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破滅へのカウントダウン

食事中の閲覧注意

 カサンドラ達を乗せた馬車が屋敷からどんどん遠ざかる。やがて豆粒ほどだった馬車の影は屋敷から見えなくなった。


(レーニャ、お嬢様を頼むわよ)


 カサンドラに同行できないクリスティアは主人をライバルに託し、無事を願うしかできない。


「さて、お嬢様達も無事出発しました。私達も準備いたしましょう」

「準備ってあなたの隠れ家に逃げることでしょう。迂闊に動くのは却って危険ではなくって? 」


 カサンドラの姿が消えた日に、クリスティア達まで姿を見せなかったら明らかに関与を疑われる。せめて少し時間を空けるべきだと提案した。

 だがクレハは首を横に振り、その提案を却下した。


「いいえ、そんな時間はありません。恐らく奴らに我々の関与はすぐに知らされるでしょう」

「や、奴らって? それにあなたは一体……」

「私のことは後でお話しします。今は私についてきてください」


 クレハは混乱するクリスティアを手を掴み、別館の裏庭へと連れて行く。時々「痛いっ」、「離しなさい! 」などの声が聞こえたがクレハはそれらを一切無視した。

 ようやくクリスティアが解放されたのは別館の裏庭の奥にある古井戸の前に着いた時だ。


「ちょっと!こっちが痛がるのを無視した挙句、こんな所に連れてきて一体何のつもり!? 」


 手首を押さえながら涙目でクレハを睨むクリスティア。だがクレハはジッと古井戸の中を見つめるだけで何も反応しない。

 クリスティアはそんな様子を不気味に感じたが、それでも無視するクレハへと詰め寄った。


「ねえ、あなた本当に聞いてる……ひっ! 」


 古井戸を覗くクレハの表情はまるで人形のように何も映していなかった。

 今までの無表情ながらどこか人間味があったクレハしか知らないクリスティアにとって、今の能面のような表情は酷く恐ろしく感じた。少しちびったかもしれない。


「……ん、ああ。クリスティア様、少し後ろを向いてくれますか?」

「はっはい! 」


 クレハの表情が元に戻る。

 唐突だったが、先程のクレハの表情を見てしまったクリスティアには逆らえなかった。思わず敬語で返事して、くるりとクレハに背を向ける。


(さっきからクレハの様子がおかしい。特に古井戸に来てから……)


 思考が深くなっていく。些細な事でも深く考え込んでしまうのは彼女の昔からの癖だ。

 だからこそクレハの呟きが聞こえたのは幸運なことなのか。


「……ごめんなさい」


 ポツリと溢れたクレハの一言にクリスティアが「えっ?」と反応する前に、


 ガツンと後頭部に割れるような激痛と衝撃がクリスティアを襲った。


「ウッ!!」


 激痛に耐えられず、頭を押さえながら地面に倒れこんだ。


「な、何で……」


 混濁する意識の中、クリスティアが最後に見たのは哀しげな表情で木の棒を振り下ろしたクレハの姿だった。


(なんで……なんで……)


 そんなことを考えながらクリスティアの意識は暗転した。







「クリスティア様、あなたは優秀過ぎでした。もしあなたが素行が悪かった昔のままだったら、こんなことにはならなかったでしょうに」


 先端が赤く染まった木の棒を放り投げて、倒れたクリスティアを見下ろす。


 クリスティア・ハンドリックーーハンドリック子爵家の三女。かつて神童と謳われ、幼いながら没落していた子爵家を再興させた逸材中の逸材。


 子爵家当主の急死によるゴタゴタ以降姿を見せなかったが、まさか公爵家の行儀見習として腐って生きていたとはクレハは思いもしなかった。


(もし商人として生まれたなら歴史に名を残すだろうといわれた商才。一時期は腐っていたと聞いてたけれど、やはりその才能は健在だった)


 カサンドラの為に働いていたクリスティアを思い出す。

 クレハは証拠を見つけてカサンドラに渡していたが、彼女は馬車の手配や様々な情報網を駆使して貢献していた。家ではなく個人でこれほどのコネクションを持っているのは大貴族でも一握りしかいない。


