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短編

気づいたら一目惚れされていました。

作者: 川上桃園

勢いで書いたあと、読み返してみたら珍しく王道恋愛モノで夜中に戦慄していました。

 逃げよう、と決めた。

 ワイングラスから溢れた赤い液体。染められた清楚なベージュのドレス。その上に貼り付けられた驚愕の表情。私の手には空っぽのワイングラスが握られている。


 数秒前に戻れたら。私は盆の上のワイングラスを取らなかっただろうし、わざと倒れ込もうとした相手の罠にかかることもなかったのに。この時、たった今から罠だと知っているのは私と彼女だけで、彼女は自分の無実を訴えるだろう。そして傍から見れば、向こうが被害者で私が加害者に見えることも知っている。彼女が作った表情はいかにも「こんな意地悪を受けるなんて思いも寄りませんでした」と言いたげだし、血の気の引いた顔できゅっと唇を噛み締めている私は、いかにも怒りに震えている場面だと人々に思わせる。


 思えば彼女は稀代の女優だった。親同士が親戚で幼馴染の間柄だったアリーシュは、いつも私に都合の悪い部分を押し付ける。お茶会のお菓子をつまみ食いして、私の頬にお菓子の粉だけ塗りたくって、私の両親に「ルウが勝手にお菓子を食べたの」と言い、私の名前で勝手にラブレターを出して、その返事を見せつけた。「ルウ、一体どうしてこんなことしたの! もう男遊びなんてやめて!」と親戚一同の前でさも自分は心配しているのだという風によよ、と泣き崩れてみせた。


 表面的には美人で愛想もよくて、才気溢れたアリーシュの言うことに誰も疑うことはなかった。私の両親や兄弟たちさえも。みんなみんな、アリーシュの言うことだから、と。


 確かに私は彼女に比べたら引っ込み思案で地味な顔立ちをしていた。アーモンドと同じ色をした髪と目で、鏡を見ても取り立てて美人だということもない。アリーシュは輝くような金髪にエメラルドのような瞳を持っていて、さながら神様のための人形のように完璧だった。私はいまだかつて彼女ほど美しく、人目を惹きつけずにはいられない人を知らない。彼女はいつも自信たっぷりに、それでいて慈愛深い女神のように優しい声で、自然と周りを味方につけていた。幼い頃から積み重ねてきた私を不当に貶めるという体験は、たぶん年々彼女の悪知恵を磨くことになっていたと思う。


 でも本当は彼女をもっと早く止めるべきだったと気づいたときにはもう遅い。

 彼女の評判と私の評判は逆比例の軌跡を描いた。私は控えめな慎み深い侯爵令嬢から、大人しい顔して男をたらし込む淫売女。彼女はただの侯爵家の分家の娘から、帝国一の美姫、さらには侯爵家秘蔵の『養女』になった。淫売女のいうことを信じる者などもういない。


 父上は男の噂が絶えない私をもういないものと諦めて、アリーシュのほうをことさらに可愛がって、養女にした。「この心優しい姪っ子には幸せな縁談を用意してあげたいのだよ」と父上はついぞ私には見せなくなった笑顔で母上に話していた。


 アリーシュは私の邸に住むようになり、私の部屋があてがわれた。私はそれよりふた回りも小さい元物置部屋に押し込められた。


 食事をすれば、アリーシュの独壇場だった。誰もが彼女の放つ冗談に笑い、食卓の隅っこにいる私のことは空気と同じで、彼女がお情けとばかりに私に話題が振られたとき、俯いて相槌を打つ私に皆が白けた顔をした。


 昔からの使用人たちの一部は前から変わらずに私の世話を焼いてくれたけれど、その他の使用人たちもまた主人たちの意向に従って、私を軽く見るようになった。わざと私の着替えが用意されていなかったり、私の食事にこっそり大きな埃を入れていたりする。……たぶん、私の目に触れていないだけでもっとあるのだろう。少しだけになってしまった私の味方が、こっそりと隠してくれているだけで。




