表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

美奈子ちゃんの憂鬱

美奈子ちゃんの憂鬱 アニメじゃない ホントのことだと大変なことになります。

作者: 綿屋 伊織

 秋篠博雅の日記より


 ルシフェルの長所と短所。


 そう聞かれたら、俺はこう答えることにしている。


 長所はその胸。


 ……。


 違う(本当は違わないが)。


 驚異的なまでの集中力だ。



 

 今日の昼休み。

 人気の少ない屋上にルシフェルを探しに出た俺は、そこで何かをしている彼女を見つけた。


 壁に貼り付けられたまとを前に立つ彼女が何かをしている。


 ピーッ


 ピーッ


 俺が彼女の存在に気づいたのは、この音だ。


 ルシフェルの近くに、金属の塊のようなものが6つ置いてある。

 コードがつながっているから、機械だとはわかる。

 そして、その機械と的の間に、6つの鏡が浮いていた。


 鏡が動くたびに、


 ピーッ。


 ピーッ。


 音がする。


 彼女が、鏡を動かすことに集中していることは、つきあいからわかる。


 集中しきった顔は、はっきりキレイだといいきれる。

 その横顔に見とれつつ、俺は声をかけた。


「おい。ルシフェル」



 言い忘れていた。


 ルシフェルの欠点。


 それは、


 集中すると周囲が見えなくなる。


 ……これだ。


 どうやら、今の俺は、彼女にとって邪魔な存在らしい。


 返事がないので、肩に手を伸ばした途端―――


 ガンッ!


「ぐぉっ!?」


 ドガッ!


