない者も多い。あまりの女癖の悪さに王命によって贅沢好きで評判が悪い国王の従姉妹にあたるカサンドラの母と結婚することになったり、権力に物をいわせて気に入らない相手を潰したなど悪名を轟かせるエピソードが絶えないことでも有名だった。
「ほう、宰相が我を騙しているという根拠はなんだ?きっと我を満足できる証拠でもあるんだろうな(まさか証拠もないのに我が幼馴染を貶すなんてことはないだろうな、覚悟できてんのか糞豚!! )」
貴族達はゴゴゴゴゴと王の背中から途轍もない冷気が噴き出るのを感じた。
(やべえよ、陛下が完全にプッチンしちゃったよ。マジであのハゲデブは余計なことしかしねえな!! )
(オィイイイイイ、なんか陛下がブリザード出してんだけど!? 俺無関係なのにメチャクチャ背筋が寒いんですけど!? てかあのデブ、ブリザードに気づいてねぇえええ!! )
(オワタ\(^o^)/)
(ガクガクブルブル)
(ふっ、……死んだな)白目
(ちょっとォォォ!! 軍務大臣が立ったまま気絶しちゃったよ! 目ぇ開きっぱなしで気絶だよ! この中で一番厳つい人が最初に気絶すんだよぉおおおお!! )
(あかん……これはあかんわ)バタンッ
(((ト、トルーマン子爵が倒れたぁああああ!! )))
(ルーキーが……無茶しやがって)
国王の副音声が聞こえたバートン以外の全員が諸悪の根源であるバートンを心の中で非難した(大半はパニックに陥っていたが)。中には国王のブリザードをモロに受けてダメージを負った者もいた。
国王のブリザードに気がつかないバートンは自信満々でさらに地雷を踏み抜いた。
「卑しい身分出身の者など信用できません。どうせその証拠も捏造したに決まっています。大方私を妬んでの犯行でしょう」
((((別に伯爵は卑しい身分じゃないだろ!! ))))
ブチッ、ブチブチブチ。
「口を閉ざせよ下郎。これ以上根拠もなく我の親友である宰相を馬鹿にするつもりなら貴様を捻じ切るぞ」
とうとう無表情を貫いていた王の顔が般若に変化した。それと同時にすでに場を包んでいたブリザードが全身から放出していた。
(((((イヤァァァァァァマジギレだああああ!! )))))
大広間は完全にパニック状態に陥った。しかしそこは流石の貴族。声に出したり、表情に表したりはしなかった。何人かは涙目になっていたが。
そして漸くバートンは王の怒りに触れたことを理解したのか、はたまた王の怒気を全身で浴びたからなのか顔色が死人のような土色に変化し、へなへなと座り込んでしまった。バートンの股間は濡れておりアンモニア臭が漂う。
貴族としてのプライドが粉砕されたバートンの様子を全く気にしない王は容赦なく特大の爆弾を落とした。
「貴様は証拠は捏造だと言ったな。だが残念だったな。我々のもつ証拠は全て貴様の邸宅から出てきたものだぞ。そしてそれを我に提出したのは貴様の娘だ」
「は?」
国王と宰相以外のバートンを含むメンバーの時が止まる。
「聞いていなかったのか。もう一度だけ言おう。貴様の悪事の証拠はすべてカサンドラ・キルシュバウム嬢が集めて私に提出したものだ」
「ば、馬鹿な…カサンドラはまだ子供ですぞ。そんなこと、あり得るはずが「いいえお父様、陛下の仰ったことは全て事実です」ッ!? 」
突然バートンの言葉を遮った幼い少女の声。だがまわりを見回しても少女の姿は見えない。
「はあ、皆が姿を見つけられていないようだ。皆に分かるように姿を見せてやれ」
「???」
その時、国王の声に従って、一人の少女が国王の背後から現れる。
「皆様、お初にお目にかかります。重罪人バートン・キルシュバウムが娘カサンドラでございます」
貴族達は突然現れた白銀の美幼女に心を奪われる。人形のような美しい容姿に見事な礼儀作法のカサンドラのインパクトは強く、未だに貴族達は声を出すことができない。
「皆の衆、今までの証拠はそこのカサンドラ嬢が出したものだ。中には隣国の押韻があった書類がある。信憑性は私が保証しよう」
茫然とする貴族達を放置することにした国王は淡々と述べる。
