1、奴が面倒事に巻き込まれないか心配なだけだ
ちょっとデレ要素が出過ぎたかも(作者談)
まだ大きな動きはありません。今はまだ旗を建築する作業です。
「…ってわけだから、この英語力じゃ第一志望はおろか滑り止めも落ちるから」
「…!…は、はい…」
(うわぁ、田所相変わらず容赦ねぇ…)(ほら美穂泣いちゃいそう)(小森さんに慰めてもらえばいいよ)
…。言わせておけ。俺は事実を伝えたまでだ。
「では先生いらっしゃった。みな集中して受けるように。…お願いします」
とだけ言い残すと俺は一番下の階へ行く。ここは受け付けと、講師室と、俺たちチューターがいるところと、進路アドバイザーという俺たちの大人版がいるところがある。あとは面談室もあったり。五階建ての四階の教室だからエレベーターを使ってもいいが、俺は運動がしたくていつも階段で降りる。
すると、三階のところでまた奴が来た。
「なんでいっつもタイミング被らしてくんだよ」
「ふふ、そっちだっていっつもエレベーター使わないじゃん?四階なのに」
「運動してぇんだよ。別にお前に会うからとかじゃねぇから」
「そんなこと僕言ってないけど?」
「…ッ、ちッ」
こんな奴に構ってる方がバカだ。俺はさっさと階段を降りていく。
「ねぇ響生」
「やめろ下の名前で呼ぶの」
「いいじゃん、今は人来ないからさ…」
「…ッ」
ばさ…。
俺の手から資料が落ちる。後ろには壁。目の前には奴の顔。
「…なんの真似だ」
「本当は早く仕事終わってほしいんでしょ?顔死んでるもん」
「そりゃあ早く帰ってゲームでもしてぇな」
「ゲーム?何それ、僕に遊ばれたいの?」
「ち、違う!…早くどけ」
どけっつってんのになんでもっと近づいてくんだよ。
「楽しみで楽しみで仕方ないんでしょ?…僕との」カツン、カツン
「「ッ!」」
階段をのぼってくる音が不意に聞こえ、俺たちは咄嗟に離れた。
「あら、小森君に田所君。…あれ?大丈夫!?」
どうやら受付嬢さんだったようだ。名前は確か、浅井。俺が落としてしまった資料を集めてくれた。
「ほんとおっちょこちょいなんだから…」
とかいって奴も拾ってくれる。
「ありがとうございます。…小森もありがとう」
「いえいえ」
「別にいいって」
そういって受付嬢と別れたあと、俺は奴をギロリとにらんだ。
奴は苦笑したような笑みをはりつけたまますたすたと下へ降りていく。
待てよ、待ってくれよ。
…あそこまでやっておいて、何もくれないのかよ。
浅井とかいう女にひどく腹が立った。
授業が終わり、教室の掃除をする。そして階段で降りる。特に用事はないが三階もチェック。奴に任せておいたら漏れがないか心配だ。
「小森さ~ん」
「ん?また田所になんかキツイこと言われたの?」
「どこも受かんないって言われましたぁ、事実なのはわかってるんですけどぉ…」
あぁ、さっき俺がボロクソいってやった女か。どうでもいい。さっさと帰りたいんだからさ…。
でも身体が動かない。遠くから、眺めてしまう。
だが、そのあとの会話は声が小さくなって聞こえない。もどかしい。しかし。
「ほんっと小森さんってかっこいい!しかも優しいし~!」
きゃははという下品な笑い声と共にそんな声が聞こえてきた。
「はは、そんなことないって」
「そういえば田所さんと友達ですよね?」
「ん?そうだけど?」
…。友達。わかってる。ここでは言えないなんてこと。別に、なんとも思ってなんか、ない。
「言ってやってくださいよ!傷つきます~って!」
「わかった、言っておくよ」
「でもほんと、小森さんの友達とは思えないほど田所さんひどいんですよ!」
「…。そっかぁ…ふ~ん」
「聞いてますー?」
「聞いてるよ、ほらもう帰ろう」
ってちょ、こっちくるのかよ!急いで隠れる。女は俺に気づくことなく階段をすたすた降りて行った。
さて奴が来る前に俺も降りよう…
「響生」
「…!?」
「盗み聞きとは感心しないねぇ」
「別に盗み聞きとかじゃねぇ。たまたま通っただけだ」
「ふうん…」
…、こいつに隠し事とかできねぇんだよ。バレバレってことだな。くそ。
