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自業自得

「な、何で……こんなことに……」

「ヒャハハハハ! おらっ、ごちゃごちゃ言ってねぇでさっさと腰動かせよ!」


「うう……やだぁ……」

「た、助けて……」


 薄暗く埃が舞うバーで、数人の女が裸にひん剥かれて男達の慰み者にされていた。


 彼女達はレーニャ暗殺を目論んでいたメイドだった。

 レーニャを殺すために殺し屋に依頼しようとしてただけなのにーー


「何で……」

「そりゃあ、こんな治安の悪りぃ場所に女だけで乗り込んで、ショボい金で偉そうに人殺せって言われたらこうなるだろ」

「むしろあんたらみたいな性悪な年増でも相手してやってんだから感謝してほしいっての」


 レーニャ暗殺を言い出した女が息絶え絶えに抗議するが、男達は下品に笑いながら女達の無謀さを指摘する。


「ほらあんたの仲間を見てみろよ」


 ようやく自らの愚かさに気づいた女は男に髪を掴まれ、仲間の様子を見せつけられる。


「あぁ……ああああああああっ!!」


 彼女の目に映ったのは正気を失い快楽に堕ちてよがり狂う仲間の姿だった。

 自分のせいで彼女達が壊れてしまった。その事実を目の当たりにして茫然とする女に、男の一人が耳元でそっと囁く。


「今からあんたもお仲間と同じにしてやるから、楽しみにしておけよ」


 その言葉に彼女は絶望した。

 こんなはずじゃなかった。私はレーニャを殺して、カサンドラ様の側に仕えたかっただけなのにーー






「うわぁこれは予想以上に酷い。自信たっぷりだったから何かコネでもあるかと思ったけど、ただの考え無しというか馬鹿だったのねぇ」


 バーの天井にぶら下がった蝙蝠を介して、自室からその様子を見ていたセバース(?)はメイド達の行動に呆れ返っていた。

 基本的に殺しはプロの殺し屋に依頼するのがセオリーだ。だがそれには様々なコネクションが必要だ。当然、一介のメイドにはそんなものはない。だがそれを考慮しても彼女が選択した相手は最悪だった。


 彼女が依頼しようとした彼らは殺し屋でもない傭兵崩れのならず者だった。無法者で信用ならないし、腕も本職の三流にも遠く及ばない。しかも彼女達は仲介人もなしに直接彼らと会ったのだ。愚かとしか言いようがない。


(世間知らずだったのかしらね。身分も金もない下級メイドなんだからこうなるわよ。あーあ、こんなことだったら私が『因果の鎖』でも斡旋すべきだったわぁ。ま、今となったらどうでもいいけど)


 メイド達の末路に興味を失ったのか蝙蝠に撤退命令を出したセバース(?)はそのまま部屋から出て行った。

 彼(?)の中にはすでに愚かなメイド達の存在は消えていた。








 セバース(?)の命令で蝙蝠がバーから飛び立った数時間後、粗方満足した男達は地面に倒れている女達に目もくれず、彼女が話した内容を吟味していた。


「一週間後、金持ちの嬢ちゃんがお忍びで街に来る、か」

「中々美味しそうな話じゃねぇか。あの女、その嬢ちゃん達の特徴も言ってたんだろ。それにお忍びなら護衛の数も少ねえはずだ。数で押せば嬢ちゃんごと拐えるぜ」

「ヒヒヒヒ。楽しみだなあ」


 男達の欲望は止まらない。未だ倒れているメイド達は再び興奮した男達の相手をさせられた。


 彼女達が屋敷に戻ることは、二度となかった。





◇◇◇◇◇





「こうやって街に来るのも随分と久しぶりね」


 活気溢れるイリンピアの大通りを歩きながら、私は懐かしく感じていた。

 レーニャとここに来たときからもう3年か。あの時は途中で騒動に巻き込まれて満足に街を回れなかった。今回は時間がたっぷりとあるのでじっくり楽しめそうだ。後ろで私をねっとり見つめる護衛の姿を気にしなければの話だけど。


「……お嬢様、やはり屋敷に戻りますか? 」

「いいえ、大丈夫よ。無視してる分には害はないから。それに今日を逃したら外出の機会はしばらくないのよ」

「しかしっ 」


 レーニャが心配する気持ちは痛いほど理解できる。

 今回の外出はお忍びの形をとってはいるが、護衛が数人ついてきている。

 普段ならそんなに気にしないが、今回の護衛は私に下心満載のいやらしい視線を送ってくるから正直不快だ。奴らはロリコンか。


「何で公爵家はあんなのを雇っているのよ……」

「申し訳ありません。実はあの護衛達は公爵家派閥の貴族出身のようで、どうやらコネで雇ってもらったようです」


 レーニャが謝ることじゃない。悪いのは公爵家だから。

 レーニャの言う通り屋敷に戻る選択肢もあったけど、私の予定が詰まっているせいで次回があるかは分からない。3年ぶりの外出の機会を逃すつもりはなかった。


「気分がよろしくないのでしたら、やっぱり……」

「ごめんなさい、こればっかりはレーニャでも譲れないわ」

「お嬢様がそうおっしゃるなら仕方ありません。ですがもし辛くなったらいつでも言ってください。その時はあのいやらしい護衛を物理的に沈めてやりますから♪」


 うわぁ言ってることは物騒なのに笑顔がすっごい眩しい。









『奴か?』

『ああ、銀髪紅眼の幼女とローブで不自然に顔を隠す女。あの女から聞いた特徴と一致している。間違いない』

『ターゲットを発見したとリーダーに連絡しろ』

『イエッサー』










「ふう、思ったより時間がかかったわね」


 私達は少しずつ太陽が沈み、建物の陰が濃くなるなりはじめた大通りから外れた細い路地を歩いている。

 予定では買い物は昼過ぎまでに終えたかったが、それでも時間をかけたおかげでお目当ての品を手に入れることができたのは僥倖だ。


 後はこの道をまっすぐ進んで屋敷に戻るだけと言いたいところだけど、どうやらそうはいかないらしい。


 ザッザッザッザッザッ


 私達が歩く方向に従って背後から複数の足音が聞こえてくる。しかも通りだけでなく、私達が歩く歩道につながる裏路地からも足音が聞こえてきた。それぞれの方向からわずかに敵意が漏れていることから、狙いは私達のようだ。