 ああ、思い出しただけで鼻の奥がつん、とする。泣いてしまえたらどんなにいいか。

 でもそうすれば自分が自分を許せなくなる。

 私は自分の弁護をするだけの頭も回らないし、口も達者じゃない。アリーシュのいかにも正論に聞こえる屁理屈にはとてもじゃないけど叶わない。


 だからと言って、理不尽に詰られ、一方的に失望されていく最中、俯いた顔の下で何も考えていなかったわけじゃない。ずっと悔しかったし、憤っていた。

 あまりにも人と喋らなくなったために、どもりがちになってしまっても。家族皆が私を疎んでも。世間がいかに冷たかろうとも。

 ここで惨めな醜態をさらしたくない。もう、私に持てるものはこれだけしかないのだから。――侯爵令嬢としてのプライド。高貴な血は、私のほうが濃い。

 アリーシュは第二王子に気に入られたいらしい。もともといた婚約者を押しのけてまで。


 結構。勝手にやっていて。


 でも私を巻き込まないで。王子さまの気を引くために、また私に汚れ役を押し付けて。


 私はアリーシュの横にいる険しい顔をした王子さまと、アリーシュ、その傍で不機嫌さを露わにしている両親を見比べて、驚くほど静かに、逃げよう、と決めた。


 これ以上ここにいたら、私は持てる最後の一つまで奪われる。

 これ以上ここにいたら、私は自分の命さえ絶ちたくなる。

 これ以上ここにいたら――アリーシュが何一つ罰せられることもなく、幸せを手に入れるのを見る。


 もうとうに取り戻すことができない家族(もの)に、執着を捨てきれずにいたけれど。

 もうやめよう。

 私は彼らに期待しない。すがりつかない。

 自分を守れるのは自分だけ。

 誰も信じてくれなくても大丈夫。……私の無実は、私が一番知っている。


 アリーシュのいないところへ行こう。幸い、私には学もあるし、刺繍や裁縫が得意だ。

 ガヴァネスやお針子として雇ってもらえるだろう。

 まずは引退した乳母のアクネのところに言って、仕事を紹介してもらおう。今も時々手紙をくれるし、彼女はアリーシュの本質を見抜いていた一人だ。商家の出だから顔も広かった。一度働き始めれば、どうにかなるはず……どうにかしてみせる。


 私はドクドクと波打つ心臓を押さえつけ、そっと息を吐く。

 舞台は夜会で、私は主人公アリーシュを引き立てる脇役。王子さまと仲良くするアリーシュに嫉妬して、葡萄酒をぶちまけてしまった悪女。観客はこの場にいる全員。大勢の貴族たちと王族。誰もが私の次の行動を見守っている。


「ルウ……どうして? ねえ、一体どうしてしまったというの……?」


 アリーシュは泣きそうになって、震えた声で問う。


 私も聞きたい。あなたは私の地位を奪って、満足しているの。奪い取るほど羨ましかったの。私がいなくなったら、誰があなたの不始末を押し付けられるの。


 シャンデリアに照らされたアリーシュの肌は透けるように白かった。でも本当はそこにたくさんの男の手垢がついていることを知っている。彼女は私の振りをして、男と交わり、その体で王子さまをたぶらかそうとしている。ここで暴露したとしても、誰も信じてくれないだろうけれど。


「ねえ、アリーシュ。人間って冷たいわね」


きっと私の笑顔は泣いているように見えたのではないかしら。

私のものはみんなアリーシュが欲しがれば彼女のものになった。


憧れたあの人も、アリーシュを好きになった。彼女の表面に囚われて、彼は古くからいた恋人を捨ててしまった。別の夜会で見たその恋人は見る間に憔悴しきって、まもなく病で亡くなってしまった。

でもそれがアリーシュのせいだとは誰も言わない。恋人のいる彼を木陰に引っ張っていて、キスをせがんでいたのは彼女だったのに。


ワイングラスを落としてやれば、見るも無残に砕け散る。私の心よ、さようなら。生き返れたらいいね。

破片の一つを手に取ると、指先が切れて血の玉が浮かぶ。

これで首筋を切れば私はたやすく死んでしまうわね。

ふとアリーシュを見れば、彼女はびくっとしてますます王子にすがりついていた。


「や、おやめください! ……ルーカンジェ、様」

「……別に何も起こりませんわ。アリーシュ様。『私があなたにぶつかってしまった』。ただそれだけのこと。申し訳ございませんでした」


 ドレスの裾をつまみ、一礼。不思議とどもることはなかった。

 硬直した時間が動き出す。両親は私の方を睨みつけ、いかにも怒鳴り散らかしそう。招待客はひそひそと私の悪評を噂し合い、アリーシュは王子に恥もなにもなく、抱きついている。

 なんと滑稽な現場。つまはじきの私。……ダメ。泣くのは後。今じゃない。

 じわりと眦に涙が浮かびそうになるのを懸命にこらえ、私は軽く辞去の挨拶を済ませて足早に会場を後にした。もう、誰にも責められたくなかったからだ。





 


