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緊急事態

 使用人達もまだ眠っている暁の空の下、眠気も吹き飛ぶようなひんやりとした空気に包まれた人気のない別館の裏庭で、軽装の私とレーニャが対峙する。


「じゃあ、この銅貨が地面に落ちたらスタートよ」


 私がピンッと指で銅貨を上へ弾く。銅貨は回転しながら真上に高く舞い上がり、放物線を描きながら銅貨が地面に落ちたと同時に互いの姿が消える。


 先手を取ったのは私。ワンステップで一気にレーニャとの間合いを詰める。


 いきなり私に接近を許してしまったレーニャの胸元を目掛けて、腰を構え体を横に向けてながら右の拳を振り抜く。


「クッッ! 」


 レーニャは咄嗟に腕を交差してそれを防ぐが、そのまま後ろへ吹き飛ばされた。


 だが私は直撃した時の手ごたえに違和感を覚えた。


「感触が軽い……なるほど、直撃の瞬間に自ら後ろに吹き飛ぶことでダメージを抑えたのね」

「お嬢様の冲捶はシャレになりませんから。なんとか成功しましたよ」


 私から離れた位置で腕を交差したままのレーニャがニッと笑う。


「あら、その割にはダメージを負ってるように見えるわ。腕、痺れているのでしょう」


 私の震脚が加わった(・・・・・・・)冲捶を防いだレーニャの両腕は僅かに震えていた。


「……バレてましたか」


 かなり強がったのだろう。レーニャの顔が苦いものへと変わる。


「おかげでしばらく痺れがとれませんよ……まあ、それがどうしたって訳ですがッ!! 」


 レーニャの姿がブレる。……速いっ!


 気づけば私は反射的に真横へダイブしていた。


 ダイブした瞬間、さっきまで私がいた場所からヒュンッと風切り音が通り過ぎる。


 振り返ると私の後ろにあった木にレーニャの拳が寸止めされていた。


 危なかった。殺伐した前世の経験で身についた本能的な危機察知能力がなければ間違いなく避けられなかった。


 レーニャは再び私の姿を捉えると、その獣人特有の桁外れな瞬発力で一気にダイブで体勢を崩してた私に接近する。


「やばっ……」


 体勢が整った時には彼女の右脚が目の前まで迫っていた。








 が、まだ甘い。


「なっ!? 」


 私の頭部目掛けたレーニャの強烈な回し蹴りは、届く寸前で私がスライディングする要領でレーニャの股を潜り抜けることによって回避した。


 一気に背後を突き、そのまま反転しながら背中が無防備な彼女への手刀の動きを当たる寸前で止める。


「勝負あり、ね」


 手刀は小柄なレーニャの首に添えられていた。

 レーニャは背後をとられたまま、両手を上げて降参した。


「また負けた~。お嬢様強すぎですよ」


 彼女の声は明るかったが、悔しさが滲み出ていた。


「でもよく持った方だと思うわよ。それに最近は反撃もできるようになってきているから、かなり成長してる。あの不意打ちは結構危なかったわ」


 手刀を彼女の首から外しながら、ハンデとして重力操作で自身にかけていた5倍の重力を解除する。存在感はないけどこの重力操作はトレーニングでは重りになるからとても役に立つ。


 私の賞賛に彼女はまだまだと謙遜しているけど、レーニャクラスの実力者なんてそう多くはないと思う。


 私は一発が軽いという欠点があるけど圧倒的な身体能力と戦闘技術を武器にする近接万能型で、一方レーニャは私並かそれ以上の身体能力と一撃が重い蹴り技を得意とするパワータイプだ。まだ技術的に粗削りな部分はあるけど並大抵の者じゃ歯が立たないくらいには力をつけている。


「それでも私はお嬢様のメイドですよ。お嬢様を守るくらい強くなりたいんです! 」


 なにこの娘、マジ天使なんですが。お持ち帰りしないと(錯乱)