 俺は、自分の体に何が起きたかわかった。


 あの機械が音もなく俺の鳩尾にめり込んだかと思うと、別な機械が俺の顎を捕らえたのだ。



「大丈夫?」

 俺が目を覚ますと、ルシフェルが心俺の顔をのぞき込んでいた。

 顎が痛むが、ここで泣き言をいうのは男じゃない。

「あ、ああ……」

 俺は何とか立ち上がった。

「どうしたの?」

「いや、ちょっと」

「こんな所で寝ていたから、びっくりした」

「……あのな?ルシフェル」

「何?」

「少し……お説教してやろう」


 俺は、ルシフェルを物陰に連れて行った。




 放課後。


 カバンを持って保健室で寝ていた俺を迎えに来たのは、水瀬だった。


「大丈夫?」

「ルシフェルは?」

「約束があるんだって」

「約束?」

「うん。渡部君と」

「渡部?あのウチのクラスの?」


 俺は、一人の男子生徒の顔を思い浮かべた。


 渡部巧わたべ・たくみ

 漫研の部長を兼ねるアニメオタク。

 好きな声優が通っているという理由だけでこの学校に進学したという、信じられないヤツだ。

 およそ、ルシフェルとは関係が……。


「ルシフェルが、何かをお願いしているみたい」

「お願い?」

「昨日、渡部君相手のルシフェ、何だかとっても恥ずかしそうにモジモジしてたから」

「なっ!何っ!?」

「大丈夫だよぉ」

「何がだ!」

 俺は水瀬にくってかかった。

「水瀬!お前も弟だろう!?少しは姉の貞操を心配したらどうだ!?」

「……」

 水瀬は、一瞬、きょとん。とした顔をしたかと思うと、思いっきり不審そうな顔になった。

「な……なんだ?」

「……物陰に連れ込んで、しかも、学校でエッチに及ぼうとしたケダモノはどなた?」

「……反省している」

 俺はそう答えた。

 行為に及ぼうとして、ルシフェルにぶちのめされたから、俺はこうして保健室で寝てるんだ。

「博雅君、本当にケダモノ化してるね。最近」

「う……うるさい」

 惚れた女に溺れて何が悪い。

「くすっ。まぁ、いいよ?」

 水瀬は言った。

「渡部君の事は心配する必要はないよ。渡部君は二次元の女の子しか興味ないし」

「し、しかし……」

「それより博雅君」

 ずいっ。

 水瀬が身を乗り出して俺に尋ねた。

「ルシフェのことなんだけど」

「ん?」

「最近……様子がヘンなんだ。何か知ってる?」



 最近、ずっと何かを考え込んでいる。

 単独行動をとりがち。

 部屋にこもりがち。


 水瀬は、最近のルシフェルを心配していた。


「何かあったんじゃないかって」

「そういえば……」

「そういえば?」

「昼間、ヘンな機械で何かしてたな」

「機械?」

「ああ……ピーッ。ピーッて」

「?」


 翌日。

 俺と水瀬は、屋上に出た。


 ビッ。

 ビッ。


 また、ルシフェルが何かをしていた。


「……」

「な?あれだ」


 昨日と違うのは、機械が宙に浮いていたこと。

 そして、音が違う。

 昨日の音が「命中」を示すなら、今日のはあからさまに「外れ」を意味するような音だった。

 水瀬は、じっ。とその様子を見ていたが……

「帰ろう?」

 そう言って、屋上から出てしまった。


「おい、水瀬!」

 俺は屋上に通じる階段で水瀬を止めた。

「あれ、何してるんだ?お前、何かわかったんだろう?」

「うん……」

 水瀬は言いづらそうに頷いた。

「アレ、見せちゃったのがまずかったかなぁ」

「アレ?」

「帰りによってく?」

「どこへだ?」


 俺が連れてこられたのは、近くのレンタルショップ。

 しかも、水瀬が俺を連れて行ったのは、アニメコーナーだ。

 はっきり、俺はアニメに興味はないのだが……。

「あ、渡部君」

 そこでアニメのDVDを漁っていたのは、渡部だ。

 不健康そうな色白い肌にメガネ。

 そんなヤツだ。

 その男の前で、ルシフェルが“恥ずかしげにモジモジしていた”なんて聞けば、面白くないのは人間として当然だ。

 ……そうだろう?

「あ、水瀬か」

「うん……あのね?」

 水瀬が渡部に何かを相談している。

「ああ……あれか」

 渡部はそれで何かわかったらしい。

「あのシーン、何話だっけ?」

「第41話」

 渡部は即答した。

「ただ、ルシフェルさんに頼まれたのは、他にもあるぞ?」

 渡部はそう言って、水瀬に3本のDVDを手渡した。

「41話と、こっちの劇場版が2本だな」


 俺達は、DVDをレンタルして(俺の金で!!)、水瀬の家でそれを見た。

 昔のロボットアニメだった。

 宇宙世紀の白いロボットが戦うヤツだが―――?

 劇場版まで見たけど、俺には、このアニメとルシフェルがつながらない。

 ルシフェルが、これを見る理由がわからない。

 だが―――


「成る程ねぇ」

 水瀬はしきりに感心した様子だ。

「これ、大したものだよ」

「どういうことだ?」

「うーん」

 水瀬は指でしきりに数を数えた後、言った。

「あと1週間くらいかなぁ」



 1週間後。

 

「試射する」


 水瀬からの意味のわからないメールで呼び出されたのは、やはり屋上。


 そこには、水瀬とルシフェルがいた。


「つい面白くて、僕も手伝ったんだよ?」

 何故か、水瀬が自慢するのを無視して、俺はルシフェルに訊ねた。

「で?何が出来たんだ?」

「赤ちゃん」

「……」

「……」

 ルシフェルの声マネをしたのは、当然、水瀬だ。


 柱に縛り付けられた水瀬が、泣いて許しを乞うのを無視したルシフェルが言った。


「これ、作ったの」

 指さす先にあるのは、正八面体の白い塊が―――12個。

「水晶か?」

「魔晶石」

 人類が持つ魔法兵器の動力源になる物質だ。

「―――へぇ?」

 置物なワケないし……。

「何だ?これ」

「見てて」


 ルシフェルがそのしなやかな指を動かした途端、


 フィッ


 12個の塊が宙に浮いた。


 その塊と同時に、宙を舞うのは、鏡だ。


 俺は、ルシフェルが、ここで何をしていたのかを理解した。


「これの操作を練習していたのか?」

「うん」

 ルシフェルは頷いた。

「まだ、コントロールが難しくて、大変だけど」

「あの、ピーッてヤツか」

「あれは、鏡の操作練習。オモチャのレーザーを鏡で反射させて的にぶつけるの」

「成る程?」

 ……レーザー?

 まさか。

「ルシフェル?」

 塊を操作することに集中しかけてルシフェルに、俺はあわてて訊ねた。

「つまり、この塊って」

「私は“デバイス”って呼んでる」

「それは―――つまり」

 冗談だろう?