「仲間なら頼もしい。だけど敵なら厄介極まりない存在、ですか」


 だからこそ、クレハは『昔のままだったら』と言ったのだ。復活した今の彼女の存在はクレハにとってあまりにもイレギュラーだった。

 クレハは倒れたクリスティアを抱きかかえる。


「ん……結構重い」


 気絶した成人女性を運ぶのは意外と一苦労だ。

 羽交い締めのような状態でズルズルと足を引きづりながら、なんとか古井戸の前まで運ぶ。


「ごめんなさいクリスティア様」


 もう一度そう呟いて、クレハは動かないクリスティアを古井戸の中へ放り投げた。


「これで、本当に良いんですよね」


『その通りよクレハ。あなたは私の言う通りに動きなさい』


 クレハの耳元へ声が響く。女の、声だった。


 だがクレハから罪悪感は消えることはなかった。





 ◇◇◇◇◇







「さて何とか門が閉まる前に王都に到着できたわけだけど」


 長時間の座りっぱなしから解放され、固まった身体を伸ばしながらチラリとレーニャの方を見る。


「ううう……気持ち悪い……なんでお嬢様は平気なんですか……?」

「慣れよ慣れ」


 レーニャは死人のような青白い顔で必死に口を押さえていた。


 レーニャがグロッキー状態になった原因は私達が乗っていた馬車にあった。


『お願い、できるだけ急いでちょうだい』


 私のこの一言で、クリスティアが丸一日で王都に着くと言っていた馬車はなんと出発したその日の夕方に王都に到着した。グレピニウスさんマジパネェっす。


 私の希望通り予定の半分で王都に到着したわけだけど、スピード重視した分馬車の乗り心地は最悪だった。


『ぬわぁああああ!? 』

『こ、これはすごいわね……』


 まさに爆走。馬車の振動は乗っているカサンドラ達の胃どころか全身をシェイクさせ、レーニャは狭い部屋の中で跳ねまくっていた。ちなみにカサンドラは壁に引っ付いて必死に耐えていた。


 着いた時まで二人とも乙女の尊厳を守ったままでいたは奇跡だった。五感が優れていたレーニャはダメージが大きくて死にかけているが。


「おかげで予定より早く着いたけど、こんな状態じゃ無理ね」

「そうですね……横になり……あ、やばーー」






 しばらくお待ちください。







「……そろそろ動きましょうか。レーニャも回復してきたみたいだし」


「私は元気ですよ~。何だか身体が軽いんです! 」


 そりゃ出す物出して、胃の中空っぽになればそうなるよ。というかあんなに吐いたのによくそんなに元気なのかしら。


 そんなわけでようやく王城へ。


「さあ行くわよ。スニーキングミッション、スタート! 」

「何奴!? 」

「ファッ!? 」


 早速ばれたァァァァァ!?



◇◇◇◇◇




 王城にある執務室でダンディーな男性は眼鏡をかけた中性的な美青年と二人だけで密談していた。


「マルクス、まだ奴らの尻尾は掴めないのか?」


 ダンディーな男性はマルクスと呼ばれた青年に今日何度目かの質問をかける。


「申し訳ございません陛下。どうやら貴族の中にも奴らの息がかかってる者が多く、情報が錯綜しているようです。それに反国王派の動きもあり中々人手が足りない状態です」


 陛下もとい国王と宰相のマルクスが頭を悩ましているのは国内で暗躍している奴隷の売買組織だ。


 そもそもミリム王国では奴隷制度を禁止しており、破った者は貴族でも厳罰に処している。それでも奴隷が売買が行われているのはその組織が反国王派の大貴族や他国と繋がっているからだ。本来なら貴族ごと組織を潰したいところだが、上手く隠れているせいで手を出すことができない。


「その悩み、私が解決させていただきます」

「ッ!?誰だ!」


 部屋のどこからか子供の声が聞こえた。だが護衛は部屋の外におり、部屋には国王と宰相しかいない。まして子供なんているはずがない。


 周囲を警戒する二人の前にシュタッと天井裏から黒い影が落ちてきた。影の正体は10歳程度の幼女と十代後半の獣人の少女。


「このような形で大変無礼かと存じますが、お初にお目にかかります陛下、キルシュバウム公爵家が長子カサンドラでごさいます」


 見事な所作を魅せた可憐な幼女に二人は思わず息をのむ。

 だが悪名高いキルシュバウム公爵家の名を聞き、2人の表情が険しくなった。


「その公爵家令嬢が何故天井裏から現れたのでしょうか? たしか警備の者がいたはずですが」


 マルクスは自然に国王を背中で隠しながら、目の前の少女達を睨む。彼は文官で荒事を苦手としていたが、王を守るためならペンで刺し違う覚悟もしていた。


「そうですね、彼らには少し眠ってもらいました。あの程度の者でしたら誰にも気づかれずに意識を奪うことなど造作もありません」

「なんだとっ!? 」


 天井裏にいたのは王を守る影の者でそれぞれの腕は一流だ。彼らの実力をよく知っているマルクスと国王はその彼らを難なく無力化した幼女に冷や汗を流す。少女が嘘を言ってるようには見えなかった。


「そ、それでわざわざ王城に忍び込んでまで何が望みかね?(影の者を無力化だと!? あんな小さい体にどれだけの実力を隠してやがる。それこそ最低でも高位の冒険者レベルの実力はあるってことだろうが。それが公爵令嬢だなんて信じられるか!! )」


