レッスン開始。おや先生の様子が……
さて今日から淑女教育が始まってしまったわけだけど、将来ここから出て行くつもりだからあまり乗り気ではない。いや役立つものもあるから真面目にやるけどね。
それより本館に移ってしまったせいで修行場所だった別館の裏庭へ行けなくなってしまった方が問題だ。
「というわけで何か意見はあるかしら」
「裏庭以外で人目につきにくい場所ですか~?ちょっと思いつかないのでお嬢様が勉強している間に探してきますね~」
「頼んだわよ。ところでレーニャ、本当にこんな格好しなくちゃいけないの?」
私は白のドレスを身につけていた。今まで平民用のシンプルな布の服を着てたから、このいかにも貴族らしいフリフリした服装には抵抗がある。ぶっちゃけ恥ずかしい。
「当たり前です。お嬢様の美しさを表すにはこのくらいじゃ足りませんよ。ああ……銀糸のように艶があり綺麗な銀色の髪、ルビーのように輝く大きな紅き瞳、禁断の果実のような瑞々しい唇、世の貴婦人が羨むほど絹のように滑らかな色白な肌、そして抜群なプロポーション! まるで女神がこの世に降臨したみたいです! 」
「そ、そう……」
何でこんなにテンション高いんだろう。あ、鼻血出てる。
「というわけで是非家庭教師達を籠絡してください! 」
「するわけないでしょ! 」
あんたは私に何を求めているんだ!?
そして今、私は鼻血を止めたレーニャと共に家庭教師がいる部屋を目指している。使用人達とすれ違うたびにひそひそされるのは気にしない。時々レーニャが勝ち誇ったような顔をしてるのも気にしない。
(あの人形みたいな美しい子って一体誰かしら?)
(もしかしてあのカサンドラ様じゃない?)
(嘘!? 信じられない! )
(まるで女神のようだわ)
(ふん、どうせ見た目だけでしょう。中身は野蛮な猿そのものに決まっているわ)
(そうそう。何なのあの瞳。気味が悪いわ)
(あの銀色の髪も気持ち悪いわ)
(また髪の話してる……)
(先輩ったら最近老けてきたからって幼女に嫉妬しなくても)
(((何か言った!? )))
……うん、気にしないったら気にしない。
そんな中、私の淑女教育が幕を開けた。
はずだった。
一時間後。
「「「申し訳ありませんでした」」」
今回きた三人の家庭教師が私に向かって土下座していた。どうしてこうなった。
「頭を上げてください。何故先生方は私に謝っているのですか?」
自分では普通に授業を受けたと思っていたから、当事者であるはずなのにまったく話についていけなかった。
「わ、私はカサンドラ様に基礎の基礎と偽って、王立魔法学院の卒業試験と宮廷算術士の試験問題を出しました」
最初に名乗り上げたのは数学担当の中年の女性だ。
でも私は彼女の出した問題は難しいとは思わなかった。最初に渡された紙に書かれた問題は二桁の四則演算で、それを数分で解いた後に渡された問題も中学レベルの図形だった。
彼女曰く、どちらも数分で解けるようなものではないし、図形に至っては大の大人でも解けない者が多いらしい。どうやらこの世界の数学のレベルはそこまで高くはないようだ。
「儂は王立魔法学院レベルの歴史の問題を出しました……」
次に申し出たのは歴史担当だった頑固っぽそうかお爺さん。ちなみにこの問題は『ゴブリンでもできるシリーズ』で語呂合わせにして覚えていたから簡単だった。ただ『良い国つくろうミリム王国』や『鳴くよスライム、スライム帝国誕生』など微妙に前世で覚えてる語呂合わせに似てる気がする。というかスライム帝国ってなんだ。
で最後は、
「私はカサンドラ様があまりにも可愛くて、指導と称してボディータッチをしました。柔らかかったです。反省しています」
やべええええ、ロリコンだああああ!!