だが相手になどしない。さっさと下へ降りていく。さっさと片付けをして。奴より早く。
「お疲れさまでした」
「あ、ちょっと田所君」
帰ろうとしたら引き留められた。俺たちチューターの直属の上司にあたる、進路アドバイザーの安西、という男だ。
「はい」
「ちょっとみんなとか、小森君から聞いたんだけど」
あぁまたその話か。はいはいキツイこといってますよ。
「はい」
「まあ自分でもわかってるのかな?」
「事実をいってるまでです」
「そうかもしれないけれど、自分たちは現役生のみんなの相談役としているんだよ?」
「そうですね」
「ならもっと言い方をね、考えないと。大学生の先輩として、さ?」
「わかりました。では、失礼します」
どうせ何を言われたって態度を改める気はない。別にそれでクビになろうが本望だ。奴と離れられる。あぁでもあいつならまたついてきそうだな。ついてくるだろうな。ついてこなかったら…。…。いや別に構わないけども。
「待ってよ響生~」
「なんだよ、もっと早く帰り支度すませてたくせに」
「響生が、追いかけてもらうのが好きなの、僕わかってるもん」
「…ッ」
「ほら、強がってないで一緒に帰ろう」
「別に、いい」
そういうと奴はなぜか早歩きを始める。諦めてさっさと一人で帰るつもりなのだろう。はは、ざまあみろってんだ。俺は一人でも帰れるし。ってか奴となんて意地でも一緒に帰ってやんねぇ。
でも奴の足は思ったより早かったみたいだ。もう角を曲がって姿が見えない。…もし、もしも、の話だ。
曲がった先に奴がいなかったら?
今日が約束の日なのに別の女とか、男と一緒に約束してたら?
…。あぁ、くそ。ダメだ。
足が勝手に早く動く。角なんかあっという間に届く。そして曲がる。
「駿!!!」
「…ふふッ」
くっそ…そのにやけ顔をやめろ。この敗北感が俺は大嫌いだ。
「なあに?やっぱり一人で帰るのは嫌なの?」
「…!ち、違う、お前は一人じゃふらふらしてて交通事故にでも遭うと思っただけだ」
「へえ?」
「本当だ。俺はお前の心配をしただけだ、勘違いすんな」
「あはは、ありがとうね響生。いつもいつも、優しいんだね」
「…別に」
すると奴は俺の肩に手を回してきた。いや、確かにここ裏通りで人気すくねぇけど…。
「なんだよ」
「優しい響生に僕からのお礼、これでも飲みなよ」
「…変なの入ってないだろうな?」
「入ってない入ってない」
奴が差し出したのは缶コーヒー。俺が好きなブラックコーヒー。銘柄も、種類も、温度も、全部完璧だった。俺は猫舌だから、少しぬるくなってる。
「車、あるからさ。僕運転するね」
「別にいい。俺が、…ッ」
急に足がふらつくようになる。視界がぼやける。
「な…」
やっぱり奴、変なもん飲ませやがったな…意地でも立ってやる…ッ
そうこうしてるうちになんとか車まではつけたけど、俺が座ってるのは助手席。流石に運転は無理だ。それこそ俺が交通事故起こして奴を巻き込んでしまいそうだった。
「僕が運転するからさ。…ゆっくりおやすみ?」
そういって奴は俺のまぶたに手を置く。おい、真っ暗じゃねぇか…。あぁでも…意識が遠のく…。
「大好きだよ」
そうかよ…俺はお前なんか大嫌いだよ、変なの飲ませやがて、うそつき。
もうほぼ意識が遠のく寸前、なんか唇が熱くなった、ような気がしたがたぶん気のせいだろ。
「なぁ友達じゃないよな?」
「うん、もちろん。外では言えないけどね」
「女に頭ぽんぽんとか…」
「するわけないでしょ。僕は響生だけ触ってたい」
「俺ってやっぱひどい男?」
「ううん。他の女なんかにはわからないほど響生はいい子」
「あの女が俺の悪口言ったときお前頷いてた」
「頷いてないよ、へ~って流したの。だって僕、腹立ったもん。響生の悪口言うとか、お前のほうがひどいって、そう思ったよ」
「…そうかよ」
別に車んなかでヤってません。ちゃんと響生の部屋でヤってます。
ほら、彼らはお互いの部屋の鍵、持ってますから。
まあもっとも、響生はほぼ使わないけれど。