 私達から離れた位置にいる護衛達はそれにまったく気づいておらず、ぼーっと歩いている。

 さてどうするか。


「そうですね、そろそろ日が暮れます。暗くなる前にーーお嬢様、これは……」


 五感が優れているレーニャも気づいたみたいね。険しい顔で私の方を見る。


「はあ……ホント今日はついてないわね」


 溜息をつくと、周囲からぞろぞろと十数人ほどのガラの悪い男達が現れる。

 帰りから私達を追っていた奴らのようだ。


「随分と物々しい様子ですが、私達に何か御用でしょうか」


 私を自分の背中に隠しながらレーニャは男達を睨みつける。その表情は丁寧な口調とは裏腹に敵意に満ちていた。


「ヘヘッ、俺達の目的はあんたらの身柄だぜ。大人しく捕まるなら可愛がってやるよ。それに身代金を要求すれば俺達もウハウハだ」


 男達が下品な笑い声を上げながら、ジリジリと私達に近寄ってくる。彼らが何故私達を狙ったのかは知らないが、このまま捕まれば人生の終わりなのは明白だった。無論、抵抗しないつもりはないけど。


「それはこの方がキルシュバウム公爵家の令嬢と知っての狼藉ですか? 」


 私を狙うという発言でレーニャからゾクリと殺気が溢れ出る。彼女の殺気に怖気づいたのか男達の歩みは止まっていた。だが男達の様子がおかしい。


「こ、公爵家!? そんなの聞いてねえぞ! 」


 レーニャが口に出した公爵家という言葉にリーダーらしき男は大声で取り乱す。どうやら身代金を狙った彼らは私の正体は知らなかったらしい。


「申し訳ありませんでしたぁぁぁぁ!!」

『ありませんでしたぁぁぁぁ!!!』


 リーダーらしき男が土下座すると男達も慌てて土下座した。

 キルシュバウム公爵の黒い噂は民間にも広がっている。彼らには裏組織と繋がっていると噂される公爵家と敵対する勇気なんてなかったみたいだ。


「まさか公爵様のお嬢様とは露知らず、なんて無礼なことを……俺はどうなっても構わねえ。けどせめてこいつらだけは許してくだせえ」


 さっきまで下衆なこと言ってた癖に、急に熱いこと言いだしたよ、この人。

 うーん……なかなか潔いね。まあ未遂だし、テンプレ主人公のように許す















 ーー訳ないでしょ。


 もし私が公爵家じゃなかったら間違いなく襲っていただろうし、慣れているようだから前科もあるだろうね。そんな奴らを許すほど私は甘ちゃんじゃないんだよ。


「お嬢様、どうやらこの男達は悪名高い元傭兵集団のようです。誘拐などにも関わっているだとか」


 はい、有罪(ギルティ)。弁解の余地すらないわ。


「わかった。公爵家のことは不問にしてあげるわ」

「ほ、本当ですかい!? 」


 ええ、公爵家のことは、ね。


「レーニャ」

「はい! 」

「へっ?……ゴフッ!」


 私の合図でレーニャは土下座してたリーダーらしき男の頭に踵落としをくらわせる。完全に不意をつかれた男は顔面から地面にめり込んで沈黙した。


「でも今までの罪は償ってもらうわよ。もし抵抗するなら……この男の頭がパーンってなるわ」


 まあぶっちゃけ、さっきの一撃で君達のリーダーは力尽きかけてるみたいだけどね。


 笑顔で男の頭をグリグリと踏み続けるレーニャと私のドスが効いた脅しに戦意喪失した男達は無抵抗のままお縄につき、駆けつけた街の衛兵によって連れていかれた。


「ところでさっきから護衛の姿を見ていないのだけれど、レーニャは知らないかしら?」

「さあ?」


 あいつら、護衛対象を放っておいて一体どこにいったのかしら?





「さっきの奴らやばかったよなあ。大の大人が『うわぁぁぁん、死にたくないよぉぉぉママァァァァ』って泣きながら走るなんて。しかも格好からしてそれなりに偉そうな奴だから痛快だったぜ」

「あー、あれか。確か数人の男が漏らしながら走ってたな。俺は普通に何事かと思ったけど。うん? でもあれって領主様のところの護衛だったような……」


「「………………」」


 たまたま道ですれ違った男達の会話が聞こえ、私達は顔を見合わせた。


「レーニャ……」

「はい、多分……そうです……」


 思わずハァァァと深い溜息をついてしまう。まさか護衛対象を見捨てて逃げるとは。


 ……役立たずが。


「もう、いいわよね」


 流石に今回の件でストレスが私の超えてはいけないラインを超えてしまったようだ。


 そう自覚すると、スゥと頭の中が一気にクリアになっていく。


 今まで流されてきたけど、そろそろ決着をつけないとね。つーか公爵家は色々と酷すぎる。これ以上は我慢の限界だ。








「私は公爵家を告発する」


 転生当初の目的がようやく蘇った。


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