 一人だけ早く返ってきた私は、形ばかりの挨拶しかしない使用人たちの間をすり抜けて、自室のベッドに顔を押し付けて泣き、その涙でぐちゃぐちゃになった顔のまま、自分の荷造りをした。

 自分で衣装部屋から小さなトランクに着替えやら針道具、念の為に貯めていたわずかなお金を押し込んでくると、また勝手に熱いものが溢れてて、荷物にも涙の痕が残ったが、そんなものを気にしていられない。泣き声だけは漏らすまいと歯を食いしばりながら、トランクを閉めた。


 誰にもバレないように屋敷を抜け出して、最後だけ振り返った。もうここに戻ってくることもないだろうと思って、これまでの私の人生が全て詰まっている家を目に焼き付けてから、私は暗い夜道を駆け去った。……戻ってこようとしている我が家の馬車とすれ違うようにして。



――これが、私が侯爵令嬢を捨てた日のこと。一年も前になる。



乳母が現在暮らす隣国に行った私は侯爵家に追われるのを恐れて、転々とした。アクネは決して私のことをばらさなかった。


私はルウと名前を変えて商会のお針子として生活しはじめた。地味で平凡な私はたやすく周囲に溶け込むことができ、誰も私があの侯爵家の淫乱女だとは疑わなかった。

気のいい主と同僚にも出会えた。その大きな商会は夫を亡くした夫人が切り盛りしていて、隣国から来た私の縫製技術は大層高く評価してもらえた。

ここではアリーシュと比べられることもない。誰も私に理不尽を押し付けない。

下を向いてばかりだった私に、しゃんとしろ、と叩いてくれる友人が、私の背筋を伸ばしてくれた。

少しだけ自信を持てるようになったから、おしゃれをするようにもなった。


可愛いワンピースに、綺麗な石のついた耳飾りに、ちょっとだけ値段の張る靴。全部自分で稼いだお金で自分で選んだ。同僚たちに見せれば、きれいだね、って言ってくれる。お世辞でも嬉しい。アクネも私が明るくなったと涙を流して喜んでいた。私ももらい泣きしてしまった。


 ここにいる日々は平和そのものだ。隣国の第二王子が婚約破棄をして、アリーシュが婚約者候補として上がっていることを聞いたときだけは、穏やかではなかったけれど。

 そんな時。私の主人がニコニコ顔でこんなことを言ってきた。


「ルウ。あんたにお偉い方から名指しで注文だって。会いに行ってやんな」


 私はこの時、別段何も気にしていなかった。『お偉い方』が、誰かだなんて。

 商会の応接室と扉を開けた私は、そのまま固まってしまった。


「――殿下」


 そこにいたのは一年前と変わらず不機嫌そうに唇を歪めている第二王子カイザー。アリーシュと婚約寸前と噂されている方で、私が最後に出席した夜会にもいた人物だった。


 ああ、嫌だ。ガクガクと足が震えてしまう。あの日がフラッシュバックする。

 アリーシュが腕を絡んだ王子さま。逃げようと決意した夜。

 私は泣きたくなった。この人もまた、アリーシュに心酔していることだろう。そして、私のことを悪く思っている。淫売女だって。どうして。どうして、過去は私を追いかけてくるの。


 この人が何を言ったとしても、聞きたくない。この人の黒い瞳は、私を咎めているようで。私を断罪しようとしていて……怖い。顔立ちが整った殿方が凄むだけで、私はもう足がすくみそうになる。初めて見かけた時からそう。この方は、ふしだらと噂される私に対して、怒っている。