「貴女みたいなメイドが専属だなんて本当に私は恵まれているわ」

「えへへ、私もお嬢様に仕えることができて幸せです」


 あ~癒される~。


 しばらく二人の間には穏やかな時間が流れた。








「ついに来月でお嬢様も十歳ですね。魔力測定もありますが、本当にあの計画を実行なさるのですか?」

「ええ」


 部屋に向かう途中、私達は今後のことについて話していた。


 あの計画とはすなわち公爵家の告発のことだ。


 すでに公爵家の告発を決意してから二年が経ち、私は来月で十歳を迎える。

 私にとって十歳は人生の中で重要な意味を示していた。まずは冒険者の登録が可能になること。将来冒険者として生きることを決めていた私には重要な事だった。


 そしてゲームだと十歳の誕生日に魔力測定が行われ、その後のパーティーで第二王子と婚約することになる。

 どんな工作をするのかは知らないが、私は両親の道具として生きるつもりはないし貴族や婚約も興味無い。


 それに私に魔力測定は必要ないのだ。

 何故なら私には魔力が全く無いから。少しじゃなくて、全くのゼロ。


 このことに気づいたきっかけは一ヶ月前に『ゴブリンでもできる魔法入門』を読んだ時だった。実はこの本の中に魔力測定ができる簡易キットが付いていて、使ってみるとキットは全く反応しない。壊れているのかと思い、後ろ控えていたレーニャに使わせると僅かながら反応があった。もう一度私が使うとまた反応しない。


 私に魔力が全くないことが分かった瞬間だった。ゲームだとカサンドラは一応魔法は使えてたのに、なんで私は魔力そのものが存在しないんだよぉ。魔法、使いたかった……



 そんなことを話しているとあっという間に部屋の近くまで来ていた。


 ようやく夜明けだというのに部屋の前にはふたつの人影が立っていた。


「「おはようございます、お嬢様」」

「おはようクリスティア(・・・・・・)クレハ(・・・)。相変わらず早いわね。まだ夜明けなんだから休んでてもいいのよ?」


 彼女達は二年前から私の専属メイドとして使えている。そして告発の協力者だ。


「そう言われましても……」

「それにあなた達のおかげで計画も捗ったわ。朝寝てるくらい問題ないわよ」


 本当に二人には感謝の念しかない。


 あの時、告発を決意した私達は『内部からなら証拠ゲットなんて楽勝』と考えていたけど、公爵家の闇は思ったより深く、不正の証拠を入手するどころか手がかりすら得ることもできていない状態だったのだ。


 そんな中、頼れる人材としてレーニャが私の元に連れてきたのがクリスティアとクレハ。どうやって説得したかは知らないけど2人共やる気満々の様子だったのを覚えている。


 レーニャは大丈夫だと言ってたけど、私は彼女達を信用できなかった。彼女達の仕事ぶりを見るまでは。


 何故か不正の証拠を大量に手にしてるクレハとプライバシーなんて存在しないんじゃないかと思うほどの情報収集能力とコネクションをもつクリスティア。

 彼女達の活躍で二年の間に集まった不正の証拠はとんでもない数に増えていた。なにこの二人、本当にメイドなの?


 不正の内容は不当な増税に、国に納めるべき税金の着服及び横領、さらに若い女性の誘拐やこの国で禁止されている奴隷の売買など多岐にわたる。母親も王都で愛人に貢いでいるようでかなりの浪費が目立つ。あのオークみたいな女の愛人なんて物好きもいるんだなあ。


 おっと、ついついあの屑(父親)の血が流れてることを否定したくなる。母親? 嫌悪以前に興味すらない。


「そうでした。お嬢様、こちらをご覧ください」


 当時のことを回想してると、ふと思い出したようにクレハは一枚の紙を手渡す。


「あら、新しい証拠かし……ら……」


 いつもの調子で軽く目を通したが、そこに書かれた内容に思わず絶句してしまった。


 その書類は隣国の第一王子からの手紙だった。


 そこには隣国と共謀してミリムの国王暗殺並びに国家転覆を目論んでいることが書かれていた。


 隣国はミリム王国とは友好関係を築いていたけど、まさかそれを望まない隣国の第一王子率いる過激派と奴は繋がっていたなんて。


 公爵家宛には王子が国王暗殺成功の暁には隣国の援軍で後継者の王子を殺し、奴が王妃のレイカ様を娶って新たな国王にさせると書かれていた。


 こいつら、ミリム王国を乗っ取るつもりか! しかも王妃をあのオーク擬きに娶らせるだって! 怒りで手が震える。まさか転生してきて初めて本気で誰かを殺したくなる相手が父親になるとは思わなかった。いやそもそも家族でもないな。


