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プロローグ

いつだって奴はやってくる。一人ぼっちで住むこの狭いアパートに。

「…あっそ。好きにしろ」

ぶちっと通話を無理やり切り、「ちッ」と自然と舌うちがでてくる。どうせもうあと5分もしないうちに奴はうちへ来るのだ。断っても。断っても。

「響生ー?おじゃましまーす」

「勝手に入んなっていつも言ってんだろ…おい聞いてんのか」

「響生んちのごはんおいしいんだよねー」

「勝手にメシ食うなとも言ってるだろう」

案の定、奴は毎度の通り勝手に人んちにあがってくれば勝手にメシを食っている。

あぁ、奴、奴、ばかりいっていてもわかりづらいよな。仕方ない。紹介してやるか…

俺が言う、「奴」とは、突然俺の隣に引っ越してきた、同じ大学、同じ学部、同じ学科の男だ。ちなみに大学1年生。名前は駿、と呼ぶらしいがまあ別にどうでもいい。名前でなんか呼ぶことはない。

「響生ー?何ぼーっとしてんの?」

「…」

無視してやると案の定、奴は席から立ち上がり、俺の前に立ちはだかった。

「ねぇ?」

「うるせぇ。メシ食いに来たんならさっさと食べて帰れ」

「ホントに帰っちゃっていいの?」

「帰れ」

「素直じゃないんだから」

そういうと相変わらずにこにこ笑いながら席につき、メシを食い始める。別にこいつのために用意したメシじゃない、俺が食うはずだったものだ。

ちょうど奴と斜めに位置する席に座り、ノートPCを広げる。

「熱心だね、響生」

「お前も結構バイトに関しても熱心なんじゃねぇの」

「僕は響生のほうに熱心だよ?」

「…ッ、早く仕事しろ」

「もう終わってるって。ここに来る前に、ね」

きもちわりぃ、反吐が出る。早く出てけよって、思う。でも言ったところでこいつは帰らないから無視して仕事を始める。仕事っていってもアルバイトだ。

俺たちは同じバイトをしている。っつってもこいつが元いた居酒屋をやめて突然俺と同じ職場に来たのだ。

大学受験専門の予備校のチューターだ。授業はしない。現役生の管理、相談役、情報伝達役、といったところか。で、今は俺が担当してるクラスの模試の成績のチェック。簡単に言えばこれで面談していろいろケチをつけるってところか。

まあ、俺は生徒にだいぶ嫌われているようだからもうここまで来たらところん嫌われようと思って、だいぶ容赦なく言ってやってる。

「響生は容赦ないよねー、だからみんなに嫌われちゃうんだよ」

「別に構わない」

「僕に好かれてるから?」

「はぁ?」

思わず立ち上がってしまった。

「あはは、そんな怖い顔しないでよ」

「ふざけたこといってるとマジで殴るぞ」

「うん?いいよ?」

「…変態か、帰れ、作業に集中できねぇ」

「まだ食べ終わってないよ」

じゃあ早く食い終われと思ったが口に出さなかった。なんかにやにやしながら食ってるけども。そのにやけ顔、ほんとに気色悪い。…が。

大学生のチューターは他に何名かいるが、その中でもこいつの人気度は群を抜いていた。俺がハイパー嫌われてるとすればちょうど真逆にベクトルが向く感じ。生徒に聞けば、顔がいい、とか、笑顔素敵、とか。声が綺麗、とか、とにかく優しい、とか。…なんだそれ。聞かなきゃよかった、とすら思った。

「もうちょっとさ、優しくいってあげないと」

「どうせ落ちるレベルの奴に夢見させてどうすんだよ」

「響生はキツすぎてやる気失っちゃうんだって」

「しらねぇよ、どうせ落ち込んだ奴はみんなお前んとこに行くんだろ」

「はは、よく泣きにくる女の子いっぱいいるよ~」

「…。はいはいよかったな」

「『駿さ~ん、田所さんにきついこといわれましたぁ~なぐさめてください~』って」

…駿さん?下の名前で?…言わせておけ。無視無視。俺は作業に集中するんだ。

「だから僕は『よしよし、大丈夫だって』とかいったりしてね」

どこが大丈夫なんだ、どうせあいつになぐさめにいってもらう奴に限って大して努力もしないアホだ。

「そのあともたまに声かけて様子聞いたり」

自分のクラス以外にも優しいんだな。

「たまに頭なでてあげたり」

それチューターとしてどうなの?

「頬つねってあげたり」

それさ。

「おい」

自分の身体がたまに無意識に動くことがある。俺は立ち上がって奴のネクタイを掴んだ。

「…どこまで本当でどこからが嘘だ?」

「やっとこっち見てくれたね」

「質問に答えろ」

「ふふ、どこからだろう?…なに?妬いちゃった?」

「ふざけんな。お前のことなんかどうでもいい、質問に答えろ。これはチューターとして聞いてる」

そうだ、実際に頭撫でたりとか、そんなの仕事上問題だ。俺たちはただのチューター。生徒との距離感は誤っちゃいけない。それを確かめるためだ。

「響生が素直になるまでは言わない」

「っざけやがって…!」

「いいの?別に僕は、年下の女の子も全然対応できるけど」

「…ッ、…おい、これ以上…」

「ん?」

「…、ほ、本当に女の頭触ったのか?頬、に」

悔しかった。手の力が抜けて自分の手から奴のネクタイが落ちる。自分の声にハリがなくなるのもわかった。その瞬間、奴はにこにこ、というよりにやにや、気色悪い笑みを浮かべて。とてつもない敗北感に襲われるのだ。

「はは、そんなわけないじゃん。声かけたりはするけど、それ以外はしないさ」

「…そうかよ」

おい、何安堵しちゃってるんだし、俺。まあ、同期のチューターの疑いが晴れたってことで安堵してるだけだろう。別に。ただそれだけ。それ以上でもそれ以下でもないさ。

「そんな不安になったの?かわいいね、響生」

「同じチューターとして心配しただけだ」

「ふ~ん…。あ、ごちそうさま、おいしかったよ!仕事の邪魔してごめんね!またね~」

「…待てよ、食器くらい洗って帰れ」

「…!ふふ、はーい」

何で今笑ったし。

あぁ、ほんと、腹立たしい。さっさと食器洗って帰ってほしい。


そんな奴と俺には誰にも言えない二人だけの秘密がある。


「ちゃんと乾燥機に入れといたからね。…じゃ、明日の夜、ね」

「…ッ」

そんな耳元で囁くな、息がかかるんだよ気持ち悪い。

「…待ってやらんこともない」


久しぶりにBL書いてみたり。あ、18禁は取り入れない方向ですので。そういうのは誤魔化してとばす!

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