「バートン・キルシュバウム。どこが宰相の捏造かね?カサンドラ嬢は自宅にあったものを単純に集めたと言っていたぞ」
バートンは何も言えない。彼には心当たりがあった。
彼は捕まる前に重要な書類が紛失させていた。あの時は単に失くしたと考え使用人に探させていたが、それがカサンドラが収集していたとするとすべて辻褄が合う。
「き、貴様ぁああ、私に育ててもらった恩を仇で返すのか!? 」
バートンは激昂するが、カサンドラは気にするそぶりすら見せない。
「恩とか仇とか知りませんね。と言うより育ててもらった記憶すらありません。私は単に国に仇なす者を告発しただけです。国を守るのは貴族の努めでもありますがなにか?それに愛情すらないあなたや母には何の感情もありません。せいぜい貴方に求めるのは私を疎む理由の説明くらいですよ」
カサンドラのバートンに向ける眼差しはもはや親へのものではなく、路上の汚物を見るようなものだった。
それまで関心もなかったが、公爵家の道具と思っていた実の娘に侮蔑されたことはバートンにとって大きな屈辱だ。たちまちバートンの顔色が土色から茹で蛸のような赤色に染まる。
「黙れ黙れ黙れ!! 私は選ばれた者だぞ!! もういい、今頃ビッテンコルド王国の援軍が来てるはず!そしたらこの国をおしまいだ! それをやめてほしければ私を解放しろ! 」
ついにバートンは自棄を起こして罪を自白した。いやこう言えば自分が主導権を握れると思っていた。
「馬鹿な、何故ビッテンコルドがミリムに攻めこむだと!? 」
「たしか向こうの王は温厚な方だったはず。わざわざこちらを攻めるとは考えにくいぞ」
「いや待て、ビッテンコルドの第一王子は戦争好きの過激派だ。平穏を望む王を良く思っていない」
「そう考えるとバートン殿のでまかせだと断定できんか……」
バートンの思惑通り、隣国で友好国でもあるビッテンコルドが攻めこんでくるという事に貴族達は動揺してしまう。
「落ち着け皆の衆!」
王の一喝が騒然とする大広間を一瞬にして鎮めた。王の表情からは動揺の様子が全く見られない。寧ろ想定内だと言うように冷静にバートンを見ていた。
「ビッテンコルドの侵攻。それはあり得ないな。丁度ビッテンコルドから届いたが、貴様の協力者だったビッテンコルドの第一王子が処刑されたそうだ。自国の王と私の暗殺未遂、そして反逆罪でな。まだ公表していないから今まで知っていたのは私と宰相とカサンドラ嬢だけだったが」
協力者の訃報を知り、バートンは身体中の力が抜けて崩れ落ちる。
「なんだと……第一王子が、処刑?」
「貴様の証拠のお陰だ。隣国に問い合わせたら向こうも驚いたそうだ。何しろ自分の第一王子が友好国の国王を暗殺しようとしたのだからな。当然第一王子は処刑。それに関与した者も捕まり、遠くない内に処分されるだそうだ。そして我が国は正式に謝罪を受けた。これで隣国の脅威はないだろう」
バートンはもう話す気力もないようでずっと俯いている。
「さてバートン・キルシュバウム元公爵に判決を言い渡す。貴様は公開処刑だ。分かったな。それと貴様とつるんでいた貴族も軒並み重い処分を受けるだろうよ。おい、この罪人を地下牢に連れてけ。貴族用ではないぞ、平民用だ」
「な、何と!? 」
「嘘だ……やめろ、やめてくれ! 」
平民用という言葉に貴族達は驚愕で、バートンは絶望で声を上げる。
王の言う平民用には死刑判決を受けている国内の凶悪犯が収容されていた。本来ならそれらの凶悪犯は処刑されるはずだったがバートンが起こした事件のせいで中断されていた。しかも彼等はバートンとは違うベクトルで人を人と思わない人格破綻者だ。そんな彼等の中に貴族だったバートンを入れたらどうなるか……
最後に王は、
“我が妻に手を出そうとした奴を楽に殺してやるわけねぇだろうが”
そう言って満足したのか大広間に去っていった。それにマルクスとカサンドラが続く。
残ったのは罪人に蔑んだ目を向ける貴族達ともはや生きる屍と化しているバートンのみだった。