「ルーカンジェ嬢」


 全身を震わせながら両手で耳を塞いで、私はその名前を聞くまいとした。

 嫌だ、怖い。これだけが頭の中をぐるぐると回っていく。馬車酔いした時のように気持ち悪い。

 私の本当の名前を呼ばれるのに、後ろに下がりながら、懸命に頭を振った。


「ルーカンジェ嬢」

「ち、ちが……」


とうとう、ぽろりと涙がこぼれる。王子が目を丸くして、こちらに近づこうとしてくる。


「こ、来ないでください……」


また私を責めにいらしたのでしょう。私は何も悪いことをしていない。だから放っておいて。


「ルーカンジェ嬢」


後ろに扉のノブが当たった瞬間、私の頭にはもう逃げることしかなかった。

私は勝手知ったる商会を駆けた。

主人も、奉公人も、同僚も、みんなが全力で走っている私に驚いている。

目の端に捉えながらも、私は走るのをやめない。なぜなら。


「ルウ! ルウ!」


王子が追いかけてくるから。

私の名前さえ呼ぶのが面倒になったらしい王子がとうとう省略名で呼び始めた。

やっぱり最低限の礼儀さえいらない塵のような存在だと思っていらっしゃるんですね。

雑多な道具をひっくり返して、軽く障害物を作りながら、今度は外に出る。

私が今いる町は港町。隣国の海の玄関なので、商会のすぐ外はものすごく混雑した町のメインストリートになっている。逃げるにはもってこい。

おつかいで鍛え上げた黄金の足をなめんなよ! 

するすると私は人ごみをかきわけていく。周りの人々からはなんだなんだ、という目を向けられるが、もう気にする余裕もない。……王子は確実に私に近づいてきている。


「ルウ! 止まれ、止まるんだ、ルウ!」


ああ、先程よりも声が近くから聞こえる。でも捕まるわけにはいかない。

逃げることさえできれば、どうとでもなるから。家に連れ戻されるよりマシだ。

必死に逃げた。人生でこれほど真剣に走ることはもうないだろうというぐらい。

なのに、唐突に追いかけっこは終りを告げて、私は肩を掴まれ、強引に後ろを振り向かされる。


「思っていたよりちょこまか動くんだな、ルウ……」


全力疾走して人ごみにつっこんでいた私の身だしなみはそれはもうひどいものだったが、王子も負けず劣らずひどかった。お忍び用のベストのボタンが二つぐらい取れていて、きれいにセットされていたはずの黒髪もぐしゃぐしゃだ。おまけに額に汗がにじんでいる。

それでも私の肩をがっちり握って、鋭い目で私を睨む……はずだった。


「ルウ……よかった。ルウ……」


冷たい王子の顔がほんのりと和らいだ。あまつさえ、声が甘い。

私が戸惑っていると、さらに腕を引かれ、大衆の面前にも関わらず、抱きしめられる。

混乱して、逃げ出そうともがいた。


「ルウ。大丈夫。怖くない。怖くないから……」


まるで犬猫のように髪を梳かれ、ますますわからなくなった。

どうして私、カイザー王子に抱きしめられているの。それもわざわざ隣国で。


「すまないな、ルウ。驚いただろう、こんなところに現れて。すぐに安心しろとは言わないが、俺を信じて欲しい。俺は君の味方だ。ちゃんと君が世間の噂とは違って誠実な女性だって、知っているから……。だから今だけ。今だけは……」


ぎゅううっと抱き寄せられて、私はますます逃げられない。

なぜこの人は切なげな声で話しかけてくるのだろう。


「お、王子……?」

「カイザーだ。カイザーと呼んでくれ、ルウ」

「は、はい……」


男性の腕の中だというのに、妙に落ち着いてきた私は、そろっと王子の首筋を見た。耳のあたりまで林檎のように真っ赤。……どういうこと。


「君が出奔してからずいぶんと探した。君の乳母は大層頑固だったから説得するのに骨が折れた。キーシュ侯爵家には絶対にバラさないと確約してからやっと、君の居場所を教えてくれた。それから、商会の主人に頼み込んで、懸命に努力している君のことをずっと……ずっと見てきた。それで、国王陛下に内諾も頂いて、ようやく君を迎えにくることができた」

「え……え?」

「すぐに俺のことを好きになれとは言わない。君の俺に対する初対面は最悪だろう。でも、今考えてくれ。俺の妻になるんだ、ルウ。君の噂なんてすぐに吹っ飛ばしてやろう。あのクソお……アリーシュのことは気にしなくていい。だから……」


 ここで少しだけ体を離してカイザー王子は私を見た。やっぱり顔も赤い。

 王子はそのまま私の手を取って、口づけた。


「結婚、をしてくれないだろうか」

「…………………へ?」


けっこん。……血痕? 違う、結婚? 