「ああ、カサンドラ様が蔑んだ目を私に向けてらっしゃる。……なんて快感(ぼそり」
そしてドMだったああああ!!
最後に変態発言したのはマナーや礼儀作法担当の若い女性だ。名前はセシリア・ワントーン。見た目は清楚な美人なのに変態発言のせいで残念臭がハンパない。
「こほん、では何故先生方はこのような真似を?あっ、ワントーン先生は除きますので発言しなくて構わないです」
視線の端でワントーン先生が顔を赤らめてビクンビクンとしてるが私の精神安定のためにスルー。
「り、理由は……」
「理由は?」
「「理由は弱い人間をいびるのが快感だったからです! 」」
「よし人として屑な二人は教師失格でクビだからさっさと出ていけ二度と私の目の前現れるな」
早口で罵りながら二人の襟を掴み、部屋から廊下へ放り投げる。
「「も、申し訳ありませんでしたああああ! 」」
廊下へ出された二人は一瞬放心してたが、大声で謝りながら走り去っていった。
まったく教師は子供を導かなくてはならないのに、自らの欲望のはけ口に使うなんてまさに下衆な輩だわ。
「あのぉ、私も……クビですか?」
先ほどの光景を目の当たりにしたせいか、ワントーン先生は若干惚けたように私に尋ねる。
「いえ、私はワントーン先生に続けてほしいと思っていますわ」
この人、教え方上手だし、駄目な部分を見つけるのが的確だから、変態発言を除けばかなり優秀なんだよね。それに私は勉強に比べてマナーとかは前世で貴族のメイドとして仕事してた以来だから自信がないのだ。
「ねえ、駄目かしら?」
わざとらしく上目遣いでワントーン先生に迫る。
「はう! 任せてください、カサンドラ様を完璧な御令嬢にしてみせますよ! 」
ーー後日。
(カサンドラ様が家庭教師を追い出したらしいわよ)
(なんでもあの家庭教師達って嫌がらせしたり理不尽に怒るから他の貴族でも評判が悪かったみたいよ)
(カサンドラ様もそれに気づいたのかしら)
(どうやら実際はその家庭教師が土下座するほど優秀だったかららしいわ)
(まさに才女ね。あの夫妻の子供とは思えないわ)
(しっ、それは言わないお約束よ)
(さーせん。あっ見て見て)
「いやあ、流石カサンドラ様です」
「我々は分かっていましたよ」
「今日もお美しいですカサンドラ様」
「…………」
(うわあ、この間まで散々カサンドラ様を馬鹿にしてた癖になんと見事な掌返し)
(にしてもおべっかの中身無さすぎwww)
(これはざまぁな予感がぷんぷんしやがりますわ)
「流石ですよカサンドラ様……「ねえあなた達。そんなこと言っている暇あるなら周りを見習って仕事に戻りなさい」……はい」
(やーい先輩達怒られてやんの)
(こwれwはwメシウマですわ)
(普段私達に威張ってた分、スカッとする)
(この家には偉くなると無能になる法則でもあるのか?)
(あるんじゃない? でもメイド長は違うか)
(メイド長以外は当てはまるかも。セバース様は頭は良いけど、その頭の使いどころがね……)
(ていうかカサンドラ様が先輩達に無関心すぎワロタ)
(m9(^Д^)プギャー)
(先輩達にはこの言葉を贈ろう。……マジ、ざまぁw)
「でもカサンドラ様、ちゃんと私達のこと見てたわよね」
「下級メイドの私達なんて見てるはずないって思ってたけど」
「カサンドラ様ってかなり良い人?」
「「「「「何を今更」」」」」
カサンドラの評判が下級メイドを中心にうなぎのぼりした瞬間だった。
「……馬鹿らしい」
そんな様子を見ていた影はそう呟いて姿を消した。
カサンドラ は ロリコンきょうし を なかまにした。