「計画変更よ。今すぐ王都へ向かうわ」

「本気ですか!? 」


 私の言葉にレーニャは驚きの声を上げるが、クリスティアとクレハは納得したように頷く。


「私もお嬢様の意見に賛成ですわ。これは間違いなく王国の危機。急いでこれを陛下に知らせなくてはいけません」

「私もクリスティア様に同意です。それにこの一枚だけでお嬢様の目的を十分果たすことが可能でしょう」


 クレハの言う通り、これは謀反の重要な証拠。これだけで公爵家を断罪することができる。


 でも問題はどうやって陛下にこれを知らせるかね。一令嬢にすぎない私では公爵家から使者という手段は使えない。尤も私は彼女達を除いて公爵家の人間を信用してないから、最初からこの手段は構想外だ。


「だったらいっそのこと、お嬢様が王都に行くのはどうですか?」

「「却下ですわ (に決まってるでしょう)」」

「即答!? しかも息ピッタリ! 」


 自信満々の案を一蹴されたレーニャは涙目。


「前から思ってましたが、あなた能天気過ぎでしょう! 大体どうやって普段から外出すら難しいお嬢様を王都に行かせるつもりですか」

「そ、そこは屋敷の人間を闇討ちすればなんとか……」

「物騒過ぎですわ! 「いや、ありですね」ってクレハ!? 」


 クレハは賛成に回ったことにレーニャを説教していたクリスティアは驚く。


「こうするのはどうでしょう。まずクリスティア殿が馬車を用意して、お嬢様とレーニャ殿は証拠を持ってその馬車で王都を目指す。その間に私は屋敷の男衆を闇討ちにして追手を防ぎます。お嬢様達が出発したのを確認したらクリスティア殿と私は屋敷を脱出し、郊外の私の隠れ家に避難する。これなら問題ないでしょう」


 確かにこれなら十分実行は可能ね。でもこれではまだ駄目だ。


「悪くない案だけど、私とレーニャは王都に行ったことないわよ。それに王城に行ったとしても追い返されるに決まっているわ」

「でしたら忍びこむのはどうでしょうか。王城の各階の間取り図と巡回の数、パターンを記したメモを持っていますのでそちらを参考にすれば問題ありません」


 うん、待って。なんでクレハはそんなものを持ってるの? あと、ナチュラルに主人に王城侵入を促すんじゃない。


「私は反対ですわ。お嬢様が危険過ぎます」

「では何か代案はありますか?」

「うっ……それは」


 真っ当な指摘をしたクリスティアはクレハの迫力に呑まれて黙ってしまう。クレハって無言でズイズイ迫るから怖いんだよね。クレハの前職が本気で気になる。

 一応気配の殺し方やわずかに漏れていた強者特有の雰囲気から只者じゃないのは分かってたけど、それでも使ってたのは彼女が一切こちらに敵意を抱いていなかったからだ。


「クレハ、クリスティアを怯えさせないの。それに私は賛成よ。慎重なのは良いことだけど、今回は手遅れになる前に知らせなくてはならないわ。そのためなら多少の危険なんて覚悟の上よ。だからクリスティア……頼むわね」

「はい……今日中に馬車の都合をつけてみせます」


 クリスティアも覚悟したみたいね。おそらくこの件はキルシュバウム公爵派閥の貴族にも大きなダメージを与えるはずだ。実家が公爵派閥に属する子爵令嬢の彼女には酷なことをさせたわね。



 そして翌日の夜明け前、全ての準備を整えた私達は別館の使わなくなった裏口に隠していた小さな馬車に乗り込んだ。


「お嬢様、ここから王都まで本来2日はかかります。ですがこの馬車は国内でも珍しい機動力に特化したグレピニウスとよばれる馬型の魔物の馬車です。これなら1日足らずで王都まで着くことが可能です。どうか、ご無事で」

「こちらも問題なく男衆を潰しました。追手の心配はないでしょう」

「ありがとう。私に力を貸してくれた2人には本当に感謝してるわ」


 私は本当に二人に感謝している。

 クレハはどうやってかは知らないけど重要な証拠を手に入れてくれた。


 クリスティアは自分の家族が処罰される可能性があったというのに、私の告発に協力してくれた。


 その二人のためにも、そして自分の未来のためにも私達は陛下にこの知らせを届けなければならない。


「二人共、行ってきます」


「「行ってらっしゃいませお嬢様! 」」



次回はクリスティアとクレハのターン。

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