痴話喧嘩に興味津々の見物人がヒューヒューと冷やかしてくるけれど、私は今それどころじゃない。

駆けつけたおかみさんがニマニマしていても気にならない。

だって、おかしい。私と王子は最後の夜会がほぼ初対面だった。あの地味だった私に、どうして王子が目をつけるというの。そして王子はなぜ私に考える余裕を与えてくれないの。熱を帯びた視線で溶けてしまいそう。


「さあ、はい、と返事をしてくれ。頼むから」

「え、えーと……」


はっきり言って、王子のことは綺麗な顔だとは思いますが、なんとも思っておりません。……などと言えたらどんなにいいでしょう。

王子はなぜか必死。断ったら許さないとばかりに力入れて見てくる。

意を決して、口を開く。


「お……」

「お?」

「おことわり……んっ」


お断りの返事が口の中で消えていく。王子は無理やり私の唇を奪う。周囲が一層の歓声をあげますが、事態がよく飲み込めない私は目を白黒させた。

一瞬だけ口を離した王子は私の腰をますます引き寄せて、


「すまない。……さっきは嘘だ。君に選択権はない。強引にでも君を手に入れるつもりだ。申し訳ないとは思う。けれど、あの時の君があまりにも綺麗だったから……」

「あの時」

「あの夜会で、アリーシュ嬢が君にわざとぶつかった時の君の瞳が。それまで俺もただただ地味な女としか思っていなかったのに、あの時、アリーシュ嬢の目を見た君が、とても大きく見えた。あれだけ理知的な光が目に点っているのに、どうして誰もが君を悪くいうものだろう、と思ったよ。割れたガラスを拾って、怪我した君にはぞくりとした。余計な言い訳もせずに去っていく君の背中はあまりにも寂しげだった。あれから、ずっと君のことが忘れられなかった。一目惚れだった」


そうして、また強引な口づけの雨を降らせる。

私はただただ翻弄さけるだけで……でも、自分のことを信じてここまで追いかけてくれたことは素直に嬉しかった。



とは言いつつも。本当に私には選択権がなかった。

カイザー王子は本当に我が道を行かれる、強引王子のようで。

そのまま熱心に言い寄られてしまった私は、うっかり王子と夜をともにしてしまい(それでもぎりぎり貞操は守れたが)、私をお手つきにしてしまった責任を取るということで周囲を納得させて、私と結婚してしまった。もともと第一王子が跡を継ぐのでカイザー王子は比較的自由に婚姻することができたんだそうな。


一方の実家では、汚れ役を任せていた私がいなくなったアリーシュは今度侍女をその役に任じようとしたが、上手くいかずに失敗。徐々に剥がれてきた完璧仮面が木っ端微塵に壊れてしまったのは、私が王子との結婚のために実家に再び迎え入れられた時。内心悔しがっていたはずの自尊心をちょんとつついてやれば、あっけなく爆発してくれた。王子にはあの夜会以降ちっとも近づけなかったらしい。


「なんで、あんたばっかり! 私のほうが美しいのに! どうして私をひきたててくれなかったの!」


その言葉は正しく使用人の口から口へと伝わって、両親にも伝わった。王子の集めてくれたアリーシュの不貞の証拠も合わせれば、事が進むのはあっという間だった。アリーシュは縁を切られて田舎に引きこもった。

両親も、兄弟も互いに気まずい顔をしながら私の顔色を伺うようになった。

私は聖人君子ではないので、彼らを完全には許すことはできない。

これからもぎこちない交流が続くことになるだろうが、仕方がなかった。


私と王子の仲は相変わらず良好のまま。

王子は情熱王子でもあったようで、私は今でも彼の甘い言葉に翻弄されている。

事あるごとに王子が私を迎えに来たことを思い返して、「ありがとう。好きです」と言えば、はにかんだような笑顔を見せてくれるのが何よりも嬉しい。

今こうなってみると思うのだが、人生ってどうなるかわからないものだなあ、と幸せな日々を送っている私はそうしみじみとつぶやかずにはいられなかったのだった。



 

ヒーローにカイザーという名前をつけてみたら、カイザー笑となった作者はきっと悪くない。ごめん、王子と心でつぶやいてみたのはやっぱり深夜テンションのなせるワザでした。



読んでいただきありがとうございました。

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[一言] すごくおもしろかったです!
[良い点] 面白かったです! ハッピーエンドで良かった! [一言] その後が読みたいです。真実を知った家族含む他の皆様とか 自作自演ヒロインの引きこもり(もしかしたら違う場所でもヒロインきどるのか?……
[良い点] 自立して自分で幸せを掴む努力を決意した貴族令嬢の決意は尊いものだと途中までは微笑ましく読めました たとえ貴族社会に馴染めず国外に逃げ出したとしてもその時点では国内に誰も味方の居ない(侍女の…
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