 王は笑顔で応えるが内心動揺で一杯一杯だった。

 そんな国王の様子など知る由もないカサンドラは淡々と望みを口にする。


「私が望むのは我が父、キルシュバウム公爵家当主の不正及び非合法の奴隷売買組織や反国王派として隣国共謀して陛下の暗殺を企てた国家反逆罪での処罰でございます。証拠もすべてこちらで準備させてもらいました。レーニャ、証拠の資料を」


 レーニャと呼ばれたメイドはどこに隠していたのか、机にドサドサドサと資料の束を山のように積み上げていく。


「「な、なんだってぇええええ!? 」


 国王と宰相の絶叫が執務室に響いた。





◇◇◇◇◇





「おい、この資料に記された場所を騎士団に伝えろ!いいか、大至急だ!」


 私が用意した証拠は陛下にとっては宝の山のようだった。速読のレベルを超えた物凄い勢いで資料を読んでいき、部屋の外にいた護衛を呼んで指示を出していく。宰相は陛下を超える勢いで資料を読んでいる。私には適当にパラパラパラパラと資料をめくっているだけにしか見えないが、そのスピードでもちゃんと内容を把握できてるらしい。


「感謝するカサンドラ嬢。おかげで国内の膿を出すことができそうだ。どうやらこの文書から推察するとキルシュバウム公爵は私の暗殺計画の主犯格だ。君自身は処罰はされないが、このままだと貴族として生きていくことはできない。君の望みによっては信頼できる者に養子入りさせることもできるが」


 陛下は騎士達への命令のときとは違って、やらしい声で私に問いかけた。

 打算でなく、ただ単純に私の身を案じてくれた。その気持ちに感謝で胸が一杯になる。


「とんでもございません。元はと言えば我が一族の罪が原因。両親に疎まれて育った私には2人に情なんてありません。それに十歳になったら冒険者登録をしようと考えておりました。ですので私は貴族をやめたら冒険者になろうと思っております。養子の件もありがたいのですが、丁重にお断りさせていただきます」

「そうか。カサンドラ嬢ほどの聡明な人ならせめて私の息子達と婚約してほしかったのだが」


 おい、諦めろよ。なんで養子の話から婚約の話になってるの?このままじゃせっかく下準備が全部水の泡になるわ!


「お戯れを陛下。罪人の娘と婚約など醜聞にしかなりません」


 本音をいうと婚約なんか御免です。勘弁してください。悪役は回避したいんです。つーか素直に冒険者にさせろぉ!


「そうですよ陛下。それに彼女自身乗り気ではないようですし、無理強いしてはなりませんよ」


 宰相が援護してくれた。キタこれで勝つる!


「そうか、それでは仕方ないな。しかし今度はカサンドラ嬢の身の安全の心配が‥‥」

「それはそうですね。でしたら問題が解決するまで王城で保護することにしましょう。ですが今すぐというわけにもいきません。後日改めて使者を送ります。よろしいですねカサンドラ嬢?」


 そりゃこっちは不法侵入してんだから今すぐは無理な話だ。


「問題ありません。御二方のご厚意に感謝します」


 話し合いが終わり、空が少し明るくなりはじめた。そろそろ戻らないといけない。


 空気に徹していたレーニャを連れて、行きに使ったルートで公爵邸へ戻る。帰りは陛下が命令してくれたのか影の者に襲われることはなかった。


「ねえレーニャ、あなたはこの事件が終わった後一体どうしたい?」

「どうしたんですかいきなり。……そうですね~、でもやっぱりお嬢様の側にいたい、と思っています」

「でも公爵家は多分潰れる。そうなったらレーニャに給料が払えないから雇うことはできないわ」

「お金なんていりませんよ。私はお嬢様の側にいられるだけで幸せなんです」

「そう。レーニャって物好きなのね……」


 そう言ってそっぽ向いた。にやついた顔をレーニャに見せられなかったからだ。



 私もね、レーニャを手放したくなんてないんだよ。今は恥ずかしいから口にはできないけどね。





 1ヶ月後、キルシュバウム公爵は横領などの不正と国家反逆の罪で捕まり、さらに芋づる式で多くの貴族が捕まった。その中にはハンドリック子爵家も含まれていた。噂によると奴隷売買していた組織も壊滅したらしい。


 ちなみに私は既に王城に避難済みだ。本来、城に忍び込んだ時点で死罪になるはずだった私を見逃すどころか助けてくれた陛下には本当に頭が上がらない。


「お嬢様、誕生日おめでとうございます」


 そして今日、遂に私は十歳を迎えることができた。当然パーティーも婚約も魔力測定もない。

 私は現在、陛下がつけてくれた護衛と共に後始末のため公爵家の屋敷に帰還している。


 既に部屋に隠していた証拠も提出し、使用人への退職金も屋敷の物を売ることで無事支払うことができた。




 だけど屋敷にはクリスティアとクレハ、そしてセバースの姿はなかった。

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