 ここは学校だぞ?

「マジックレーザー撃ったりしないだろうな?」

「しないよ?」

 ほっ。

 よかった。

「“デバイス”の中に閉鎖空間を作って、それを粒子加速器がわりにして、電子とか、陽子とか、重イオンとか、そんなのを加速して打ち出すの」

 ルシフェルは、あっ。という顔になった。

「そっか……マジックレーザーも、基本原理は一緒だっけ」

「それって……」

 俺は科学雑誌の記事を思い出した。

「ようするに……荷電粒子砲」

「そうともいう」

 ルシフェルは、ニコリと微笑んだ。

「さすが博雅君。頭いいね?」

 普段なら喜ぶべき所だが、全然喜べない。


 何故?


 決まってるだろう!?


 ルシフェルが動かしているのは、兵器だ。

 しかも、ルシフェル自身、コントロールが難しいといってるような代物だぞ?


 俺は、そっ。と逃げだそうとしたが、遅かった。


 ルシフェルが、水瀬を的にしようとしているのはわかる。


 練習の様子からして、荷電粒子砲を、相手の死角から打ち出し、それをさらに鏡で反射させることで、オールレンジの攻撃を実現しようという代物だ。

 だが―――

 そんなものは、要するに……。


 ドンッ!


 俺の目の前で、金属製のドアに風穴が開いた。


 穴の縁は溶けていた。


 ドアは水瀬とは正反対にある。

 つまり、180度逆めがけてぶっぱなしやがった!


「……ちょっと失敗」


 やっぱりだ。


 こんな代物、人間がコントロール出来る代物じゃないんだ。


 だが、ルシフェルは本気でそれをコントロールしようと躍起になっている。


 “デバイス”の一個が、何故かこっちを向いた。


 恐怖のあまり、言葉を失った俺の目の前で、ルシフェルの指が動き―――



 放課後の帰り道。


 恐怖のあまり失神した水瀬を背負いつつ、俺はオウムのようにくどくどとルシフェルに説教を繰り返していた。


「全く!校舎穴だらけにして!。兵器は学校で使う物ではなく」


 しょんぼりしたルシフェルが俺の後をトボトボとついてくる。


「上手くコントロール出来なかったことより、校舎を壊したことを反省しなさい!」


「―――はい」


「大体、12個の浮かぶ砲台と、12枚の鏡なんて欲張るからだ」

 俺は言った。

「せめて半分ならコントロール出来るんじゃないか?」

「えっ?」

 ルシフェルは、きょとん。とした顔で俺を見た。

「数を減らして、慣れてきたら増やせばどうだって、そう言ったんだ」

「……」

 目を見開いたルシフェルが、感激した様子で、俺に言った。

「そうか」

「……普通、気づきそうなモノだが」

「そうか。―――そうだよね!」

 ルシフェルが俺に近づく。

 次の瞬間。

 俺は頬に柔らかい感触を感じた。

「こら。こんな公道で!」

「いいじゃない」

 ペロッ。

 ルシフェルがはにかみながら、ちょっとだけ舌を出した。

 ううむ……可愛いすぎるぞ。

「じゃ!」

 ルシフェルは、はしゃぎながら俺の手をとった。

「公園で練習再開」

「はぁっ!?」

「まず4つから」

「し、しかし!」

「的ならいるし」

「……」


「わーんっ!」

「ルシフェのバカぁっ!」

「下手くそぉっ!」

「弟殺しぃっ!」


 ……その日、夜遅くまで、俺はルシフェルのいう「練習」につき合わされた。

 まぁ、恋人が何かに取り組むのを見守るのは、男の義務だから、それはいいだろう。

 水瀬の悲鳴を聞きながら、俺はルシフェルの横顔をぼんやりと眺め、そう思った。


 うん。


 やっぱり、ルシフェルは可愛い。


 それでいいんだ。


 ―――おい水瀬。


 そろそろ、当たってやれ。


  

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 水瀬君、水平線地平線稜線的まとめて不幸。 『果てしなく不幸』ってイミだよ。
[一言] ルシフェルが可愛い、です。反面、博雅のツッコミが弱いように思えます。 でも、純粋に好きです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